侯爵令嬢エリーゼは大好きな推し(筋肉)を育てたい!~最強の騎士にするために応援していたつもりが、実は一途な彼にひたすら愛されていました~
◇◇◇
「エリーゼ嬢、どうか私にもあなたの個人レッスンを受けさせて下さい!」
貴族学園の教室で帰り支度をしていたエリーゼは、突然話し掛けてきた男性生徒を見て目を細めた。
確かこの令息は、ウィンター子爵家の次男。名前は……ベクターだったか。
白いシャツの上からでもわかるがっちりとした筋肉質の体……なかなかいいわ。とエリーゼは思った。
「ええ、いいわ。貴方さえ良かったらこれからどう?」
エリーゼの言葉に、隣の席に座っていたマクハラン伯爵家の嫡男、ルイスが息を呑む。
「俺はどうなる……」
「ルイスは張り切りすぎよ。毎日あなたに付き合ってたら、私の体が持たないわ」
「だがっ!」
「たまには違う人を試してみてもいいでしょ。ね?」
まだ何か言いたそうにエリーゼを見つめていたルイスだが、エリーゼが両手をギュッと握ってにっこり笑うと顔を真っ赤にして引き下がった。
「……今日だけだからな!」
目に涙を浮かべながらベクターをギリッと睨み付ける。そんなルイスをみて、エリーゼはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫。貴方の一途で真っ直ぐな気持ちは私が一番よく知っているわ。お詫びに明日はちょっと特別なレッスンをしましょう。私も頑張るから楽しみにしててね」
「エリーゼっ!」
感極まった表情で立ち尽くすルイスにもう一度にっこり微笑みかけたあと、今度はベクターの胸にツツッと指を滑らせる。
「あなた、とても良い体をしてるのね。素敵な筋肉……普段から鍛えてるの?」
「た、体力には自信があります!エリーゼ嬢のどんなご期待にも応えてみせますよ」
「そう。ふふ、楽しみね」
艶然と微笑むエリーゼの美しさに思わず赤くなりさっと目をそらすベクター。
フラフラと立ち上がり、「お、俺にもレッスンを!」「ぼ、僕も受けたいです!」
と口々に名乗りを上げる男子生徒達。
エリーゼは目を丸くすると、手を叩いて喜んだ。
「まぁ、嬉しい。一人ずつ順番にお相手するわね」
教室内に残っていた生徒はその光景を見て口々に噂した。妄想が妄想を呼び、『麗しの侯爵令嬢が施す秘密のレッスン』の噂は瞬く間に学園中の噂の的となってしまうのだった。
◇◇◇
「この程度で音をあげるなんてがっかりだわ。期待外れね。ルイスなら後3セットはいけるのに」
「くっ、俺はあいつなんかに負けません!まだまだ俺の本気はこんなもんじゃない!」
「あら。息が上がってるように見えるけど。無理しなくていいのよ?」
「いや、エリーゼ嬢に情けない姿を見せるわけにはいきませんっ!」
練習場の片隅で、息も荒く苦しそうに身を横たえるベクターの背中にちょこんと座ったエリーゼは、退屈そうに扇で口元を覆う。
「なんだか飽きてきちゃったわ」
「は、はい!申し訳ない。すぐに体を起こしますっ」
そう答えたものの、腕に力が入らないのかどうにも体を起こすことができない。
エリーゼはやれやれと溜息をつくと、ベクターの背中から顎をくいっとつかんだ。
「顎が上がってるのよ。こんなんじゃだめ」
「は、はいいい……」
細く繊細な手で顎を掴まれたベクターは、真っ赤になりながらこくこくと首を縦に振っている。その様子を見てエリーゼはさらに溜息をついた。
「あなたには真剣さが感じられないわ。私があなたに付き合うメリットってあるのかしら?」
今度は真っ青になったベクターがしどろもどろの弁解を始める。
「わ、私は真剣です!絶対にエリーゼ嬢の理想の男になって見せますから!どうか見捨てないでください!」
ベクターの言葉にエリーゼは首をかしげる。
「私の理想の男性?なんのことかしら」
「あ、あなたの評判は知っています。あの、自分好みの強い男を作っているんでしょう?その、たくましい男がお好みなんですよね?」
「はあ?」
ベクターのあまりに失礼な発言にエリーゼは思わず目をむいた。
「このわたくしが、自分のために男を育ててるって、あなたそうおっしゃいたいの?」
「えっ……違うんですか……」
「馬鹿なこと言わないで。騎士に憧れてるルイスが、トレーニング方法を知りたいっていうから、父や兄が普段自宅でやっているトレーニング方法を指導してるだけよ。我が家は代々武門の家柄。父は恐れ多くも騎士団長を任されていますからね。騎士団に入隊したい将来有望な男性は国の宝だもの」
エリーゼの言葉にベクターは息を呑んだ。
「え、そんな、俺はてっきり……」
「そんな邪な考えでトレーニングしていたなんて。あなたにはがっかりだわ。今日のレッスンは終了よっ!」
怒って立ち上がるエリーゼを呆然と見つめるベクター。
「そ、そんな……」
♢♢♢
「っていう話だったの。がっかりしちゃったわ」
昼休み、練習場の傍らで黙々とトレーニングに励むルイス。エリーゼはその様子を、頬杖をつきながらぼんやり見つめている。
「……そうか……」
「中には、『僕は真剣に騎士を目指してます!』なんて言ってる子もいたから何人か付き合ってあげたけど、みんな口ばっかり。ちょっとキツくするとすぐに音を上げるんだから。結局誰も来なくなったわ」
「そうか……」
「もう!気のない返事ばっかり!ルイスはいつもそうなんだから。でも、私のレッスンに最後まで付き合ってくれたのは、ルイスだけね。もう、貴方に教えることは何もないわ」
エリーゼの寂しそうな言葉に、ルイスはふと手を止める。
「お父様が、貴方は見所があるって仰ってたわ。おめでとう。卒業後はぜひお父様率いる百獣騎士団に入隊して欲しいって」
「エリーゼ……」
「時間があるときは、訓練生として騎士団に混じってトレーニングできるそうよ。もう、私はお払い箱ね」
エリーゼの言葉を黙って聞いていたルイスだったが、ツカツカと近付くと、エリーゼをそっと抱き締めた。
「きゃっ!な、何するのルイス!?」
「……まだ、足りない」
「た、足りない?何が?」
「お前と過ごす時間が」
「……へっ?」
ルイスはエリーゼを真っ直ぐに見つめる。いつになく真剣な表情に戸惑うエリーゼ。
「俺にはお前が必要だ。お前がいないと頑張れない」
「な、何言って……そ、そんなんじゃ、立派な騎士になんてなれないんだからねっ!」
「お前がいてくれるなら、どんな困難でも乗り越えていける。だから……ずっと俺の側にいてくれ」
「そ、それって……」
「……悪い。俺もアイツらと変わらないな。今の言葉は忘れてくれ」
何かを耐えるように絞り出した声に、エリーゼはようやく気付く。
「ルイス、私のこと好きなの?」
ルイスは肩をがっくりと落とす。
「はぁ……そんなの、好きに決まってるだろ」
「い、いつから!?」
「お前が俺を最初にトレーニングに誘ったときから」
「そんなの子どもの頃の話じゃない!」
「ああ。ガキの頃からずっと、お前が好きだ」
(ーーーー!!!)
エリーゼは、真っ赤になって言葉も出ない。
「な、なんで言ってくれないのよっ!」
「お前にその気がないって分かってたからな」
「そ、そ、そ、そんなことはっ……」
(まってまってまって!ルイスが私のこと好き?そ、そんなの聞いてないっ!)
混乱するエリーゼ。ストイックに筋肉を育てることだけが、エリーゼの楽しみ、だと思っていた。
でも、いつだってエリーゼに最後まで付き合ってくれたのはルイスだけ。
トレーニングと称してルイスを近くで励まし見守ることが、いつしかエリーゼの楽しみになっていた。
「……明日から、百獣騎士団の訓練に参加してくる。困らせて悪かった。じゃあな」
「ま、待って!」
くるりと踵を返すルイスの腕に慌ててすがり付く。
「エリーゼ?」
「わ、わかったわ!いいわ!新しいレッスンを始めるわよっ!」
「新しいレッスン?」
「そ、そうよ!そ、そのう、私と、ルイスが素敵な恋人同士になるための……」
恥ずかしかったのか、最後はゴニョゴニョと言葉を濁すエリーゼ。
ルイスは息を呑むと、今度は思いっきり抱き締めた。
「きゃー!痛い痛い痛い!」
「す、すまん!つい嬉しくて……」
「も、もう!やっぱりルイスには私の指導が必要みたいね!」
「……ああ。お前の全てを教えてくれ。俺の全てで答えるから」
(うぎぁぁぁぁ!!!ルイスってこんなこと言うキャラなのっ!?)
赤くなってプルプル震えるエリーゼを蕩けるような目で見つめるルイス。
「愛してる」
――――それから始まった恋のレッスンの中身は……もちろん二人だけの秘密。
おしまい
四月咲 香月さま(かずにゃん)から素敵なFAを頂きました(*^^*)
エリーゼ~恋のレッスン
実は武術の達人!
エリーゼ~恋のレッスン2
実は筋トレマニア嬢?
エリーゼ~恋のレッスン3
エリーゼ~恋のレッスン4
読んでいただきありがとうございます
( ≧∀≦)ノ
下のほうにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして、応援して下さるとめちゃくちゃ嬉しいですっ