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たわわっ!  作者: 無脊椎動物
「チェンジで」
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2.テンプレ

「…新人の育成?」


 その予想もしていなかった依頼内容にカルは肩透かしを食らった気分になった。

 別段、新人育成依頼自体が珍しい分けではない。

 冒険者になったばかりの、右も左も分からないFランクの新人に対してギルドがEランク位の冒険者を付ける事事態はよく有ることだ。

 けれどもカルはこんなのでも上から二番目のランクである「S」だ。

 少なくともカルが知る限りではSランクに新人育成依頼など聞いたこともない。

 考えられる事は三つ。


 1、その支部がよっぽど人手不足か。


 2、Sランク側が育成に乗り気か。


 あるいは…


「…それで? 相手は何処のお貴族様?」


 金持ちの道楽のお目付け役か、だ。

 だが、ミアからはカルが予想していた答えとは全く違う答えが返ってきた。


「いえ、元奴隷の方です」


「…は?」


 カルがミアから詳しい話を聞くことによると、どうやらその新人と言うのがかなりの曲者の様だ。

 何でも、とある異国の狩猟民族から拐われてきた獣人であり、つい最近裏で拐ってきた商人が不正を暴かれ捕まり、結果その奴隷は自由の身になった。

 けれども、遠い異国の狩猟民族と言うこともあり読み書きどころかこの国で使われている公用語も片言でしか喋れず、また人間に拐われてきたせいで普人種(カル達の事)そのものを信用しておらず常に敵意を剥き出しにしている。その結果、領主から冒険者ギルドに押し付けられた形になったらしい。


 ちなみに奴隷には二つの種類がある。

 一つは犯罪を犯して捕らえられた事により奴隷になった「犯罪奴隷」。

 そして二つ目が、金銭的な問題でどうしようもなくなり、自分の意思でなった、奴隷と言うよりは前世の感覚で言えば派遣社員の様な感じの「職業奴隷」。

 どちらにせよ「奴隷」と言うのは司法手続きが必要なものであり、今回の場合の様な犯罪奴隷以外で、本人の意思関係なく奴隷になった場合はそれは無効になる、と言うわけだ。


 閑話休題。


「それで? そいつが私に回ってきた理由は?」


「初めはいつも通りにEランクの方に任せようかと思ったのです…けどその子が「自分より弱い人に従うつもりはない」って言って…」


「ああ、なるほど。並の冒険者じゃかなわなかったって分け」


「はい…」


 (なるほどねぇ…)


 カルは確かにその子には同情した。

 けれども、


(けどなぁ…ミアさんの頼みとは言え、これ明らかに金になんないんだよなぁ…)


 しかも新人育成なんてめんどくさい事この上ない、カルの中では返答なんて既に決まっていたようなものだ。


「悪いがそれはパスで」


「そうですか…まあ、そうですよね」


 (申し訳ないが、その子の面倒は別の人に見…ん? 待てよ? その()だと?)


「待った、やっぱりその依頼受けよう。それで、その子は何処に居る?」


「え?」


 (これはもしやあのパターンでは? 私にも波が来たのでは?)


 《えと、私こんなに優しくして貰ったのは初めてです…》


 心身ともに傷ついた元奴隷の女の子に優しく接する主人公。

 初めは警戒していたその子も、次第に主人公に絆されて、良い感じの雰囲気になる。


 (そんな王道パターンだこれ!)


「実は、まだあと一つ問題があって…」


「問題? 一体何?」


「その、その子には顔に大きな傷があって…それで常に顔を隠してるんです。だからその子の事を不気味に思って怖がる人が多いんです」


 《ダメ…こんな顔見ないで…》


 《顔なんか関係ないさ、綺麗だよ》


 《うぅ、ぐすっ。ありがとう、ございます》


 (来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! これは勝ち確ですわ! コンプレックスに漬け込むのはちょっと罪悪感はあるが、それでも普通の女の子よりは射止めやすい!)


「構わないさ、私はそれぐらい気にしない」


 頭の中では勝利が確定した際のBGMが鳴り響き、つい吊り上げってしまいそうになる口角を無理矢理押さえ込み、カルは何事もないかのように答える。


「…分かりました。では、ギルドは正式にウィスさんに今回の事を依頼します。今からその子の所に案内しますね」


「ありがとう」


 ギルド内の訓練所の方向に歩き出したミアの後ろをカルは付いて行く。

 出来るだけ冷静な顔を装っているが、内心はウッキウキであり、気を抜けばスキップでもしてしまいそうだった。

 だが、もしそんな場面を見られてしまったのならば畏怖される事は無くなるだろうが、変人として別の意味で避けられてしまうだろう。


 (カル、ここはグッと我慢だ!)


 ちなみに「カル」と言うのは彼女が冒険者をやって行く上で考えた偽名だ。

 そんな名前を付けた理由?

 彼女が以前、名前を聞かれたときに不意に他の冒険者が飲んでいた酒が目に入った。

 その時、ふと前世で好きだった「カクテル」が頭の中に浮かんだ、そこから取って「カル」。


 (な? 思ったより下らないだろう?)



 ▽ ▽ ▽



 あの子と、「カル」と出会ったのはもう十年も前になる。

 私が初めて受付嬢として、ギルドのカウンターにたったあの日の夜。

 その夜はとても激しい雨が降っていた。

 雨、と言う事で大半の冒険者は拠点の中に帰っていき、ギルド内には数える程しか冒険者は居らず、当時私に仕事を教えてくれていた先輩と「初めての日がこんな大雨だなんて運が悪いね~」なんて他愛ない話をしていた時、不意にその子はやって来た。


 ギルドの扉をギギッと音を発てながら開けたのは、一目で分かる程上等な服を着た十歳位の少女、けれどもこんな雨だと言うのにその子の服は一切濡れていなかった。

 何故こんなところに? 何故濡れてないのだろう?

 何もかもが、今のこの状況と乖離しており、とても不気味に感じたものだ。


 好奇、疑問、戸惑い。

 それらの視線をその身に受けながらも決して怯む事なく、周囲を見渡していた少女と不意に目が合う、そして少女は一切の迷いなくこちらに歩み寄って来て


「冒険者になりたい」


 と言った。

 固まってしまい、動けなくなってしまった私とは対照的に先輩の動きは早かった。


「ごめんなさいね、冒険者の申請は実力が伴っていると認められる人のみ受け入れているの」


「実力?」


「ええ、だからお嬢さんだとちょっと難しいの、ごめんなさいね」


「…分かった」


 何かを考え込む様な様子を見せた少女は、突然何かを思い付いたかの様に足早にギルドから出ていった。


「…先輩、今のは?」


「たまに居るの、冒険者に憧れて冒険者にしてくれって言いに来る子供が」


「けど…あの子明らかに普つ」


「良い? この仕事ではあまり厄介事には首を突っ込まない方が良いわよ?」


 そう言った先輩の横顔を、私は少し薄情だと思ってしまった。

 確かに、それは理解出来る。けれども理解出来るからと言って納得出来るかどうかはまた別だ。

 けれども私に出来る事なんて無い。


 あぁ、せめてあの子が無事に家に帰れます様に。

 その私の願いは私にとって予想外の事で裏切られた。


 あの少女が出ていってから約一時間、再び不意にギルドの扉が開かれる。

 そこに居たのはあの少女だった。

 あの時と変わらない、全く濡れておらず、視線に一切怯まない少女。


 だが今回のその視線のほとんどは畏怖、あるいは嫌悪であり、その視線を受けていたのは少女ではなく、少女が持っている()()だった。


 それは今もなお血が滴り落ちている大きなトカゲの様な生き物の首。

 後から聞いた話では、そのトカゲの様な生き物はCランク相当の魔物であり、この辺りではそれなりの強さを誇る魔物だったらしい。


 床に血の跡を残しながら、カウンターへとツカツカと歩いてきた少女は、こちらに見易い様にしたのかグイッとその首を私達の顔の前に持ち上げてきた。


「実力的には問題ない?」


「え? いや、その」


 普段のハキハキとした先輩からは考えられないような様子で固まる先輩。

 埒が明かないと少女は判断したのか、今度はこちらに視線を向けてきた。

 その目を見て、私はヒュッと息を呑んだ。


 こんな、こんな目をこんな幼い少女がやって良いものなのか。

 こんな全てを悟り、諦めたかの様な目を。


「どうなの?」


「…あ、え、あも、問題ない…です」


 そんな目をした少女に呑まれてしまい、私はついその問いに頷いてしまった。

 しまった、と思いつつももう遅い。

 とは言っても、実際にこの少女はこんな短時間で魔物を狩ってきたのだ、実力的には問題ないだろう。

 それに頷いてしまった以上、この少女を受け入れるしかない。


「あ、あの…申請時にはお名前が必要なので…お願いします…」


「名前?」


 その問いをした時、初めてその少女の顔が歪んだ。

 まるで聞かれたくない事を聞かれたかの様な、そんな様子だった。


「…カル」


 絞り出されるかの様に名前を出した少女は、何処か酷く悲しそうだった。

 まるで、ここではない何処かに思いを馳せているかの様な。

 まるで、何かもう二度と手に入らないものを思うかの様な。


 ※カクテルが飲めない事に悲しんでいただけです。


 その様子見て、私の心の中を埋め尽くしていた畏怖や混乱が一気に晴れていくかのように感じた。


「…カルさんですね。ようこそ、冒険者ギルドへ」


 この少女を私が救わねば。

 この行き場のない少女を。


 それが私とその少女の…これから長い付き合いとなるカルとの最初の出会いだった。

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