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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
前期学園祭編
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第96節 魔女の口笛

 閉じられた壁の上で見下ろす何者かを魔女リリエルは嬉しそうに見上げていた。彼女の目には"対象"である強敵の姿が映っておりその強敵は彼女の目をしっかりと見つめている。


「降りてきなよ♪。リン♪」


 リンはリリエルの言葉通り黙って壁の上から地面に飛んだ。彼女の右腕には製図台のような盾がある。リンは入り口の左右に積み上がっているゴーレムの残骸を一瞥した。


「中にいた私の部員はどうした?」


「安心してね。みんなあの残骸の中で気絶してるだけだよ。それより、ようやく塔から出てきたんだね♪。ふふっ♪、さすがに焦ってきたのかな?」


「お前の"透明な結界"がなければすぐにでも会議場に向かうのだがな。……なぜ我々だけを通さないんだ?」


「君たちだけじゃないよ。"対象"の部活動は全て第2区画で足止めするのが私の"仕事"だからね」


「その"仕事"を頼んだのはだれだ」


「ひ・み・つ♡」


「……今現在第3区画に到達している部活動の数は10組。ゴーレムによる"接待"もお前の妨害にあって夜側の部隊は全滅した。第2区画にも部活動が多数侵入している。お前の不気味な結界に対して慎重になっていたが、これ以上は見過ごせない。魔女倶楽部、ここで消えてもらうぞ」


「やーん、こわーい♪。前回私に先を越されたからってそんなにやけになんなくていいのにー♪」


「……潰す」


 リンは盾を地面と並行になるように構えた。その瞬間大量の茶色幻素が盾から放出され、リリエルの上空に漂う。リンはそのあと左手を盾の上に乗せてこう呟いた。


「製図」


 その瞬間、白い盾に複雑な図面が描かれていく。完成するとその図面の黒線だけが浮き上がり、彼女の目の前に浮遊する。リリエルはそれを楽しそうに眺めていた。やがて図面がリンの目の前を覆い尽くすと、彼女は再び呟いた。


「構築」


 すると目の前の大量の図面が上空の茶色幻素の集合体のほうにまで浮かんでいき、図面と茶色幻素が触れた瞬間、リリエルの上空に突如として巨大なビルが出現した。


「わぁーお」


 ビルは当然勢いよく落下する。落下した際の風圧と瓦礫で周りの寮は粉々になり、その轟音は迷宮の至るところに響き渡った。ビルは根元から崩れていき下半分は完全に崩壊した。あたりに土煙が舞う。常人なら即死の物理攻撃だが、リンは盾を下ろすことはしなかった。


 ———パチパチパチパチ


 崩壊したビルのほうから乾いた拍手の音が聞こえてくる。やがて土煙が消えていくと、そこから無傷のリリエルが現れた。彼女は杖をクルクルと回しながらリンのほうに近づいてくる。リンは動揺することなく次の製図を開始する。リリエルはそれに気づくと杖をリンのほうに向けた。


「ぱっくんちょ♪」


 杖から巨大で禍々しい怪物の頭が出現し、リンに向かって鋭い牙を見せながら突進してきた。リンは跳躍することでそれを躱し、再び茶色幻素を放出すると、それは何本もの鉄骨へと姿を変えた。3本の鉄骨が怪物の頭に突き刺さり、残りの鉄骨はリリエルのもとに素早く発射された。


 リリエルはそれをステップを踏みながら軽々と避ける。さらに避ける際、鉄骨に杖をコツンと当てていて、地面に突き刺さった鉄骨はリンの意思に反して動き出し、歪な十字架を形成していった。


「君のお墓を用意してあげるよ♪」


 そう言うとリリエルは杖をリンのほうに向ける。すると巨大な十字架がリンの真上にまで移動し、急速に落下する。リンはその場から動かない。だが、彼女の周りにはすでに、さっきとは比べ物にならないほどの図面が並べられていた。


「助かった。それだけあれば十分だ」


 リンがそう言うと十字架は彼女の頭スレスレのところで静止し、鉄骨ごとにバラバラになった。その鉄骨は全て茶色幻素に霧散すると、地面に吸収されていった。


「リリエル、結界を消したほうがいい」


「うん?それってどういう———


 ———ドン!!!


 突然、轟音と共にリリエルの姿が消えた。代わりに彼女がいた場所からはキラキラと光る鋼鉄の塔が空高く伸びていた。塔の頂上にいるリリエルは塔に押されて身動きが取れない。塔はこのままどこまで伸びていきそうだったが、リリエルはそれはあり得ないことを理解していた。塔が突き進む先には自らが作った結界があり、塔がどれだけ頑丈でもこの結界を壊すことはできないからだ。しかし、このままいけばリリエルは塔と結界によって押し潰されてしまう。


(うーん、結界は壊したくないし、やっぱりこうするしかないよね)


 リリエルは持っていた杖を手放す。すると杖は形を変えて巨大な爬虫類のぬいぐるみになり、リリエルの上に覆い被さった。塔は勢いそのまま結界へと衝突するが、ぬいぐるみのおかげでリリエルが潰れることはなかった。しかし、リンは彼女が杖を手放す瞬間をずっと狙っていた。


「私の勝ちだ。リリエル」


 次の瞬間、塔が一瞬にして茶色幻素に姿を変え、霧散した。リリエルはさっきまで自重を支えていたものが消えたことで宙に放り出される。咄嗟にぬいぐるみを杖の形に戻すが、自分の方が落下位置が下なので手を伸ばしても杖に届かない。それと同時に、彼女の目の前に眩い閃光が走った。


「あらら、まさか君が出てくるとは」


 その閃光は結界の外から発せられたもので、頑丈な結界をいとも容易く突き抜け、さらに落下していた杖さえも撃ち抜いてしまった。このような難易度の高い狙撃ができる人間はリリエルが知っている中では1人しかいなかった。


「さすが我が部の副部長。仕事をきっちりとこなしてくれる。エミリ、やはり君をスカウトして正解だった」


 撃ち抜かれた結界はその透明性を失い、徐々にひび割れて崩壊した。第2区画にいた他の部活動の部員たちもその様子を目撃していた。そしてそれが意味することを汲み取れた猛者たちは一斉に第3区画の入り口へと向かった。


 リリエルはそのまま落下するが、地面に叩きつけられることはなくフワリと着地した。これからやって来るであろう"対象"の部活動の相手をしなければならないことに若干の憂鬱を感じながら、彼女はどうやったら全員を足止めできるか考えていた。そんなリリエルを横目にリンは第3区画への入り口を再び開けた。


「私は先に行く。お前の"仕事"に付き合っている暇はないからな」


「えーなんか癪だなぁー。君を止めるのも"仕事"のうちだし、何より今回の"契約"は絶対完璧に成功させたいんだよね」


(契約……?)


「おい、お前は一体誰と———


「あ!そうだ!」


 リンの言葉を遮るようにしてリリエルが何か思いついたように声をあげた。彼女は⭐︎型の眼を不気味に歪ませながら口角を上げてリンを見つめる。


「ずっと君たちを足止めすることばかり考えていたけど、最終目的はそれじゃなかったよね!うんうん!ふふっ♪、ありがとねリン♪、迷宮をこんなわかりやすく"区切ってくれて"」


「……どういう意味だ」


「"繰り上げるんだよ"。私たちの"立ち位置を"」


「———!」


 リンはその言葉の意味を瞬時に理解した。たとえそれがどれだけ非現実的なことであっても、目の前の"魔女"はそれをやってのける。だからこそ、リンは盾を構えた。しかし、彼女が攻撃を開始するよりも先にリリエルは空高く跳躍して第3区画の壁の上に立った。



蒐得遺物(マジックアイテム)"オスカーの角笛"」



 リリエルの手元に黒と白のマス目が描かれた角笛が現れる。リンは足元に図面を展開し、そこから上へと伸びて構築されていくビルの上に乗ってリリエルのところに向かう。


 リリエルはその様子を見下すようにしながら、角笛に口をつけた。ビルが壁と同じ高さになり、リンは角笛へと手を伸ばす。だがしかし、聞いた者全てを"繰り上げる"、魔女の口笛を止めることはできなかった。


 悲鳴に似た音が、迷宮を包み込む。


 その瞬間、リリエルとリンは、その場から消えた。


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