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化かし081 船上

 ふたりは神童カムヅミマルを探すため、地図に彁島(・シマ)と記され、噂に鬼ヶ島(オニガシマ)と囁かれる地を求めて西へと向かった。

 播磨守(ハリマノカミ)こと安倍晴明の計らいもあり、ふたりは山陽道の駅路を大手を振って歩んだ。

 山城を出立し、摂津を抜け、播磨の灘へ。


 くだんの島は、地図上では小豆島(ショウズシマ)より南西の海域に記されていた。

 地理的にいえば播磨灘が小豆島へ海路を行き、そこより島や尋ね人を捜索するのが最短である。

 ふたりは特技と引き換えに船の席を借りようと画策した。

 瀬戸内は日ノ本でも重要な海路であるが、荷の運搬が多いぶん海賊も多く、また孤島が多ければ各々に律令も及びづらく無法が広がり、海難や略奪の呼ぶ陰ノ気から魔性のたぐいにも事欠かない。


 しかし、計画は狂い、暫くは陸路を行くこととなった。


 小豆島は御料地(ゴリョウチ)であり、荷の運搬と護衛の需要こそはあったが公式の書状無しでは務まらぬと断られてしまったのだ。

 仕方無しに陸路で更に接近し、他を当たることとする。播磨国より備前国(ビゼンノクニ)へ。


「人目の無い夜なら海を越えるのも楽なんだけどね」

 翼を隠し持つ物ノ怪が言う。

「そうですね。私も腕前が上がったので海の上だって走れちゃいますよ」

 水術師は打ち寄せる波を踏み台に、緋色の袴を宙へ躍らせる。

「日中は海面の照り返しで肌が焼けちゃうんだよなあ。潮風でなんだか羽根も痛む気がするし」

「私は水術で霧の膜を張れば日焼けは避けれますし、お手入れなら手伝いますよ」

「ま、あたしたちふたりなら……だけどね」

「ね」


 ふたりは“とある男”を見た。


「な、なんだその目は。そういう規格外のすべがあるほうが希だろうに」

 たじろぐ男。烏帽子に浅緑の狩衣。おなじみの髭面。陰陽寮が地相博士、三善文行(ミヨシノフミユキ)である。

「ミヨシのおっさんは都暮らしが長過ぎたね。船なんてそうそう借りれるもんじゃないよ」

「予想外だったのだ。まさか三善の名を出しても小舟のひとつも借りられんとは」

「漁村じゃ船は命より大事なもんだよ。ミヨシのおっさんは水泳は得意かい?」

「泳げぬことはないが、無茶を言うな」

「ヤソロウちゃんは小鳥に化けれるからついて来られるもんねー」

 オトリの頭の上には豆狸。屋島八十郎(ヤシマノヤソロウ)である。


 ふたりは備前の漁村にて、この一人と一匹に遭遇していた。


 ミヨシは大江山の一件でハリマノカミに腕前を認められており、朝廷から陰陽寮へ降りてくる難事、特に悪鬼悪霊の調伏にまつわる件を積極的に回される立場へと変わったのだと嬉々として話した。

 どうやら彼もまた彁島(・シマ)へと派遣されたのだという。


 しかし、笑顔の髭面は一転、落胆顔。

 本来は最強の陰陽師に随行するだけの任務のはずが、朝廷がハリマノカミを都から手の届かぬ地へ出すことを良しとせず、しかも公には存在しない島への秘密の任務であったため、ミヨシは部下を付けることも許されず、公式に船すらも出して貰えないという貧乏くじを引かされたのだそうだ。

 ゆえに仕方なく己の身と識神だけで彁島(・シマ)へと乗り込むことなり、讃岐(サヌキ)出身のヤソロウと共にここで手をこまねいていたのであった。


「ぼくは身体は小さいですが、自分より小さなものに化ければ実物より頑丈で強いものになれるんですよ!」

 (カンザシ)に化けてみせるヤソロウ。

「綺麗な簪ね」

 オトリの手の中に翡翠の玉の付いた装飾品が光る。

「これで“ぶすり”といけますよ」

 人語を話す簪。

「簪はそういう物じゃないんだけど……」

 オトリは苦笑しながらもヤソロウを髪に挿してみている。


「あんたらが、船を護ってくれるゆーてたもんか?」

 談笑をしていると衣の裾を端折った男が現れた。


「小豆島まで乗せってって欲しいんだ。できればその後に鬼ヶ島まで乗せて貰えればありがたいんだけど」

「そりゃ勘弁してくれ。海賊だけでもえれーのに、鬼じゃなんて」

「だよね。とにかく、小豆島まで護衛するから席を貸してよ」


 ミズメとオトリの護衛の申し出は断られていた。ミヨシの船の貸与の依頼も断られていた。

 しかし、そのふたつが合わされば話は別であった。

 「安倍晴明の同僚が護衛をしてくれる」という形であれば引く手あまたとなったのである。

 ミヨシ自身もこの手なら通用するだろうとは考えていたらしかったが、さすがにそこまでの勝手はできなかったようだ。

 これを発案し、恥ずかしげもなく行ったのは天狗たる娘である。


「しっかし、山伏に巫女に陰陽師の貴人様なんて、ぼっけー取り合わせじゃ……」

「全員、陰陽寮の公認の術師だよ。悪霊、物ノ怪、海賊なんでもござれ。大船に乗った気でいてよ」

「おらたちの船やがな」

 ふなびとは苦笑する。


 一行は小豆島まで荷を運ぶ“船団”の護衛として海へと漕ぎ出した。


「ありゃりゃ。まさか、こんな大所帯になるなんてねえ」

 先頭を行く船のへりから後方の海を眺めると、続々と大小の船がついて来ていた。

 一行は三人ぶんの席の空きがあればそれでよいと考えていたのだが、どうやら「安倍晴明の同僚」というのが効き過ぎたらしかった。

 漁村から小豆島まで行く予定の船の全て、それと近海に漁へ出るだけの舟が各々の予定を曲げてまで集結してしまったのである。


「こんなに沢山の船。ミヨシ様は偉いかたなのね……」

 潮風に(ビン)の毛を揺らすオトリが感心する。

「引っ掛かる物言い……。念のために言っておくが、ハリマノカミ殿の威光だからな。ゆえに、面倒ごとが起こっても俺のせいではない」

 髭の陰陽師は羅経盤(ラケイバン)片手に苦々しい貌。

「失礼しました。えっと……怒ってます?」

 恐る恐る訊ねる巫女。


「いや、おっさんが変顔をしてるのはオトリのせいじゃないよ」

 ミズメは耳に手を当て左舷を睨む。

「誰が変顔だ。厳めしい顔をしておったのだ。海路は好かん。神の意志の混じった風が気を滅茶苦茶に散らす上に、方違えも満足にできぬ。暗剣殺の相は避けられぬぞ」

「あたしも、海賊程度で船舶が留まり過ぎてるとは思ったんだ。ふなびとに聞いてみたら案の定、ここのところは海賊だけじゃなくって、悪霊や物ノ怪も増えてるって話だよ」

「恐らく、この海のどこかに“禍を招く力を持った土地”があるのだろうな」

「全く、参っちゃうね。あたしは童子一人探しに来ただけなんだけど」

「ま、俺一人では手に余るが、ミズメとオトリもおれば問題無かろう」


「向こうに船が見えるぞーっ!」

 船の“目”の任を持つ船員が不安を表明した。ミズメの耳も風を手繰り、遥か彼方から“悪事の相談”を聞き取った。


「あの、どういうことですか?」

 オトリは首を傾げる。


「要するに、あたしたちは今から海賊や海の物ノ怪に襲われるってことだよ」

「そして、彁島(・シマ)の問題を片付けなければ、瀬戸内の海には平和が戻らんということだ」

「むむ。でも妖しい気配は感じませんよ」

「これから起こるのであろう。路を曲げられぬとなれば卜占は絶対だ。海賊船らしきものももう視えておる。陰ノ気が悪霊を呼ぶように、荷は賊を呼ぶ。連中は船団の横腹を突く気らしい。ミズメ殿、頼めるか?」

「よし来た。“そっち”は任せたよ。なるべく早く戻るから」


 ミズメは翼を広げ飛翔する。日光を反射する海面の揺らぎに隠れているが、こちらへとまっすぐ向かってくる船が一艘。


――潮風は好かないんだよな。


 塩っけのある空気を抱き、上昇からの滑空で海賊船と思しき一艘の帆船を目掛けて直進。

 鳥人の切る風はどこか苛立った神気を孕んでいた。海では水も風も海神(ワダツミ)の支配下である。

 これは少々、風術や音術の妨げになりそうだ。


「……」

 ふと、胸を圧してみる。


――ちょいときついけど、ちゃんと固定されてるみたいだね。


 ミズメは西へ進路を取ってから、胸に“さらし”を巻く習慣が身についていた。

 特に男を名乗る予定があったわけではないが、なんとなく余分な脂肪が気に喰わなくなっていたのだ。

 相方はこの行為に対して「もったいない」と言及していた。


「あんじゃ!? 翼の物ノ怪じゃ!!」

 船の尖端で睨みを利かせていたのは、見るからに粗暴な海の益荒男(マスラオ)

 片目を潰した傷痕生々しく、黒く焼けた肌に逞しい力こぶ。

 ご丁寧に幅広の大鉈(オオナタ)まで手にしており、それもまた数多の血を吸ったのであろうか、目に見えるほどの邪気をまとっていた。

 更に、後方に控える子分たちは揃いも揃って弓持ちだ。火矢を射掛ける気だったか、油樽の用意まである。


「どれ、久々に化かさせてもらいましょうかね!」

 ミズメは妖しげな霊気を練り上げ、それを海賊どもの脳髄へと沁み込ませた。


「美女じゃ! 美女がおる!」「酒じゃあ!」「ここは蓬莱(ホウライ)の島じゃあ!」

 憐れ、海賊どもは酒を飲む仕草をしたり、宙へ腰を振ったりし始めた。


「さて、どうするかね。こんな奴らでも殺しちゃいけないからねえ」

 本来ならば逮捕して然るべき人物へ引き渡すべきであるが、ミヨシの秘密の任も兼ねているためにそれも難しい。

 適当に化かして船を反転させるか。


 そう思った矢先、何かがきらりと日差しを反射し、風を切ってこちらへと飛来した。


「霊感持ちかい!」

 小太刀で飛来物を弾くミズメ。


――っ!


 手首が痛んだ。いやに重い手応え。


これ(・・)を弾くたぁ、やるじゃねえか!」

 先程の頭領と思われる男が声を上げた。男は何やら船に設置された“大型の弓”らしき物体の前に立っている。


()か!」

 弩とは、通常よりも大型で仕掛けにて強化された弓矢である。

 その威力は置き楯や船底に穴を開けるほどであるが、矢を番えるにも、弦を引くにも力仕事となるため、装填に非常に時間が掛かり、一人二組で扱うことも多い。


「もう一発じゃ!」

 男はなんと単独で矢の装填を始めた。二度目を受ければ手首が負けるであろう。


「結構な大力じゃんか! でも甘いねっ!」

 誰が当たるか。そもそも剛腕でも装填に間がある。ミズメはさっさと懐へ潜り込んで、弩の弦を断ち切った。


「親父の形見をよくも壊しやがったな!」

「形見で悪行なんてしたら、親父さんが浮かばれないよ!」

 説教しつつ、幻惑まっただ中の男どもの弓の弦も次々と断ち切り、剣や斧も奪って海へと放る。


「貴様ぁ! そねーなことしたら仕事ができんようなるじゃろが! あっちにゃ獲物の群れがおるってのに!」

「できないようにしてんの! こっちはハリマノカミに口利きができるんだよ。本当なら、あんたら全員牢獄行きにしてやるところだ。でも今日は別件で忙しいからね。海賊稼業をやめるってんなら、見逃してやってもいいよ!」

「物ノ怪のくせしてなぁにを偉そうに! 俺は大海賊藤原純友(フジワラノスミトモ)の落とし胤じゃい! 海賊だましいってもんをみせてやらあ!」

「純友!? 乱を起こした純友の血族かい!」

 蛮刀が迫り来る。

 達人には及ばぬ一撃。かわし徒手で制圧するも容易いだろう。


 ミズメは海の益荒男の鉈を受け流し、投げ飛ばしてやった。

 狭い船上、幻に夢中の子分どもの邪魔をしないようにともなると、手加減も少々面倒だ。

 地の利を取られ、馴れぬ船上の戦いは少々長引いた。


 ずきり、胸に痛み。


「しまった!」


 波はいつの間にか時化(シケ)始めていた。大きく揺れる船上の戦場。


「へっ、女じゃったか」

 嗤う海賊。

 ミズメの胸に巻いた布が断ち切られ、衣から血濡れた女を晒していた。


「……だったらなんだってんだ」

 ほんの須臾(シュユ)の間、こころが邪気に支配される。

 鈍色のやいばに陰ノ気をまとわせ、神の潮風塗り替えて(クウ)を切った。


 海賊が悲鳴を上げる。男の逞しい胸と力こぶが裂け、海よりも濃い命を噴出した。


――やり過ぎた!


「畜生! よくもやりやがったな!」

 海賊家業を魂と宣うだけあってか、その瞳はいまだに敵意を燃やし続けている。

 だが、鉈は手放されたままで、男の両の腕は死んだ大蛇のようにぴくりとも動かない。


「……これで懲りたろ。魚を獲って暮らすか、(オカ)に上がって海賊だましいなんて畑の肥やしにしちまいな」

 ミズメは不具となった男から眼を逸らす。


「俺は藤原純友の子の海王丸(カイオウマル)! この怨みは絶対に忘れんぞ!」

 男が名乗る。足で床板踏み鳴らし、筋の断ち切れたまっかな両腕をぶらぶらと揺らして。


「あたしは……あたしは天狗だよ」

 ミズメは自称を述べ、執拗(シュウネ)く睨む男を残して飛び立つ。


「おっと、忘れてた」

 去りぎわに幻術を掛け直し、船員の独りに船を帰させようと目論む。

 しかし、宙より船を見返せば、船上にはどす黒い瘴気を放つ人影があった。

 その瘴気に中てられて正気を取り戻したか、仲間であるはずの海賊どもは悲鳴を上げて逃げ回り、中には海へと飛び込むものまであった。


――鬼に成ったのか!


 舌打ちひとつ。

 カイオウマルの生業やその出生を辿れば、誅され斃れるのも当然、自業自得であろう。

 ミズメへの怨みを元手に鬼化するにしても、八つ当たりに片足を突っ込んでいる。

 弦を引いたのは彼でも、手を放させたのは自分である。己の不始末は己で片付けねばなるまい。


「おお! 力が溢れてくるぞ! 降りて来い女の物ノ怪! 女が船に乗るとどうなるか思い知らせてやる!」


 ミズメは鬼のカイオウマルと戦った。

 祓えの気は用いらなかった。否、用いることができなかった。

 祓えの練気は清浄なる陽の心をもって行わねばならない。

 本業者である巫女や陰陽師は修行により、その心の切り替えを上手く行えるようにしている。

 今のミズメにはそれは到底、不可能であった。


「赦してくれとは言わない。あたしは調伏師、あんたは大悪人で、今はもう鬼だ」

 鬼の陰ノ気が尽きるまで斬り結び、最期は必殺の月輪(ガチリン)で締めくくる。


 僅か前には人であったそれが、腰からぬるりと二つに分かれる。


 小太刀を鞘に納め、探る境界。後味の悪い戦い。相方はこんな思いで一人旅をしてきたのか。

 人とそうでないものの境はどこか。これは一体、“殺人”とどう違うのであろうか?


――ま、どっちでも良いけど。


 ……境界の悩みなど徒言(アダゴト)であった。鬼の魂と肉を別ちたのち、ミズメは遺された悪霊を祓うことができた。

 今さら彼女が、この程度の切り分けで悩むはずはない。

 実際に心を煩わせていたのは殺鬼への罪悪感ではなく、先程の怒りの正体であった。


――“女じゃったか”か……。


 いつの間にか、雨。


 天狗の娘は傷付いた乳房に降り注ぐ沛雨(ハイウ)を受ける。

 雨とはさかしまに、西の空は星の始まりを招いていた。


――あたしは女なのかね? それとも男?


 誰そ彼(タソガレ)に問うべくもなく。



 ……。



 濡れ鼠となり船団へと戻ると、船員たちは(カイ)を放って巫女と陰陽師を褒め称えていた。

 なにやら、船の帆や荷の上に様々な魚介類が引っ掛かっている。


「ミズメさん! 怪我してるじゃないですか!」

 先頭の船へと降り立つと、相方が素早く駆け付けた。

 惜しげもない水術の治療はありがたいが、胸を検める手つきがなんだかいやらしい気がする。

「衣もあとで縫ってあげますね」

「こっちでは何があったの?」

「この海域の神が荒れておってな。邪気を帯びた魚や悪霊。それに“穢れの塊”を差し向けられた」

 答えるミヨシ。彼の足元には死んだ(フカ)や海蛇が転がっていた。どちらも大物で食いでがありそうだ。


「海神様にへそを曲げられてしまって、水術が使えなかったんです。ミヨシ様が居なかったら苦戦してました」

「いやなに、海神が寄越した巨大な物ノ怪のほうが手強かった。ふなびとたちは“海坊主(ウミボウズ)”と呼んでいたな。あれは“穢れの塊”だったゆえ、祓う以外に斃すすべがなかったのだが、この海域の海難で出た邪気を寄せ集めたものらしく、俺の鳴弦ノ術程度では歯が立たなかった。それを、オトリは瞬く間に祓い去ってしまったのだ」

 互いに称賛し合うふたり。船員たちも戦いの情景を自分の手柄のように語っている。


「ぼくも(モリ)に化けてお手伝いをしたんですよ」

 口を聞いたのは大蛸(オオダコ)に刺さった漁師の得物。

「海の女神様ったらすっごい意地悪で。なぜか私に向かって蛸とか烏賊(イカ)ばっかり投げて寄越してきたんですよ! ヤソロウちゃんが居なかったら今ごろぬるぬるでした!」

「そっか、それは惜しいことをしたね」

 苦笑するミズメ。

「何が惜しいんですか! でも、穢れを祓って差し上げたら海神様はお気を許しになられたようで、水を好きに使ってくれていいっておっしゃってくれて!」

 巫女が袖を振り上げると、遠方で海水が巨大な龍の形を作った。


「私、ここでは無敵かもしれません!」

 無い胸を張る巫女。


「また調子に乗ってると痛い目をみるよ。こっちはただの海賊が相手だったけど、不覚を取ってこのざまだよ」

「ミズメ殿に一太刀浴びせるとは、中々の手練れであるな」

「藤原純友の隠し子だって言ってたよ」

「なるほど。あの乱を起こした男のか。一説によると、純友も彁島(・シマ)へ流されたといわれておるな。朝廷には様子を見よとしか命じられておらぬのだが、これは気を引き締めていかねばなるまい」


「ところで、海賊さんたちはどうなったんですか?」

 オトリが訊ねた。


「連中は……」


 ミズメはカイオウマルが鬼化しそれを滅したこと、残りの海賊は退治をやり遂げたミズメを怪物と恐れて逃げ去ったことを話した。


「おぬしらは……共存共栄だったか。それに不殺も誓っておったのだったな。気に病むことはない。それほどの悪党であれば、人の身のまま捕縛されても死刑となっておったであろう。鬼であっても話の分かる者もいるが、人であっても斬るほかにない者もいるのだ」

 ミヨシが慰めるように言う。


「そうですよ。ミズメさんは人殺しじゃありません」

 相方は固い抱擁を授けてくれた。


――あたしが気にしてるのはそっちじゃないんだけどね。

 

 ミズメは半陰陽である。三百年前から承知していることだ。

 しかし、今一度、相方へ自分がどちらに属するのか問いたい気持ちに駆られていた。 

 反してその答えを聞くのが無性に恐ろしくもあった。


「女性の胸を斬るなんて最低です。私だったら鬼に成る前でも真っ二つにしたかも知れません!」

 慈愛の(タナゴコロ)が背を撫ぜる。


 相方の柔らかな肉体の感触。

 声に出されぬ問いへの答えは自身の“男”が行い、娘は密やかにくちびるを噛んだのであった。


*****

備前国(ビゼンノクニ)……現在の岡山県南東部。

小豆島(ショウズシマ)……しょうどしま。もっと古くはあずきしまと呼ばれていたとか。

御料地(ゴリョウチ)……皇室の所有する土地。

ぼっけー……とても。

蓬莱(ホウライ)……古代中国で東の海上にあると囁かれていた仙境。

()……ボウガン。こちらで登場したのは大型。

藤原純友(フジワラノスミトモ)……平安中期に実在した貴族。藤原北家であったが、のちに海賊になり朝廷に対して反乱を起こした。

徒言(アダゴト)……嘘。

(フカ)……サメ。

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