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化かし092 有名

 ミズメとオトリは大海神(オオワダツミ)のもとを出立し、出羽国(イデハノクニ)月山(ガッサン)を目指す。


 陰陽寮より発行された免許の威力は旅に優位に働き、かつて畿内へ向けて南下した時とは打って変わって、駅路や関所を大手を振って通過することができた。

 無論、道中に立ち寄った村々への手伝いや、困りごとに直面して立ち往生していた旅人の救出、気分転換に山道に逸れて出遭った山賊の退治など、此度も彼女たちの活躍は枚挙にいとまがない。

 繰り返しの善行が日ノ本に浸透してきたか、旅先で自分たちの噂を耳にすることもあった。

 それが流行りを生んだか、山伏と巫女という組み合わせで旅をしたり山へ入ったりする修行者も増えたようだ。

 もっとも、玉石混合で、霊験の無い者やふたりの名を偸んだ詐欺師も珍しくなく、本家本元がいわれのない非難を受けることもあった。


 オトリは己の人気に少々鼻を高くしていた。

 噂のほうは“相当の美人”というおまけがついていたせいで、相手に訝しがられることもあったようだが、おおむね愉しそうで何よりである。


 一方で、ミズメはやや舌を巻いていた。

 目の前で困ってる者があったり、善意の琴線に触れる相手なら助けるが、事情も知らぬ件で当てにされるのは面倒以外の何物でもない。


「それに、こーいうのも増えたね」


 ここは東山道(トウセンドウ)陸奥国(ムツノクニ)南部。

 月日は流れ葉月(ハヅキ)。残暑に額へ汗するかと思えば、山に抱かれれば朝夕の肌寒さに震えることもしばしば。

 紅葉はまだ遠くも、木々は実りの気配を孕み、若い鳥や獣の姿は探さずとも視界に入る。

 遠方の山々は青く、高所では背伸びをした童女のように下手な白粉(オシロイ)で化粧をした箇所も見て取れた。

 山祇(ヤマツミ)のもとのうつくしき自然。そして、眼前には熊とも角力(スモウ)を取れそうな体躯の山伏の姿。

 その巨体を支えるは見るからに重そうな鉄下駄(テツゲタ)で、袖より覗く前腕もまた(イワオ)のごとしの頑強さに加えて毛むくじゃら。

 大きなこぶしに鎖を握り、その先端についた分銅(フンドウ)は忙しなく真円を描いている。


「確かな霊力も感じ、鎖や下駄からも同様の気配。恐らくは古流派でいうところの石術、つまりは金術に通じており、それを得手としているのだろう。顔は山籠もりのせいか、垢と髭で汚れきっており、その厳めしい表情からは敵意だけでなく、戦いへの欣快(キンカイ)が覗き見える。さてはこの山伏、名馳せる天狗の水目桜月鳥への挑戦者なのではないだろうか……」

 ミズメはさも面倒臭さそうに見えるように顔を歪めつつ、他人ごとのように語った。


「なあにをごちゃごちゃ言っておる。早く太刀を抜け水目桜月鳥」

「面倒臭い」

 ミズメは素直に言った。


「貴様はなにやら女のくせして修験の道に足を踏み入れ、女のくせして麗しき巫女を侍らせ善行をしておるそうだな。しかし、その正体は天狗なる怪異そのものを名乗る物ノ怪であると聞いた。そのような者が不動明王に頼もうとは烏滸(オコ)がましいにもほどがある。貴様を退治し、この東の大山伏こと“伝鉄坊(デンテツボウ)”様の伝説の(イシズエ)のひとつに加えてくれようぞ」

 デンテツボウは得物こそ待機させたままだが、霊気を練り上げ高め始めた。


「そこまで知ってるのに、なんで挑戦してくるかな。あたしは良い物ノ怪だよ。あんたも名のある山伏だってんなら、術師同士で潰し合いなんてしないで、人助けでも悪者退治でもすればいいじゃんか」

 ミズメはやや苛立たしく思ったが、霊気の練り上げには応じず、鳶色(トビイロ)の翼を披露する。

「矢張り物ノ怪か! 物ノ怪は悪! 俺様が勝ったら、貴様の命とそこの女を頂こう」

 山伏の視線の先にはオトリが居る。


「いいよ。じゃあ、あたしが勝ったら腰に()いてる太刀を頂こうかね」

「こら、勝手に私を賭けないでください!」

「くくく……後悔することになるぞ。貴様の無念の霊魂は俺様が祈祷して晴らしておいてやる。そこの女をこの鎖で縛りながらな!」

 デンテツボウが舌なめずりしてオトリを指差す。


 ミズメは衣乱れ鎖で縛られた巫女の姿を想像した。


「なるほど。そういうのもありだね。じゃ、勝ったら鎖も貰おうかな」

「何がありなんですか!? 不要な争いはやめましょう」

 無念、妄想の中の巫女は水術の大力をもって鎖を引き千切った。


「戦いの前に一つ問う」

「なんだい?」

「貴様はオトリと名乗るうつくしき巫女を連れているとの噂であったが、その、狸のようなつらの女がそうなのか?」

「そうだよ」

「狸!? 人の身柄を要求しておきながら! すっごく失礼なんですけど!」

 オトリは袖を振り上げて怒っている。だが、特に霊気を練り上げる気配はない。

 

「山籠もりをすると溜まって仕方がないのだ。それにしても残念だ。美女を期待しておったのだが……まあ、穴があればなんでもよい。女の山伏には無用の長物であろう?」

「それなら本物の狸でも抱いててください! ミズメさん、さっさとやっつけてください!」

 巫女から退治のお許しが出た。


 ふたりは、ここ最近は不殺生のためにお互いでお互いに禁を設けていた。

 どちらも相方の許可を得るまでは、不用意に相手を攻撃しない約束。

 物ノ怪のミズメは人間の悪人を担当し、巫女のオトリはあえて悪鬼悪霊を担当している。


「あたしの相方を貶す大馬鹿者に、ちょいとお灸を据えてやりますかね」

 ミズメは小太刀の柄に手を掛ける。


「合意と見た。いざ勝負!」

 礼があるのかないのか。早速、霊気の込められた鎖分銅が放たれた。

 術により(オモリ)の飛来の速度は矢に迫るほど高速。恐らくその破壊力も増しているだろう。

 ミズメは軌道を読み、抜刀と共に身を捩り鎖を回避する。


「“(アン)”!!」

 デンテツボウが真言を唱えると鎖の軌道が唐突に変化し、ミズメの身体を搦めとろうとした。

 ミズメは咄嗟に飛翔し、宙へ逃げる。

 それを追う鎖分銅。

 彼の腕は鎖を操作する挙動を見せておらず、空いた手で太刀を抜いた。


「便利な技じゃんか。でも、長さには限りがあるよね」

 上空へと逃げるミズメ。鎖はぴんと張って静止した。

 さて、次はどう出るか。己の鍛錬も兼ねて敵の手の内をすべて吐き出させてから退治としたいと考える。


 下方から何かが飛来。案の定、鉄下駄である。

 投石機のごとくの一撃。いや、立て続け、両足ぶんの二撃。その軌道上で滞空していた鳥人には回避も防御も不可。

 しかし彼女はつまらなさそうな溜め息と共に、その場から姿を消した(・・・・・・・・・・)


「貴様、いつの間に!?」

 山伏の驚愕がミズメの眼前に現れる。


「今のは仙術だよ」

「仙人か!?」


「いいや、あたしは天狗さ」

 またも姿を消すミズメ。


 縮地ノ術(シュクチノジュツ)。帶走老仙が得意とする仙人の技のひとつ。

 この術は自然術や真言のように才や加護は不要のようで、霊力も仙気へ至るほどの量は要求されない。

 ミズメは自身の山彦ノ術にて邪仙のこれを繰り返し真似ていたが、そのうちに体得してしまっていた。

 天狗の不思議の術は更に可能性を広げつつあるのだ。


「“(アン)”!!」

 再び唱えられる真言。デンテツボウは背を向けたままであったが、鎖がひとりでにこちらのほうへと飛び掛かって来た。

「そこか!」

 鎖に遅れて振り返る術者。しかし、仙速の娘から見ればそれもまた背中となる。


「遅いよ!」

 ミズメは小太刀で山伏の刀を弾き飛ばす。


「しまった!」

 下がりつつ振り向く山伏。

 その須臾(シュユ)の間、ミズメは即座に小太刀を納め、両手に邪気を帯びた“かまいたち”をまとわせると、その手で敵の全身を素早く撫ぜるようにした。


「いっちょ上がり。曲がりなりにも仏門なんだから、歪んだ姦淫はいけないね。罰として衣を没収だ」

 両手を払い、使った邪気を散らすミズメ。


 ばらばらになって散っていく山伏の衣装。毛むくじゃらの男の裸体が露わになる。

 オトリが悲鳴を上げた。


「よくも俺様の衣を!」

 デンテツボウは四肢で局部と乳首を隠した。

 しかし、ミズメは背後に敵意の霊気を感じ取った。振り返りもせずに腕を後頭部へ回し、不意打ちの分銅の一撃を受け止めた。


「お、俺様の分銅を片手で止めただと?」

「込めてる霊気がしょぼ過ぎるんだよ」

 自慢の技を鼻で嗤い、掴んだ鎖を持ち主へと投げる。孕む霊気をミズメのものへと変じた鎖は、持ち主を裏切って簀巻きにしてしまった。

「秘技! 天狗の亀甲(キッコウ)縛り!!」

「ミズメさん! 捕まえるのは結構ですけど、“それ”はちゃんと隠してください!」

 相方が非難する。鎖はデンテツボウの自由を奪うように絡みついていたが、局部は丸出しのままである。

「俺様を辱める気か!」

 毛むくじゃらの男も頬染め非難をした。


忍辱(ニンニク)の行さ。その恥ずかしい姿を人に見られたくなかったら、鎖からあたしの霊気を追い出して脱出しな」

 意地悪く笑い、落ちた鞘と太刀を拾い上げる。

「これも没収だね」

「む、僅かですけど、やいばに怨みが籠ってます。デンテツボウさん、人を斬りましたね」

「うるさい狸巫女! 斬ったことがあるのは力比べの相手と山賊だけだ!」

「それでも感心しません。折角、鎖を上手に操れるなら斬らずに捕えてください。これに懲りたら、その霊力と腕前は善行だけに使うようになさってくださいね。仏門的にはどうかは知りませんが、行いさえ善ければ、女性だって脅し取らなくとも向こうから言い寄ってくるでしょう」

 オトリはぷいとそっぽを向くと先に歩き始めた。


「じゃ、頑張ってね。徳を積めば誰かを倒さなくたってって自然と有名になるさ」

 ミズメは奪った太刀を鞘に納め、それを“どこへともなく”しまった。


「貴様ら、良いことを言ってる風だが、俺をこんな格好のままで放置する気か!? この鬼! 男女! 狸娘!」

 逞しき肉体に漆黒の鎖を喰い込ませ、身体を烈しく揺するデンテツボウ。摩羅(マラ)もぶらぶらと元気に抗議をしている。



 ふたりは全裸の山伏を放置してその場を立ち去った。



「最近はああいう手合いが増えてきて参っちゃうね」

「ああいうかたも、意外と行は真面目になさってるみたいで、術の腕前はそこそこなかたが多いんですよね。ところで、刀は何本になりました?」

「千本くらい?」

「適当に言ってません?」

「言ってる。いちいち数えてないもん」

 ふたりは悪党からは命を奪わず、悪行の道具を奪うことを心掛けていた。

 ミズメの不思議な“どこからともなく”の中には、名刀や妖刀、弓だの槍だの杖だのが大量に仕舞い込まれている。


「本当に不思議ですよね、それ。千本でも入っちゃいそう」

 オトリはこちらを見て首をかしげている。

「私も中に入れたりするのかな?」

「やめたほうが良いよ。昔、生け捕った兎を入れたことがあるけど、出したら死んでたから。魂があるものは入れないほうがいいみたい」

「ふうん……。寝ながら旅ができるかなって期待したのに」

「横着者だなあ」


 ふたりが会話をしながら山道を歩いていると、そのゆく手に物ノ怪が現れた。


 黄金色の毛並みに、尋常ではない大きさの豊かな毛の尾。その尾は二又に割れつつあった。


「こりゃ珍しい。仙狐の卵だよ」

「今日は忙しいですね。どうしましょう、一応、お話を聞いてみます?」

 物ノ怪担当のオトリが狐を指差す。

 しかし、狐からは明らかな陰ノ気が醸し出されていた。赤黒い霊気が狐の身体を縁取るように薄く輝いている。


「ああいう手合いは、お師匠様の寿命没収の対象だね」

「何か悪さをする気でしょうか。特に口も利かないようですけど」

「物ノ怪がなんでも人の言葉を話すとは限らないしね」

 魔物を前にのんびりと構えるふたり。


 狐は暫くはこちらの様子を窺っていたが、いよいよ全身から赤黒い靄を吐き出して、その身を別の姿へと変じた。


「駄目だ。こいつ、頭が悪いぞ」

 靄が晴れると、ふたりの目の前には裸体の美男子が現れた。またも相方が悲鳴を上げる。


『コッチ、コイ』

 美男子はぎこちない人語と共に手招きをする。


「あのね。人を化かす気なら、始めから化けてでなきゃ意味がないでしょ。それに、いくら美男子でも、山奥で衣のひとつも着てなかったら不審でしょ。変態だよ、それじゃ。仙気を感じるから、山奥で頑張って修業したんだろうけど、もっと人の暮らしや考えかたを覚えないと立派な仙狐には至れないぞ!」

 ミズメはくどくどと説教をした。


 美男子は暫く首を傾げていたが、顔と手足だけを狐に戻し、牙と爪を鋭くさせてこちらへと飛び掛かってきた。

 それから巫女から“びんた”を一発貰い、邪気を散らして地面に転がった。

 美男子は白い煙を吹き出すと、二尾の狐へと戻り、すぐにむくりと起き上がった。先程まで漂わせていた赤黒い気配は微塵も見当たらない。


「……よし、良い感じに手加減ができました。魂の穢れは半々でした」

 オトリはほっと胸を撫で下ろす。

 彼女のここのところの課題は、祓えや戦闘においての匙加減である。

 無闇な祓えの霊気の放出は邪気や穢れだけでなく、それを有する者の魂までを傷付ける。

 一方で、魂の黒く染まった部分だけを上手く祓えば、その性根を強制的に善へ寄せることができる。


 押しつけがましい行為にも思えたが、ミズメは相方が選んだこの手法に苦言を呈することなく、今の彼女なりの世の善悪への答えなのだろうと黙って受け入れていた。


『アリガト、オハライ、シテホシカタ』

 狐はぺこりと頭を下げると、山奥へと消えて行った。

 道中でオトリに善性の存在に塗り替えられた物ノ怪はそれなりに存在し、そのどれもが今の狐のように何らかの形で礼を述べていた。


「今の狐、オトリが祓ってくれるって分かってて出てきたのかな? もしかしたら、物ノ怪のあいだでオトリが有名になってるのかもよ」

「そうなのかな……」

「物ノ怪連中にも、本当は悪さをしたくないって考えてるのもいるからね」

「頼りにされると、それはそれで、恐いかも」

 不安を吐露するオトリ。ミズメはその背を撫ぜてやった。ゆっくりと息が吐き出され、巫女の霊気が落ち着きを取り戻すのを感じる。


 無論、この塗り替えは魂、すなわち寿命を削る荒療治である。魂が悪に傾いていれば、いっそう死へと近くなる。

 物ノ怪の性分やその者の気性だけに限らず、穢れた土地や邪なものの影響を受けたり、あるいは月の影響を受けていれば、魂が更に悪へと傾く手伝いとなる。

 オトリは何度か、礼を受け取る代わりに謝罪を渡さねばならなかった。

 そのたびにミズメは今のように彼女を慰めていた。



「……やっと追い付いたぞ!」



 ふたりの背後から何やら息の荒い男の声がした。


 振り返れば丸出しの男が居た。横では再三の悲鳴。


「お、もう鎖から抜け出してきたか。やるじゃん」

 デンテツボウは相当無理をしたらしく、身体に真っ赤な鎖の痕をつけ、あちらこちらに擦り傷を作っている。


「貴様の正体、見破ったぞ。善行の山伏、水目桜月鳥の名を騙った邪仙だな!?」

 鎖を構えてぶらぶらさせながら言うデンテツボウ。その顔は憤怒である。


「邪仙とは失礼な。あたしは天狗だって言ったでしょ?」

「何が天狗だ。天狗は山の怪異のこと。貴様は確かなる存在だ。それに、連れの巫女は明らかな不細工で偽者ではないか!」

「いい加減にしなよ。オトリは“本物”だよ。さっきだって、仙狐が魔に落ち掛かってるのを救ったところなんだ。どうやらお灸が足りなかったようだね」

 ミズメは“どこからともなく”鉄誂えの八角棒を取り出した。同じ属性の術で力の差を見せる気であった。


「どこから棒を出した!? 妖しげな術を繰りおって! 矢張り貴様は、あの噂の邪仙だろう! 正義の山伏の俺様が貴様を調伏して……」


 言い終わる前にデンテツボウは鎖を取り上げられ、地面に叩き伏せられ、霊気の籠った棒を鼻先に突きつけられた。


「おい、あんた。その邪仙の噂っての、聞かせてよ」

「邪仙は貴様じゃ!」

「まだ言うか、このやろ!」

 ミズメは鉄の棒で山伏の頭をぶん殴った。


*****

葉月(ハヅキ)……旧暦八月。

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