化かし084 識神
シマハハはオトリを言い負かして機嫌を良くし、一行に神童の居る部屋で待っていてくれと指示をすると、食事の仕度をすると張り切ってどこかへ去った。
一行は岩石を刳り貫いて作られた城の中の階段を上る。
この先には、管理者たちのための居住地があり、カムヅミマルもそこで休んでいるそうだ。
岩窟には多くの部屋が用意されていたが、それらのほとんどはもぬけの殻であった。
本来であれば島を管理するために朝廷より派遣された腕の立つ人間が多く駐在するはずであったが、この百年は申し訳程度にしか寄越されず、その数少ない人員も地獄の邪気に中てられてこの世を去ってしまっており、今や誰も残ってはいないのだという。
「地獄を出た途端に空気が綺麗になったな」
ミヨシが言った。
「そうだね。島の周りは物ノ怪だらけだったけど、他は御利益の強い神社の周辺くらいに空気が綺麗だよね。悪霊や黄泉の鬼が外へ出られないのも頷けるよ」
「だが、カムヅミマルには“手下”が付いていると言っておったな」
「鬼か何かかね? カムヅミマルは人間離れした霊力だけじゃなくて清めの力も持ってるから、もし醜女が付けられてたらちょっと可哀想だね」
ミズメは黄泉の鬼への半笑いの同情を述べながら、本命へと視線を向けた。
「……」
オトリは視線を地に落とし、ミズメに手を引かれて歩いていた。
アナミスが捕縛の緩さを突いて逃走を図り、死傷者を出したという話。
彼は逮捕時、オトリが水気に霊気を通した蔓草で編んだ縄によって縛られていた。
オトリはお人好しで決めつけの烈しい性分である。現在、彼女の心の内で行われていることは想像に難くない。
ミズメは彼女をなんとかして元気づけてやりたく思った。それが相方の務めであり、“男の務め”だと思ったのだ。
いつものことといえばいつものことであるが、此度は普段よりも一層その気持ちが強かった。
「笑い声がするね」
カムヅミマルが居ると教えられた部屋からは談笑。
所々に空いた穴より差し込む日光のみに頼る岩窟内の景色は陰気であったが、霊的な空気は相変わらずその笑いに似合いである。
「カムヅミマル、居るかい? あたしだよ。ミズメだ」
呼び掛けるミズメ。
「ややっ、ミズメ様。もしかして、和尚様の言いつけで?」
カムヅミマルが顔を出した。自分が探されていたことも分かっていたらしい。彼は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「ま、そんなとこだよ。ところで、誰と話してたんだい?」
「鬼のおふたりとです」
「鬼、やっぱり鬼か。でもこんなとこに居て平気なのかな……?」
無論、部屋へ招き入れる神童の気配も陽に傾いている。陰ノ気を主体とする存在には地獄のような場になっていそうなものであるが……。
「ご紹介いたします。牛頭鬼様と馬頭鬼様です」
部屋の中には異形の者が二匹、胡坐を掻いていた。
一方は黒毛の牛頭人身。黒金のように重厚な肉体に白い褌一丁。
もう一方は茶色い毛並みの馬頭人身。同じく馬のごとく剛健な肉体を持ち、赤い褌一丁の姿である。
牛のほうは不思議ではないが、馬頭にもしっかりと角が生えていた。
「どうもー。閻魔様の使いのゴズキやでー」
「わいはメズキ。同じく地獄から来たでー」
二鬼は不気味な笑顔をこちらに向けると頭を軽く下げて挨拶をした。
「まあまあ、座ってや」
ゴズキなるものが促す。
「って、わしらの寝床とちゃうけどな」
メズキが鼻息を吹き出し笑う。
「こりゃまた明るい鬼だね……」
「おふたかたは鬼といっても仏門の鬼で、地獄で罪人を懲らしめるお仕事をなさっているかたです。閻魔様は鬼と同時に神様とも仏様とも呼べる存在で、罪人への審判には菩薩様なども参加されていらっしゃるので、ゴズキ様とメズキ様は神仏のお使い様ということになるそうです」
神童が解説する。
「せやねん。真面目にやっとるから、業務中は鬼の形相やけどな」
一瞬、邪気を醸すゴズキ。
「普段はこうやってにこにこしとるんやでー」
メズキは陽気に言った。
「それでこの島の空気も平気なんだね」
「明るい鬼……」
オトリが呟いた。彼女は聞こえぬほどの小さな声で、大江山で討ち死にした二鬼の名を並べた。
「シマハハ“はん”を地獄に案内したんもわいらやで」
「へえ、ふたりは地獄に帰らないの? シマハハの手伝いかい?」
「手伝い!? まさかあ。そんなわけあらへん。シマハハはんがちっとも改心してくれへんから困っとるんやわ」
「商売敵言うたほうがしっくりくるわな。地獄のお役目をここに盗られとるさかい」
ゴズキとメズキが語る。
シマハハは彼女の地獄で見せたとおり、悪人をいたぶって快楽を得る性分なのだそうだ。
囚人への加虐はこの島が地獄となる以前からも行われており、シマハハは善行であるはずの島獄の任を穢して業を深め続けていた。
ただ、加虐は悪人限定で島の浄化も確かに行われており、以前は島外へ邪気を漏らすこともなかったという。
彼女自身も悪びれぬ生粋の性癖と、巫女や尼としての能力や行いのお陰で鬼へは堕ちず、腕前も確かであり、神仙に足を踏み入れるほどの存在となっていた。
そこに地獄の閻魔が目を着けた。シマハハはこのまま業を深めれば地獄行き必至の大悪になりうるが、一転、改心させることができればこの世やあの世のためとなる。
閻魔は配下であるゴズキとメズキに命じて、シマハハを招いて地獄めぐりの旅をさせ、このままでは死後にここへ来ることになるぞと改心を促したのであった。
「せやけど、あかんかってんなあ」
馬頭が歯を見せ唸る。
シマハハは改心したように見えた。……だが、地上へ戻ると、地獄にて行われている責め苦を参考にしてこの島を地獄に変えようとし始めたのだ。
無論、案内して送り届けるだけのはずだった二鬼も彼女を止めた。閻魔の意向と真逆の結末は捨て置けない。
もっと悪いことに、二鬼がシマハハが改心したと判断し、地獄めぐりを打ち切る判断をしていたのであった。
「このままやと、帰ったら閻魔様にお仕置きされてしまいますねん。閻魔様めっちゃ怖いねん」
メズキが瞳を潤ませる。
「いやあ、地獄を見とった時は、えろう怖がっとったと思ったんやけどなあ。戻った途端ににっこにこや。ほんまこすい女やわぁ」
ゴズキが渋い表情で反芻する。
「お使い様はどこも苦労してるんだね」
無論、シマハハは二鬼の制止を受け入れておらず、あまつさえこの島の地獄を更に強化し、その名を島外に知らしめようと企てているのである。
「今のままやと、ほんもんにはまだまだ及ばへん、言うて不満そうやったなあ」
「地獄が有名になったら、シマハハはんは改名する言うてましたわ」
「へえ、“島母”だってここへ来てから変えた名前だろうにね。ちなみに、なんて名前にだい?」
ミズメは訊ねた。
「等活黒縄衆合叫喚大叫喚、焦熱大焦熱の無間地獄……あぶだにらぶだあたたのかばば、こばばのうらばのはどまの摩訶鉢特摩地獄大聖母っちゅー名前にする言うてましたわ」
何やら長い名前を並べ立てるゴズキ。
「それって本場の地獄の名前を並べ立てただけじゃん……」
がっくりと肩を落とすミズメ。
「名付けが下手だな。ああいう手合いを見ると、誰かに怨みがあっても陰陽寮へ依頼を投げずに、己で呪術を験すような女を思い出す」
「あんさんは陰陽師? 都には恐ろしい女が仰山おるって聞いたんやけど、ほんまでっか?」
「ああ、わんさかいるぞ。大抵は色恋か宮中の席の取り合いに敗れて呪術に手を染めるのだ。中には鬼や悪霊に至る者もいる」
色恋という単語を受け、ミズメはちらとオトリを見た。彼女は未だに昏い表情である。
「かなんなあ。そないな争いに疲れて仏門に来はる尼はんも多いねん。信じるのは勝手やけど、好き勝手してから地獄行きが嫌やからって鞍替えするのはちょっとちゃうんちゃう? って思うわ」
「ほんまにな。そもそもわしらのこと信じてなかったら、朽ちて消えるか、黄泉の姐さんところに引っ張られることになるんやで? わしらんとこより全然楽やと思うんやけどなぁ」
仏門の鬼たちが首を捻る。
「あの……」
オトリが口を開いた。
「仏様の教えの地獄はなんのためにあるんですか?」
「わしらの教えでは輪廻転生いうて、死んだあとも生まれ変わって、またこの世でやりなおしになるんやけど、ええことしたら極楽浄土に行けて、悪いことしたら地獄で罰せられて罪の償いをするんや。そこで浄化したらまた生まれ変わり。これを仏はんに至るまでずっと繰り返すんや」
「禊や祓えみたいなものですね。誰にでもやり直しの機会があるのは良いですね。うちのほうでは、高天國に逝ければそこで暮らすか、神様となります。逝けなければ、朽ちて大地の精霊に溶け込むか、黄泉國に引かれて穢れの一部になってしまうかです。それが新しい命や黄泉の鬼や物ノ怪のもとになります」
「同じようなもんちゃうかな。生まれ変わる言うても、前のことは忘れてまうし、悪行をしたら人間やなくって蟲や畜生に生まれ変わるしなあ」
「前世の業が来世を悪うすることもあるし、悪人にとって厳しい道のりなんは、どこも同じかもしれへんな」
「でも、この覡國……人の生きる世界は、悪いかたやずるいかたばかりが得をしているように思えます」
表情を落とす相方。確かに、この世の地獄と呼びたくなる惨状は日ノ本にもある。飢饉や疫病がそれである。
だが、人の悪行を捌くべき人の怠慢や不正は、一体誰が裁いているというのか。裁き手よりも強き悪もある。
一度悪意に晒された者は、物質的な損失を補えたとしても、完全に元へ戻ることはできはしないのだ。
「まあ、そういうずっこいことする奴を懲らしめるためにわしらがおるんやしな。元気出しや、巫女はん」
メズキが慰める。
「ここの悪人は災難やけどなあ。ま、霊魂が消えたら地獄にも来られへんけどな」
ゴズキは囚人に同情した。
「あなたたちも、地獄ではシマハハ様と同じことをなさっているのですか?」
「せやで。もっとえぐいこともやっとる」
「平気なんですか?」
「役目やから嬉しそうにみせたり、脅しつけたりもするで。せやけど、わしらは一応は仏の道におるから、心中では無心やで。少なくともわしはそうや」
牛面は無表情(?)を披露する。
「わしもやで。役目のあらへん時は普通に怒ったりわろたりしてるけどな」
馬面はころころと表情を変えた。
「無心……。我慢なさってるんですか?」
「無心と我慢はちゃうで。無心は始めから感じへん。嫌なことがあってもなんとも思わんのや」
「まあ、おもろいことあっても、なんとも思われへんのは損かも知れへんけどなあ」
「ふうん……」
巫女の娘は再び視線を落とし、物思いに耽り始めたようだ。
「ところでカムヅミマル。そこにいる連中はなんだい?」
ミズメは神童にまとわりついている“獣”を指差した。
中へと招かれたさいに存在は視界に入っていたが、物事には順序というものがあり、とりあえずは触れずにおいたのだ。
カムヅミマルの周りには、何やら白い犬と小柄な猿、そして雄の雉が居た。
「この子たちは、僕の識神です。ミズメ様たちと別れたあとに出逢った、善行の旅の道連れです。以前は独りでやるほうが何ごとも早いと思っていたのですが、今は一歩足を止めて、誰かの助言や助けを得ながら善行をするように心がけています」
「そうかい。それは良いね」
ミズメは白い犬を警戒しながら童子を褒めた。彼女は過去に銀嶺聖母に犬をけしかけられてから犬が大の苦手である。
「その犬は、ひょっとして“犬神”様ですか?」
訊ねたのは豆狸のヤソロウ。
「正確には、犬神にされ掛かっていた犬です。すでに穢れを溜め込んで物ノ怪に変わってしまっていたのですが、憐れに思って助けました」
童子が犬の頭を撫でる。犬は目を細め、桜色の舌を出して幸せそうにしている。
この白い犬は犬神に変ずるために、蠱毒と同様の手法で他の多くの犬との共食いを強要され、穢れの呪力を充分に蓄えたのちに、顔だけ出した状態で土へ埋められていたのだという。
本来ならば飢えさせたのちに首を斬り落とし、その霊が犬神として扱われるのだが、カムヅミマルが埋まった犬を見つけ、大根のように引っこ抜いて餌をやったところ、彼の純粋で清らかな気に中てられて懐いてしまったのだとか。
「良いね、立派な善行じゃんか」
「驚いたなあ。普通は犬神様は呪力があっておっかないんですよ。ぼくは故郷で仲間たちを護っていましたが、もしも悪い人間に犬神様を差し向けられていたら、きっとやられてしまっていたと思います。伊予之二名島には犬神使いの術師が多くておっかないです……」
ヤソロウはミヨシの肩で恐る恐るといった調子だ。
「犬神や物ノ怪としての力よりも、犬としての鼻の良さに助けられています。行方不明者や失せ物を探す時には大活躍ですよ。僕は沢山の術が扱えますが、この鼻と同じようなことはできません。芸も覚えてくれるので今では一番のお友達です」
はにかむ神童。
「ほれ、オトリ。おまえの好きな“わんちゃん”だよ」
巫女の膝をつつくが反応しない。犬のほうが何かを察したのか彼女へと近付き、忙しなく尻尾を振って存在を主張した。
しかし、オトリは犬の要求に応えなかった。
――こりゃ重症だね。この件はまだ揉めそうな気配があるってのに、この調子だと危ないよ。
「くうん……」
犬が尻尾をふにゃりとさせてミズメのそばへと来た。
「お、おう……良い子良い子……」
苦手を押して撫でてやるミズメ。
犬は撫でかたが気に入らなかったのか、意味深長に大きく息を吐くと、飼い主の元へと戻って行った。
「他人の犬神を己の識神に変えてしまうとは、おぬしは本当に神童なのだな」
ミヨシが言った。
「いえ、僕なんてまだまだ未熟です。あなた様からは確かな霊力と胆力を感じます。ミズメ様とオトリ様のお知り合いのようですし、きっとご高名な陰陽師なのですね」
「それなりのつもりだったのだがな。最近はハリマ殿に付いたり、ミズメたちに力の差を見せられて少々凹んでおる。偉ぶれる相手はこの豆狸と屋敷の門神くらいだ」
「ぼくも識神なんですよ!」
小さな狸が胸を張った。
「狸さんからも確かなお力を感じますね」
「ミヨシのおっさんの識神といえば、もう一人居たよね。屋敷の世話をしてた女の人。この前、屋敷を訊ねた時には姿が見えなかったけど、元気にしてる?」
ミヨシの屋敷には下女として働いていた女の物ノ怪が居た。
「ん、妻はあの時は買い出しに出ておったな」
「えっ、妻?」
ミズメは固まる。
「そうだが、言っておらんかったか? あやつは元は悪霊でな。俺が幽霊屋敷の難事を解決したさいに祓い滅そうとしたのだが、あまりにも憐れで手心を加えてしまってな。すると、俺の屋敷に憑かれてしまってな。祓うのも気が引けて識神にしてやったら、惚れられてしまい、ずるずると関係を深め夫婦となってしまったのだ」
「いやいや、初耳だよ! 下女として使ってるものだと思ったよ!」
「下女どころか俺が下におるやもしれぬな。元が悪霊であるゆえ、清めや祀り上げが無ければ正気を維持できぬのだ。満月の近い夜になると、俺のほうがあやつの言いなりになることも……」
なにやら要らぬ情報と共に頬を染めるミヨシ。
ミズメは、今のはさすがに魂消ただろうとオトリを見た。
だが、目を丸くする羽目となった。
「……皆、上手くやってるのに」
いよいよ深刻である。
「……そっちの猿との馴れ初めは?」
お次は猿だ。気を取り直して訊ねてみる。
猿は腕を枕にして昼寝に勤しんでいる。
「このお猿も物ノ怪になりかかっていたお猿ですね。僕の腰の巾着に入れておいたお団子を偸もうとしたので、懲らしめてやりました。普段は獣には手を上げないのですが、おじいさんとおばあさんがこしらえてくれた大切なお団子だったのでつい。それで、懲らしめたあとに申し訳なく思ってお団子を分けたところ、付いてくるようになったのです」
恥ずかしげに語る童子。
――やっぱりカムヅミマルも子供だし人間だね。
神童に垣間見えた迷いと成長。ミズメは思わず微笑んだ。
しかし、巫女の笑顔はいまだに空隠れを決め込んでいる。
「それじゃ、そっちの雉は?」
鮮やかな菅根鳥を指差すミズメ。
「それは、晩御飯です」
「えっ?」
思わず声を上げる。何やらゴズキとメズキがぶひひと笑った。
「ああ、罠に掛っていたところを助けたってことかい? それとも誰かに射られたのを助けたとか?」
「いえ、僕が夕餉にしようと捕まえた雉です」
「食おうとしたんかいっ!」
ミズメは突っ込みを入れた。
「僕も人の身ですので、食事は必要です。いつもは水術でお腹が減ってなんでも沢山食べていたのですが、この犬や猿と一緒になってからは、そこまででもなくなってしまって。そこで、放してやることにしたら……なんとこの雉は、御仏様のお使いだったのです!」
雉は脚を腹の下に隠して座り込み、静かに澄ましている。
「そこで食べちゃってたら、何か罰が当たってたかもしれないね」
「はい。今ではこのかたが時々、僕の道を指し示してくれるのです。じつは、和尚様の寺を黙って抜け出したのも、このお使い様の導きだったりします」
なるほど、この場の巡り合わせもなにかの因果で、“お約束”というものであったか。ミズメはひとり頷いた。
「わしらと同門やから、話も弾んでしもうてなあ」
メズキが言った。
「雉と話せるの? 心の声とか霊声って奴かい?」
「ちゃうな。普通に会話しとるで。な、雉はん」
「けーん!」
雉が鳴いた。人語ではないが、鬼たちは理解できるようだ。
「今はなんて言ったんだい?」
「分からへんで」
「分からんのかい!」
「そりゃ分からんやろー。わしら、牛と馬やで」
「分かるって言ったじゃん」
「嘘や」
「嘘かーい! 嘘ついたら地獄に落とされるぞ!」
「もともと地獄暮らしやし、平気やで! 地獄行きには色々な条件があるんやけど、なんでも人を笑かすためやったんならお目こぼしがあるんや」
メズキが笑う。
「ま、閻魔様に見つかったら舌を引っこ抜かれるんやけどな」
ゴズキも笑う。
「ちなみに、今のは“鳥の物ノ怪よ、しっかりと善行を積んでおるようじゃの”と仰っていました」
飼い主(?)のカムヅミマルが言う。
「へえ、あたし、仏様の使いに褒められちゃったよ」
ミズメは頬を熱っぽくし頭の後ろを掻く。
「嘘ですけど」
「やっぱ嘘かーいっ!」
またも突っ込みを入れるミズメ。
すると、相方が静かに吹き出したのが聞こえた。
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犬神……巫覡や呪術師が犬をもとにして作り出し、使役することのできる霊的な存在。詳細は地域により異なるが、大抵は残虐な方法で怨みを持たせて作る。平安時代にはすでに禁じられていたが、西日本の僻地では近代まで残り続けたという。その信仰や畏怖は現代においてもいまだに地域に息づいている。
空隠れ……居留守。
菅根鳥……記事の異名。




