表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/129

化かし091 海神

 紀伊国(キイノクニ)熊野灘(クマノナダ)

 オトリの暮らす霧の隠れ里より南方の浜辺の村。主要な海路のそばにひっそりと佇む小村ではあるが、豊かであり、おもに漁業や海産物の加工にて生計を立てている。

 隠れ里とは里の創立以来の長きに渡る交流があり、今は昔であるが、里が水神(ミナカミ)の手によって霧に隠される以前には、直通の路も整備されていたほどだという。

 現在も隠れ里から海産物や塩を手に入れるために水術持ちの巫覡が忍びで交易に訪れているという。


「里の存在を隠すために、村のかたは絶対に私たちの話を外へ漏らしません」

 当の隠れ里生まれの巫女が言う。彼女は存在を悟られぬように、霊気を抑えて黒松の幹の蔭に隠れている。

「でも、里の人が来てる日だったらどうしよう。出くわしたら捕まってミナカミ様の前に突き出されるかも」

 オトリは身震いをした。


「出くわしても平気な気がするけど。コウヅルさんはオトリが里から出るのをよしとしていたんでしょ?」

 こちらは天狗。黒松の枝に足で逆さにぶら下がりながら逆さの海と漁村を見上げている。


「おまえら誰や?」「怪しい奴らじゃ」

 そしてこちらは、その浜の村の方角から歩いて来た屈強な海の男たちである。本来は魚を突くための得物を持って警戒感をあらわにしている。

 ミズメは音術の耳で、彼らがこちらを不審に思って様子を見に来たのに気付いていた……が黙っていた。

 どのみち大海神(オオワダツミ)には会わなければならないのだ。こそこそ隠れても無意味である。


「わっ、見つかった!」

 オトリは幹の裏へと逃げ込んだ。


「娘っ子? その格好、巫女様か」

「堂々としてればいいのに。この巫女は、ミナカミ様のところの水分(ミクマリ)の巫女のオトリ」

「オトリさん? 聞かない名前やな」

 男たちは警戒を解かない。

「知らないってよ。良かったじゃんか」

「私は里長候補に挙がった時点で交易係のほうの候補からは外されましたから。この村へ来たのは、私が小さいころに里長になる前の伯母様に連れられた時以来なんです」

「ミナカミ様のところの巫女なら、水術は使えるんじゃろな? 名前だけ知っとる偽者かも知れん」

「ほや、昨日に男覡様が来たばっかりや」

「良かった。水術なら……これでどうですか?」

 と言って、オトリはミズメを枝から引きずり降ろして、頭の上で投げて弄んだ。景色がぐるぐると回る。

「なんであたしでやるの。水筒あるじゃん……」

 降ろされたミズメは地面に伏せった。世界が回っている。


「おお、水術の大力や。それでいつもぎょーさん荷物運んで行きはるんじゃ」

「交易の役に就いてる男のかたなら……ショウビンさんかカリガネさんのどちらかでしょうか。ショウビンさんはお爺さんで、よく喋るかた。カリガネさんは私より少し年上の背の低いかたです」

 オトリは里の者の名前と特徴を挙げた。


「ちなみにオトリは、里では水分小町(ミクマリコマチ)って……」

「余計なことはいいの!」

 ミズメはオトリに口を塞がれた。


「どうやらほんまもんじゃな。ほいで、ここへはどんな用事で来なすったんじゃ? 品の交換は昨日やったし……」

「大海神様にご報告とお願いがあって来ました」

「ほんなら、“昆布(コンブ)様”にお願いせんとな。“広布(ヒロメ)”様の今日のお話は今朝がた済んだから、会わせてもらえるか分からんけど……」


 村民に案内され、浜へと下りる。

 木造の小屋が立ち並び、波打ち際には生命線である舟がなん艘も並んでいる。

 村民が言うには今日は大海神が定めた海の休息日らしく、海に入って海産物を採るのは禁止されているのだそうだ。

 代わりに、浜風に当てた海産物を相手に仕事をする姿や、仕事道具の手入れに精を出す姿が見える。

 村の外れでは畑も少しやっているらしく、背の高い若い男が農業について熱く語っているのを、老若男女がこれまた熱心に聞いている。


「あれは、道の向こうの山里のイタドリさんじゃな。交換でここへやって来たんじゃ」

「交換?」

 ミズメは首を傾げる。

「山里のもんと浜のもんを暫くのあいだ交換してな。お互いの村の仕事を教え合うんじゃ。うちからも山のほうへ行っとるもんがおる。ま、イタドリさんは浜の仕事を覚えても、こっちのもんになってしまいそうやけどな」

「どういうこと?」

「こっちの村の娘っ子と“これ”よ」

 男は右手の親指と人差し指で輪を作り、そこへ左手の人差し指を出し入れした。

「あっ、そう。平和なことで」

「いやいや、俺はツボコのほうが山へ上ると見とる。あいつはイタドリさんに底根(ソコネ)から惚れとるもん」

 別の男が口を挟む。

「あそこは一人娘じゃから、おっかさんの蛸壺(タコツボ)のこともあるし、よそへはやらんやろ」

「じゃあ、都宜しくイタドリさんが通いか? あっちも一人息子やいう話じゃろ」

 男たちは他人の事情をあれこれ言い合う。


「イタドリさんはなかなかの美男子だね。今らしい服装に着替えれば都でももてそうだ。オトリもあんな風に講釈するの好きでしょ? やったらもてるかもよ」

 ミズメは相方をからかう。


「……」

 オトリは無反応だ。からかいはおいても、この手の話は好きそうであるが。

 彼女はこれから向かう先、コンブ様の小さな社を見つめている。

 社は一般の民は立ち入り禁止になっているらしく、周囲には杭が打たれ、そのあいだに標縄(シメナワ)が張られていた。

 縄には紙垂(シデ)ではなく、なぜか昆布だか若芽だかの海藻が括りつけられている。


「大きな神様の気配がします。(シルシ)で境を作っても分かる」

 オトリの言う通り、社に近付くにつれて神の圧力が急速に高まっていく。


「こっから先は俺らは立ち入り禁止じゃ。霊感があると空気が重らしいけど、まあ水分の巫女様なら大丈夫じゃろ」

 男たちは引き上げて行った。


 それと入れ違いに、社の戸が開いた。

 白い衣を着た中年の女性が現れる。彼女はなぜか兎の耳のように頭に昆布を結わえ付けている。

 女は悟ったか御見通しか、こちらに手招きをした。


「私がコンブと呼ばれる者です。この大海神様を祀る浜の村の村長の妻で、巫女です」

 社の間に座する巫女。その横には同じ服装をした童女が居た。

「ヒロメと申します。巫女の見習いで、大海神様の(シロ)を務めさせていただいております」

 幼き巫女は頭を下げた。ミズメとオトリも自己紹介をする。

「そろそろ来るころだと思っていました。焼き塩占いに出ていたのです。霊験あらたかな巫女と真人(シンジン)がここを訪ねると」

「真人? あたしが?」

「あなたは、物ノ怪のようですね。どういうわけか清い魂をしていらっしゃりますが」

「元は人間だからね。お祓いの気も扱えるよ」

「そうですか。まあ、込み入ったお話は大海神様をお招きしてからにいたしましょう。さあ、ヒロメ。大海神様においでいただきなさい」


 コンブが促すと、童女は頭に括りつけた昆布を直したり、座り心地が悪かったか尻の位置を変えたりして、膝へ手を置いて目を閉じた。


高天國(タカマガノクニ)と海原の狭間に神留(カンヅ)まり()します海の女神よ。覡國(カンナグニ)より神の子の器持ちて御顕神(ゴケンジン)願います」


 幼き巫女が祝詞を上げる。

 すると、どこからともなく、これまた童女のような声が聞こえてきた。


『おっ、ようやくわれの出番か。卜占に出ておったふたりが来たようじゃな』

「あのう……一応は儀式ですので、お降りになってからお話いただけませんか?」

 コンブが上を見上げて言った。天井付近には濃厚な神の気配が渦巻いている。


『すまぬすまぬ。先走ってしもうた。どれ、ヒロメよ。本日二度目の神和じゃ。いけるか?』

「はい。頑張ります」

『話が長くなりそうじゃから、腹を括っておけよ』

 大海神らしき霊声(タマゴエ)がそう言うと、幼い巫女へと神の気配が集まり始めた。


 童女は一瞬苦悶の表情を浮かべたあと、倒れ伏した。

 それからすぐにむくりと起き上がって、手を握ったり、頬を触ったり、身体を捻って身体のあちらこちらを確認し始めた。


「……うむ! 何度入っても、幼子の身体はたまらんのう」

 童女の声つきが変わっている。先程の霊声と同じものである。


「ワダツミ様。その言いかただと、いかがわしく思われますよ」

 コンブが窘める。

「どうも、ばばあや年増女の身体ではしっくりこんのじゃよ。処女(オトメ)に入る憑代(ヨリマシ)の魂に悪いし、母親盛りの女に無理をさせるわけにもいかんからの。ゆえに、われは七つまでの童女にしか降りぬことにしておる」

 “ヒロメ”が子供らしい笑顔を見せる。


「さっきは憑代も無しに普通に喋ってなかった?」

 ミズメが突っ込む。


「そりゃ、霊声で話すことはできるが、あれは霊感がない者には聞こえぬからの。村の者のために巫女や神代(カミシロ)を通して話すという形式を設けておるのじゃ。どこでもやっとることじゃが……おぬし、案外細かいのう」

「あたしが細かい? いやいや、突っ込みを入れる癖がついてるだけだよ」

 ここのところの“ひと”付き合いのせいだろう。

「久し振りの村外の者と話す機会じゃし、本当は外の面白い話を沢山聞かせて欲しいのじゃが……どうせ“面白くない話”を持って来たんじゃろう?」


「御名答。そいじゃ、早速本題に入るよ」



 ミズメとオトリはワダツミに瀬戸内での一件と邪仙やツクヨミの企みを話した。



「あー……なるほどのう……」

 童女は沈痛な面持ちへと変じている。

「そういうわけで、瀬戸内の神様の代わりを遣わせていただきたいのですが」

 オトリが言った。

「うむ。じつはの、その神去(カムサ)った瀬戸内の神も、われの子のうちの一人じゃ」

「御心中、お察しいたします」

「なに、親離れした子じゃ。海と生き海に死ぬのが海神の運命(サダメ)じゃ。あのあたりは古来より人の往来が多くての。もめごとの絶えない海域じゃったから、いつかはこうなるのではないかと思っておった」

 と言いつつも寂しげな表情が垣間見える。

「われが神気(カミケ)を注いで育てておる子はいくらでもおるゆえ、また新たな精霊をそちらに派遣することとしよう」

「ありがとうございます」

 オトリが頭を下げる。

「そちらのほうはともかく、その邪仙とツクヨミの話は引っ掛かるのう。いかな邪仙とはいえ、われの子が容易く斃されたとは信じがたい。恐らくは、月神が邪仙を手伝ったのじゃ」

「やっぱりそうか」

「海の神は月の力には逆らえぬのだ。ゆえに、われもおぬしらに知らせてもらって助かった。月神と対峙したことはないが、恐らくわれも不意打ちを受ければ喰い殺されておったじゃろう」

「今のツクヨミは弱ってるはずだよ。大海神様は強い神様じゃないの?」

「霊力や神威の問題ではなく、絶対的な摂理のようなものじゃ。石を宙に放れば地に落ちるのと同じじゃな。神にも覆せぬ約束ごとがあっての。われらが月神に逆らえぬように、稲霊は太陽神に逆らえぬし、海や山の女神が処女に降りると意思とは関係無く心身霊(シンシンタマ)を害してしまう。祝詞を司る神は己よりも力や格が上の神に降臨や退去を指示することもできる」

「へえ、神様にも色々あるんだねえ」

「特に山祇(ヤマツミ)は厄介じゃ。女神は言わずもがな、男神の場合でもかなり陰険な性格の者が多い。天津神(アマツガミ)となると奔放過ぎて、われら国津も辟易する」

「ツクヨミも性格が悪いよ」

「じゃろうて。まあ、あやつは裏表の烈しい二枚舌じゃと姉君から聞いておる」

「姉君って、天照大神様かい?」

「うむ。彼女は本体を宮中に封印されていらっしゃるが、一部をこっそり抜け出させてこの近辺で遊んでおられる。われのところにもたまーにお忍びでいらっしゃるのじゃ」

「天照様が訪ねて来るなんて、大海神様は偉いかたなんだね」

「昔は取るに足らない小神じゃったがの。友に恵まれて神人激動の時代をくぐり抜け、今や神威が熊野灘を中心に南海や東海にまで及ぶようになったのじゃ。ところで、オトリよ。ミナカミの奴は元気にしておるかの?」


「え、えっと、最近は、元気だと思います……」

 オトリはしどろもどろになった。


「なんじゃ、歯切れが悪いのう。何か大事があったか? ……もしや!? ツクヨミがおぬしの里を襲ったのか!? そしてミナカミは……」

「いえいえ、違います! ちょっと最近、交流が無くてすぐに答えられなかっただけです」

 両手を振るオトリ。


「交流がない。なぜじゃ? おぬしはミナカミ自慢の巫女頭候補筆頭であろう?」

「えっと、それは……」


――別に話しても平気だと思うけど。

 相方を見て笑うミズメ。


「当ててやろうか。おぬしは、ミナカミと喧嘩をして里を抜け出して来た。そうじゃろう?」

「むむ……。正解です」

 こうべを垂れるオトリ。

「さすが親交の深い大神だけあるね」

「まあ、知っておったんじゃがの。ついこの前、太陽の巫女神様が世間話をしにいらしての。喧嘩の様子から、コウヅルがおぬしを見逃したことまで、楽しそうに聞かせてくれたのじゃ。月の御神の話は聞いておらぬが……一番厄介なところを端折りおってからに!」

 文句を垂れる“ヒロメ”。


――天照様はなにを遊び歩いてんだろ。

 確か彼女は、ミナカミへ失望を述べたあとに退席したはずである。だが、あののちも覗き見をしていたらしい。

 ミズメはそんな暇があるのなら、弟である月神の起こしたわざわいを祓う手伝いをしてくれればいいのにと思った。


「あのかたは、昔からミナカミを困らせるのが好きじゃからのう。そうなるのを分かっててこっそり覗いておったに違いない。絶対にそうじゃ」

 渋い顔をして頷く“ヒロメ”。

「やっぱり、私が居なくなるとミナカミ様は困るかな……」

 オトリが呟く。

「まあ、あやつも肉を持たぬ国津神に変じておるし、次代の神代は欲しいじゃろう。それにあやつはわれと違って、自身と魂の似た処女にしか降りられん。処女でも女としてあがりを迎えておれば駄目じゃ。あやつはそういう身空で神へと変じたからの」


――ふむ?

 首を傾げるミズメ。始祖であるミナカミの血脈は今も続いており、横にもひとり座っているが、処女のまま姿の無い神へと変じたのなら、どうやって子をなしたのだろうか。


「懐かしいのう。ミナカミが人だったころは、われも大変世話になった。あやつは恩人であり、無二の友人じゃ」

 微笑む“ヒロメ”。


「私は里に戻ったほうが良いでしょうか?」

 訊ねるオトリの顔は浮かない。


「われに言わせれば、その逆じゃな。あやつは意固地で心配が過ぎる。里も霧で閉じてしもうたし。今風に言えば、誰かが灸を据えてやらねばならん」

「でも、ミナカミ様は里のことを考えていらして。里を護るために、私が必要だったのに、でも私は……」

 オトリは視線を床に落とす。

「あやつがああなったのは、親しくしておったよその流派の里が日ノ本の天下取りに巻き込まれて(ホロ)びたのが原因じゃ。生き残りはミナカミが引き受けて、今のオトリらと血の一部となっておる」

「そんなことが……。だったら尚更、里を護るための力は欲しいはずです」

「戦いの面では、おぬし程度は居ても居なくても誤差じゃ。あやつが術力を全て引き出そうと思ったら日巫女(ヒミコ)くらいの才の巫女が必要じゃし」

「あの神様って、そんなにすごい神様なの? それに、オトリが“程度”なんて」

 ミズメは口を尖らせる。


「確かにオトリはここ数代では一番の素質の持ち主じゃろう。じゃが、長い歴史で見れば、昔はそのくらいの巫覡はごろごろおった」

「年寄りの思い出で誇張してるんじゃないの?」

「巫女となって一、二年程度で、よその神の領域の雲を勝手に使って、好き放題に落雷を起こしたり、異国の台風から紀伊の全てを護り切るような奴じゃぞ? 実務においても巫行に就いて二年で今の里の原型を作り上げておる」

「そ、それはちょっと真似できませんね。よく私のこと逃がしてくれたなあ……」

 オトリは青くなっている。

「それだけの力があるなら、自分の里だけじゃなくて、もっと手伝ってくれてもいいのにさ。里の外が全部泯びちゃったら、里だってやっていかれないだろうに」

 矢張り気に入らない。


「まあ、そうじゃろうな。じゃが、今回の件では、この近隣に限ってはその心配はないと思うぞ。イザナミが手を出そうとも、ミナカミがその気になれば黄泉路を閉じるのは容易い。われも一応は警戒をしておくが、恐らく姉君と絶賛喧嘩中のツクヨミは、姉君の遊び場へは近寄りたがらぬじゃろうしな。おぬしらはこの近隣の心配をせずともよいぞ。欠けた海神はわれがなんとかしてやるし、遠慮なく邪仙どもを追うがよい」

「本当に、私は帰らなくても平気なのでしょうか」

「まだ悩んでおるのか。あやつの若いころにそっくりじゃのう。どうせ、今のおぬしが里におっても閉じ込められるだけじゃ。いや、悪くすれば……」

 “ヒロメ”は眉をひそめた。


「悪くすれば?」


「身体を勝手に使われて、飯を食ったり都へ遊びに出たりするやも知れぬ。ミナカミにはこっそり自分の巫女の身体を借りて遊び歩く悪癖があるのじゃ」

「あー、そう言えば……」

 ミズメ里でオトリの身体を借りたミナカミが舞をやっていたのを見たことがある。後日オトリに訪ねたが「憶えがない」と言っていた。


「むむ、やっぱりそんなことなさってるんですか!」

「その上にあやつは、当代のかしらの候補は顔がいまいちだとか、修行が足りないとか言っとるそうじゃぞ」

 意地悪く笑う童女。

「おっと、これは内緒なんじゃった。今の話は忘れてくれ」

「神様だからって酷い! 確かに寝坊して修行をすっぽかすこともありましたけど……」

「ミナカミ様も我がままだね。オトリは水分小町なんでしょ?」


「む、今の水分小町は別の巫女じゃろう? 大体、オトリはあやつの血筋にしては不細工……」

「ミズメさん! 早く月山に帰りましょう!」

 オトリが勢いよく立ち上がった。


――ありゃ?


 ちらと見上げるとオトリは顔を夕焼けのようにしている。

 どうやら、水分小町とやらの話は偽りか誇張だったらしい。


「さて、そろそろ“ヒロメ”にはつらくなってきたころじゃろうから、われはこのあたりで抜けるとしようかの。しっかりやるんじゃぞ。若き巫女と物ノ怪の娘よ」

 童女は笑顔でそう言うと、白目をむいて引っくり返った。


*****

標縄(シメナワ)……注連縄。しめ縄。古い時代ではこの字を用いた。神域との境界や御神体を示すしるし、他、封印、立ち入り禁止を示すもので、大抵は巨大な縄である。紙垂(シデ)と呼ばれる流派ごとに異なる切りかたをした紙がつけられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ