7)サリーの決意
「なによ、案内できるのいるじゃない」
裏口から出て色町を抜けたところに、見知った人影が、馬を二頭連れて立っていた。
「サリー」
「きちゃった」
しばらくぶりのフレデリックに、サリーは月並みなことしか言えなかった。
「逃げますよ。再会を喜んでいる場合ではありません」
馬にまたがった背の高い男が、立て続けに矢を放った。叫び声と何かが倒れる音がした。
フレデリックと二人で馬に乗り、到着した建物を見て、サリーは本当に驚いた。
「ずいぶん、でかいお屋敷」
「私たちの主のお住まいですね。私たちはここの使用人です。屋敷とおっしゃいましたが、ここは王太子宮です」
サリーは男の言葉に耳を疑った。
「フレデリック、後でサリーさんにきちんと説明をして差し上げなさい」
背の高い男は、馬から降りると出向かえた人に手綱を預けた。
「フレデリック、再度確認いたしますが、あなたの覚悟は決まったということでよろしいですね」
「はい」
「サリー、今日、あなたをここにお連れしてしまうことになったのは、想定外でした。あなたの部屋は侍女頭に一任します。今後のことは、侍女頭との相談になります。あなたも侍女として、勤めていただければと思います。フレデリック、今日のことは、私から殿下に奏上しておきます。詳細は明日以降にしましょう。今日はもう遅いですから、二人とも休んだほうがよいでしょう」
「はい。ありがとうございました」
フレデリックが男に頭を下げた。
「短時間に思い切った決断をしたのは、彼女ですから、彼女にお礼を言ってあげて下さい。今日も店の裏口や町の出口まで案内して下さいました。私からも、お礼を申し上げます。急なことになってしまい、申し訳ありませんでした」
男の声は穏やかだった。矢を放った時とは、別人のようだ。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はロバート。アレキサンダー王太子様にお仕えする近習の一人です。あなたもここで働くのですから、今後お見知りおきを」
優雅に礼をすると、ロバートと名乗った男は去っていった。
「サリー」
フレデリックに聞きたいことは山ほどあった。
「王太子宮って、王太子様って」
「後で説明するよ」
「あんた、私の身請けっていうけど、払えるの」
「用意できる。それは明日話すよ。しばらく行けなくてごめん」
「あの人は」
「俺と同じ近習って言ったけど、ロバートが筆頭だよ。ロバートが自分で動くとは思わなかった。なんかもう、頭あがらないよ」
「あんた本当にすごいお屋敷で仕事してたんだね」
フレデリックは左手の薬指と小指がくっついていて動かない。子供の頃の火傷が原因だと聞いている。そんな手をしている男が、本当にどこかの屋敷に雇われているとは思っていなかった。
「ロバートが、必要なのは王太子殿下に忠誠を誓う者であって、指が十本動く裏切り者ではないって雇うと決めてくれたんだ」
サリーはフレデリックをにらんだ。
「あんた、雇ってくれた恩人を呼び捨てするの、恩知らずだね」
「ロバートがそういう方針なんだから、仕方ないよ」
「そもそもなんで、あんた王太子宮に雇ってもらうことになったの」
「俺、貧乏男爵の三男なんだ。この手の怪我があるから婿養子にもなれない、でも馬鹿じゃないから雇ってくれって、父親に連れてこられたんだ」
「あんた、お貴族様かよ。聞いてないよ」
「家を継がないから、平民みたいなものだよ。それに男爵っていうけど、家に金がないから、俺が仕送りしてるくらいだよ」
「ちょっとまちな、なんだよそれ」
あまりにも訳の分からないことが多すぎる。サリーがフレデリックに詰め寄ったときだった。
「あなたがサリーさんかしら」
恰幅の良い女性に声をかけられた。亡くなった母親が生きていたら、同じくらいの年齢のはずだ。
「私はサラと申します。王太子宮の侍女頭を務めています。今日は夜遅いですから、もうおやすみなさいな。積もる話はまた明日どうぞ。サリーさん、あなたも疲れたでしょう。ロバートも悪気はないけれど、せっかちな子なの。ごめんなさいね」
先ほどのロバートを、せっかちな子と言うサラに、サリーはあっけに取られた。
「フレデリック、明日きちんと説明するのですよ」
「はい」
フレデリックが一礼した。
「では、サリーさん、こちらへどうぞ。あなたも今日は大変だったでしょう。お部屋に案内いたしますわ」
サラと名乗った女性は穏やかにほほ笑んだ。




