5)約束
ロバートは、泣きじゃくるローズを抱き、背を撫でた。王太子宮に来たばかりの頃、ローズは、間に合わない、助かる人が助からなくなると叫んでいた。あれは、孤児院での後悔があったからだろうか。だが、横領が発覚した時期は、ローズの推定年齢では10歳にも満たない頃だ。そんな年齢の子供に何ができる。
シスター達大人の誰もが気づいていなかった横領に気づき、暴いて告発したなど、素晴らしい成果だ。
ロバートもかつて、言われたことがあった。
「お前のせいじゃない」
あの日、母の葬儀の翌朝、たった一人、生き残った。食事に何かはいっていると気づいたが、既に仲間は食事をほとんど終えていた。大人達が駆けつけた後、ロバート自身も、意識をなくした。気づいたとき、自分以外の小姓が、五人全員死んだと聞かされた。
すぐ隣にいたのに、弟のように思っていたジャックすら助けられなかったことに、打ちのめされた。自分を責めた。毎日、目が覚める度に、生き残ってしまった罪悪感に苦しんだあの頃に、何度も大人たちに言われた。
「お前のせいじゃない。子供のお前に何ができる。うぬぼれるな。お前は最善を尽くした。お前のせいじゃない」
あの時の大人たちの言葉に、自分の力が足りなかったと、必死に努力をした。大人に追いつくように、大人に負けないように、必死になって、今がある。あの時、子供だから役に立たないといわれたと思った。だが、今思えば、腕の中のローズに自分が感じているのと同じことを、大人たちは思っていたのかもしれない。
「あなたのせいではありません。あなたは何も悪くない。泣きたいなら泣きなさい。でも、あなたは悪くない。あなたは十分頑張りました」
一人の人ができることは少ない。特に子供のできることなど限られている。全ての人を助けるなどできない。
「あなたのせいではありません」
泣き続けるローズをただ、抱きしめていた。ロバートも、あの日、泣いた。あの家族は、ジャックの両親と弟は、今どうしているのだろう。ロバートは、長く会っていない、懐かしい一家のことを思い出した。
さんざん泣いて、泣き疲れたのか、ローズはようやく静かになった。顔を拭いてやり、冷め切った紅茶を飲ませてやった。少しぼんやりとしたまま、ローズはロバートに身を預けてきた。
執務をしていたアレキサンダーとロバートの目が合った。ロバートが泣いているローズを慰めている間、アレキサンダーはずっと仕事をして、泣き止むのを待っていた。今日中に決済しなければならない書類は全部終わったようだった。
「落ち着いたか」
一言いうと、アレキサンダーは立ち上がった。泣き疲れたのかぼんやりしているローズの頭を、アレキサンダーは撫でた。
「お前は子供だ。ちゃんと泣け。泣くのは子供の特権だ」
ローズがアレキサンダーを見上げた。
「お前は賢い。だが、子供だ。我慢しすぎるのはよくない。年を重ねれば重ねるほど、我慢することは増える。泣くのも難しくなる。だから、子供の今の間に、泣きたいときは泣け。少しくらい、わがままを言ってみろ」
戸惑ったローズは、ロバートを見た。
「一人で全部できる人はいません。誰かを頼っていいのです。頼ってくれたほうが、婚約者としてはうれしいですね」
泣いて血の気のなかったローズの顔に、朱がさした。恥ずかしくなったのか、ローズはまた、ロバートの胸に顔を埋めてきた。抱きしめて頭を撫でてやる。
「ローズ、返事は?」
ロバートが言葉をかけても、ローズはすり寄ってくるばかりで返事をしない。
「ロバートに甘えてごまかすな、わかったか、ローズ。泣きたいときは泣け、大人を頼れ、良いか」
アレキサンダーは苦笑しつつ、ロバートに抱きついたままのローズの頭をなでた。
「はい」
ローズは小さく答えた。
「それでいい。今日は疲れたろう。ローズ下がっていい。ロバート、部屋へ連れて行ってやれ。ローズ、今日はもう休め」
翌日、ローズは今後の慰問に関して、いくつかの変更を説明された。各段に警備が強化されることになった。特にローズの両脇に近衛兵が座ることになった。ローズの体格に合わせた、ドレスの下に着る鎖帷子も用意することになった。驚くローズにアレキサンダーは言った。
「外套に穴をあけるようなものが、飛んできては困るからな」
「鎖帷子をきて歩けるように、体力をつけましょうね」
ロバートの言う通り、鎖帷子は軽いものではなかった。
第三章幕間 平穏な日々の終わり https://ncode.syosetu.com/n0237gv/
ロバートが思い出している過去の事件のお話です。
第三章幕間 マシューのチキンスープ https://ncode.syosetu.com/n8480gw/
マシューの回想にあるのも、過去の事件直後の頃のことです。
5月29日10時、11時、幕間投稿です。お楽しみいただけましたら幸いです。
乳兄弟(兄)の婚約者 https://ncode.syosetu.com/n5197gx/