10)影の来訪2
「兄ちゃん、無茶苦茶強い」
ようやくギルが口を開いた。
「御前試合のような手合わせでは人並みです。貴族からみたら、強くないのですよ、私は。いろいろ事情があるので、私は人並みということにしておいてください。今日は、久しぶりの師匠との手合わせでした。これでは残念です」
ギルに付き添っていた二人の影が進み出た。
「師匠」
ロバートが隣に座る影をにらんだ。
「どうしてもといって、ついて来た。あきらめろ」
「下がるぞ」
アレキサンダーがまた、ローズの手を引いた。師匠と呼ばれた影も、ギルを連れて壁際へと移動していた。
「私は修練が足りていないと自ら認めましたが」
「今からその機会をやろう」
「他の仕事もあるのですが」
「あぁ、それはやっておく」
ロバートの抵抗は、師匠とアレキサンダーにそれぞれ封じられた。
「仕方ありませんね」
周囲から、人が十分離れたことを確認し、ロバートは、頭巾をかぶった。頭巾というより布を巻いただけのようにも見えた。
ロバートが頭巾を元通りにした瞬間、二人が同時に動いた。二対一という状況に、ローズは息をのんだ。
「まぁ、見ていろ」
「彼ならね」
アレキサンダーと影は落ち着いて様子を見ていた。
二人で同時に攻撃してきたが、ロバートが沈み、一人を蹴り、体勢を崩した瞬間に頭巾を取った。もう一人は、数合、剣を打ち合ったが、剣を飛ばされ、後ろを取ったロバートに頭巾を外された。
勝ったロバートは、頭巾を外し、黒装束の首元を手で広げていた。
「さすがに暑いですね」
「兄ちゃん、無茶苦茶強い」
ギルはロバートを尊敬のまなざしで見上げていた。
「貴族の価値観では私は人並みと、先ほど言ったはずです。それ以外は、表沙汰にするものではありません。先ほどは、アレキサンダー様を警護するために、師匠に師事していた結果です。最初に、今日、これから見ることは、内密にとお願いしたはずですが、覚えていますか」
崇拝の眼差しで見上げるギルを相手にしても、ロバートは冷静なままだった。
「アレキサンダー様」
見物人の輪から一人が進み出てきた。
「エリック、どうした」
「私にも、彼に師事する許可をいただけますでしょうか」
周囲がざわめいた。
「御前試合で十分披露できる腕前のあなたが、何を言うのですか」
「しかし、刺客相手となると、彼のような技にも対応する必要があります。どうか、ぜひ」
ロバートは止めようとしたが、エリックはアレキサンダーに詰め寄っていた。
「お前が良ければ構わん。だが、お前が抜ける穴は」
「この二人を置いていきます」
アレキサンダーの言葉に、師匠が、先ほどロバートに頭巾を取られた二人を示した。近習見習いのティモシーと年齢が近そうな二人だった。ふたりとも、どことなくロバートに似た、整った顔立ちと鋭い目をしていた。
「師匠」
「まぁ、とりあえず、好きなようにしごいてくれ。それで、お前の鍛錬になるだろう。礼儀作法も頼んだぞ」
「私は誰かを教えるほど腕はありません。作法を教えるものくらい、いるでしょうに」
「騎士団長、この二人、近衛くらいの腕前にしてくれたら、なおのことうれしいのだが」
ロバートの抗議を、師匠は無視し、王太子宮の騎士団長と相談を始めてしまった。
「王太子様、貴族の価値観とか、近衛くらいの腕前ってどういうこと」
ギルの素直な問いに、アレキサンダーが人の悪い笑みを見せた。
「見せてやろうか、ロバート、付き合え」
「アレキサンダー様、ご冗談を。ほかにもいるではありませんか」
「ロバート、用意しろ。この子供を納得させるには、実際に見せるほうが早いだろう」
「アレキサンダー様も人使いが荒い」
ロバートは取った頭巾をローズに手渡した。
訓練場の中心で二人は向かい合った。剣を手に、試合前の礼をし、審判の合図ののち、剣を構えた。
「作法が決まっているのが大きな違いだね」
師匠は、ローズとギルを相手に説明を始めた。
二人とも構えを崩さず、剣で切り結ぶのみだ。ロバートは疲れてはいるが、動きが良かった。
「ロバートは動いていたから、体の切れがいいね。疲れがあるから長引くと不利だろう。殿下は先ほど少し、体を動かしておられただけだから、徐々に切れが良くなるだろうね。まぁ、面白い勝負になりそうだ」
その瞬間、ロバートが踏み込んだ。
「負けだ」
アレキサンダーがあっさり降参した。喉元にロバートの剣が突き付けられていた。
「長引くと不利だと判断して、勝負に出たロバートの判断が良かったな」
師匠はそういうと、ギルの頭をやや乱暴に撫でた。
「強いだけじゃ勝てないからな、ちゃんと考えるのも大切だ。まぁ、お前もがんばれ。最初から強い奴なんていやしない。みんな努力している」
「できるかな」
「やればな」
二人の会話にローズは微笑んだ。
「これ以上は無しです」
剣を鞘に納めたロバートの声に、動きかけていた数人が残念そうにため息をついた。
「なんだ、あと数人はいけるだろう」
「執務は片付けておくぞ。気にするな」
手厳しい師匠と、アレキサンダーの声にロバートは首を振った。
「ご冗談を」
小姓たちの差し出す冷たい水が気持ちよいが、体が熱く、汗が引かない。本来は動きやすい影の黒の装束も、汗で張り付き、動きづらい。
「ローズ、先にアレキサンダー様と執務室に戻ってください。アレキサンダー様は、私の分の仕事も片付けてくださるそうなので、お忙しいでしょうから」
「おい、ロバート、さすがに全部は」
「先ほど、他の仕事があると申し上げた時に、片付けておくとおっしゃっていただきましたね。私は、着替えてから戻ります」
師匠の蹴りを受けた箇所、訓練用の剣とはいえ切られた部位が痛い。先ほど一人減り、二人押し付けたられたことで頭が痛い。
訓練場から出たロバートは井戸の水を頭からかぶった。昔から遠慮のない医者のハロルドは、あちこちの傷に文句を言いながらも、手当してくれた。
子供は秘密が大好きだ。ただ、特別なことが好きなだけで、秘密を守るわけではない。
「秘密だけどな、あの背の高い兄ちゃん、リゼじゃないや、今はローズのいい人な、無茶苦茶強いけど、強くないことになってんだ」
影として養成されつつある子供たちに、ギルの秘密が広がるのに、半日もあれば十分だった。
第六章お読み頂きありがとうございました。
幕間の更新予定です。
6月16日10時 王太子宮でのちょっとした出来事
王都で評判の芝居 https://ncode.syosetu.com/n5589gx/
6月17日10時ー6月20日10時 とある女性の語る昔話
サラは、亡き夫オスカーが愛剣を託した少年に会いたい https://ncode.syosetu.com/n5517gx/
です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
第七章は6月21日7時より連日投稿です。幕間に引き続き、本編もよろしくお願いいたします。




