表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

4)アレキサンダーの無念

夜、アレキサンダーの盃にロバートはワインを注いだ。

「アレキサンダー様。ずいぶんと前のことですが、助けていただきありがとうございました」

「なんのことだ」


アレキサンダーとロバートの目が合った。

「あなたが三回あったとおっしゃる件です」

「思い出したのか」

アレキサンダーの言葉にロバートは首を振った。

「いいえ。当時の資料を見ました」

「ここにはないはずだ。王宮図書館の資料室、ローズか」

「はい」


アレキサンダーは嘆息した

「お前が思い出さないなら、思い出させないほうがいいだろうとハロルドの師匠に言われた。どこまで思い出した」

「資料を見たのみです。アレキサンダー様が近衛兵のところまでいかれたものの、もと来た道を戻られたため、近衛兵が追いかけて」

「やめろ、それ以上いうな。私も思い出したいものではない」

「近習は重症だったという以外、記録がありませんでした」

「やめろ、ハロルドにきけ、今は王宮にいるだろう、あれが知っている」

アレキサンダーは手に持つ盃に意識を集中しようとした。あの日の冷たい空気と、濡れた土の匂い、血の匂いまでがよみがえってくるかのようだった。


 あの時のことは忘れない。着地の衝撃の後、アレキサンダーはロバートに茂みまで引きずられた。そこで動けなくなったロバートは、アレキサンダーに自分を置いて、近衛兵がいる場所まで逃げるようにと言った。動けないロバートを見捨てられないというと、頬を張られた。

「私情に溺れ、甘えてはなりません。王族ならば生き延びるのが義務です。私が枷になるのならば、ここで今自害して果てるまでです」

 荒い息をし、押し殺した声で言ったロバートは、短剣を自らの喉に突き付けた。短剣を血が伝っていた。置いていくしかなかった。


 近衛兵を連れ、戻ったとき、ロバートは刺客に軽々と首をつかまれ吊るされていた。頭部はのけぞり、両手足が力なく垂れ下がっていた。抵抗するどころか、まったく動かない様子に、間に合わなかった、死んでしまったと思った。置いていくのではなかったと後悔した。刺客がロバートを投げ出したときの重たい音は、耳の奥に残っている。

 まだ死んでないといわれて安堵したものの、意識もなく、何度呼び掛けても反応もなく、このまま死ぬと思った。文官に扮していた男たちがロバートを抱え上げ、ロバートを介抱してくれた。今から思えば、あの男たちは影だったような気がする。


 ようやく帰り着いた王太子宮の医者に、転落した以外の傷、不自然な切り傷が数条あるといわれた。おそらく、自分の居場所を吐けと脅されたのだろう。それを思うと無力な自分が悔しかった。

 何日も目を覚まさなかった。ようやく目を覚ましたら、最初の一言は、「殿下は、ご無事ですか」だったという報告を受け、少しは自分の心配をしろと、殴りたくなった。

 

 跳んだあと、着地してなんとかその場を離れたあとの記憶がない。ロバートはそう繰り返した。ロバートは長い間、頭痛と吐き気で起き上がるのもやっとだった。そんなロバートのところに何度も押しかけ、詰め寄る査察官たちに腹が立った。

「申し訳ありません。私が覚えていればよかったのですが」

頭痛や吐き気や傷の痛みをこらえながら、穏やかにほほ笑むロバートにも腹が立った。


 査察官たちの無神経さに腹を立てた医者は、ある程度時間が経つと、査察官たちを追い出してくれた。

「意識がなかったやつが、何か知っているわけがないだろうが。お前たち、なんなら一度味わってみるか」

薬湯用の鍋を振り回す医者と、薬研や擂り粉木を振りかぶる弟子達は、普段とは違う意味で頼りになった。


「アレキサンダー様。医者は、王太子宮に戻ってからのことしかわからないでしょう。私が知らない間にあの屋敷で何があったのですか」

 あの時のことを思いだすといらだちが強くなる。吊るし上げられていたロバート、何もできなかった自分。聞くだけ聞いて、いたわりの言葉もなく去っていった査察官たち。そんな彼らに、王太子という立場であるはずなのに、アレキサンダー自身は、何もできなかった。


 できたのは僅かなことだ。それも結局、動けないほど弱っていたロバートの手を借りてのことだ。

「知らん、医者に聞け、思い出したくもない」

沈黙が流れた。

「承知いたしました」

ロバートの声は普段通りだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ