4)アレキサンダーの計画
ロバートの報告を聞いたアレキサンダーは思案顔になった。
「面白い話だ。ダミアン男爵家を、一度調べてみる必要がありそうだ」
ロバートが顔を覚えているとなると、リチャードと名乗った男は、男爵家でもそれなりの地位にあったはずだ。そんな男に罪を着せ、冤罪で追放するなど、後ろ暗いことがあるとしか思えない。
「あのリヴァルー伯爵家の血縁ですが」
「男爵家だけならともかく、あの伯爵が関与しているなら、一筋縄ではいかないだろうな」
アレキサンダーは、高揚感を覚えていた。ダミアン男爵家を上手く使えば、宰相レスター・リヴァルーの勢力を削ぐことが可能となるかもしれなかった。
レスター・リヴァルーは、今はおとなしくアルフレッドの元で宰相を務めている。有能だが、油断のならない男であることは分かっていた。
側室の子であるアレキサンダーの立太子に反対する貴族は少なくなかった。母が男爵家の娘であるアレキサンダーの血筋を彼らは問題視した。数代前から幾度も血縁関係を結んできた西の隣国リラツ王家の第三王子を王太子として迎え入れることを主張したのだ。国王に無断で、西の隣国リラツに使者まで送った。計画は、リラツの国王と第三王子に、一笑に付され、頓挫した。
アレキサンダーは、アルフレッドから初めて御前会議に参加する前夜にその話を聞かされた。御前会議に参加する高位貴族達が、自分を拒絶していることに、アレキサンダーは恐れを感じた。
「リラツ王家からは、どなたもいらっしゃることはありえませんから、お気になさいませんように」
そんなアレキサンダーに、ロバートは、獰猛な笑みを浮かべ、安心するようにと言った。
ライティーザの王族がリラツに嫁ぐ際、ロバートの一族の者も同行していた。リラツ王国では彼らの子孫は貴族となり、王族とも血縁関係を持っていると打ち明けられた。
「本家は私です。私がお仕えするアレキサンダー様を差し置いて、王太子になろうなど、ありえません」
アレキサンダーが、王家の揺り籠の権威を知った時だった。アルフレッドは知っていたようで驚いた風もなかった。
翌朝、初めて御前会議に臨んだとき、リラツの第三王子の方が、相応しいとアレキサンダーに面と向かって言う貴族が、少なからずいた。
「リラツ王家からは、どなたもいらっしゃることはありえませんから、お気になさいませんように」
ロバートは、昨夜と同じ言葉を、周囲に聞こえるようにアレキサンダーに言った。
「そうだな、ロバートの言う通りだ。さすがは、王家の揺り籠だ。ロバートの言う通り、わが国とかの国リラツとの関係を思えば、王太子のお前がいるというのに、なり替わろうなどという者が来るわけがない」
周囲の貴族が何か言う前に、アルフレッドが言った。それ以降、リラツ王家の話が表立って取りざたされることはない。
宰相であるリヴァルー伯爵は、表立ってはアレキサンダーに反対することはない。イサカの町に関しては、王太子に全権が任された。その時も、リヴァルー伯爵は、宰相として協力してくれた。ローズの教育にも協力してくれている。
だが、リヴァルー伯爵は、アレキサンダーの立太子に反対した一派に属していたはずだった。今でも、本心では何を考えているかわからない。ローズも祖父のようだと慕いつつも、少し怖い時があると言っていた。若くはない以上、アレキサンダーが国王となる前に世を去る可能性は高い。だが、かつてアレキサンダーの立太子に反対していた派閥の勢力を、出来るだけ削いでおきたいのも事実だった。
「ダミアン男爵家を調べるぞ」
「かしこまりました」
上手く、男爵家を取り潰すことができたら、伯爵家の勢力を削ぐこともできる。手柄をロバートにあるとすれば、ロバートに爵位と男爵家の領地を与えることもできる。
「お前は欲がなさすぎる」
イサカの町での功績をもってすれば、ロバートに爵位を与えることができたかもしれない。だが、父アルフレッドはそうしなかった。レオン・アーライルの功績にして、アーライル家をいずれ侯爵に戻すという父の計画は正しい。だが、それではロバートにあまりに不公平ではないかとアレキサンダーは、アルフレッドに抗議した。
それなのに、ロバートもアルフレッドの計画に賛成したのだ。
ロバートに爵位を与えたら、アレキサンダーを支える貴族となるだろう。ローズは王太子妃の妹ということにしてしまえば、ローズを嫁がせるのに問題はない。アスティングス家に対抗したい別の貴族に養女にさせると言う手もある。
「欲くらいはありますよ」
ロバートは、離れたところで、狩りの獲物を数える一団と一緒にいるローズを見ていた。
「全く気づいてくれませんが」
アレキサンダーは、ロバートの視線に、この男にそういう欲があったのかと、心底驚いた。
「そのほうがいいんじゃないか?お前が構うには、気づいていないほうがいいだろうに」
王太子宮に来た当初から、ロバートはローズの面倒をみている。そのためか、ローズも当たり前のようにロバートに甘え、ロバートの腕の中に納まっていることが多い。王太子宮では当たり前の光景だ。残念ながら、微笑ましい。ロバートが、ローズを抱きしめていても、相変わらず色艶がなぜか感じられない。
「アレキサンダー様まで、そのようなことを」
ロバートはため息をついた。
「まだ子供ですから、先の話です。今のままでは、父親や兄の代わりに終始してしまいそうで」
アレキサンダーは呆れた。
「妹代わりだと言っていたのは誰だ」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは答えなかった。
「まぁ、父上は、最初から、ローズをお前の嫁にとおっしゃっていたがな」
「エドガーが、エリックの勘繰りが当たるとは思っていなかったと言っていたな」
「グレースも、ローズはお前にとって特別だ、お気に入りだと言っていたぞ」
アレキサンダーが続けたところ、明らかにロバートの機嫌が悪くなる。
「からかわないでください」
「悪かった」
アレキサンダーは謝罪の言葉を口にした。拗ねたロバートなど久しぶりだ。懐かしいと思ったことは口にしないでやった。




