化かし068 生命
『ああ、見事だったよ。ヒサギや』
帶走老仙の声がこだまする。
老仙の死骸を見やるが案の定、魂もろとも姿を消していた。
「初めから八尺瓊勾玉が目的だったのね」
銀嶺聖母が飛翔し、少年に向かって手のひらを翳す。
彼の足が地面と共に凍結を始めるが、難なく脱出される。
「ヒサギさん。その石が何か分かっていてお爺さんに従っているのですか!?」
オトリが霊気を練り上げ、加速し迫る。
勾玉を握った腕を掴むが、大力同士の引き合いは膠着する。
「知ってるよ。お爺様が不老不死になるための大事な石だ。これがあれば僕は、もっとお爺様の役に立てる!」
大力少年は力任せに足を振る。オトリが腹に蹴りを見舞われ、苦悶の声と共に吹き飛んだ。
「オトリ!」
ミズメは相方を受け止め無事を確かめる。
彼女が更に霊気を高めるのを感じて安堵し、水分の巫女の身体強化を山彦させて共に少年へ迫った。
「石を返せ。じじいがその石を不老不死だけに使うとは到底思えない!」
太刀を抜き、容赦なく腕に一閃。
「僕は争いをしに来たわけじゃないんです!」
少年の苦悶の表情。血を吹くも石は手放されない。
「人形の癖によく言うよ。悪いけど、ぶった斬るよ!」
更に太刀を振りかぶる。
『ヒサギは人ぞ。わしが操る屍などではない』
「まじかよ!」
驚き攻撃の手を止めるミズメ。オトリもまた足を止めた。
「お爺様、なんの話をしてるんですか?」
血の滴る腕を気にしながらの問い。
ミズメはやいばに着いたものを見た。先程に亡者を斬った時とは明らかに違う色と香り。
『讒言にてあやつらの心に隙を作っただけじゃよ。ふたりを斃しておくれ。わしの可愛い息子や』
「はい!」
少年は勾玉を懐に収め、代わりに小瓶のようなものを取り出すと、歯で封を解いた。
瓶の口から濃厚な仙気が噴き出るのを感じる。
「僕には分からないけど、お爺様の仙人の気だ。これを飲めば僕はきみたちにも負けない」
瓶を口元へ持っていく少年。
ミズメは反射的に星降りの小太刀に霊気を込め盾として構えた。
直後、刀身に強烈な掌底打ち。
衝撃は波となり木々を振動させ、刀を持った手に痛みが走る。
流れる景色。翼による制動も通じぬほどの速度で殴り飛ばされているらしい。
逡巡。
“死体”か“ひと”か。
仙気を感無しの者が吸って力が増すものか? それは邪仙の支配下にある骸の傀儡ではないか?
いや、人の身であれども仙術を受けたゆえに、尋常ならざる力を得ているのやもしれぬ。
つるぎに着いた血は生き血だった。大力は邪仙の加護で、本来はただの人か?
「やれやれ、参ったね」
通りすがりの樹木へ太刀を突き立て停止を試みるも、手首が更に悲鳴を上げ、そのまま錐揉みとなり地へと叩きつけられた。
――……。
一時か瞬息の間か。意識が飛んでいた。
ミズメは痛む全身を鞭打ち立ち上がる。
掌底と墜落による打撃だけでなく、何か別の鈍痛があった。
「いてて……。筋肉痛か?」
山彦ノ術を用いて、相方の憑ルベノ水による身体強化を真似てみたが不完全であったか。
霊気の流れを読み取るに、あれは己の肉の水気に命じて身体を動かし、酷使による自己崩壊をすぐさま治療術で癒す力技である。
ほんの一瞬の利用であったが、酷い空腹感と癒しきれなかった肉の痛みが戦闘不能に等しい打撃を与えていた。
「こんな術、オトリもよくやるよ……」
ミズメはぼやきながらも、勾玉の奪還へと戻った。
師匠と親友。
よもや、自分以上の使い手であるふたりが負けることはあるまい。
そういった考えが彼女の中に無かったといえば嘘になるであろう。
離れてしまった古墳へ戻るのには少し時間が要った。あるいは、墜落の際に本式の気絶をしていたせいやもしれぬ。
……戦場に戻れば、大勢は既に決していた。
一面に生える氷柱。薙ぎ倒された樹木。不自然に点在する水溜まり。
そして、水溜まりのそばには、倒れた伏した巫女の姿があった。
艶やかなる黒髪が解け乱れ、穢れぬ白き袖は草の上に広げられ、散る牡丹の袴からは折れた雌しべのごとく足が投げ出されていた。
ミズメには魂までは霊視できぬが、相方の身体に霊気が滓ほども残っていないのは分かった。
駆け寄ることもできず、ただ視線を移す。
邪仙の忠実なるしもべが、死んだ白鴉のようになった女を掴み上げ、その首へ手刀を今まさに突き立てんとしていた。
「やめて!」
ミズメは叫ぶ。
「お願いだから殺さないで!」
その声は生娘のごとし。
「僕も本当は乱暴はいやだ。だけど、お爺様の命令だから」
ヒサギは答えるも、もう一度腕を振り上げる。
「その人はあたしの恩人なんだ! あたしを拾って育ててくれた人なんだよ!」
再度の懇願。
「お爺様もそうだったじゃないか。でも、ミズメさんたちは殺した!」
「どうせまだ生きてるじゃんか! 魂が抜け出たって仙術かなんかでどうにかできるってこと、あんたは知ってるんだろ!?」
そうでなければじじいを溺愛する彼が止まるまい。会話の余地がないほどに荒れ狂うはずである。
そして、未だ師に止めが刺されないところを見ると、少年は“ひと”であろう。
「殺さないで。殺しちゃ駄目だよ! あんたは人殺しになっちゃ駄目だ! 組手すらもいやがってたのにさ!」
「ぼ、僕は……」
少年の顔が歪む。彼はオトリのほうを見た。
ミズメの視界にも彼女は居た。
しかし、心音や呼吸までも拾えるはずの音術に馴染んだ耳は無視を決め込んでいた。
『ヒサギ、何をしておる!? いい加減に止めを刺せ!』
姿は見えぬが邪仙の声が響いた。
「お爺様の命令なんだ!」
目を見開く少年。
「石も返してよ! その石は放っておくと、また力を蓄えちゃう。その石に宿った神様は日ノ本を混乱させる気なんだ。沢山の人が傷ついたり困ったりするんだよ!」
「そ、そうなの? お爺様からは、月神の再生の力があれば長生きができるとしか聞いてないよ」
『安心しなさい。わしが弱った月神なんぞに利用されるはずがないじゃろう?』
「お願いだよ! ヒサギが爺さんを大切に想ってるのは知ってる。あたしだって、お師匠様に長生きして欲しいよ。お師匠様は共存共栄を掲げて、皆と仲良くしようって考えてるんだ。良い物ノ怪なんだよ! あんたはどうなんだよ? 悪事なんていやだろ? 大事な爺さんに悪事を働かせておいていいのかよ!?」
「いやだよ! だけど、この女はお爺様を殺そうとした!」
「殺そうとしたのはあたしだ。お師匠様にはもう追わないように言うから!」
『ふん。おまえは知らぬようじゃが、その女は何度も寝首を掻こうとしてきおったんじゃ。力を落とすまでは殺されぬようにするのに苦労したわい』
「僕も見たんだ。だけど……」
だけど。少年が繰り返す。
「僕がやめてって言ってからは、この人は来なくなった」
『ヒサギ! 早く殺せ!』
「ぼ、僕は……」
震える少年の腕。
「お願いだっ!!!!」
ミズメは霊気を込めた強烈な音振をヒサギの片耳へと送り込んだ。
手弱女のごとき悲鳴と共に耳を押さえる少年。師が地へ落ち倒れる。
騙し討ちではない。師のための命乞いも、少年を慮る気持ちも偽りのないものである。
「あんたは悪人になっちゃ駄目だ!」
“ひと”であるならば、相方の願いも、いや自分たちの願いも捨て置けぬ。
『そいつも殺せ!』
師は解放されたが、意識がない様子。
ミズメも満身創痍。邪仙もまた姿を見せずにいるところを見るに戦闘不能であろうが、彼が糸引く少年は無傷に見える。
「こ、殺すなんて……」
少年は頭を抱えて苦悶の表情を見せる。
「人殺しなんて碌なもんじゃないよ!」
『……ヒサギや。殺すと考えるんじゃない。わしを生かすと考えるんじゃよ』
「お爺様を生かす。……分かりました! ミズメさんには先に死んでもらいます。そうすれば、お師匠様が死ぬところも見せないで済みますから」
少年の口元が固く結ばれた。
万事休す。扶養者の呪縛は強い。
――いや、まだ手はある。
ミズメは、生まれの境遇からして、神など当てにならぬものと信じていた。
勝手に仏の姿は借りるわ、悪人とはいえ修行者を追い剥ぎを行い、坊主の頭を叩き、水分の巫女の役目を娯楽代わりに眺めるような不信心な輩であった。
そんな彼女が今、心の底から神へと祈う。
――お願いだ、月讀命。消えちまってないんだろ? 力を貸してくれ! ふたりを助けるための力を! そしたら、この身体をあんたに捧げてやってもいい!
切なる願いは密やかに音に宿り、少年の懐の石へと届けられる。
『……よかろう。真人のその身、私が貰い受けてくれよう』
神の霊声が響き渡る。
『今のは月神の声か! まずいぞ、ヒサギよ! “あれ”を使って逃げよ! わしも新たな身体を取りに行く。石は必ず持ち帰るんじゃぞ!』
次に響くは老爺の声。不快な気配が遠ざかってゆく。
「分かりました、お爺様!」
笑顔と共に快活な返事。
「誰も殺さずに済んで良かった……!」
そう言うと少年は、何やら懐から小瓶を取り出し、その中身を呑んだ。
「石を返せ!」
「もう二度と僕たちを追わないでください! お願いですから!」
少年は両手で地面を叩いた。
轟音と共に古墳の丘にひびが広がる。
空気が震え、土砂が崩れた。それでも揺れは続く。
「馬鹿力めっ! おいっ、ツクヨミ!」
転倒するミズメ。
『これはなゐの神の力か。塵芥の駄神とはいえ、今の私では……』
「おいっ、あんたの力を……」
『ふふふ……見逃してやろう、我が器よ』
石を持った少年と共に月神の気配が遠ざかってゆく。
「ああもう! やっぱり役立たずじゃないかっ!」
去りゆく神に苦情を投げるミズメ。“石に漱ぎ流れに枕す”とはよく言ったものである。
だが、彼女は笑っていた。
――“誰も殺さずに済んで良かった”って!
激震の中、よろめきながらも親友のもとへ。
「オトリ!」
揺れの収まった時、ついにその暖かな手に触れることができた。
友人を抱え上げ、その胸に耳を当てれば確かな鼓動。
「良かった……」
ミズメは無遠慮に巫女の衣へ顔をうずめた。
揺れる世界、揺れぬ胸にしばらく身を委ねていると、地震と共に心が落ち着いた。
「いたた……ったく、なんて地震よ。あばらが折れてるのにさ。まったく誰よ、骨折水術健康法なんて言った馬鹿たれは……」
師のぼやきも聞こえてきた。
「ん……胸に誰か触ってる?」
間抜けた声。
「本当に良かった……」
ミズメは安堵のあまりに鼻の奥が痛くなった。
ところが、短い悲鳴がそれを打ち消した。
「ミズメさん!? なんですか!? 私どうなったんですか!? なんで胸を触ってるんですか?」
オトリは胸を隠すように守り、ミズメの腕の中で暴れた。
「ぼこぼこにされたんだよ。勾玉も持ってかれちゃった」
重大事だが、ミズメは笑みを含んで返した。
「そっか、私、負けたんだった……。どうして笑ってるんですか!?」
「いや、良かったなーって」
「良くないですよ!」「良くないわよ!」
友と師が声を荒げる。
「あっはっは! 良かったよ、まったく」
ミズメは相方をぽい捨て、背を地面に寝転がった。痛みが何故か心地よい。
「いやあ、ぼろぼろだね、あたしたち」
青い空に向かって呟き、もう一度笑い声を立てる。
「石を先に処分しておくべきだったわ。不老不死の研究に使われるだけならまだしも、邪仙の手元でツクヨミが力を取り戻したら振出しよりまずいわよ」
「今更だよ。あたしの復讐は終わり。石のことは後で考えようよ」
視界に広がる快晴に、疲れ切った師の顔が入り込んだ。歯を見せ笑い掛けてやる。
ギンレイは溜め息をついたが、「そうね」と言って笑った。
「私、負けちゃった。里で修業し直したのに。ヒサギさんを殺してしまうのが恐くて手加減しなきゃって思ったけど、全くそんな余裕がなかった。初めから全力でやれば良かった……」
あちらは随分と暗い声で悔恨の念を唱えている。
「やらなくて良かったんだよ。あいつは“ひと”だよ。間違いなく“ひと”だ。お師匠様を殺せなかったし、オトリだってきっと手加減されてたんだよ」
「手加減……。案外落ち込むなあ」
しょぼくれた顔をする巫女。
「さて、どうするかな。追い掛けるの、やめちゃおっか?」
「駄目ですよ! 勾玉をほったらかしにできません! ツクヨミは無力化してあるとはいえ、勾玉の最期を見届けないとミナカミ様にお赦しいただけません!」
「あっはっは。ツクヨミはあたしが呼んだら返事をしたよ。地震の神にびびって逃げたけど」
「なっとな!?」
お邦言葉と共に頭を抱える巫女。
「じじいはツクヨミを利用する自信があるみたいだったけど、あれは逆に利用されると思うね。お約束ってやつだ」
腕を組むミズメ。
「なんですかお約束って! 結託されれば、とんでもないことになりますよ!?」
「いやあ、大変だね。ヒサギを殺さないで、じじいをやっつけて、ツクヨミも止めなきゃなんないわけだ」
「ひとごとみたいに! なんとかして、ヒサギさんたちより強くならないと!」
「あいつ、じじいの仙気だけじゃなくって、地震の神様の力も使ってたよ」
「従えて識神にしたのかしらね?」
師が訊ねる。
「そういう感じじゃなかった。じじいの気と同じで、瓶に封じてたのを呑んでたよ。それでヒサギ自身が地面を叩いて大地震を起こしたんだ。あれは単純な力任せな揺れとは違った」
「神降ろしですか?」
「でもないみたい。ヒサギも普通に喋ってたし」
「力を取り込んだのかしら? なんにせよ厄介ね。今の戦力じゃ石は取り返せそうもないわね」
「これは特訓が必要かな。でも、その前に傷を癒さないと」
「霊気だって使い切ってますし、今の体力だと治療もして差し上げられません。うう、私、やっぱり役立たずだ」
涙目のオトリ。こちらに背を向けて正座をした。
「しばらくは休憩しましょう。もともと地震の神が居たのなら、温泉の一つや二つあるでしょ」
ギンレイは励ますように解けてしまった黒髪をまとめ直してやっている。
「んじゃ、湯治のあとで特訓だね。三人で強くなって逆襲してやろう」
久々に武器や術の鍛錬をするかと考える。
一番、大真面目にやっていたのは確か、百年くらい前か。出羽の穴熊のクマムシと幻術や化かしで切磋琢磨したとき以来のことだ。
あいつもそろそろ冬眠から醒めるころだろうか。ミズメは大きな欠伸をした。
「そのことなんだけど……私は勾玉を追う旅には不参加とさせてもらうわ」
ギンレイが言った。
「まさか、また寿命を使ったの?」
師に訊ねるも視線は巫女へ。相方は苦々しい顔を隠せていない。
「死ぬほど、じゃないけどね。見た目相応……とはいかないけど、まだ数十年は生きられる。仙気もこれ以上使い込むと人の姿を保っていられなくなるし、なによりああいう手合いとは相性が悪いのよ」
「ああいう手合いって?」
本当に寿命はまだ残っているのであろうか。ミズメは不信を顔に出しながら訊ねた。
「武闘派っていうのかしらね? あの子、空に居た私の所まで跳ねてきたし、宙を足で蹴って軌道まで変えてきたわ。オトリちゃんの水術や、武術のできるミズメならまだしも、私は今後の戦いで足手纏いにしかならないのよ。自慢じゃないけど、足腰は弱いほうだからね」
「じゃあ、どうするのさ?」
「月山に帰るわ。山の子供たちや姑獲鳥が心配だし」
「邪仙が攻めて来るかもしれないってことですか?」
「無くはないかも。連中にそんな暇があるかどうかは分からないけど」
「だったら、あたしも帰るよ!」「私も行きます!」
ふたり揃って声を上げる。
「私も気配くらいなら隠せるし、一応、子供たちを連れて湯殿山のほうの隠れ家へ移るのも検討するわ」
「でも、ギンレイ様抜きというのは不安ですね……」
「大丈夫よ。特訓には付き合うし、私もあなたたちの助けになる術がないか研究資料を洗い直してみるわ」
微笑むギンレイ。
「それじゃ、せめて帰る前に寿命を延ばしておこうよ。身体が治ってからでいいからさ」
ミズメは師の腕を掴み、精の進呈を提言した。そばの巫女の頬が赤くなった。
「それも、無しにしておきましょう」
きっぱりと断るギンレイ。
「なんでさ!? 力の回復に関係ないって言ったって、お師匠様の寿命に関わることじゃんか!」
「そ、そうですよ」
オトリも遠慮がちに追従した。
「そうね……じゃあ、この件が片付くまでお預けってことで」
「時間が掛かったら寿命が来ちゃうかもしれないじゃんか」
「そっちのほうが、あなたは真面目にやるでしょ?」
微笑むギンレイ。
「心配だよ。オトリ、お師匠様の寿命はどのくらい残ってるのさ!?」
睨むように巫女を見る。
「えっと……四、五年かと」
嘘はない。表情がそれを物語っている。
「ほらみろ! 数十年なんて嘘じゃんか! お師匠様はすぐ歳を誤魔化すんだ! 人里に出た時も十五歳とか言うし!」
「十五はちょっと無理がありますよね」
十六そこらの娘が呟く。
「失礼ね! 心はいつでも生娘なのよ。巫女さんの前でふしだらなことなんて恥ずかしくてできないわよ!」
「よく言うよ!」
言い争うふたり。互いに半笑いであったが。
「えっと……あの、私のことは気にしないで寿命を延ばして貰ったらどうでしょうか? 男の人とか、“そういうこと”は苦手ですけど、ミズメさんは“ついてる”だけで女の子みたいなもんですし……」
「失礼だな! オトリもこう言ってるんだし、早くやろうよ!」
ミズメは内心、残りの寿命が四、五年だと聞いて焦れていた。
長命の物ノ怪からすれば、二三日の話に思えてしまう。
ならば今すぐと師の衣に手を掛け、脱がせに掛かる。オトリが手のひらで顔を覆った。
「……良い子ね。でも、だーめ。どうしてもくたばりそうになったら、こっちから夜這いに行くからさ」
師の腕に押し退けられる。
「夜這いだなんて」
指の隙間から覗く赤い顔。
「間違えてオトリちゃんに夜這っちゃったりして?」
ギンレイは悪戯っぽく歯を見せた。
「ええ!? ……お、お手柔らかにお願いします」
「そこは断りなよ……」
ミズメは肩を落とし溜め息をつく。
「分かった。お預けでいいよ。あたしたちが石とじじいをなんとかするまで、絶対に生きててよね?」
「楽しみに待ってるわ。毎晩あなたのことを想って寝床を濡らしてね」
身悶えして見せるギンレイ。
「そういう目的で寝るんじゃないでしょ。命が掛かってるんだぞ」
「どうせやるなら、愉しみたいじゃないの」
「そんな気分じゃないし! そもそも、あたしにゃ白髪の大年増を襲う趣味なんてないかな!」
「傷付くわね! ここで襲ってやる!」
師が飛び掛かって来た。
「助けてオトリ、貞操の危機なの!」
笑いながら助けを求める。
「あ、いたたたた! 折れてたんだった」
年増の女が脇を押さえて悶絶する。
「馬鹿なことするからだよ」
嘲笑うミズメ。
「もっとおしとやかになさってください」
オトリも笑った。
――とにかく、あたしたちはまだ生きてる。今はそれで手を打っとこうかね。
大きな過失と共に大敗を喫した一行。
問題は山積。行き先は不透明となり五里霧中の様相。
ミズメは青空のもとで不安を押し隠し、とりあえず笑っておいたのであった。
*****
なっとな!? ……なんだって!?




