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4)ローズの告白

 ローズはロバートに手を引かれ、執務室へと向かった。連行されている気持ちになって、ローズは悲しくて怖かった。

執務室の机の上には、過去の資料を順に閉じている冊子があった。表紙の日付を見て、ローズは観念した。丁度、横領を告発した時期の資料だった。


「今日はお疲れでしたね」

ロバートは、紅茶をいれてくれ、お菓子を勧めてくれた。

「先に少し休憩しましょう」

 言葉通りだといいが、ローズには、後から長くなるから覚悟をしておけと聞こえた。



 アレキサンダーもロバートも紅茶を口にしている。二人は長期戦覚悟なのだろう。ローズは覚悟を決めた。もう、過去のことなのだ。忙しい二人の時間を取ってはいけない。


「ローズ。孤児院の横領のことを、どうして君が知っている」

アレキサンダーはもう一度、本題に切り込んできた。

「グレース様は、どうやって横領のことをお知りになりましたか」

アレキサンダーの質問に、ローズは質問で答えた。答えはそこにあるのだ。


「孤児院の慰問の際に、駆け寄ってきた子供たちが将棋倒しになり、その勢いのまま子供にぶつかられた。その時に、手に何かを握らされ、誰かが耳元で、『横領、助けて』といった、と聞いている」

あの一件はグレースの側からみたら、そうなるのだろう。


「グレース様に駆け寄って、将棋倒しになった外側の子供は、ひったくりをしていた身体の強い子たちです。王太子妃様の手に、紙片を握らせたのは、スリをしていた子です。ささやいたのは、物乞いで歌っていた子です。計画をたてたのは、私です。だから、孤児院の横領の件は知っています。当時はありがとうございました。今まで黙っていてごめんなさい」

ローズは一息に告白すると、そっとロバートとアレキサンダーを盗み見た。二人とも仕事用の無表情になっており、何を考えているかわからなかった。


「他にも質問があります。ローズ。紙片には横領の内容がかかれていました。どうやって用意しました」

ローズに向けられたロバートの視線は鋭かった。


「言わなきゃだめ?」

「当然ですね」

 言ったら怒られる。言わなかったら、言うまで怒られる。究極の選択だが、怒られるのが一緒なら短いほうがいい。ローズは覚悟を決めた。

「鍵を開けられる子に頼んで、鍵をあけてもらって、裏帳簿を見ました。ごめんなさい」

やったことは、ほとんど泥棒である。いや、泥棒をしている子に頼んで、鍵をあけてもらったのだから、間違いなく泥棒だ。だが、ローズが予想していた、お説教は降ってこなかった。


ローズが恐る恐る顔を上げると、大人二人は、当時の紙片を見ていた。

「確かに、これはあなたの文字ですね」

イサカの町の件で、さんざん手紙でやり取りをしていたから、ロバートが分かるのは当然だ。紙片には横領の内容、かかわっている孤児院側の人物、出入りの業者のことがかかれている。

「出入りの業者の詳細など、どうやって知りました」

「市場でひったくりをしていた子が知っていました」

どの業者が何を扱っているか、その質はどのくらいかは、ひったくりの子が本当に詳しかった。

「なぜ、自分の手柄だと名乗り出なかったのですか。何度か調査にいきましたが」

「協力してくれた子達は、全員犯罪歴があるから、捕まってしまうから、全員で内緒にしようと決めました。横領が無くなって、刺繍でお金を稼げるようになって、みんな悪いことはやめました。だから、もう、捕まえないでください」

 孤児院には、路上生活を経験した子もいて、犯罪に手を染めていた子も少なくなかった。悪い大人をやっつけようと誘って、その子たちの手を借りたのだ。今思えば、随分思い切ったことをした。


「なぜ、あなたは横領に気づいたのですか」

「寄付いただいているはずなのに、食べ物がなかったからです。食べ物がなくて、仲良しの子が、病気になって、死んでしまって」

 ローズは、自分の声が震えたことに気づいた。あれからずいぶんたっているのに、涙が出そうになる。

「ずっといつも一緒で、一番仲良しだったリズが、病気になって、シスターと一生懸命看病したのに、助かりませんでした。グレース様の慰問をいただいたすぐあとだったから、おかしいとおもって、みんなで手分けして、大人たちを見張って、怪しい大人と、裏帳簿がある場所を突き止めました」

「見張りですか」

「物乞いをしてた子達に、担当場所を割り振って大人を見張ってもらいました」

じっと町の様子を見ていたように、孤児院内の大人の動きを見てもらったのだ。


 シスターたちは横領に気づいていなかった。厨房の老夫婦が、出入りの業者と結託し、蓄財していた。二人とも年を取り、長年露見していなかったから、油断していたのだろう。

「頑張って調べたけど、時間もかかって、その間に飢えて死んだ子もいました。外の大人に知らせる方法も、誰に言ったら良いかもわかりませんでした。だから、グレース様の慰問に合わせて、直接訴えることにしました」


 間に合わなかったあの子たち。赤ちゃんと小さい子たちが、特にたくさん死んでしまった。孤児院ではみんな、一緒に遊んで、喧嘩して、寒いときは温めあって、励ましあっていた。そんなことも経験することなく、死んでしまったあの子達がかわいそうだった。思い出さないようにしていた。今でも胸が苦しい。涙があふれてきた。

「間に合わなかった、赤ちゃんと、小さい子たちがたくさん、お腹がすいて泣いて、泣かなくなって、死んでしまって」


ロバートに抱きしめられた。

「あなたのせいではありません。ローズ」

「でも、もっと早くに気づいたら、もっと早く、外の大人に知らせる方法を思いついたら」

「あなたは精一杯やりました。結果もだしました。あなたのせいではない。もっと早くに、大人が気づくべきでした。あなたではなく、私たちの責任です」

「でも、施設はたくさんあるわ、大人も全部は無理よ」

「あなたのせいではありません。泣くのはいい。でも、自分を責めるのはやめなさい。あなたのせいではない」

ロバートの言葉に、ローズの涙が止まらなくなった。


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