化かし076 天晴
「乗った。あたしらがあんたに勝ったら“あたしらを手伝え”。もし負けたら、退治されても子分にされても文句は言わないよ」
「ミズメさん! なんでこうなっちゃうんですか!? 見逃してもらうにしても、もっと穏便に……こう、嘘をつくとか誤魔化すとかあったでしょうに!」
「このほうが良いからさ。ここに居る全員が“晴れる”ためにはね!」
相方へと手招きをする。オトリは溜め息ひとつつくと、ひと飛びでこちらへと帰ってきた。
両手を握り合い、巫女の溢れんばかりの霊力を受け取る。
「いくらおぬしらとて、ハリマ殿に勝てるはずはないぞ……」
「ミヨシのおっさんは黙って見てな。あたしたち、特訓をしたのさ。今のあたしたちなら、何が相手でも負けないよ」
「本気で行きましょう」
握る手の向こう、相方が頷く。
「絶対に負けるんじゃねえぞ。俺はおめえに負けたんだからな。おめえらが負けたら俺は安倍晴明より弱えってことになるからな!」
酒呑ノ鬼が応援する。
「確かめさせてもらおう」
安倍晴明は光の竹簡を広げ、七星剣を正眼に構えた。澄んだ水のごとき瞳が見据える。
玉響、ミズメたちは姿を消した。
風追いと水術の加速、ふたりが巻き起こす風と音に破壊の霊気を込めた瞬息の移動術。通り抜けた岩の地面が粉々に砕けた。
「固いね」「全くです」
赤熱した星降りの小太刀。溜まった雨水を凝縮し放つ水の切断術。
その両方は不思議の竹の巻物に容易く止められてしまう。
「素早いな」
ハリマノカミは懐から円形の紙を一枚取り出すと上へ放り投げた。
それは巨大化して天井近くで静止し、黒い光に包まれた。
「うおっ!?」「あべっ!」
唐突に身体が重たくなり、ふたりは地面に叩きつけられてしまった。
「火術か、金術か」
赤銅色のやいばが白熱する。陰陽師はゆっくりこちらへと歩いてくる。
「あたしの月輪剣は音と石だ。あんたらのいう、空術と金術だよ」
天狗たる娘は身を起こし不敵に笑う。身体はすでに軽くなっている。
「重しの結界を解いたのか?」
丸い紙を見上げる陰陽師。彼の沓がふわりと地から離れた。紙は黒でなく白い光を放っている。
「術を逆回しに変えさせてもらったのさ」
「なるほどな」
陰陽師が袖を振り上げると紙は一瞬で燃え尽きた。再び地に足がつく。
――好機。
武士の眼光。竹簡の隙間を見抜き、突き一閃。
熱せられたやいば同士が衝突。烈しい火花を散らした。
突き込んだ腕の周囲、竹簡が素早く間隔を狭めた。
喰い込む竹簡。痛みなき出血。名刀のごとき鋭さ。
「ふたりを相手にしているということをお忘れないように」
巫女の濡れた大袖が光の竹を弾き、まるで金属のような音が鳴り響く。
「ね、オトリ。怪我しちゃったから治してよ」
巫女へ右腕を差し出すミズメ。傷が指先で撫ぜられる。
「戦いのさなかであるぞ」
白熱した七星剣が迫る。ミズメは踏み込み、オトリにして貰ったように敵の腕をそっと撫ぜた。
ハリマノカミは苦悶の表情を浮かべ、剣を取り落とした。
「あたしの治療を受けてくれないなんて、哀しいなあ」
治療術への抵抗を逆手にとった攻撃。
特訓の新技開発の段、巫女は水術を長らく扱ってきて思い付きもしなかったが、化かしの娘はすぐに閃いていた。
「私たちに素手で触れるとやけどをしますよ」
落ちた剣を蹴飛ばすオトリ。なにやらいやらしい表情で両手をかざす。
「戯れる余裕はないぞ」
最強の陰陽師の溜め息。
ふと、ミズメの視界の端で何かがきらり。
「えっ!?」
目を丸くするオトリ。ミズメは咄嗟に彼女に向かって小太刀を投げていた。
鋭い金属音が響き渡る。
「油断し過ぎ。串刺しになるところだったよ」
岩床に転がるのは星降りの太刀と赤銅色の“短い鉾”。
その鉾はひとりでにハリマノカミの手の中へと還るとつるぎの形に変じた。
「面白い剣だね」
ミズメも真似して落ちた小太刀を術で引き寄せる。
石術、金術に長ければ、自身の霊気を込めた物体を遠隔で操ることも不可能ではない。
「本当に気をつけなよ、オトリ。あれは石術だ」
緋緋色の七星剣の形が変じた仕掛けは別ものであろうが、遠隔操作に関しては、特訓のさいに当の油断巫女が蘊蓄を垂れていたのである。
「そなたは剣術にも通じておるのだな」
剣が投げ付けられる。
それを弾くも、弾かれた剣は独りでに体勢を整え、やいばを向けて再び迫りくる。
操るハリマノカミ自身は鉄壁の竹簡で保護されたままである。
「目を瞑ってても弾けるよ」
剣は無軌道に何度も襲撃を繰り返すが、ミズメは容易くいなし続ける。
達人が握っていれば勘で読む。霊気が繰れば霊感で見抜ける。
酔醒剣のような搦め手か、ヒサギ少年のような反応の追い付かない速攻の大力でなければ、ミズメは剣技において負けはあるまい。
「そこです!」
お人好しの巫女が掛け声とともに水弾を射出した。
すんでのところで竹簡が護りの隙間を埋めて防衛する。
「まだまだ!」
巫女はわざわざ発声と共に水撃を繰り返す。
「私を相手取って手加減をするか」
「力比べであって、殺し合いのつもりではありませんから」
小鼻を膨らませるオトリ。
「殺さなければよいというのだな?」
ハリマノカミはつるぎを手元に戻し、腰に納めた。
両手が巫女に向かってかざされる。右の掌は白く輝き、左の掌は黒く輝いた。
「転」
発声と共に両腕が回転するように交叉。宙に陰陽のしるしが描かれる。
「えっ、これは!?」
オトリの稲荷の娘から授かった衣が黒く変色し始めた。
そして、彼女の身体を包む霊気も。
「嘘っ!? 私、穢れてってる!?」
煤を掃うような仕草をするも、身体は見る見る黒い靄に包まれてゆく。
「おっと、そうはいかないよ」
あいだに割って入るミズメ。
「うつくしき友情だな。穢がすのは気が引けるが」
またも描かれる陰陽印。
ミズメは自身の霊気が陰ノ気に転換されるのを感じる。
一方で、背後の気配は陽に戻りつつあるようだ。
「よいのか? 陰に染まれば物ノ怪の性分が勝つやも知れぬ。下手をすれば鬼化もありうるぞ」
陰陽師の警告。
「験してみるかい? だったら、せめて十年は地獄を見せてくれないとね」
不敵に笑い黒光りの小太刀をから振る。黒き風が起こり、陰陽師の白袖を揺らした。
「陰ノ気を扱うか。しかし、底が尽きたのではないか?」
図星である。今の黒き風術は陰ノ風をやいばとして切り裂く邪法であったが、届かなかった。
「ミズメさん。私も今のでかなり切り離したのであんまり分けられません。それに、黒いままだと私に触れませんよ」
後方で巫女が囁く。
「万策尽きたか? 確かにそなたらは双方とも、これまで私が術を交えてきた者の中でも優る者であろう。だが、私や歴代の陛下たちですら今の日ノ本の現状には手をこまねいておるのだ。我らは手一杯だ。越えられぬのならば、大人しくしておいてもらおうか」
ハリマノカミを包む竹の巻物が一層烈しく光り、龍のごとく飛び掛かって来る。
「もう護る必要もないってか!」
跳んでかわす。跳んでかわすもまた襲撃。宙で襲われ翼を用いた二段飛びで回避。
「ミズメさん、どうしますか!?」
くぐもった声。こちらは結界に立てこもっている。
ハリマノカミはまたも陰陽印を作り出していたが、どうやらオトリの一族秘伝の結界には無効らしい。
「オトリ、必殺技を験すよ」
「でも、ミズメさんの霊気が!」
「ここは陽穴になる!」
天井の穴を指差すミズメ。狩り対決のさいに念の為に周囲の地形も把握していた。大地への道さえ開けば龍脈の使用が可能だ。
「でも、岩盤が邪魔してますよ!」
結界内でオトリが声を張り上げる。
「そこは頼むよ」
ミズメは竹の龍から逃げながら、彼女に向かって歯を見せ両手を合わせて拝んだ。
相方は溜め息をつくと、結界を解き……なんと代わりにハリマノカミを結界で包んだ。
すると、龍はただの長い竹の巻物に戻って地面に落ちた。
「なんだ。これで解決じゃんか」
「ハリマ様の才能や知識は侮れません。万が一、秘伝の結界の解きかたや破りかたを編みだされれば、私の一族の大問題ですよ。急いでやりましょう」
オトリはそう言うと天井の穴の真下に移った。
「よっ、大力娘!」
野次を飛ばすミズメ。
「大力でも痛いんですからね!」
高まるオトリの霊気。
「都に行ったら飴ちゃん買ってあげるからさ!」
「またそれ! 約束ですよ!」
大力の水術師が岩の床へこぶしを叩きつける。苦悶の表情と弾ける涙。
轟音と共に岩窟が揺れる。打点から伸びる亀裂。ここを住まいとする鬼たちから苦情が聞こえたが、致しかたあるまい。
「土の層まで通じましたよ! 使われてない地面なので、いにしえの大地の精霊もたっぷりです!」
巫女と天狗が立ち位置を入れ替わる。
ちらと結界を見やると、ハリマノカミは驚愕や怒りのたぐいではなく、好奇ととれる表情を浮かべており、光の膜を叩いたり札を貼り付け験したりしている。
「解除します!」
ハリマノカミを包んでいた結界が掻き消える。彼は一瞬残念そうな表情を浮かべたが、咳ばらいをして無表情に戻った。
「身を護りなさい!」
オトリが続いて声を張り上げると、竹の巻き物は素直にそれに従い陰陽師を囲った。
それから彼を水術の霧が覆った。
「よし、ちゃんと気が流れ出てる」
足元の穴から霊気の流れを感じる。この地の地形は陽穴。陽穴は陰ノ気を放出する凶相なり。
ミズメは大地に溜まった穢れを己のものとし、星降りの小太刀に込めた。刀身が白熱する。
「おっさんたち! 危ないから離れて身を護ってなよ!」
見物人への警告と共に、水蒸気に包まれた陰陽師へと刀を投げた。
大爆発。
烈しい揺れと熱風、そして小石の雨。
やり過ぎたかと首を竦めて天井を見上げるも、岩窟はなんとか耐えてくれたらしく、ほっと胸を撫で下ろす。
「おもしろき術だ」
風が吹き靄が晴れ、竹の護りの中から陰陽師が現れる。彼の額は血に濡れていた。
「だが、二度目はなかろう」
風が巻き起こり、洞穴内の水気が掻き乱される。
「湿気はお嫌いですか? 私のお肌の調子は雨期のほうが良いんですよね」
オトリがハリマノカミに向かって指をさし、それをこちらに向かって移動させる。
すると、ミズメの手のひらに水気が集まり、雲のような物体ができあがった。
「これは乾き過ぎだ。破竹もできぬようであれば、これで試験もしまいとしよう」
ハリマノカミを取り巻く竹簡が烈しく発光し、彼の周囲を回り始めた。
「破る必要もないさ。縫うだけでいい」
ミズメは大地より借りた陰ノ気を、己の黒の記憶を通して手のひらの雲へと込める。
雲は見る見るうちに黒く穢れ、凍えるような冷気を発し始めた。
「肉を差し入れれば断つ。龍脈を借りようが、今のそなたたちと私とでは霊気にも圧倒的な差があるぞ」
回転する竹簡の中、白熱する七星剣を両手で構えるハリマノカミ。
続いて凹凸二枚の八卦鏡が懐から現れ宙に漂う。
更につるぎを握った手が陰陽二色に発光し、印が描かれた。
オトリはすかさずハリマノカミの後ろへと回り込む。
敵を挟んで相対するふたり。
「ミズメさん、いきますよ!」
巫女が陽ノ気を瞬時に高めた。手には清き白い雲。
霊風起こし、提げ髪揺らし、聖なる光の千早振る。
「必殺!」
天狗が再びありったけの陰ノ気を雲に詰め込んだ。
邪気を孕んだそれは、射干玉のごとき婀娜めき色で突き出される。
「「聖天ノ霹靂!!」」
玉響、洞穴内から音と色が消え失せた。
……。
「必殺技を考えるにしたって、オトリの霊力や大力を上回るようなものなんて、そうそうないよ。あたしの剣技だって、いくら考えたって自分より腕前が上の相手には当たらないかもしんないしさ」
風の吹く高原で、ミズメは腕を組んで唸った。
「術も霊気の量や霊性の練度に依存しますから、強敵相手には見破られてしまって、二度目三度目は通じないかもしれません」
オトリは小太刀を借りて不格好な素振りをしている。
「“必殺”なのに、二度三度もしてちゃ名折れだけどね」
「雰囲気ですよ、雰囲気!」
「避けれなくて強い攻撃といったら、ミナカミ様の落雷を思い出すね。オトリはあれ、できないの?」
「うーん、理屈は分かるんですよ。雷っていうのは水気と熱の差、陽ノ気から陰ノ気への流れが生み出すんです。陽ノ気一本じゃできない術なんですよ」
「あたしは両方の気が扱えるけど」
「ただ扱うだけでなく、それなりの気の量が必要です。それも、一点にぎゅっと詰めないといけません。離れた位置で集めなければ意味がありませんし、そうなればミズメさんだけでなく、一流の陰陽師のかたでさえも難しいと思いますよ」
「ミナカミ様はひとりだけでやってたよね?」
「神様は荒魂と和魂ふたつの面がありますから。でも、それが“始祖様は実は鬼の子だった”なんて言われるゆえんなんですよね」
「始祖様ってミナカミ様なの?」
「らしいです。生前は鬼神や現人神なんて呼ばれてたとか」
「ご先祖様なら、オトリでもできそうなもんだけどね」
「人の身で沢山の陰ノ気は扱えませんって。天然の落雷を呼び出すにも、雲まで霊気が届きませんし」
「雲のようなものを作れるって言ってたでしょ?」
「それは雨を降らせるだけの偽ものなので、適当でもできちゃうんですよね。空にある本当の雲はもっと複雑で、強い力が掛かってますから」
「その辺はあたしが風術でできそうじゃない?」
「でも、音がすごいですよ。光は目を瞑れば我慢できますけど、術を使うたびに壊れた耳を治すなんていやですよ」
「なんか言い訳くさいな。本当は、雷が怖いだけじゃないの?」
「そ、そんなことないですよ!」
「まあ、音も音術で消せるっしょ」
「かなあ?」
「……ってことで、あたしたちで雷雲を作り出してみない? ちょっと雷神様の真似事をしてみようよ」
「雷様の雲かあ。面白いですね。私たちで作ってみましょう! あ、音は消してくれなきゃいやですよ?」
……。
無音。燕子花色の光の糸がふたりの掌を結ぶ。
そのあいだに挟まれたハリマノカミ……霊力の塊である彼の肉体は、いかづちの通り道として選ばれた。
黒煙燻ぶらせ、崩れ落ちる最強の陰陽師。
「どうだい! ミチザネの祟りも驚きでしょ? ……って死んでないよね?」
竹の巻き物は未だに護り続けているので生きてはいるだろう。
「万全ならもっと簡単にできますよ。今のだって、私が一発だけで止めておいたんですから」
紅白衣装の巫女が腰に手を当て言った。
本来であれば、どちらかが手を下げるか、雲の霊気が尽きるまで何度も雷撃が起こり続ける。
今の霊力程度でも十数えるあいだは繰り返し稲妻が走り続けたであろう。
験しで、夕餉のついでと暴れ猪へ行使した時、それは消し炭となってそよ風に消え去っていた。
「人の身で神解きを操るか。……天晴れよ」
震え声での称賛。
「じゃ、あたしたちの勝ちってことでいいね?」
満面の笑みで訊ねるミズメ。
一方、オトリのほうは早くも心配顔に変じて手負いの陰陽師へと駆け寄っていた。
「よかろう。好きにするがよい。のちにそなたらの活動に融通を利かせるよう、陰陽頭にも話を通しておく」
「最強の陰陽師に勝ちやがった!」
「いと恐ろしき小娘ども……」
「まさか、ハリマ様が負けてしまうなど。いやでも、ふたりは俺の弟子ということになっておるから……」
観戦者から歓声が上がった。
「付き合ってくれてありがとう、オトリ。でも結局、力づくになっちゃったね」
「ううん。私も暴れられて、ちょっとだけすっきりしました」
治療を施す巫女は苦笑交じりだ。
「……これもまた、“共存共栄”であろう」
ハリマノカミが立ち上がる。
はて。なにやら、彼の声の調子が高い。表情もまた、初めて見せる笑顔である。
彼は誰も居ないほうへ向かって七星剣を投げた。岩壁に突き刺さるつるぎ。
「こういうことであるな?」
彼が二指を掲げると、つるぎと指を雷糸が結んだ。
「ちょっ!?」
目を丸くするミズメ。弾ける音が頭を揺らす。
オトリは頭を抱えてなにごとか赦しを乞う悲鳴を上げた。
「連発はまだできぬが、発雷の仕組みのほうは理解した。音も消せそうだな。道の字との術比べで使わせてもらおう」
愉しげに耳をさする安倍晴明。
「……あはは、さすが最強の陰陽師だけあるね。あたしらは結構苦労したんだけど」
大火傷を負ったり、あわや高原を火の海にし掛けたのを思い出す。
「うう、やっぱり雷は嫌やわ……。また別の術を考えへん?」
涙目のオトリ。
「それでは退治も済んだことですし、帰りますかな」
ミヨシがやってくる。
「うむ、久々に面白い仕事ができた。本来であれば朝廷に従わぬ者は全員“滅する”ように仰せつかっていたのだがな」
七星剣を手繰り寄せ、妖しげな笑いを見せる安倍晴明。
背筋が寒くなる。
「おい、ちょーっと待てい!」
帰路に就こうとする陰陽師たちの前に鬼の大将が立ち塞がった。
ぎろり、醜き鬼面が睨み見下ろす。
「まだ何か用か」
短く問うハリマノカミ。また無表情に戻っている。
なんの目的か。力比べか、仇討ちか。
「……」
ミズメが危険を冒してまでハリマノカミとの戦闘を選んだのにはいくつか理由があった。
共存共栄の問答。あちらに問われずともこちらから問う気でいた。蘆屋道満のぼやきが気に掛かっていたからである。
次、都の実力者を打ち負かして優位な関係を作り出し、今後の勾玉の件において助けにならないかと企んでのこと。
そして、鬼たちやオトリの心に忍び込んでしまったであろう、二鬼の死による曇りを晴れさせてやるためであった。
「このまま帰る気じゃねえだろうな? 膤熊や橸熊が納得しねえ」
「ふたりに救われた命を無駄にする気か」
溜め息。無表情が僅かに翳ったように見えた。
しかし、その鼻先に突き出されたのは、こぶしでもつるぎでもなく……。
大きな盃であった。
「ちげえよ。あいつらの弔いの宴をやろうと思うんだ。おめえらも一杯呑んでけ」
怨みなき気色。強き鬼の瞳が湛えるのは、泪。
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