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天狗、月に哄笑ふ(てんぐ、つきにこえわらう)  作者: 鳥遠かめ
離ノ章

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89/129

化かし089 大物

「どうした、顔色が優れぬぞ? そなたには息災であってもらわねばならぬのだが。この器は心が手弱女(タオヤメ)で扱いやすいが、どうも物足りぬ」

 “ヒサギ”が話す。気配はまごうことなき月神。


「……参ったね、どうも」

 これが絡みつく不安の正体か。だが、自信は一層堅くなる。

 これは誤算である。ただし、嬉しい誤算。想定はしたが、相手側としては悪手であるため期待はしていなかった。


 ミズメにはある仮説があった。

 特殊な体質の少年がときおり口にしていた「玉無し」が“肉的な意味合い”でもあると。

 これは半陰陽であるミズメであるから導き出せた説だ。


 そこに気付けばあとは早い。

 帶走老仙がミズメよりもヒサギに固執をしたのは、新たな不老不死の材料としてヒサギが使えたから。

 勾玉を狙ったのは、不老不死の象徴でもある月神に興味があったから。

 そして、月讀命(ツクヨミノミコト)が憑けるのは、両方の性を持つ、あるいは両方を持たない者だと保食神(ウケモチノカミ)が言っていた。


 解は目の前にあった。


「友人の身体を敵に取られる気分はどうだ?」

「あまり良くないね」

 笑み同士の会話。だが油断なく気配は探る。


 こちらには陰陽反転の技を持つ陰陽師と陰陽狸、そして破格の巫女も二名いる。

 更に、己の肉体が使用可能であるならば、それらを真似て加速させることもできるであろう。

 相手がこの線を考慮していなかったのは噴飯ものだ。邪仙がこちらの腕前を見誤っていたことから考えても無理もないことか。


「ミズメさん、とってもかっこよかったですよ! でも、ツクヨミ様は少し無粋ですね。夜空のあなたはあんなにお美しいのに」

 相方が結界を解く。


「ほう、それがあの月讀命か。随分と弱々しい……。妾が朝廷に居たころはまだ父神の側にいたはずだが、どういう経緯で母側へ就いた? 相談次第では我が子にしてやらぬこともないぞ」

 母神が無邪気な笑みを見せる。


「甘く見られたものだな」

 玉響(タマユラ)、“ヒサギ”が大地を殴った。


 その振動、一時に非ず。激震となり島を揺るがせ始める。


「また地震の神の力か!」

 だが、何かを呑む仕草を見せなかった。すでに呑んでいたか、身体に宿っているのか。


 思案していると紅白衣装の相方が横へと飛んできた。

「さあ、やりましょう!」

「オトリは離れて皆を護ってて!」

 ミズメの諫言。まとわりつく不快感は未だに消えていなかった。

「でも!」

「もうひとつ! あんたはヒサギを殴らなくていい!」

 相方が素直に引いてゆく。それを合図に飛び掛かって来る“ヒサギ”。


 術無し、武術無し、武器無し。ただ、憑代を人質にした怪力戦法。


 終わらぬ揺れ。岩石の塔も崩れ始めた。足場は最悪。

 ミズメは翼を伸ばすが一考。

 師、曰く。ヒサギは空まで飛び上がり、宙で足を蹴り方向を変えるという。

 空を諦め、太刀を引き抜きやいばの腹を向けた。

 石術による刀身の質の調整。こぶしをやいばで受け止め、その威力を“響き”としてあたりに散らした。


「受け止めたか」

 咄嗟の戦術。衝撃はあちらにも多少返ってしまった上、散らしきれずに両手首に痛み。

「長くは続かぬぞ。そなたも、この身も」

 月神のしたり顔。


――一瞬で充分!


 “ヒサギ”が顔色を変えた。神を宿した身体の気配が徐々に陰へと染まる。

 彼は上空を見る。否、上には誰も居ない。


「残念。お師匠様じゃないんだよ」

 “ヒサギ”が振り返る先に薄緑の狩衣がひとり。


「陰陽師か!」

 地を蹴り瞬く間にミヨシへ迫る。そこへ尼削ぎの女が飛び蹴りで乱入。“ヒサギ”の身体が派手に吹き飛んだ。


「シマハハ様! やり過ぎないでって言っておいたのに!」

「奴は妾の島を破壊しようとしておる! 捨て置けるか!」

 シマハハが腕を振り上げた。轟音と共に島を囲う景色が海に変わる。

 島の神となったその力は偉大。周囲の海全てを一挙に持ち上げたか。


「オトリ! シマハハ様を止めて!」

 巫女の衣装と提げ髪がはためく。霊気の烈しい放出が起こったが、島を包む海は微動だにしない。

「駄目、さすがにもう敵わない!」

「さあ、出て来いツクヨミ! 島を護る神として最初の仕事が古ノ(イニシエノ)大御神(オオミカミ)(シイ)すこととは鼻が高いわ!」

「シマハハ様! 私たちに任せてください!」

「ここは妾の島じゃ! 月の神とはいえ勝手は許さん!」


「日ノ本全部の平和が掛かってるのに!」

 オトリが掌底の一撃と共に言った。

「神様はほんとに勝手なんだから!」


「巫女が神に逆らうか!」

 シマハハが掌底を打ち返す。


「違います! 今のあなたが神ゆえに、です。神様は信じてくれる者があってそこ神様でいられるの。信者とは慕う者のことだけじゃない。あなたを畏れる者もまた信者なのよ!」

 オトリは仕返す代わりに瓦礫と化した石塔を指差す。

 母神は顔色を変え、瓦礫へと駆け出した。巫女もまたそれを追って姿を消す。


 ミズメにとってはこれも計算内である。神の性質を良く知るオトリが、神の力の源である信者……罪人へ被害が向かう可能性を指摘していた。

 シマハハが神としての存在を維持しなければ困るのは双方同じ。


 ツクヨミはおおかた戦力を削ぐために島を揺らしたのであろうが、これもまたミズメの手のひらの上である。


 オトリやシマハハには遠く及ばぬが、祓えの技はこの場に居る全員が使用可能。かなめは月神の気を陰に転じる法。

 月神は一度弱り切り、蘆屋道満が退治できる程度の小神を恐れて逃げた無様な姿も見せている。それからそう時は経っていない。

 残る三人と一匹でも充分に祓い滅し切れるはずだ。


「おっさん! ヒサギはどうなった?」

「分からぬ! 姿の見える状態で落ち着かねば、陰陽の反転はできぬぞ!」

「では僕が運びましょう!」

 神童が現れ中年男性をひょいと担ぎ上げる。

「またこれか」

 ミヨシがぼやいた。

「ヤソロウは硬い物に化けてあたしについて。あんたの陰陽術を真似れるから」

 豆狸が勾玉の首飾りに化ける。


「さあ、ツクヨミを……ってあれ?」


 探そうと思えば岩の瓦礫の上に少年の姿を見つける。

 彼は不敵に笑うと手を天に翳した。


鹽乾(シオヒ)せよ!」

 “ヒサギ”が叫ぶ。すると、島の周囲を覆っていた巨大な波の壁は瞬く間に消え去った。


「そうか、月の満ち欠けは潮に関わる。これも月神の力か!」

 童子に負ぶわれた男が言った。


「……違う。今の術は、ツクヨミのものじゃない!」

 数月のあいだ勾玉を身につけ、憑依も経験したミズメには瞬時に理解が及んだ。


「その通りだ。確かに私も潮は操れるが、これはこの海域の海神(ワダツミ)の力だ。あの猿の物ノ怪は私に“供物”を捧げたのだ」

「海神を呑んだのか!」

「大した神ではなかったがな」

 鼻で嗤う“ヒサギ”。

「むう、ではこの島を浄化しても瀬戸内の混乱は続くのか」

 歯噛みするミヨシ。


 ようやくひとつ悪いほうへと傾いた。だがミズメは、これを受けても未知の悪寒を拭い切れないでいた。


――まだ何か起こる。見落としているんだ。


「今のあんたじゃ、あたしの身体は奪えない。勝つことも不可能だ。シマハハを呑む気でも、邪仙はあたしが追っ払っただろ」

「その通りだ。本来ならばシマハハも糧とするつもりであった。そなたが予定を狂わせたのだ」

「だったらなんでまだ居座る?」

「じきに分かろう」


 “ヒサギ”はまたも大地を殴った。大震撃と共に方々に亀裂。塩水が吹き出す。


「取り急ぎ祓うぞ!」

 ミヨシが叫ぶ。


 しかし、吹き出す潮が渦となり“ヒサギ”を包みこんでしまった。

 潮はどこへもなく消え去り、そこにはもう神の気配はなかった。


「逃げられた。島を破壊するだけ破壊しおってからに」

「月神様の荒魂は混乱を司ると仰いますし、この破壊自体も目的のうちだったのでしょう」

 カムヅミマルがミヨシを降ろしながら言う。


――違う、それだけじゃない!


「皆、鬼に備えて! それと、この島から逃げるんだ!」

 ミズメは叫び、翼を広げた。首に掛けたヤソロウの化けた勾玉を外し、ミヨシへと投げる。


 飛翔。同時に島の地面を踏み抜いた薄氷のごとき亀裂が走る。

 亀裂より次々と濃い邪気が吹き出し、悍ましい臭気と共にあたりを包み始めた。

 

 ミズメは救助活動をしているはずのオトリのもとへ、風を操る高速の飛行で向かった。



 瓦礫の周辺は、一層深い“夜黒ノ気”に包まれていた。


 ひび割れた島を空から見れば一目瞭然。この島は“(フタ)”だったのだ。

 シマハハの虐待行為とは別のところからの邪気の噴出。その正体。

 この彁島(・シマ)の真下には黄泉國(ヨモツグニ)へ繋がる路があり、ツクヨミはその蓋を破壊したわけだ。


 オトリとシマハハは鬼どもと交戦中(・・・)であった。

 いかに邪気濃く、鬼多かろうとも、この巫女と尼の力なら一瞬で祓い切れても不思議ではない。


「シマハハ様! あれはもう手遅れです!」

 巫女が醜女を祓い滅しながら言う。

「諦めるか! 母神を畏怖する大切な信徒じゃぞ!」

 尼が対峙するのは醜女とは別のかたちの鬼。

 それはもはや元の姿が人だったと分からぬ異形の魔物であったが、尼は手をこまねいている様子であった。


「オトリ! 逃げるよ!」

「逃げるって!? シマハハ様がまだ戦っています! これは一体どういうことですか!?」

 山伏と巫女。ミズメは下降しようとするが、お互いに黄泉の鬼の術より横槍を入れられる。

 回避と反撃。鬼の数は夥しく、説明する時間も惜しい。



 ……よい地だ。あの子は母思いのよい子だ……。



 どこからか女の声が聞こえた。

 ミズメは耳がそれを受け入れた時、全身が委縮し、凍り付いた気がした。


――伊邪那美尊(イザナミノミコト)か!

 とんだ大物を釣り上げてしまったらしい。



 ……()べてならず、(イタ)しすばらしき処女(オトメ)のからだ……。



 オトリが悲鳴を上げた。

 それは乙女の叫びほど甘くなく、恐怖に任せた獣のような声であった。


「手が! 声が!」

 巫女が髪振り、袖振り、何かから逃れようとする素振り。すると、彼女の周囲の地面が血色の沼へと変じた。


 周囲に蔓延っていた醜女たちは攻撃をやめており、巫女のほうを向いて服従の姿勢を示している。


「黄泉の母め! 我が島と子らを蹂躙した挙句、オトリまでも連れ去る気か!」

 シマハハが叫ぶ。服従を示さなかった鬼どもが彼女へと群がる。鬼に囲まれその姿は見えなくなった。


 その様子を傍目に、ミズメは急降下を始めていた。


 ずぶり、緋色の袴が沈む。

 魂を凍らせるような娘の悲鳴。いやこれは絶叫か。

 しかし、その()てる音色はさかしまに、ミズメの男のたましいへと炎を灯した。



 ……よそへやるのは惜しい。島だけでは足りぬのだ……。おまえも、妾の子におなり……。



 いやよ。恐い。助けて。あなたは誰。


 混乱する相方。


「オトリ!」

 音を置き去る降下のさなか、片割れを求むミズメの声が響く。


 巫女はまたずぶり、提げ髪と稲荷の加護を受けた大袖が血の沼へ沈んだ。



 しかし、彼女は見上げ、目いっぱいに腕をこちらへと伸ばし、



「ミズメさん!」



 助けを求めた。



 伸ばした手と手。



――夢はここで途切れた。この続きはあたしが創る!



 触れ合う指先。



 そして……



「「捕まえた!」」

 握り合わさるふたりの(タナゴコロ)



「……って重たっ!」

 ふたり合わせても血色の沼へと引っ張られる。


「重くありません! 銅銭五枚分です!」

 先程までの恐怖はいずこか。オトリが口を尖らす。


「引き上げられない! あたしまで引っ張られる!」

 翼扇ぎ、力を振り絞るもじわじわと血の沼が迫る。


「来てくれて、ありがとうございました。やっぱり、手を放して。私のことは……」

 握り返される力が弱まる。

「馬鹿言うな!」

 弱まったぶん強く握ってやる。しかし、ふたりは沈みゆく。

「じゃあ、一緒に沈んでくれますか?」

 戯れ言だが甘え声。

「あたしはあんたを助ける! 水術を使え!」

 ミズメは早くも断念する相方へと指示をする。


 すると、オトリのミズメの手を握る力が異常に強くなった。激痛と骨の軋む音。


「このくそあんご! 握る力じゃないやい! 翼の引き上げる力を強化してって!」

「今のミズメさんの身体に霊気は通せませんよ! 壊れちゃいます!」

「違う、あたしがあんたの真似をするんだ!」

「私に翼なんてない!」

 怒鳴り合うふたり。


「想像だよ! もしも、オトリの背中に翼があったら!」


「もしも、私の背中に翼があったら……っ!」


 娘の夢想をなぞるように、ミズメはそれを術真似する。


――来た!


 水術師の見えざる翼が確かに羽ばたくのを感じる。

 己の翼にも宿る未曾有の浮力。



 ……おまえはなんなのだ? 男か……女か……



 不気味な問い掛け。ふたりが飛翔するとオトリの足首に腐った手が絡みついているのが見えた。

「あたしは……」

 男と名乗ってやろうとした。今の気分はそれを求めていた。


 ところが、


「ミズメさんは女の子ですよ!」

 知ってるくせに決めつける相方。



 ……小娘どもめ。口惜しや。矢張り出れぬ、出れぬ……。



 オトリの足から手が離れ、血の沼へと還ってゆく。



「でも、私にとっては、いちばん……」



 相方が何ごとか呟き掛けたが、唐突に視界が白へと染まり、それに付随した(キタナ)き絶叫に遮られた。


「我が子らを祓い滅さざるを得なかった……。イザナミめ、このまま逃げおおせると思うでないぞ!」

 鬼に埋もれていたはずのシマハハが現れた。

 周囲には罪人の鬼や醜女の姿は一匹も見当たらない。


「そなたの領分を荒らし尽くしてくれる!」

 シマハハは血の沼へと飛び込んだ。



 ……いらぬ。おぬしはいらぬ……。



 拒絶の声。しかし、尼の女は加虐の獄長としての貌を見せ、自ら沼の中へと潜って行ってしまった。


「シマハハ様!」

 オトリが叫ぶ。

「流石にふたりは無理だって! 自分から飛び込んだんだからほっときなよ!」

 いざなむ手は離れたものの、相方の夢想の翼は長続きをしていなかった。端的に言ってミズメの翼は今、もげそうになっている。


「……そっか。シマハハ様はわざと黄泉へ行かれたんだわ」

 巫女が呟く。

「そりゃそうでしょ。囚人たちは助からなかったんだろ?」

「うん。でもね、そうじゃないんです。あの人もきっと、黄泉路の閉じかたを心得ていらしたのよ」

 聖なる気、あるいは神気のかたまりを送れば、それを嫌がって黄泉路は閉じるという。


 ミズメが飛んだ時、島のいたるところから邪気が噴出していたが、シマハハが飛び込んだ直後にそれはぴたりと停止していた。

 だが、島の崩壊は今もなお続いている。


 ミズメとオトリは瓦礫の山の上へ降り立ち、それが海の底へと沈むまで、静かに(ホロ)びを眺めた。



 彁島(・シマ)は消え去った。


 静かな海である。まるで、そこには始めから何も無かったかのように……。


 ふたりは手を繋いで佑わう神々の居なくなった海面へと立った。



 遠方からふたりを呼ぶ声がする。

 屋敷の破片か、木板を寄る辺に漂流し、こちらへと手を振る仲間たちの姿があった。

 陰陽師も、神童も、識神たちも、不参加であった牛頭馬頭の二鬼の姿も見える。


「ミズメさん」


 相方が呼ぶ。


「ありがとうございました」


 見つめれば少し寂しげな微笑み。


「いいってことよ!」


 天狗たる娘は憂い吹き飛ばす笑顔で返す。


 その貌、こころに偽り無し。

 大局ではツクヨミの目論見通り、イザナミに罪人たちとその魂を島ごと持っていかれてしまった。

 朝廷秘匿の監獄も消え、邪仙により瀬戸内の海神も消され、日ノ本は確実に混乱へと一歩近づいたであろう。


 しかし、水目桜月鳥は対価として護り切ったものを優しく確かめ、もう一度笑ったのであった。


*****

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