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化かし080 未熟

 皐月(サツキ)。花散り青葉が萌ゆる季節。

 ミズメとオトリのふたりは平安京の南東にある“妙桃寺(ミョウトウジ)”を訪ねていた。


「……ということがあったんだ。だから、神実丸(カムヅミマル)の寿命はかなり減ってしまってる。もう無茶なことはしないと思うけど」

「やはり、カムヅミマルの奴はそのような行いをしておったか」

 寺の縁側、坊主の桃念(トウネン)が静かにうなずく。

「ごめんよ。もうちょっと早く出会えてれば良かったんだけど」

「おぬしのせいではなかろう。あやつが自ら選んで行ったことじゃ」

「カムヅミマルは帰ってきたかい?」

「つい最近まで、ここで骨休めをしておったよ。ここへ来る前に育ての親のもとへも顔を出したそうじゃ。借寿ノ術(シャクジュノジュツ)の件については触れなんだが、難事解決もひとつの側面に囚われてはならぬ、難しいことだとしきりに頭を捻っておった」

「あたし、余計なことをしたかな?」

「どうじゃろうな。答えを出すのは本人じゃからのう。ミズメ殿も迷いのさなかにあったが、その先にいくつかの光を見出したじゃろう?」

「そうだね……」


 ミズメはトウネンに、カムヅミマルと出逢ったこと、勾玉のこと、復讐のこと、師とのわだかまり、大江山の一件などを洗いざらい話していた。

 坊主や年寄りを軽視する彼女であったが、帶走老仙(ダイゾウロウセン)へ直接手を下してからはそれは寛解を見せていた。

 それを別においても、トウネン個人へは本物の(ヒジリ)であると尊敬の念を抱いている。


「あたしは自分のことは済ませられたから気が晴れたけど、あいつはそうじゃないんじゃないかな」

 ミズメはオトリが庭で小僧や子供たちに飴玉を配る姿を眺めて言った。

「鬼にも情けを掛ける、か。都の外で暮らすわしなんぞ、身分や住まいの違い程度で難儀しておるというのにな」

「トウネンさんはよくやってるじゃないか。ちょっと見ないあいだに小僧も増えてるし」

「わしに余力があれば、もっと多くの子供を救えるのじゃがの。泣く泣く諦めることも多い。出逢う時期だけで差をつけてしまうのも高慢な気がしてしまう。何も無くとも読経したい気持ちに駆られることも増えた。わしはまだまだ青い。桃の実が熟するには、まだまだ時が要りそうじゃ」

「無理はしないでおくれよ。トウネンさんが潰れてしまったら、これまで救ってきた人や、これから救われる人が皆哀しむよ」

「ありがとう」

「勿論、あたしもだからね」

「わしは愚禿(グトク)に過ぎぬ。ミズメ殿のほうが長命で善行も多くしとるじゃろうに」

 聖者は微笑みを返した。

「あたしさ、長く生きてるようで、そうでもなかった気がするよ。最近になって、ようやく生き始めた気がする。それに、悪戯も沢山したからね。差し引いて考えたら大したことはしてないさ」


 ミズメはもう一度、オトリのほうを見た。


「巫女のお姉ちゃん! あいつがムギタロウさんのぶんの飴玉を取ったよ!」

 童女が騒いでいる。

「こら! そんなことをしてはいけませんよ! じゃあ、ムギタロウさんにはもうひとつ……」

 飴玉の入った巾着に伸びる手はのろのろとしている。

「私は結構です。トウネン様には分け与える精神を培えと教わっておりますから」

 小僧ムギタロウは手を合わせて断る。

「偉いなあ。飴玉、美味しいのに……」

「でもでも! あいつは二個食べたちゃったんだよ! ずるい!」

 童女はまだ騒いでいる。指をさされた童男(ドウナン)は素知らぬ顔で頬を膨らませている。

「むむ……どうしよう」

 巫女は子供たちを前に提げ髪を傾ける。


「オトリにはちゃんとした師匠が必要なんじゃないかな」

「ミズメ殿の師匠には、互いに導き合うように言われたのではないのかの?」

「あたしはどっちかというと世話を焼かれてるほうだからね。おんぶに抱っこだよ」

 オトリが居なければ口出しせぬような難事も数多くあったが、仮に独りで口出しをしていれば命はとうになかったであろう。


「わしらは仏をしるべにしておる身であるゆえによく分からぬが、オトリ殿にはオトリ殿の神がおられるのではなかったか?」

「ミナカミ様も勝手というか頑固だね。神様ってのは不思議な力があるだけで、人とあまり変わりがないように思えるよ。自然物を司る神様は人間だけを贔屓するとは限らないけどさ」

「仏も人より成るものじゃからのう。仏道を行く者は則ちいまだ人じゃ。わしとて、おぬしや小僧におだてられれば煩悩が沸くし、自分の擁する子とそれ以外とではどうしても向ける念に差がでてしまう」

「仙人だって人って字を充てるしねえ」

「ミズメ殿の師は鳥の物ノ怪といっておったか」

「うん、なんか元は白くて大きい鳥だって。似た仲間が居なかったから種類は分からないんだって。あのひともなんだかんだで、人間と変わらないんだよな。カノトミもそうだったけど、どうして皆が人間が良いって思うんだろうね? 人間のほうが偉いってのは変だよ。あたしは鳥や獣のほうが気楽だし、良い気がするけど」

 腕を組み首を捻る。

「仏の教えでも畜生よりも人のほうが尊いようにいわれておるのう。畜生道をゆくのは悪とされとる。それに、獣には獣の苦労もあると思うが……」

「そりゃね。でも、飯の心配や命の心配をしなきゃいけないのは人も同じでしょ? 人は自分で余計な決めごとを増やして悩んでるから、どうもね」

「おぬしなら、それが“面白い”のではないのか?」

「それは多分、あたしが半分人だからだよ」

 答えはいずこか。


「うーん。帰依(キエ)でも勧めてみるかね? オトリは里抜けもしちゃってるし」

「その必要はないんじゃなかろうかのう。わしから見れば、彼女はすでに仏の道に足を踏み入れているように思えるが」

「オトリが? 煩悩だらけだけど」


 子供たちを相手にしていた巫女の娘は、飴玉の袋の中身と睨めっこをしたものの、結局は唐突に昔話を話し始めて強引にその場を流す手を選んでいた。

 そもそも、あの飴玉は旅の途中で約束してミズメが買い与えたものだ。

 子供に見つかって配ってはいたものの、買った時に数を数えてにこにこしていたのも記憶に新しい。


「さっきも言ったが、煩悩の無い成仏は道の果てにあるものじゃよ。たとい迷い歩こうとも、鬼獣に落ちるを良しと思うのなら、そこは仏の道じゃと思う。ミズメ殿もいつの間にか、仏道を歩いておるのではなかろうか」

「あたしも? 自分で言うのもなんだけど、あたしほど罰当たりな奴もそうないと思うよ」

「それは、物ノ怪の身と成ったばかりのころの話であろう。銀嶺聖母殿に導かれ、共存共栄を掲げておるでないか。それ自体はわれらの道とは異なるが、身勝手から、余力を他者に回すようになったという道程それ自体は、仏へと一歩近づいたともいえる」

「なるほど」

 言われてみればそうかもしれない。


「それに、おぬしは借り物の共存共栄と言っておったが、復讐の魔道より離れ、師とのわだかまりを解いた今ですら人々の幸せを求めておる。仏の道の先には自身の成仏だけでなく、全てのものの成仏がある。互いに互いを想い合う世を目指すのであれば、やはりそれもまた仏の道じゃ」

「なんでもかんでも仏の道だね。ちょいとずるくない?」

 思わず苦笑い。

「そんなもんじゃよ。聞けば古流派の大神であらせられる天照大神様も、大日如来の真似事をしているそうでないか。おぬしは神は勝手だと嘆くが、御神は御神でまた、思うところがあるのじゃろう」

「神様たちも迷ってるのかな……」

 再びオトリの里のミナカミを思い起こす。人も神も道を歩んでいるというのなら、自分やオトリが再びあの地を踏む日も訪れるのだろうか。

「……学者さんたちなら、答えを知ってる人もいるのかな。仏門や儒教ではそういうのを突き詰めたりもするでしょ?」

 ミズメは問い続ける。


「けだし、学問とは絶えずの変化であり、その歴史全てをひとつの思考として見るべきなのじゃ。古流派あり、原初の仏陀の教えあり、儒教、仙道、地獄の戒めもあり。正解そのものを求めるのではなく、その流れ自体が答えなのではないかと。道そのものが教えであり、師なのじゃろうな」

「道か。意地が悪いようだけど、迷っちゃうような樹海の道でも師なの?」

「そうやも知れぬな。間違いを見て学ぶこともあるじゃろう。このあらゆる衆生(シュジョウ)のある世界こそが師なのやも知れぬ。仏もその道を行く者も、深き自然の中へ身を置くことは珍しくない。自然と渾然一体となり心中で問答をすれば、答えているのは自然それ自体ともいえよう」

「あたしは見事な自然を見ると、黙っていられなくなるかな。歌を詠みたくなる。これは貴人の流儀だよ。あいつらは俗物も俗物だ」

「詠歌もまた、何かと己との橋渡しの手段ではなかろうかの」


――橋渡しか……。

 ミズメは押し黙った。

 出逢ってから相方を見て歌を捻りたくなるのもしばしばであった。

 寝顔しかり、泣き顔しかり、最近は行に励む真剣な横顔を見ても詠みたくなった覚えがある。

 加えて、その古流派の行も、自然よりもお互いを一体化させるための手段と化してしまっている。

 仲良くなりたいと感じていたのは当初からであるが、成されたはずのその想いがいまだに消えぬのはなぜであろう。


 知らぬ母を想い泣く彼女を胸に収めた日に沸き出した感情。

 あれの正体は一体、なんなのであろうか……。


「ミズメ殿、お疲れか?」

「あ、いやいや。ちょっと関係無いことを考えてただけ。あ、いや。関係無くもないかな」

 誤魔化すように桃の木を指差す。


「ほら、あの桃の木の良い時期に来たかったなって。あれを題材にひとつ詠めたからさ」

 桃の木は花はとうに散ってしまい、実もまだ青く小さい。

「ふむ、あれもまた“自然”と言い切れるかどうか」

 トウネンは顎を擦った。

「自然でしょ?」

「あれは元は日ノ本にはなかった木じゃ。旨い実の種を選んで育て続けて実をより人間好みに変えておるし、わしは近々あれに(ハサミ)を入れようと思っておる」

「鋏を? どうして?」

「木の得る栄養がすべての実に散ってしまえば、どれもが大きく育たんからじゃ。旨い実を得ようと思えば、できの悪い実は切ってしまわねばならない」


 トウネンは呟く。遅れて実る小さな実、瑕や汚れを受けた実、育ちすぎて割れてしまった実……。


「切られた実にとっては災難だね」

 土いじりが趣味の巫女も、土の精霊の力には限りがあるから、苗を植え過ぎると全部が育たなくなると言っていた。


「しかし、旨ければ食べる者にとっては喜ばしいし、桃の木もまた種をよそに運んでもらえるから益になる。摘果で捨てられた実も肥やしや虫の餌になろう。実、そのものが切られることを良しとしてなくとも、じゃ」


「……」


「ま、わしは残念ながら桃の木ではなく人間じゃ。切った実も食えそうなぶんは腹に収めてしまうつもりじゃし、でき損ないの種までは植えたりはせん」

 トウネンはそういうと膝を叩いて立ち上がった。


「おまえたち、桃の実を食わんか?」

 トウネンが声を掛けると巫女や小僧たちから歓声が上がった。


「蜜漬けや塩漬け、酢漬けなど色々じゃが、その年のできによって合う合わんがあっての。……さてはて、あの子らはどんな顔を見せてくれるじゃろか?」

 そう言ってこちらを振り返る坊主の顔は少し悪戯っぽく見えた。



 ……。



「酸っぱい!」「甘い!」「苦い!」「甘いけど、虫が入ってる……」

 色とりどりの反応を見せる子供たち。虫入りは最悪とする者のところへと当たった。


「ムギタロウは食わぬのか?」

 トウネンが訊ねる。

「わ、私は皆様に分け与えることを今の精進の題目としておりますから」

「青い実はまだまだあるぞ」

「け、結構です……」

「ムギタロウは酸っぱいのが苦手だから逃げてるんだよ。苦行に耐える忍辱(ニンニク)もまた御仏への道だってトウネン様はおっしゃってたよ!」

 別の小僧イナスケが殊勝なことを言う。彼は苦いのを引いていた。


「ミズメ殿もどうじゃ?」

 青い実の入った壺を差し出される。


「頂こうかね」

 トウネンがこの場にいる者を自身の趣味の験しにしているのは明らかであったが、こういう付き合いもまた悪くないものだろう。

 実を頬張ると、頬が痛いほどにすぼまった。

 酢の酸味で何が何やら分からないものの、僅かに桃の風味が生き残っている。


「これなら、酒に漬けても旨いんじゃないかな」

 素直に酸っぱい顔をしながら感想を述べる。


「ミズメさん、適当言ってませんか? 私が食べたのは甘かったですけど、桃の味はしませんでしたよ」

「香りが少し残ってるんだよ。酢でやられてるだけで、酒と一緒に醸せばいけるかもしれない」

「そうなんですか? だったら、漬ける前の桃のほうも食べてみないと……」

「桃の青い実は毒じゃよ。確かに香りは良いのじゃがな」

 そう言いながらトウネンは立ち上がり、ミズメに向かって手招きをした。


「あたし?」

 どうやら独りで来いということらしい。


 いつぞやの術の巻物を保管してあった部屋へと案内される。

 普段はその部屋の戸は厳重に封印されており、小僧たちには立ち入らぬように固く言いつけてあるという。


「わしらだけの秘密じゃぞ」

 トウネンが引っ張り出したのは壺。

「もしかして、それって……」

 ミズメの鼻や目が壺の中身を語ることはなかったが、経験が正体を感じ取った。


 中身は桃を醸した酒であった。

 桃だけでは上手くできずに穀物の力も借りたそうだが、造酒司(ミキノツカサ)と結託して秘密裏に作り出したという。

 無論、味は見事であった。これが世に出回ればすべての仙人は桃源郷から地上へと降りて来ること疑いなしの逸品である。


「……で、こんな旨い一杯がただってわけはないよね」

 口に残る余韻に頬を緩ませながらも、坊主の真意を探る。

「左様。別にみなの居る場で頼めぬことでもないのじゃがの。わしにも立場というものがあるゆえに……」

 坊主は恥ずかしげに頭を撫でた。


「今度は、あの子はどこへ行ったんだい?」

 恐らくはトウネンの秘蔵っ子である神童カムヅミマルの件であろう。


「話が早くて助かる。瀬戸内(セトウチ)の海に浮かぶ“ある島”に向かったのじゃ」

「ある島? 瀬戸内は島だらけだよ。名前が無きゃ辿り着けないよ」

 すでに行く気を起こしているミズメ。都では帶走老仙の足取りを知る助けになる情報は欠片ほども見つかっていなかった。

 飴を買ったのと、久しぶりに顔を合わせた三善文行の識神となった狸の屋島八十郎(ヤシマノヤソロウ)の腕前が上がったことを確認したくらいである。

 そのヤソロウもオトリが失礼を働いたために“玉”を隠してどこかへと逃げてしまったが。


「その島には名前があって名前がないのじゃ。地図にも記されず、書にも語られぬ忌み地」

「なんか大仰なもんがでてきたね」

「……と、言いつつもわしの蔵書には記されておるのじゃがの」

 トウネンは棚よりひとつの巻物を取り出す。広げれば日ノ本の西側を描いたと思われる図版が広がった。


「ここじゃ」

 指で差されたのは瀬戸内の海の一点。小さな島の図の横には“彁島”の文字。


「見たことない漢字だね。なんて読むんだい?」

「わしにも分からぬ。読めぬ漢字など珍しくもないが、そもそもこの地図以外で見たこともない文字じゃ」

「ふうん。それで、この島はどんな島なんだい?」

彁島(・シマ)は流罪の対象となっておる地じゃ」

隠岐(オキ)佐渡(サド)みたいな?」

「うむ。じゃが、公ではこの島は無いものとされておる。ここへ流されるのはただの罪人ではないのじゃ。本来なら死刑に値する者ばかりじゃ。しかし、その者の持つ邪気や霊力が常人離れしており、怨みの力も強いため、処刑すれば大悪霊となって日ノ本に(マガ)をばら撒くやも知れぬ……そんな者が集められるという地なのじゃ。悪霊全てに手を回すほど朝廷に余裕がないゆえに、この島への流罪が秘密裏に行われておると聞く」

「でも、そんな人間を集めたら……」


 想像に難くはない。


「禍がまた禍を呼び、島はこの世の地獄となるであろうな」

「人も悪人だし、悪霊どころか鬼も居そうだね」

「術力に長ける人物が朝廷より派遣され島の管理者を務めており、これまでは特に大事には至ってなかったそうじゃ。じゃが、カムヅミマルのやつが都でこの島の異変を“偸み”聞いたらしくての。海路を使う者たちが噂しておるそうじゃ。あの島は“鬼ヶ島(オニガシマ)”じゃとな。今では海賊さえも近寄ることを嫌うようになったとか」

「海賊までもか。カムヅミマルはいつ向かったの?」

「わしが話を聞かされた翌日にはもう小僧へ言付けを残して姿を消しておった。五日前かそこらじゃな」

「だったら、まだ島には辿り着いてないかな?」

「そう思っておるから、こうして腰を落ち着けていられる。じつを言うとじゃな、この地図も古いもので、あまり信の置けるものではないのじゃよ。いかにあやつが無数の術を操ろうとも、同じく島も無数にあるゆえ、そう易々と辿り着けるはずはない」

 トウネンはそうは言いながらも親の顔である。

「じゃ、あたしは西に向かってカムヅミマルを止めればいいかね。いくら善行といっても、朝廷が秘密でやってる領分なら無理をすることもないでしょ」

「うむ、頼めるかの?」

「任せといてよ」

 胸を叩くミズメ。力強くやったために乳房が揺れた。


――……あれ?


 普段、自分で自分の乳を意識などしていない。ミズメは気に掛かったこと自体になんとなくの違和感を覚えた。


「勾玉を追う役目も大切じゃし、あまり深追いはせずともよいぞ。向こうは悪漢どもの暮らす島。おぬしも長命の物ノ怪とはいえ、若い娘子なのじゃから」


――娘、か。

 トウネンにはいまだ自身の体質に関して打ち明けていなかった。幼少時の下りでも“精”を単なる交わりと置き換えて打ち明けている。


「ありがとう。あたしも無茶はしないつもり」

 ふとよぎる予感。

「……だけど、なんでだろうね。これもまた、何かに繋がってくるような、そんな気がするよ」


「それもまた御仏の導きなのやもしれぬな」


――そして、お約束ってやつかな。


 恐らく、カムヅミマルが島に至ろうが至るまいが、その彁島にまつわる難事に巻き込まれる予感がしていた。

 そして、その運命(サダメ)の糸がまた、邪仙や月神の手繰る糸に絡むであろうことも……。


「それじゃあ、行ってくるよ。“お爺ちゃん”」


 出立を伝えた親愛のひとこと。トウネンは目を丸くしたが、ミズメは己自身でそれに気付くことはなかった。


*****

皐月(サツキ)……五月。

造酒司(ミキノツカサ)……宮中で酒や酢などの醸造を担当した役職。

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