第10節 模擬戦闘訓練
あれから3日後、いよいよ模擬戦闘訓練が実施される。俺はこの3日間特に何もしていなかったのだが、その間ルナが訪ねてくることは1度もなかった。きっと必死に特訓したに違いない。
「アゼン先輩!今日は宜しくお願いします!!」
「ああ、こちらこそよろしく」
俺たちは今、訓練場中央に設置された巨大な正方形の台の上に立っている。ルナはこちらとは真反対の場所で柔軟体操をして身体をほぐしていた。
《それではこれより、模擬戦闘訓練を実施します》
アナウンスがはいると、四方が透明な壁に覆われた。
《ファイターはフィールド設定を行なって下さい》
「ルナー、お前が決めていいぞー」
「じゃあ、"森"でお願いしまーす」
《フィールドを"森"に設定します》
すると壁の内側が大量かつ多種多様の幻素に満たされていく。それらは土に、木に、草に変わっていき、数秒の間で荘厳な森へと変貌した。
ルナの姿は森に隠れて見えなくなった。
《それでは、模擬戦闘訓練、開始》
開始の合図と共に、観客席から大勢の声援が聞こえてくる。この訓練での勝敗は今着ている白いスーツに含まれている幻素が全て放出させられた者の敗北となる。相手の攻撃が命中するたびに減少するが、ヒーラーもとい緑使いはそれを若干回復できる。
(長期戦では俺が不利だ)
幻素の量は腕の計測機で確認できる。
(最大は100か、仕様変更はないな)
俺は左手に本、右手に黒鉄を携え、森の中を慎重に進んでいく。
(ルナは多分正面からの戦闘を避けてくるだろうな)
そう考えながら、いつ何処から現れても対応できるよう神経を張り巡らせる。しかし俺の予想に反して、ルナは真正面から突撃してきた。
「うお!?」
ルナはまるで誰かに投げられたかのような勢いで俺に覆いかぶさってくる。
「わぁお……結構大胆……て、こいつは……!」
気付いたときにはもう遅かった。
——ドス
突然後ろから鋭利な何かで脇腹を刺される。スーツから幻素が放出していく。
(まずい!!)
俺はすぐにそれを抜いて体勢を立て直した。
(まさか緑幻素で自分の複製を作るなんて……)
「やるじゃないか!!ルナ!!」
「ありがとうございます!」
どこからかルナの返事が返ってくる。
俺は、その声を逃さない。
「きゃ!?」
声のした方向に黒鉄を向け、雷弾を射出する。
それは緑幻素で擬態していたルナに直撃した。
「木の上にいたのか。戦闘中に返事しちゃダメだぞ」
「……やっぱり先輩嫌いです!」
そう言いながら、ルナは森の奥へと消えていった。
「簡単には逃がさないよ」
俺はその背中をすぐに追いかけた。
一方そのころ、観客席の1番前で、シオンは2人の戦闘を見守っていた。
するとそこに1人の生徒が声をかけてきた。
「あなたがシオンさんですか?」
「そうですけど……あなたは誰ですか?」
「私はルナの友達のアオっていいます。隣いいですか?」
「……どうぞ」
隣に座ったアオは、シオンに色々と話しかけた。
「どうです?ルナは」
「……どう、とは」
「結構強いでしょう?ルナはワースト10位といってもあれは緊張があったからで、本当は出来る子なんです」
「まるで母親みたいな言いぶりですね」
「ただの幼馴染ですよ。……シオンさん、ルナを弟子にする気は起きましたか?」
「……確かに彼女は私が知らなかった技を使ったりしています。ですが……それとこれとは話が別です」
「そうですか……ところで、シオンさんの階級は何ですか?」
「……ワードです」
「———!本当ですか?」
「はい」
「………」
「………」
その後、試合が終わるまで彼女たちはひと言も喋らなかった。
それからは一進一退の攻防だった。
「やぁ!!」
「——!シャット!」
ルナは攻撃をするとすぐに後退する。
森の中をまるで猿のように軽々と駆け回る姿に俺は翻弄された。それでも隙を突いて雷弾を当ててはいるが、ルナの幻素がどれだけ減っているか見当がつかない。
(俺の残りはあと30程度か……まずいな)
俺は少しの思案の後、本を開いた。
(あまり使いたくはなかったが……仕方ない)
目を瞑り、意識を集中させる。
ルナはその隙に近づき、杖を地面に突き刺す。
その音を聞いた瞬間、俺は言い放った。
「シャット」
すると俺の周り一帯の草と木が全て消失した。
「え!?」
土以外なにもかもが無くなったので、当然ルナの擬態も意味をなさない。俺はルナに雷弾を何発も叩き込む。
「う……」
ルナはその場に倒れ込んでしまった。
雷弾には相手を痺れされる特性がある。あれだけ喰らったらあと数分は動けないだろう。
俺はルナに近づき、腕の計測機をチラリと見た。
幻素の残りはあと5ぐらい。
これなら一発でこと足りる。
「惜しかったな、ルナ」
「く、う、」
俺は黒鉄を構えた。
——ドス
その瞬間、俺の背中に、何かが刺さった。
「……な」
それは、土から生えた、鋭利な植物だった。
おかしい……。
ルナは何もしていないはずなのに……。
「まさか、発動する時間をワザと遅らせたのか……?」
「へへ、アオ、ちゃん……大、成功、です……」
ルナは擬態が解けた時、地面に緑幻素の種を瞬時に撒いて反撃の隙をうかがっていた。しかし、その攻撃は幻素濃度の低い、とてもじゃないが必殺技とは言えない代物だ。それでも、俺の残りの幻素を削るには充分な攻撃だった。
《生徒、アゼンの幻素完全放出を確認。勝者が生徒、ルナに決定しました》
勝者決定のアナウンスが入るとともに、森は幻素霧散し、壁は消失した。それと同時にルナを讃える歓声がそこかしこから聞こえてくる。
「ルナ、立てるか?」
「はい、なんとか……」
俺はルナに手を伸ばす。ルナはそれを掴むとよろよろと立ち上がった。
するとそこにシオンと、見知らぬ女の子が俺たちに近づいてくる。
「シオン、ルナは俺に勝ったぞ。だから——
「分かってます。……約束は約束です。ルナの弟子入りを許可します」
ルナは"許可"という2文字を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。
「うう……シオンさん……いや師匠……本当に本当にありがとうございます……」
「良かったね、ルナ」
その様子を微笑ましく見ている1人の女の子。
(……だれ?)
「あ、申し遅れました。私、ルナの友だちのアオっていいます。今回はルナがお世話になりました」
俺の視線に気付いたのか、彼女は礼儀正しく自己紹介した。
「ああそうなのか。こちらこそよろしく!」
「先輩、そろそろ次があるので。話は外でお願いします」
そう言って、シオンは1人台の上から降りようとする。
「シオンさん、ちょっと待ってください」
すると突然、アオがシオンのことを引き留める。
シオンは横目で俺たちの方を見た。
「次、私が戦う番なんですけど、相手がまだ決まってないんです」
ひと呼吸置いて、アオは真剣な顔ぶりで言い放つ。
「シオンさん、あなたに決闘を申し込みます」




