化かし061 自然
ミズメの身体にツクヨミを降臨させて力を削ぐための計画が練られ始めた。
切れ端とはいえ、三貴神の一柱である。月の神を滅する行為は容易ではない。
一行は、持てる力を最大限に発揮できるよう、話し合いを進めた。
「この辺の山は、一応は私のものってことになってるからぁ、そこでやりましょう。広場を用意して、人や獣も追っ払って。ツクヨミは私が呼ぶわぁ」
ウケモチが提案する。彼女はツクヨミを召喚する役に就く。
「場所が固定されるとなると、風水や龍脈も決まってしまうわね。高台なら陰穴を作りやすいし、オトリちゃんやスズメちゃんの術の手伝いになると思うけど、風の流れが少し悪いわ」
大地と大気の気の流れを読むギンレイ。風水に長ける彼女が言うには、“不自然な地形”が地相を吉より遠ざけているそうだ。
「日ノ本にはいくつかの大龍脈があるの。この地は越中国から始まって南や西に向かっての流れる龍脈の流れの上にあるわ。ここからみて東の方角に余計な風が吹いてるんだけど……」
「東といえば、山向こうの村がある方角ですね。竈の神様がいらっしゃったところです」
スズメが言う。
「巫女さんが宮中に取られたってところかい?」
ミズメが訊ねる。
「竈神様にお仕えしていらした白炭様が都に召されてしまって、そろそろ半年くらいでしょうか。あちらのかたの領分は火でしたけど、焼き畑方式の農業をよく制御なさっていらしたので、わぁーしもお勉強をさせてもらったことがあります。とってもべっぴんで、お料理もお上手なかたでした」
「お料理なら私も得意よぉ」
ウケモチが何か言った。
「五行思想では火は水に剋され、土を生む。火が弱くなってしまえば、水が暴れて土も弱まってしまうわ。ふたりの憑ルベノ水や埴ヤス大地を最大限に発揮するには、少し条件が悪いわね」
「ここのところ、土の精霊の調子が良くにゃーのはそういうことでしたか」
頷くスズメ。
「私も、もっと気が集めやすいように“地形を弄りたい”のだけれど」
ギンレイが大それたことを言う。
「構わないわよぉ。スズメにやらせるわぁ」
神もまた大胆に即答した。
「地形を変えてしまうのは、さすがに気が引けます!」
オトリが腕を組む。
「神の私がいいっていうからいいのよぉ。祭祀場は、戦いやすいように木も引っこ抜いて、ギンレイおねえさまの言う通りに土地を弄りましょう」
容赦ない決定。お人好しの巫女は唸った。
「木をいらうと風水にも影響がにゃーですか?」
「広範囲じゃないから影響は小さいけど、木は土を剋し、火を生むわね」
「なるほど。木は土から精霊を吸い上げ、燃料になることをいってるんですね。木をのければ地力があがるので、儀式に使ったあとは今度、畑にでもしちゃいましょう。抜いた木も、あんばようどこかに植えられれば良いのですけど……」
「一大事業だね。あたしは寝てるだけで終わるから、なんか申し訳ないよ」
「目覚めないかもしれないけどねぇ」
ウケモチが何か言った。
「樹木の植え替えくらいなら、わぁーしの埴ヤス大地で簡単にできますよ。でも、木そのものが他の植物と土の精霊を取り合うので、どこにでもというわけにはいかにゃーですが」
「私も土術には少し覚えがあるのでお手伝いしますね」
「木は砕いて土に還しちゃおうかなあ。丁度、山向こうに土地の悪いところがあるんです。植物や動物の死骸を混ぜれば、石や砂の多い土地も畑ができるんですよ」
「うちの里でも、そうやって良い土を作ってます」
巫女たちが土の話で盛り上がる。
「あたしも、準備くらいなんか手伝いたいんだけど」
「じゃあ、山向こうの村の様子を見てきてくれない? 火の相が弱くなってるくせに、妙に風がそっちに流れてるのよね」
「ひとっ飛び行ってくるよ。巫女が抜けたんなら、巫行でも困ってるかもしれないし」
師の要請に応じるミズメ。
「私も行きましょうか?」
「オトリはスズメと土や木を弄っておいて。あたしもお祓いを覚えたから、できることも増えたし」
「水やお薬の知識が必要になったら呼んでくださいね」
ミズメは小屋を出て空へと飛び上がった。
「風が東に流れるのは当たり前だけど、春風というにはちょいと厳しいね。お師匠様の言う通り、確かに不自然だ」
強風の中で呟く。
――お師匠様の言う通り、か。
自虐的な笑みを浮かべる。今日もまた師の言に従っての行動。
普段から従わぬことも珍しくはないが、不信が胸を苛む今は、些末な指図も気に障るものである。
それでも東へ進路を取った。単独での善行は久し振りだ。気晴らしには良いだろう。
「おっと、危ないな」
空を行くと鳥の群れとすれ違った。
雁である。
「変な方角に飛んでるね? この時期なら北へ帰るだろうに」
飛び去る鳥の群れを振り返り、首を傾げる。
疑問は捨て置いて、思い切り高く舞い上がり、翼に西風を孕ませて加速する。
髪や衣が激しくはためき、頬に大空を感じる。
このまま心のしこりも吹き飛ばしてくれぬかと、峰の向こうへ希望を託す。
しかし、山を越えた先に見えてきたのは、地獄と見紛う光景であった。
「雁は逃げてたんだ!」
麓に広がる森では、一面に黒煙が燻ぶっていた。山火事である。煙のあいだからは田畑や家屋も見える。
惨事の更に向こうの山もまた惨事。
続く禿山。あちらは火ではなく、土地が荒野のごとく地肌を晒している。
「都の手が入ったね。木が根こそぎ伐られてる。だから風が吹き込み放題で火勢を強くしてるんだ」
憐憫の溜め息ひとつ。ミズメは取り急ぎ村へと降りた。
霊気を練り上げ、風を起こして黒煙を散らす。
続いて逃げ遅れた者が居ないか音術と霊感に訊ね、手早く村民の救助を行う。
「手伝いどころの話じゃないよ。すぐにオトリを呼ばないと」
風の流れを読み、村民たちへ避難すべき方角を伝え、次は火消しの段となる。
ミズメでも風で小火を殺すことはできるが、山火事となればかえって火に油。さすがに手に負えない。
「戻るか」
西風に逆らって山を越えるのは骨だが、文句も言っていられまい。
ミズメは村民たちの感謝の視線をはばからず、翼を広げた。
……すると、村民の一人が声を上げた。
「ひえええっ!」
恩人でもやはり物ノ怪は恐いのか。胸に一抹の寂しさ。
「急に巫女様が出やった!」
なにやら翼が原因ではないらしい。
振り返れば、頭に枝葉を引っ掛け肩で息をするオトリの姿。その背から別の巫女が降り立った。
「早いね。丁度、呼びに行こうと思ったところだよ」
笑みを投げ掛けるミズメ。相方はすでに避難の済んだ村民たちを見て微笑みを返した。
「ミズメ様とてれこで、ここの村民が助けを求めに来たんです。春焼きをしとったら燃え移ったって。落ち込んでる竈の神様を喜ばせようとして、いつもより火勢を強くしたのが原因だそうです」
スズメが事情を説明する。
「すぐに雨を降らせますね。これで万事解決です」
「水分の巫女のお手並み拝見だね」
大火を前に気楽に構え、霊気を練り上げる娘を眺める。
しかし、曇ったのは空ではなく、巫女の表情であった。
「……駄目。このあたりの水気が足りなくて、雲が作れない」
「ええ!? どうすんだよ? 川や湖は?」
「このあたりには湖はにゃーです……。川もあまり太くにゃーですし、魚が多いし、火事を嫌って逃げて来た獣が避難してそうです」
土地の巫女が首を振る。
「無理矢理にでも水を作らないと」
水術師は更に霊力を高める。
霊圧が作り出す風が幽かに火勢を強めた。
さらに難事か。遠方で落雷のごとき轟音が響く。
「今の音は!?」
ミズメは飛翔し周囲の様子をうかがった。
禿げた山肌が崩れてしまっている。
「土砂崩れが起きてる」
「あのあたりは土に精霊が居にゃーで、石や砂ばかりです。木が土の力を吸ったのがまだ戻ってにゃーです。人が居にゃーでも獣が居ます!」
にゃーにゃー騒ぐスズメ。
「ごめんなさい、私が土や空気から無理矢理水気を集めたから」
オトリの頭上には濃霧のようなものができあがっている。
「でも、これだけじゃ火事は消せない……」
「もっと水気を集めるか? 石や砂なら、あたしが術で塞き止められるかも」
「道返ノ石をお使いになられるんですか?」
「扱えるのに気付いたのは最近だけどね」
「無理はなさらにゃーほうがいいです。石の一つや二つはともかく、砂までとなると、霊性の扱いに長けてにゃーと難しいです。巻き込まれてしまいます」
「じゃあ、スズメも手伝ってよ」
「わぁーしが扱えるのは土だけですよ。あのあたりの地面は石や砂が多すぎます」
「土なんてどれも一緒じゃないの?」
「土というものは、石や砂に植物や動物の死骸が混ざって醸されて精霊と一緒に育つものなんです。埴ヤス大地はその精霊のお力を借りる技であって、精霊の宿らない石や砂を止めることはできにゃーです!」
講釈を垂れる土術師。
「ややこしいな」
頭を掻きむしるミズメ。
「そもそも、これ以上に水気を吸ったら、火事が木を焼き尽くしてしまう」
オトリが歯噛みする。
水を呼ぶ方法。空は晴れ、水源は無し、地下水も土の話を聞き土砂崩れを見たのちでは却下であろう。
「オトリ、あれはできない? 里の秘伝の雨乞いの舞は?」
「燕舞……」
訊ねるも相方の表情は厳しいままである。
「舞うことはできますが、雨乞いは天津の雨神様を呼び寄せるものなので、付近に神様が居なくては意味がありません。神様をお迎えするにしても、相応しい仕度をしないと興味を示していただけません。今ここで舞ったところで、雨は降りません」
「祭りか儀式の仕度が要るってことか。そんなことしてる余裕はないね」
視界のはしで燃えた木が倒れる。
「ギンレイ様のお力を借りたらどうですか? 風水は自然の力を利用するのでしょう? 何か良い案を授けて頂けるかも」
相方の提案。
「ちっ」
また師に頼らねばならないのか。
「あっ、今舌打ちしたでしょう! 駄目ですよ。今は緊急時です。喧嘩も休戦してください!」
「やだよ。あの人には頼らない」
相方に叱られるも頑なに拒否をする。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
「火の相が強くなったほうが良いんじゃなかったの? 今ならツクヨミを呼ぶのにかえって良いかもしれないよ」
「もう、捻くれたこと言って! 村のかたをお助けしないと!」
「そもそも、畑を豪快に焼いたのはこの村の人間じゃん。山肌が崩れたのも朝廷が都のために木を切らせたからだ。人間どもが欲張るからこんなことになる」
鼻で嗤う物ノ怪の娘。
「なんですか、人間人間って」
「あたしは山暮らしの物ノ怪だよ」
避難民たちが動揺する。
「じゃあ、助けないって言うんですか? 動物だって暮らしているのに! ギンレイ様の共存共栄はどうなったんですか!」
睨む巫女。
「ギンレイ様、ね」
師すらも鼻であしらう。
「あたしはね、影鬼の術で昔のことを思い出して、それであの人が単に不老不死のためだけにこの身体を利用してるんじゃないかって疑ってるのさ」
「何を急に!? 打ち明けてくれたのは嬉しいですけど、今話すことじゃ……」
困り顔の相方。
「本当はあたしを愛してなんかいないんじゃないかってね」
「……気持ちは、少し分かります。私もミズメさんとの旅で、ミナカミ様のやりかたが変だって思いましたし」
ほんの一瞬、オトリの頭から火事のことが消えたように見えた。
「でも、だからって、この地を見捨ててしまうんですか? 共存共栄も? それじゃ、ただの八つ当たりじゃないですか。そんなの、ミズメさんらしくないですよ」
相方はしょぼくれた顔を見せる。
「見捨てる気はないよ。あたしは物ノ怪だ。物ノ怪ってのは、人間以上に欲が深いものなのさ。お師匠様には頼らない。火事も消す。山も崩さない。人も獣も救う」
「私もミズメさんの気持ちは汲んであげたいですけど。それはちょっと欲張りです」
「そう。欲張りだから、オトリにもそうさせてやりたい」
「なんですかそれ」
相方は困り眉だ。
「ってことで、あの人よりもオトリを頼りたいんだ。霊気をたっぷり分けてくれない? 空に上がって風を起こして、遠方から雲を吸い寄せてみる」
「それだったら、簡単にそう言ってくれればいいのに!」
すかさず手が握られる。
「気持ちの整理がつかないんだよ。ここのところ、柄にもなく難しいことや細かいことばかり考えちゃってね」
「……大丈夫。だんないですよ。ギンレイ様に何か目的があったとしても、それと愛情は両立します。不安は風で吹き飛ばして、火事と一緒に消してしまいましょう!」
繋がった手から優しい霊気が溢れんばかりに流れ込む。
「翼が白く……。お日さんみたいにまぼそいねーぇ……」
横でスズメがうっとりとした声を上げた。
「あたしの自慢の翼さ。じゃあ、ちょっくら行ってくるよ。天狗の雨降らしをとくとご覧あれ」
純白の抜け羽残して天狗娘が空へ昇る。
高く、高く。山を越えて更に高く。
翼に鞭打ち、肺臓からこみ上げる血のにおい味わい、もっと高く。
「さあ、雲よ来い!」
ミズメは両腕広げ、巫女に借りた霊気を使って空気を吸い寄せ始めた。
烈風が起こり、近隣の空から雲が集まり始める。
雲は群れ、塵を含み、黒く濁り光を遮った。
――もっとだ。もっともっと!
あらん限りの霊気を絞り出し、音を掻き消す風の中で叫びを上げる。
彼方から此方へ求めるは鎮めの力。
雨降らし、我がこころと共に燻ぶる災厄を全て洗い流せ。
「……糞っ、格好悪いなあ」
雲は集まれど、雨は降らず。いよいよ霊気は底を突き、風に抗い続けた翼が折れた。
なんとか墜落は避けたものの、目的は果たせずの帰還。
負傷を見抜いてか、相方が両袖を広げて待ち受けている。
「ごめん、オトリ。雲は集められたけど、雨は降らせられなかった」
抱き止められ、そのまま身をゆだねる。意地だけは張り通した。最後のひと押しも親友に頼るのも悪くはない。
「謝るのはこちらのほうです。ごめんなさい。私では雨は降らせられません」
返されたのは予想外の返答。
「えっ!?」
思わず身を離すミズメ。
「オトリは水術師だろ? 雨を降らせたり、雲を作ったりできるんじゃないのかよ?」
「それは噂や伝説の範疇ですよ。仕組みは分かるんです。“雲のようなもの”も、低い位置になら作れますが……あれは高すぎます。あんな高い雲まで霊気を伸ばして操作する霊力なんて、神様でもなければありえません」
「そんな、無駄骨だったか」
全身から力が抜ける。神に等しき仙人に片足を突っ込んだ女の顔が頭によぎった。
「ごめんね。やっぱり、ギンレイ様に……」
「ようやっと、わぁーしの出番ですねーぇ!」
そこへ小さな巫女が声を上げた。
「雲に近ければ、雨は降らせられるんですね?」
「ええ、雲の量は多いくらいです。水気の間隔と圧さえ操作できれば、洪水だって起こせます。でも、ここからじゃ……」
「出番がにゃーかと思って、がっくししてたんです。落ちにゃーように、じっと掴まっててくださいね」
スズメはそう言うと、泥だらけの両袖を振り上げ、勢いよく地面に手を着けた。
「大地の精霊様。力をお貸しください!」
ぐらり、大地が揺れ始めた。
「あっ、こら。あたしに掴まるな!」
「驚いちゃって……」
照れ笑いの相方。
彼女の背後の景色が、森から空へと切り替わる。
「昇ってるよ!」
「土の柱を天へ伸ばします! ざんざぶりでお願いしますねーぇ!」
下方から小さくスズメの声。
ふたりを乗せた土の柱は、空へ向かって伸びてゆく。
「こりゃ、天橋立もびっくりだね」
「すごい……水術でいったら私以上だ……」
あっという間に山を追い抜き、広がる曇天が近付いた。
「この高さならどう?」
落ちぬように相方をしっかりと抱き止めて。
「いけます。降らせましょう!」
不敵な笑みは間近の天を見て。
水術師が袖を振り上げた。
玉響、霊気が胎動し、雲が応え、瞬く間に烈しい雨を降らせ始めた。
「できました!」
「えらい!」
嬉々として豪雨の中抱き合うふたり。
「きっと、何もかもうまく行きますよ。ツクヨミの企みも阻止できますし、ミズメさんの心配も杞憂なんです! 悩んでるなんてあなたらしくありません。悩むなんて面倒だ! とか言って本人に聞いちゃうほうが自然ですよ」
春時雨を背に萌ゆるは友の顔。
「ありがとう。そうしてみる」
見つめ合うふたり。ミズメは照れくさくなり顔を逸らす。
「まさか、あたしが励まされる側になるなんてね」
「いいじゃないですか。前に言ったでしょう? 導いてあげますって!」
「生意気な。いつもくよくよしてるのはそっちのくせに!」
空でじゃれ合うふたり。均衡を欠いてあわや墜落しそうになる。
「ところで、これってどうやって降りるんだ? あたしは翼があるから良いけど」
「抱えて降りてくださいよ」
「無理だよ。重たいもん」
「重たくないです! 私は銅銭四枚分の重さです!」
「嘘つけ!」
ずぶり。
「「えっ?」」
ふたりの足が沈み込む。
天降る恵みは、土の柱にもしっかりと水気を与えていた。
「きゃあ! 崩れる!」
「放せって! あたしまで落ちるだろ!」
悲鳴と共に、きつく抱き着かれるミズメ。オトリの腕は翼までも抑え込んでいた。
「土術も水術も使えるんだから、なんとかしてよ!」
「スズメちゃんの霊気が籠り過ぎててすぐには……」
揉めるふたりはそのまま、泥の柱に呑み込まれた。
柱はとうとう自重を支えきれなくなったか、泥の滝と化して溶けるように地上へ流れ落ちてしまった。
「だんにゃーですか?」
引っ張り出されるミズメ。助け出してくれたスズメも泥人形のようになっている。
「死ぬかと思った」
幸い怪我はないようだ。
「あはは、泥のおばけになってますよ!」
指差し笑うはオトリ。
こちらは水と土の両方が操れる上に稲荷の使いの加護か、ほとんど汚れていない。
「ちぇっ、自分だけずるいぞ」
「おふたりとも、あとで綺麗にして差し上げますから」
笑顔と黒髪が揺れる。どこぞで引っ掛けたか、泥の乗った頭のてっぺんには双葉が顔を出していた。
「オトリ様も頭がおもれーことになってますねーぇ」
スズメが頭の芽を指して笑う。
「えっ?」
オトリが首を傾げると新芽も一緒に傾いた。
「春の日の 三隻の鳥の 泥遊び くろのかぶりに 見付く下萌 ……ってね」
一首詠じれば、大火を消した雨が上がる。
雲の隙間からは春日が静かに覗いていた。
*****
越中国……現在の富山県あたり。
あんばよう……案配良く。
てれこ……入れ違い。
まぼそい……まぶしい。
今日の一首【ミズメ】
「春の日の 三隻の鳥の 泥遊び くろのかぶりに 見付く下萌」
(はるのひの みしゃくのとりの ひじあそび くろのかぶりに みつくしたもえ)
……春の日の三羽の鳥の泥遊び。畦道の頭に芽を見つけたよ。隻は舟、矢、鳥を数える助数詞。“くろ”は黒と畔。




