2)彼の事情、彼女の事情
「大丈夫だ、その人とリゼ、似た者同士だからな。その人、俺が色町に連れて行こうとしたら、俺に、本気で殴りかかってきたからな」
やや夜遊びが過ぎるフレデリックが話に割り込んできた。
「兄ちゃん、色町いくのか。やっぱ、あれだよな、兄ちゃん、サリー姉ちゃんの客だよな」
「うわ、おい、お前ら黙れ」
フレデリックが慌てたが、子供たちは止まらない。
「あら、お兄さん、見たことあるとおもったらやっぱり。サリー姉さんばかりご指名だけど、どういうつもり」
少女がませた口をきき、数人で科をつくってフレデリックを見た。
「おい、お前らどこまで。なんでサリーを知ってる」
自らサリーを知っていると暴露したフレデリックに、ロバートはあきれた。
「そんなこといいじゃない。サリー姉さんとは、どういうつもりよ」
フレデリックは、少女たちに詰め寄られていた。
「姉さんとは遊びなわけ」
「身請けしてくれるの」
「しないなら、そろそろ姉さんとこに来るのはやめてくれる?姉さん、あんたのこと待ってから、客取るから、最近客が減ってるのよ。それ、色町の女にとって困ることよ、わかる?」
「身請けしようにも、何度聞いても、あいつがいくらか言わないのに、どうしようもないだろ」
フレデリックは完全に少女たちに気圧されていた。
「お兄さんが、身請けしてくれるなら、私たち、姉さんから聞いてるから、教えてあげてもいいわよ」
「姉さんは、もともと大きな商家の娘で、親の借金を返さないといけないから、高いのよ。あんた聞く勇気ある」
他人の情事をこれ以上、聞くのも気が引けたロバートが、アレキサンダーを見た。
「外しましょう」
「待ってください、あなたが頼りです。行かないでください」
ロバートはフレデリックにしがみつかれてしまった。
「あなたの問題でしょう。色町のことなど、私にわかると思わないでください」
頼りにされても、色町に足を踏み入れたこともないロバートに、どうにかできるとは思えなかった。
「フレデリック、単にお前が身請けする覚悟があるかどうかだろうが」
呆れているアレキサンダーの言葉どおりだ。
「あの、彼女は王太子宮に置いていただけますか」
「素行に問題なければ、問題ない」
「身請けするかしないか、早急に決めて、私を離してください」
ロバートはフレデリックに冷たい視線を送った。
「身請けはしたいですよ。ほかの客なんか、取らせたくないです。でも、いくら聞いてもいってくれなくて、俺に身請けされたくないんじゃないかって」
子供たちが示し合わせたようにため息をついた。
「これだから、男ってのは、女心が分かってないのよ」
「情けないわねぇ。サリー姉さんは、なんで、こんなのがいいわけ」
少女たちが、ませた口を利く。
「身請けする気はあるらしいので、必要な金額を彼に言ってやっていただけますか」
淡々とロバートが少女たちに言った。少女たちが口にした金額にフレデリックはため息をついた。
「足りない。貯めているけどたりない。貯めるとサリーに会えないし、俺」
ロバートがアレキサンダーにささやいた。方法はあるにはあるのだ。
「フレデリック、方法はあるが、ここでは言えない。あとで執務室に来い。お前の覚悟次第だ」
アレキサンダーの言葉にフレデリックは、ようやくロバートから手を離した。
「そのサリーさんとおっしゃる方の、ご出身の商家のお名前はわかりますか。調べたら、何かわかるかもしれません」
ロバートの言葉に子供たちは首を振った。
「そうですか」
大きな商家が潰れるには、それなりの理由があるものだ。借金というが、違法な高利貸し相手であれば、救う方法もある。子供たちが知らないのであれば、本人に聞くしかない。
ロバートは周囲に立つ影に、子供たちを任せることにした。
「では、私たちはそろそろ戻りますので、あとはよろしくお願いいたします」
「ねぇ。のっぽの兄さん。あの兄さん頼りないけど、サリー姉さん身請けしてくれるかな」
サリーという人は、人望があるのだろう。少女たちは本気で心配しているようだった。
「彼の覚悟次第ですね。先ほどの、売春宿の件は、数日以内にまた来ますので、その際にもう少し教えてください」
「おう、まかせな」
リックが威勢よく自分の胸を叩いた。
「少年、そういうときは、彼のような人には、『承知しました』と、言うんだ」
影の一人が、注意した。
「え、この人偉いの」
「私は使用人ですよ」
見習いになったばかりの少年に、影の組織の詳細まで教えるのは早すぎる。ロバートの視線に、影は肩をすくめた。
「少年、君よりは年長だし、彼は君よりずっと責任ある仕事をしているのだから、それに敬意を払うべきだ」
「じゃあ、承知しました」
「ありがとう。では、あなたは文字を書けますか」
「もちろんだ、えっと、もちろんです。孤児院で教わった、教わりました」
いちいち言い直すが、リックもそれなりの言葉遣いを知ってはいるのだろう。
「そうですね。できれば、文字にして書くことはできますか。報告書の練習です。この屋敷の人たちに教えてもらってください」
「わか、承知しました」
「お手数をかけますが、ご指導よろしくお願いいたします。簡単なものでかまいませんので」
ロバートの言葉に影は軽く礼をした。
「確かに承りました」




