化かし099 病床
「あんたたち、馬っ鹿じゃないの?」
からからと音を立てるかなだらいを持った師が覗き込む。
「オトリが悪いんだよ」
額に冷たく湿った感触が気持ち良い。ギンレイが氷を入れて濡らした巾着を乗せてくれたのだ。
「わ、冷たい」
ミズメの病床に並んで声。
「水術と薬学のできる巫女が風邪をひくなんて初めて知ったわ」
相方に対しても呆れ顔が向けられる。
ミズメとオトリは風邪をひいていた。
数日前から先んじて体調不良であったミズメであるが、神木の村の天女騒ぎで本格的に悪化、それを押しての相方との祭り遊びを行った。
祭りでは、芋を始めとした根菜や秋の恵みの煮物が供された。祭りのために神木へ捧げられた牛も解体され、祭りの食事はその肉まで使われた贅沢なものとなった。
大地の恵みはまだ余り、煮物だけでなく粕汁までもが振る舞われた。
風邪と一晩中の張り込みに疲れたミズメの身体に、温かな汁気と酒の香りが染み渡った。
粕だけでなく酒そのものも混ぜてあるのか、少々酒気が強いのがこれまた堪らない。
ミズメは極楽浄土に至ったかのような気分になった。
それから機嫌良く相方のほうを見ると、すでに手遅れであった。
酒に弱い相方はにこにこしながら同じ汁を啜っていたのだ。
さいわい、大江山で見せた酔いによる気質の変化は見せず、ちょっとしたお邦言葉で眠気を口にして倒れ込むに済んだ。
だが、何度起そうとしても目覚めず、寝穢い娘への特効薬であるはずの雷鳴の音真似すらも通用せず。
泊まりを考えたが、村は乱痴気騒ぎの無礼講。不用意に村で屋根を借りればもめごとの種を引き寄せる気がした。
ミズメは眠ったオトリを背負い、独りで月山を登った。
その時点でかなり嫌な予感はしていた。
密着した相方の身体は衣越しにも矢鱈と暖かかった。高熱を発していたミズメにも感じられるほどに、である。
普段なら高原まで翼でひと駆け。相方とでも水術の身体強化による近道で常人よりも早くの踏破が可能。
それらを無しにすれば、修験の行者が選ぶような道となる。
ましてや冬も近い今日日、場所によってはすでに万年雪がその根を広げていた。
当然、ミズメは日が変わるまでに高原へ辿り着くことなどできず、全く目覚めず無力となった相方が凍えぬようにあれこれ手を尽くし、朦朧としながらの二夜目の徹夜となった。
ようやく目覚めた相方は矢張り完全に調子を崩しており、ふら付く足元では水術の早駆けはおろか、ミズメの支え無しに山道をゆくことは不可能となっていた。
今振り返れば、自分だけ飛んで助けを呼ぶとか、音術で誰かを無理矢理呼びつけるとか手はあったはずだが、ミズメはまさかの自宅の近所で相方と寄り添い座り込み、死を覚悟したのである。
結局、今はこうして床を並べて銀嶺聖母の看病に与るわけであるが、それも見かねた月山の神が野鳥に命じてもう一方の支配者である彼女を呼びに行かせたおかげである。
それは丁度、ミズメが辞世の一首の上の句を捻り出したところであった。
「ま、くたばる前に見つかって良かったよ。ふたりとも、たまにはゆっくり休みなさい。動くのは雪隠以外は一切禁止。何かあったら、私でもウブメでも子供たちでもいいから呼びつけなさい」
「あい……」
師の禁止に抗う元気も理由もなく、退室していく後ろ姿を眺める。
「あのミズメさん」
オトリが弱々しく声を上げる。
「なあに?」
「またご迷惑を掛けてしまいまして、本当にごめんなさい」
「オトリが蜜にこだわるからだぞ」
「でもでも。この風邪って、ミズメさんがうつしたんじゃないんですか?」
窮地を抜ければ献身や心配よりも文句が出てくる。これが人の情である。
「違うよ、襦袢一枚で踊るからだよ」
「誰が踊らせたんですか! 天女と一緒になって私の身体を弄んで!」
「オトリが邪魔したからだろ」
「うっ、ですよね……ミズメさんだけならきっと手早く済ませれてたはず。我慢できなかったんですよ。一晩中戻って来ないし、あなたに万が一があったらと思ったら……。それに、独りで森の中で待たされてたら寒かったんです。多分、風邪はそれのせい。あと……すごく寂しかったんですからね」
棘と花の混在。ミズメは天井を見ていたが、頬にはくすぐったい視線を感じている。
「ミズメさん」
また呼ばれる。
「なあに?」
「横を向いたら額の巾着が落ちちゃいました」
「なんであたしに言うの?」
「拾ってください。ギンレイ様に動くなって言われたので」
「あたしも一緒だっての。それくらい手を伸ばして自分で拾いなよ」
「言ってみただけじゃないですか。けち」
しばしの沈黙。ミズメが眠りに片足を突っ込んでいると、慌ただしく床を叩く音が近付いてきた。
「ギンレイ様に言われたから、めんどくさいけど手伝いに来てやった!」
「ミズメ様、オトリおねえ様、“蘇”をお持ちしました」
現れたのは化け貂の寿命を借り受けた半物ノ怪の童男と童女。
頭のてっぺんにくっついた丸い耳がぴょこぴょこと動いている。彼らが振り返れば、腰にくっついた豊かな毛の尾も見えるだろう。
「ありがとう、貂丸君に、貂華ちゃん」
オトリはむくりと起き上がった。子供たちの手にした蘇の入った器からは、ほのかに蜜の甘い香りも漂っている。
「甘いもののこととなると、すぐ調子が良くなるんだから」
ミズメも身を起こす。
「オトリおねえ様、お口を開けてください。はい、あーん」
テンカが飴色の蘇を運ぶ。
「あーん」
にこにこ笑顔の口の中に放り込まれる蘇。
さくさくとした小気味の良い音と共に顎が元気に上下している。
「甘いようなしょっぱいような。不思議な味で美味しい!」
「蘇は身体に良いですよ。お乳の栄養がぎゅっとしてますから。蜜を掛けたほうもどうぞ」
テンカは機嫌良く餌やりに興じる。
「おまえは自分で食えよ」
こちらに就いたテンマルは冷たく言った。
「言われなくっても。あんなのこっぱずかしくてできないよ」
ミズメはテンマルの手から器を受け取る。
「楽しいのに。テンカちゃんも、あーん」
オトリは自身のぶんの蘇を欠いて貂の童女へと差し出す。
「いいんですか? あーん」
訊ねつつも口を開け、オトリと似た反応を見せるテンカ。
「美味しいですかー?」
「美味しいでーす」
テンカはべったりとオトリへすり寄り、オトリも当然のように頭や尾を撫でてやっている。
「風邪がうつるよ」
あちらは思いのほか元気のようだ。ミズメは顔を背け小咳をひとつ。
「蜜の掛かったほうはあたしにはちょっと甘すぎるね。やっぱり風邪をひいた時はこれに限るよ」
ミズメは“どこからともなく”、酒瓶を取り出した。
「お酒は駄目。ギンレイ様が薬の効きを悪くするって言ってた」
テンマルが咎める。
「ちぇっ、我慢するか」
「それと、蓑を返せって言ってた」
促されてこれまた“どこからともなく”、師より借りていた隠れ蓑を引っ張り出す。
蓑の藁の刺さる感触が風邪の寒気にやられた背筋に非常に不快だ。
「忘れてたよ。出したらすっきりしたような、調子が悪くなったような」
ミズメは横になった。
「あれ? 蘇、食べないんですか」
「いいよ、オトリにあげる」
「美味しいのに」
「面倒臭い。竹菅を胃に挿して酒を注ぎ込みたいよ」
「どんな無精者ですか。だったら、私が食べさせてあげますよ」
オトリはこほりと咳をひとつすると、気配をこちらに寄せてきた。
「要らないって」
ミズメは背を向けている。
「テンマル君、テンカちゃん。お願いします」
オトリが言うと子供たちがこちら側に回り込んできて、身体の向きをオトリのほうへと引っくり返されてしまった。
「おまえらすっかりオトリの言いなりだな」
「言いなりじゃないぞ。手伝いをしてるだけ」
「お師匠様やウブメの手伝いからは逃げるくせに」
「私はオトリおねえ様の言いなり。色んなこと知ってるし、上手に撫でてくれるから大好き」
いつの間にやら懐柔されている子供たち。
「はい、あーん」
蘇がこちらへと差し出される。
「……」
渋々口を開けるミズメ。蘇の欠片がオトリの指によって口の中へと押し込まれ、くちびるが指先につんと突かれた。
「美味しい?」
「甘い……」
ミズメは甘過ぎるのは苦手であった。食べ過ぎるとかえって辛いような痺れるような感じを受けるのだ。
蘇は塩漬けのたぐいを乗せて酒と一緒にやるのが好ましい。
だがこの甘さは蜜だけのせいではない気もした。
「はい、もうひとつ」
またも蜜がけの蘇。
「いいよもう。顎を動かすのも面倒だ」
辞退する。くちびるにべたつく蜜を舐めると、蘇とは別の幽かな塩っけを感じた。
「ふうん。じゃあ、私が……」
オトリは自分の口の中へと飴色のかたまりを入れる。
口の端に付いた蜜。上下する顎。上気した頬。
――私が……?
オトリの白い喉元は飲み下す動作を見せず、片手は床に突かれ、彼女の顔が急接近した。
僅かまぶたを伏せ、寝乱れ頬に掛かった鬢の毛を指が耳へとそっと引っ掛ける。
「はい、あーん」
熱く甘ったるい呼気が鼻に掛かる。
「鳥の餌やりみたい」
童男が笑う。一方で童女は「わ」と短く声を漏らした。
「おまえ、熱があるだろ」
「ありますよ。ミズメさんも、熱があるからいいじゃないですか」
話したせいで口の端から甘いものがこぼれそうになるのが見えた。
「何がいいんだよ……」
逃げようと身体を引こうとするが、動いたのは気持ちだけであった。
「何が良いかは、やってみれば分かりますよ」
蘇と蜜にしては、いやに透き通った液体がオトリの顎を伝う。
「勘弁してよ……」
姿勢を崩し肘をつくミズメ。相手の顔はそれにぴたりとついてくる。
覗き込まれ、こちらの顎に熱い一滴が落ちた。
刹那、相方の背後から陰ノ気。
「何をしていらっしゃるのですか? ご安静にしていらしてください」
聞き覚えのある声。それとこの陰の怒気もなじみ深いもの。
「あ、鳥女」
テンマルが言った。
「霊気まで練って。お遊びになってはいけません」
相方が遠くなる。引き離した者の手の袖口からは羽毛が覗いている。
「全く。テンマルとテンカもお世話を焼いてと言ったでしょうに」
叱咤と共に現れたのはこの里の女房役の鬼、ウブメ。
かつて、蝦夷との戦乱の地で腹を捌かれて子を奪われ鬼化したところをミズメに拾われ、ギンレイに鳥の命を分け与えられた女である。
「普段ならともかく、病人なら子供と変わりありません。ならばおふたりもこちらの領分。お身体が良くなるまでは私の言いつけに従っていただきますからね」
くどくどと陰ノ気交じりに説教をするウブメ。
性格か鬼の執着か。こうなると面倒だ。ミズメは先んじて横になり、氷が溶けてぬるくなった巾着を額に戻した。
「……ごめんなさい」
オトリは喉を鳴らすと謝罪をし、下唇を噛んだ。
それから、今更ながらに真っ赤になって顔を背けた。いや、顔は熱で元々赤かったか。
「ほら、寝ていらして。氷も溶けてしまってるし、お詰め替えないと」
ウブメはギンレイの持って来た桶の氷水を巾着に詰め替え、ふたりの額に乗っける。
「テンマルとテンカも、おふたりのお世話をきちんとしなくてはいけませんよ。寝ているだけではきっと退屈でしょうから、お話のひとつでも聞かせて差し上げなさい」
ウブメは子供たちに命じると、たらいと椀を回収して去って行った。
「怒られてやんの」
童男が歯を見せ笑う。
「あんたも一緒でしょうに」
童女が口を尖らす。
「怒られちゃった」
オトリは言うも、その声は愉しげである。
「じゃあ、ウブメ様にも言われたことですし、今日は私がお伽話を……」
テンカが言い掛けると、何かが足音を立てて部屋へと入って来た。
「にゃあ」
猫……ではなく、猫の耳と尻尾を有した幼子。
その所作は、幼子特有の這いずりまわりというよりは、四つ足の歩みに寄っている。
「あれ、この子って?」
オトリが首を傾げる。
「オトリおねえ様が連れて来てくれた“ねうこ”ですよ」
「嘘、前にギンレイ様に見せてもらった時はようやく首が座ったばかりだったのに」
オトリは再び身を起こし目を丸くした。
「赤ん坊には化け猫の寿命が入ったからね。大抵の動物の赤ん坊は人間の赤ん坊よりも早く動き回るようになるもんだ。多分、借寿ノ術の影響だよ」
「すごいなあ」
「にゃあ」
ねうこはオトリのそばに行くと、首を伸ばして頬をオトリの身体へとこすりつけた。
「助けて貰ったことを憶えてるんだ。名前もオトリが付けてやったんでしょ?」
「うん……」
オトリはさも愛おしそうに猫娘の顎を撫でる。
ねうこは鼻先をオトリの胸へとこすりつけ、尻尾を腕へと絡ませた。
「甘えてる。お母さんだと思ってるのかも」
テンカが言った。
「ねうこ……」
オトリは幼子を撫でてやりながら、もう一方の手を泳がせ何かを逡巡したようである。
しかし彼女は、頬を擦り合わせる幼子を押して退かせた。
「テンカちゃん、風邪がうつるといけないから、この子をよそへ連れて行ってあげて」
告げるその顔は酷く寂しげであった。
「はい、おねえ様!」
テンカは元気よく返事をすると、ねうこの胴へ両腕を回して引っ張った。
ねうこはやたらと胴体を伸ばしながら、ねうねうと騒いだ。
まだ伸びきらぬのか性分か、恩人を求めるたなごころは猫の手だ。
オトリはねうこが退場するまで静かに見守っていたが、姿が見えなくなると胸へ手を当て大きく溜め息をついた。
「それじゃあ、お話はおれがしないと駄目なのかー」
残されたテンマルが不満げに言う。
「別に面倒ならしなくていいよ。あたしは静かに寝てるほうが良いし」
「じゃ、なんか話そうかな」
「なんでだよ」
「ミズメが嫌そうだから」
「おまえ、あたしのことちっとも尊敬してないだろ」
「当たり前じゃん。阿呆だし、鳥なんて簡単に捕まえられるし」
「貂が捕まえられるのは小鳥くらいのもんだろ。大鴉や鳶には逆に捕まるんじゃないの?」
「うるさいなー。ミズメはずるいから嫌い!」
「なんだよ、ずるいって」
「自分ばっかり山を下りて人里に出てさ」
「連れて降りてやってもいいけど、その耳と尻尾じゃ困るだろ」
「じゃあ、これが隠せるようになったら連れて行ってくれる?」
「いいよ」
「分かった! 霊力を伸ばしてみる。約束だかんね!?」
テンマルが両腕を掴みかじりついてくる。
「風邪がうつるって。それより……」
ミズメは童男とやりとりをしながら、視界の隅で相方が物思いに耽るのを見つけた。
「オトリにおはなしをしてあげてよ」
「分かった。オトリねーちゃん、どんな話が聞きたい?」
オトリはテンマルに声を掛けられ、はたと表情を変えた。
「えっと、じゃあ、少し暑くなってきたから、涼しくなるおはなしが良いかな」
「じゃあ、おばけの話かー」
「おばけ。やっぱり、違うお話にしましょう」
オトリは顔を青くした。
「オトリは巫女だよね? 悪霊も退治してるよね?」
首を傾げるミズメ。
「ミズメさん。鬼や悪霊とおばけはね、違うの」
オトリは言う。
「おばけはね、こわいの」
「じゃー、おばけの話にするか。今は昔……」
「どうして!?」
「だって恐いんでしょ?」
「なんで意地悪するの?」
「違うよ。拾われる前にね、おっとうとおっかあに聞いたんだ。恐い話をすると病魔もどこかに逃げるって」
「テンマル君のお父さんとお母さん……」
「うちは田んぼが全部病気になったから、食べるものがなくなっちゃって、おれは山にやられたんだ。独りで行くのは嫌だって言ったけど、鬼が来るぞって恐い話をされて追い出された。そしたら山で病気になって、きっと、おれが病気を運んだから追い出されたんだって思ったんだ。米が駄目になったのもおれのせい」
「そんなことないわ」
オトリは間髪入れず否定した。
「だったら、なんで追い出されたんだろう?」
「それは……」
オトリは口ごもる。
「村の皆は誰も口を利いてくれないし、腹が減って死にそうになってたらギンレイ様が来てさ、おれのことをここへ連れてきてくれたんだ」
「あたしも居たけどね。村の人たちからは人攫い扱いされたよ」
「面倒を見てくれる人は探さなかったんですか?」
「一刻も早くその場を離れる必要があったからね」
「どういうことですか?」
「その村はもう無い。焼かれたんだ」
「誰にですか!? いくさとか?」
「役人にだよ。音頭をとったのはオトリも知ってるあの受領のおっさんだ」
「あの人が……」
オトリの霊気が揺らぐ。
「言っとくけど、あいつは何も悪いことをしちゃいないよ。村には“疱瘡”が流行り始めてたんだ」
「疱瘡……! あれは私でも……。神様は居なかったのかしら」
「稲の病気からして、稲霊すらも居なかったんだと思う。疱瘡が流行れば、患った者の死体は勿論、触った物も駄目になる。受領のおっさんは嫌な奴だけど荘園の管理者だ。病の走りを見つけたあたしが教えたんだ。おっさんも病気が広がるのは困るから、村ひとつを丸ごと全部焼いた。そうしなきゃ、隣近所の村や荘園まで全部駄目になるから。役人が村を焼きに来た時にはもう、酷い有様だったらしいよ」
「そんなことが。それなのに、あの人はミズメさんの退治を私に依頼したんですか?」
「あたしは文を射込んだだけで、名乗り出てはいないからね。気に入られて媚を売られても面倒だし。ま、こいつは上手いこと山にやられてて、お師匠様と見つけた時も、まだ戻ってすぐだったから感染も焼かれもしないで済んだってわけ。山ですでに消耗してたから、どっちにしろ長くはなかったんだけど」
童男を拾い上げる判断を決定したのはギンレイであった。
村の滅亡は確定事項である。「何もかも灰と化すより、村のあった証が何か遺ったほうが良い」と彼女は言った。
「おれは病魔じゃなかったんだってさ。だけど、なんで追い出されたのかは分かんないんだって。病気で皆が死んじゃったんなら。ほんとはおれが恐い話をしてやらなきゃいけなかったのかなあ?」
テンマルは腕を組み難しい顔をした。
「……そっか」
巫女が童男に向けるは憐憫の瞳。
「テンマル君、一番恐い話、聞かせてちょうだい。私の風邪をそれでやっつけてくれる?」
「いいけど、おばけの話だよ? 一番こわいのは、かみなりおばけの話」
「か、かみなりおばけ……!」
ごくり、唾を飲む音。
「お願いします」
オトリは襦袢の紐を締め直して言った。
それから彼女は、とびっきりの恐い話「かみなりおばけとおへそ」を聞かされ、臍のあたりを抑えながら泣き顔を披露してテンマルに指をさされ笑われたのであった。
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伽……伽はもともと夜の長い時間を話をして潰すことを指した。それが夜の相手をすることや、おとぎばなしなどの意味に転化した。
疱瘡……天然痘。かつて世界各地で猛威を振るった感染症。




