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5)アレキサンダーの懸念

 ロバートはいつのころからか、アレキサンダーより背が高くなった。髪の色はほぼ同じだ。アリアと同じ特徴的な瞳の色だけは違うが、遠目にはわからない。物心つく前から一緒にいるから、気心も知れている。仕草も真似ることができる。子供のころは、いずれアレキサンダーの影武者をする練習をしていたらしい。

「背丈がこんなに違ってしまっては、アレキサンダー様のお役に立てません」

背が伸びたロバートが悲し気にいったとき、アレキサンダーは心底ほっとした。影武者の役目は、アレキサンダーの身代わりになり、危険な場所に赴くことだ。死ぬ者も多い。数年前にも一人死んだ。以降、適当なものが用意できずにここ数年が過ぎている。


 子供の頃からアレキサンダーに仕えていて、生き残っているのはロバート一人だ。食事に毒をもられて五人死んだ。新しく雇われた者もいたが、刺客に襲われるたびに、一人、また一人と順に減っていった。仲間を喪ってロバートが嘆いたのは毒を盛られ、五人死んだときだけだ。一番かわいがっていた年下の死をどうしても受け入れようとしなかった。護衛が、やせ衰えたロバートを連れ、ジャックの墓参りにでかけた日、ロバートが本当に屋敷まで戻ってくるのか不安だった。

 戻ってきたロバートは、少しずつ、生きることを取り戻し、鍛錬に明け暮れるようになった。


ロバートの表情が乏しいことに、いつ気づいたろうか。母親が亡くなったせいだと思っていた。何事にも淡泊になり、執着もなくしたようだった。あまりの淡泊さに、父にあいつはいつか煙のように消えるつもりかと心配され、女を見繕えと命令されたこともある。部下に色町に連れていけと命じたこともある。部下も、一応は努力したらしい。結局は、自分も命が惜しいから、出来ないと訴えられた。


 ロバートが敬愛する母アリアの夫、ロバートの父親バーナードは、何人もの愛人と浮名を流し、妻と息子を顧みなかった。それどころか、バーナードは、アリアの死に関わっているという容疑がある。そんな事情があるロバートが色町に行くわけがない。少し考えれば、わかることだ。だが、アレキサンダーは、当時、そんなことも思いつかないくらい、ロバートが生へと執着しないことが怖かった。

 貴族の間では、ロバートが男色ではないかとの噂もたったらしい。結局は、ロバートが誰も近づけないことから、そんな噂もすぐ立ち消えになった。

 

 何かと問題の多いローズがきて、面倒見のよいロバートがそれにふりまわされ、徐々に表情が戻ってきた。ロバートが、子供のローズの代わりにイサカに自分を派遣してほしいといってきたときは、驚いた。ロバートの心の中で何かが変わったと感じた。ロバートが、人形遊びのようにローズを可愛がる様子は、微笑ましいものだった。ロバートは、ローズを妹のようだと言って、どこへ連れて行くにも手を引いて歩いた。アレキサンダーも最初は、王家の揺り籠、子守の一族の習い性かと思っていた。

 ローズを優しく見守るロバートの内に、最初の頃とは違うものが潜むことに気づいたのは、いつだったろうか。己の感情すら認めようとすらしなかったロバートが、ローズと婚約したときは安堵した。執着するものができれば、そう簡単に死ぬようなことはしないと期待した。


「おまえは」

いいかけて、とまった

「はい」

答えたロバートはこちらの続きを待っている。

「死にたいのか」

他に言葉が見つからなかった。

「今、なんとおっしゃいましたか」

「死にたいのか」

「可愛い婚約者を遺して死にたいとは思いませんが。いまだ、口づけしかお許しをいただいておりませんし」

「お前は」

真剣な質問に、軽い言葉で応じたロバートにいらだちを覚えた。

「なぜ、そんなことをおっしゃるのですか」

そのまま見据えてくる。ロバート本人は意識していないのだろうが、視線が鋭いのでアレキサンダーは詰問されているように感じた。

「お前がそういっているだろうが」

少し考えてロバートは口を開いた。

「近習である私の務めはあなたの盾となること、ですか」

「他にもあるな。なぜ、お前は自分が死んだ後のことを、毎度私に頼むのだ。死んだお前を思って泣くローズを一人残して、どうしようというのだ」

ロバートの表情は変わらない。

「私が残ったところで、何にもならないのは事実です。万が一、殿下の御身に何かあれば、最も近くにいながらあなたを守れなかった私は、責任を問われ、間違いなく極刑に処されるでしょう。あるいは自害を命じられる。私が死んでも、あなたがおられたら、ローズを守ってくださる。お約束してくださったはずですが」

表情は変わらないが、視線に凄みが増す。確かにロバートの言う通りではある。王太子の側近である以上、必ずついてくる責任だ。

「私の選択肢は限られています。殿下をお守りし、ローズも守ろうというなら、私の命など、憂いている場合ではありません。もっとも、そう簡単に死ぬつもりはありませんから、ご安心を。せっかく婚約しましたし。いつか、私とあの子の間の子供を見てみたいものです」

いつの間にか、ロバート視線は柔らかいものに変わっていた。 


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