2)森の民
そうこうするうちにロバートが戻ってきた。
「ロバート、どうしたの?」
ロバートは笑って矢筒を見せた。3本しか残っていない。
「射つくす前に戻ってきただけです」
アレキサンダーは自分の矢筒を指した。
「使え」
「ありがとうございます」
矢を半分ほど抜き取ると、ロバートはローズを見た。
「一緒に来ますか?」
「いいの?邪魔じゃない?」
「近くで見たいのでしょう?少しくらい、わがままを言ってくれた方がいいです」
「え?でも」
逡巡するローズの手をとり、鞍の前に座らせた。
「少し駆けますから掴まっていてください」
そういうと、馬に鞭を当てた。
「あと何回か狩りの機会をつくったほうがよさそうだな」
アレキサンダーの言葉に、騎士達も頷いた。
他の射手からは少し離れたところにロバートは馬を止めた。
「動かないで」
ローズにそういうと、ロバートは矢を弓につがえた。
勢子が追い立てた兎に射手が一人矢を放った。はずしたそれに、すかさずロバートが矢を放つ。兎が倒れた。何羽か仕留めたとき、ロバートが近くの茂みに矢を放った。
「誰だ、そこにいるな、出てこい」
誰も出てこない。
「次は当てる」
ロバートが弓を引き絞った。
「待ってくれ」
男が一人出てきた。
「奇跡を起こした聖女様がいるって聞いてきたんだ、子供を助けてくれ。目が見えなくなったんだ」
ローズがため息をつき、ロバートの外套で顔を隠した。
「もう一人いるようだが」
弓を弾き絞ったままのロバートの言葉に、さらに一人現れた。男も矢をつがえてはいないが、弓を手にしていた。
「頼みごとをするにしては物々しいな」
ロバートの言葉に、男は黙って弓を地面に置いた。矢筒も外した。
「助けてほしい。お願いだ」
跪いたその姿勢は、騎士のものだった。
「何者だ」
「かつては別の地の城にあったものだ。今は、森にいる。息子を助けてほしい」
「名は?」
「捨てた」
「なぜ、森に」
「理由は名とともに捨てた」
かけつけた射手と勢子に囲まれても、男は動かなかった。
「少し待っていろ」
射手たちに男を見張らせたまま、ロバートはローズをつれ天幕に戻った。
「森に住む元騎士か。やっかいだな」
アレキサンダーの言葉にロバートは賛同した。奇跡だ、聖女だという噂を広めさせたのはアレキサンダーだ。だが、森にすむ無法者まで引き寄せるつもりはなかった。
「配下もいるようですから、それなりの地位にはあったものかと」
王宮でも王太子宮でも最近、追放した騎士などいない。おそらくは他の領主の城から流れてきたのだろう。
「ローズ、君はどうしたい」
「治せるとは思いませんが、子供に会ってやってもいいとは思います。それで無理だとわかれば気がすむでしょう」
アレキサンダーの言葉に、ローズは予想通りの返事をした。
「あなたらしいですが、森に住む彼らの領域に踏み込むことになりますから危険です。慣れてない場所で武装した連中に囲まれたくはない」
ロバートの言葉に、アレキサンダーも、周りの騎士達も頷いた。
敵が何人いるかもわからない、慣れない場所で、狩りの道具しかない今は圧倒的に不利である。
「でも、今のままでは彼らが納得しないわ。それに子供でしょう?」
子供の目がみえないから助けてほしいといわれたら、ローズは行くというに決まっている。王太子宮に住む者皆が分かっていることだった。
「護衛代わりに数人連れていけ」
アレキサンダーの許可を得て、ロバートは戻った。




