割れたスマホ
「お父さん、死んだんだって」
母からの電話だった。コールセンターの事務処理係と話しているみたいなぶっきらぼうな連絡を聞き終わり、電話を切りそうになった瞬間、母がこう言った。
「もう、いいんじゃない? 許してあげようよ」
彼は曖昧に返事をして、通話を切るボタンをタップした。
事故だという話だった。あっけないものだった。彼をあれだけ虐げた父の最後としては。夜も遅いアパートの部屋の中で、彼は長い時間、裏っ返しにしたスマホを眺めていた。スマホ。思い出したくもない思い出だった。一番最初に手にしたスマホを思い出す。親に買ってもらったもの。家族を顧みずに勝手ばかりする父と喧嘩して、額に投げつけられて、割れてしまったあのスマホ。以来、母と一緒に家を出て、一人暮らしになった後も、父からの連絡には決して出ないと決めていた。父の方も父の方で、息子には電話の一本もかけないと決めていたようで、彼は電話を受けることは決してなかった。昨日までは。
夕方、早めに帰れて、仕事場から帰る途中のことだった。右のポケットが震えた。スマホを取り出し、夕闇に白く目立つ画面を見た。そこには父とあった。彼は手鏡でも覗くように、数秒間じっと震え続けるそれを見ていた。やがて両手で挟み、祈るようにして顔の前へ持っていく。震えが額から脳髄に伝わってきた。合わせていた両手を開くと、スマホは真っ直ぐに地面に向けて落ちていった。ガツッと音がして、砂利の上でザーッと滑って、死んだように震えるのをやめた。彼は落ちたスマホに一旦背を向けて歩き去ろうとしたが、大きく息をついて、踵を返して拾いに行った。拾い上げ、砂を落とそうと撫でると、傷がケースにザラザラついていた。もう日が沈む。沈む日が黒い画面に照り返した。幸い、画面は割れていなかった。そう、上手くいくんだ、と彼は思った。自分は感情に押し流されたりしない、父とは違う、上手く人生をやれるんだ、と。
アパートの部屋の中を歩き回る。白色の蛍光灯の灯が部屋を照らす。ため息をついて、スマホを持ち上げる。強情が過ぎるかもしれないが、通夜にも出ないことを連絡しなければ……。着信履歴を開いて、母にかけ直そうとすると、いやでも父からの着信が目に入る。ふと、画面の隅に一本、斜めに線が走っているのが見えた。割れていた。とても小さな傷だったが、たしかに彼のスマホにはヒビが入り、液晶画面に歪みが生じていた。彼は着信履歴に父の字を表示させたまま、長いことスマホを回したり傾けたりして、ヒビを眺めていた。
結局、通夜には行った。久々に見た父の顔は、安らかだった。