3)秘密の発覚
馬車は再び動き始めた。隣に座るエドガーがローズの手を強く握ってくれた。
「ご立派です。さすがはローズ様です」
よそ行きの言葉遣いのまま、にやりと笑ったエドガーのおかげでローズの緊張もほぐれた。
「卵をぶつけられたことは内緒に」
「しない」
エドガーは周囲には聞こえない小さな声で答えた。
「あの、とっても心配させすぎてしまうから、内緒にできないかしら」
周囲に笑顔を向けながら囁いたローズの言葉に、エドガーは周囲を警戒したまま囁いた。
「するわけないだろう」
近習はみな真面目だ。真面目なロバートの部下で、彼が近習の教育をしているから、本当に真面目で、信頼ができる。近習らしからぬ軽薄な態度を咎められることの多いエドガーも、真面目なことは変わりない。
「あの、心配させて、お仕事を増やしたらいけないと思うの。それに、王太子様の御視察だったら、この外套に穴があくようなものがとんでくるはずよ。それにくらべたら、大したことないでしょう。大丈夫だったし、ね」
笑顔で周囲に手を振りながら、ローズは囁いた。
エドガーはしばらく黙った。説得できたかもしれない。そう思ったローズは甘かった。
「詳細に報告するのが私の仕事です」
いつになくエドガーは真面目な顔をしていた。ローズが取り付く島もなかった。
そのあとは順調だった。予定されていた病院を訪問し、支援物資をわたして、病人を見舞い、病人を看護するシスター達、シスターを補佐する見習いや下働きの人たちをいたわり、その日の訪問は終わった。
帰り道、ローズの隣に座ったのは、近衛兵だった。エドガーの姿はなかった。先に報告に戻ったのだ。
「報告にいったのね」
ローズはつぶやいた。病院についてすぐ、エドガーは近衛兵と何か相談していた。帰りの警護を依頼していたのだろう。
「王太子宮の近習は、みな優秀と評判の通りですね」
近衛兵が感心してくれるのは、王太子宮で生活する者としてうれしい。だが、今日に関しては、真面目な詳細な報告は、ロバートやアレキサンダーやグレースを心配させてしまうだけだ。
「おほめ頂いて嬉しいのですが、もう少し融通とか」
「筆頭が、あのロバート様でいらっしゃる以上、ありえないと思います」
最近、アレキサンダーとロバートは近衛兵達とどこかへ出かけている。今、となりにいる近衛兵も、直接二人を知っているのだろう。
「確かに、おっしゃるとおりなのですけれど」
近衛兵との会話の間も、ローズは微笑み、周囲に手を振っていた。
予想通り、王太子宮では、忙しいはずのロバートに出迎えられた。入り口に近い応接室でローズはロバートに捕まえられていた。アレキサンダーは大きな椅子に座り報告を受け、ローズはその真横にある椅子に座らされた。ローズの背後に立つロバートが、ローズの肩に手を添えていた。
近衛兵は、事件の詳細を事務的に説明した。司祭は、彼が見た周囲の民衆の反応を彼の好意的な解釈を加え、報告した。
彼らはアレキサンダーにねぎらわれ、帰っていった。
「さて、ローズ。まずは、よくやった」
「ありがとうございます。エドガーは」
「外套が汚れただけだ。気にするな。ローズ。予想外の状況にもかかわらず、きちんと役目を果たしたな。えらかった」
「ありがとうございます」
アレキサンダーは褒めてくれているが、絶対にこれだけでは終わらない。ロバートが、無駄に肩に手を添えるわけがない。
「さて、ローズ。ここからが本題だ。なぜ、グレース孤児院の横領の件を知っている」
アレキサンダーの予想外の質問にローズは自分の失敗を悟った。
危険な状況になったことに関して、お小言をもらうだけと思っていた。予想外の質問だった。グレース孤児院の寄付金横領を暴いたのは、もう何年も前のことだ。既に解決していた問題だ。グレース孤児院にいた孤児が、知らないはずのことだということを忘れていた。
グレース孤児院の寄付金横領を告発した後、直ぐに沢山の大人が来た。その大人たちは、横領事件を解決してくれた。だが、孤児達には横領が有ったことすら教えられなかった。事情を知らない子達は、突然、飢えから解放され喜んでいた。
ローズを含め、事情を知る子達は、孤児院の外からきて横領事件を解決したのに、事実を公表しない大人たちを警戒した。シスター達の雑談から、大人たちが告発者を探していると知った。告発者を探す意図が分からない以上、関連を疑われないように、横領に関しては知らないふりをしようと、仲間たちと相談したのだ。失敗した。
王太子であるアレキサンダーだけでなく、その腹心のロバート、エドガー達王太子の近習たちは皆頭が良い。いらぬことにも気づいてくれる。
「あなたは何か知っていますね、ローズ」
背後に立つロバートの声が怖い。
ローズには自分が嘘が下手だという自覚はある。不意打ちに弱い。事前に準備できていたら、はぐらかすこともできる。あいまいなことを言い、相手を誘導することもできる。嘘が下手だから、嘘をつかずに本当のことを隠すことが上手になったのだ。失敗した。
「執務室でゆっくり、お話をききましょうか」
捕まった。とローズは思った。