化かし058 再会
記憶の闇を操る影鬼を退治したミズメとオトリは、藤原唯直と辛巳のふたりを連れて近江國へ向かった。
本来ならば、仏僧の領地争いや結界などのある伊賀国を縦断する旅に、ただでさえ不審な山伏と巫女が、逃げた役人と物ノ怪の蛇娘を連れるのは得策ではない。
だが、タダナオの“妙に前向きな後ろ向きさ加減”に、身投げでもする気ではないかと安心ができず、人目の多く集まる幹線道路まで同行することにしたのである。
「なんとか近江まで抜けられたけど、ここまで息が詰まる旅は初めてだったよ」
天狗たる娘が背伸びをする。
「私も人とすれ違うたびに胸がどきどきしました。でも、愛の逃避行なんて素敵じゃないですか」
若き巫女はずっとこの調子である。
とはいえ、旅路では逃げた受領への追っ手もなく、鬼や物ノ怪に遭遇することも、強盗や獣のたぐいに出くわすことすらもなかった。
難なく仏僧たちの荘園の続く地を抜けて近江国に到達。
一行は鳰の湖のそばにある、およそ三百年前に栄華を極めていたという“近江大津宮”の跡地に足を運んでいた。
「なんだか変わった景色ですね。荒れ果ててるのに活気があって、みなさん随分と楽しそうです」
オトリが言った。
この地はどこか都のような景色を持ちながらも、草の伸び切った荒れ地が放置されており、立ち並ぶ建築物も新築と廃墟が入り混じっていびつである。
馬を牽いた旅人や貴人、山賊と見紛う賤民らしき者までが行き交い、どこかの尼僧らしき胡散くさい女が布教活動をしている姿もある。
ここでは都ほどの律令や商売上の決まりごとの厳守も行われていないらしく、開放的な空気が満ちている。
「今は昔、ここには天智の時代に都があったのだ。当時の朝廷は今でいう高麗の地でのいくさに加担して、支援していた百済と共に新羅に負けるという失敗を犯した。大国を敵に回したさなかでの遷都であったゆえに、民衆から恨みを買って毎晩のように火を放たれたらしい。栄華を極めていたのは、たったの五年だ」
解説するのは藤原唯直。血筋に怨恨があるゆえか、泯びを語る表情はどこか愉快そうである。
「整備がされなくなったから、いっきに廃れたんだ。でも、交通の便は良いし、遷都を繰り返してもこの地はいつも都から遠くなかった。だから、怨みつらみだけでなくって、人や物も沢山行き交い続けてね。物品の交換も活発だから、それを生業にする人も多いんだ」
ミズメは補足した。
「だから都の市のようなやりとりが多いんですね。何か面白い品は売ってないかしら?」
オトリはさっそく飴売りの掛け声に反応している。
「入用であれば私に言え。屋敷から多少の財を持ち出してあるゆえに、おまえたちへの礼はできるぞ」
「でも、おふたりの大事な旅の資金ですよ」
「オトリ様、わたくしも買い物というものには興味があります」
カノトミは夫の袖を離さないものの、蛇のように首を伸ばしてあたりを興味津々と観察している。
「ところで、よかったのかい? ここはタダナオにとっては忌み地のひとつなんだろ? それにここは、都の貴人の好む旅行地じゃんか。知り合いと鉢合わせるかもよ」
行く当てのない駆け落ちへの随伴を言い出したのはミズメであったが、この地まで足を延ばすつもりはなかった。
だが、この大津に行きたいと言い出したのは、他でもないタダナオであった。
「この地を旅の始まりとしたいのだ。藤原の名を棄て、貴人としての立場も棄てるには相応しい。今日から私は藤原唯直ではなく、ただのタダナオだ」
「じゃあ、後ろ向きな性根ともここでお別れにしなよ」
「それは自信がないが、カノトミが生きている限りは死を望むようなことはせぬと約束しよう」
「わたくしも一生このひとについてまいります」
夫婦の表情に陰は見当たらない。
――ま、無理してここまで連れて来てやった甲斐はあったかね。
陰鬱な男が晴れ、空は春の気配を含んだ雲が遠く早く流れている。
街は活気づき、都人も田舎者も各々やりたいように自由気ままだ。
堂々と女が色男の袖を引き、村娘の尻を追う貴人の後ろ姿も見える。
深緋色の狩衣を着た男もタダナオのそばを通るが、避けもせず構いもせず、袈裟を着た坊主も紅白巫女のオトリを一瞥すらしない。
験しに霊感に頼ってみれば、どこか妖しい気を宿した人間までもが闊歩しているのを発見した。
昔に見物へ訪れた時には、既に雑草の茂る荒れ地に喰われ、荒涼とした死に顔を晒しており、栄枯盛衰に歌を編まずにはいられなくなったものである。
だが、こうして再び活気が戻り、奈良や山城の都とは違ったどこか原色染みた風景を見せる今は、ミズメにとって随分と好ましいものとなっていた。
「自由気ままな街ってのは良いねえ。……ん?」
ミズメは行き交う人々の中に、見覚えのある人物を見つけた。
老人と童女。ふたりは人混みの中だというのに器用にも目を瞑りながら、誰にもぶつからずに歩いている。
「なあ、オトリ。あのふたりって、オテントウさんとウタじゃない?」
「本当! 百足衆のかたたちは、まだこの辺りにいらしたんですね」
訳あり者の集まる旅団、百足衆に身を置く盲目のふたり、琵琶法師のオテントウと瞽女のウタである。
こちらの声を拾ったか、童女は老人を見上げて何かつぶやくと、揃ってこちらのほうへと近付いてきた。
「あの……もしかしてミズメ様とオトリ様ですか?」
ウタが訊ねる。
「ウタちゃん、オテントウさん、お久しぶりです。百足衆はまだこのあたりで興行してるんですか?」
オトリが返事をすると盲の童女が頬をほころばせた。
「はい、この街道の先に天幕を張っています。おふたりはお元気でしたか?」
「元気元気。百足衆の皆は達者かい?」
「人の入れ替わりはありましたが、蜈蚣の件以来は特に難事に巻き込まれたりはしていません」
あの時はお世話になりましたと童女が頭を下げる。
「強いて言うなら、少々縁起が悪いくらいかのう」
禿頭の法師が言った。
「縁起が悪い?」
ミズメが訊ねる。
「おぬしらと別れたのち、この大津の地にて興行をしておったのじゃがの。いざ天幕を畳んで他の地へ旅立とうとすると、目指す方角に黒雲が立ち込めるのじゃ。あまりにも恐ろしげな雲じゃからと出発を見送るが、晴れて発とうとするとまた立ち込める。そういうことがひと月以上も続いておる。なにか凶事の前触れではないかと思えて仕方がない」
「縣さんや楸さんを追い掛けるつもりだったんですが、残念です」
「追い掛ける? あのふたりは居ないの?」
「この地を発ったあとは、一緒に北へ行く予定だったんですけど、何やら先を急がれていたようで、嵐の中を出て行ってしまわれました」
「じじい仲間じゃったし、ふたりの芸に合わせて琵琶を弾くのも気に入っておったのじゃがな。仲間の空が読めるもんが北は良くないと言ってな。もうニ、三日後には西へ行こうと思っておる。晴れていたらじゃがな」
人形遣いの好々爺アガジイと、嫋やかなる大力少年ヒサギのふたり。彼らは百足衆を離れているらしい。
ウタとオテントウは名残惜しげである。
「盲の者にも知り合いがいるのか。旅をしていただけあって顔が広いのだな」
タダナオが言った。
「お連れ様ですか?」
ウタが訊ねる。
「私と妻のカノトミはミズメとオトリに救われたのだ。ゆえあって住まいを棄て、この地まで警護してもらった」
「まあ! 私とオテントウさんも命を助けられたんです。おふたりは凄いんですよ。術や武の腕前も勿論ですが、愉快な掛け合いの芸だってできるんです。芸人のあいだでも語り草ですよ。また、あのお墓の話を聞きたいなあ」
無邪気に笑う童女。
「あ、あれはもう勘弁してください。お尋ね者よりもいや……」
オトリは頬を赤くする。
「お墓の話?」
カノトミが首を傾げた。
「いいの! 今の話は忘れてください!」
「まあ、このふたりの掛け合いが愉快なのは共に旅をして知っておるが……。おぬしらは旅芸人なのか?」
タダナオが問うた。
「一緒に芸や仕事をしながら皆で助け合って旅をしているんですよ。みなさん気の良いかたばかりです」
「タダナオたちも行く当てがないなら、百足衆に入れて貰ったらどうだい? 自由だし、人の過去を詮索するような奴も居ないよ」
なかなかの名案ではなかろうか。
「ふむ……。もうじきふたりの旅路が始まると腹を括っていたが……」
タダナオはカノトミの顔を見ている。
「おふたりは目が見えないのに旅をしていらっしゃるのですか?」
カノトミが訊ねる。
「他にも、生まれつきどこかが悪いかたや、役人さんに追い掛けられるようなかたもいらっしゃります。霊感持ちのかたが言うには、過去には物ノ怪らしきかたも一緒に旅をしてたことがあるとか。それでも、仲良くやっていますよ」
「タダナオ様」
カノトミは夫の顔を見上げた。
「うむ、おまえがよいと言うのなら、身を寄せてみるか。恩人を同じくする者同士でもある。因果というものも、なかなか捨てたものでもないらしいな」
快諾するタダナオ。
「ほっほ。歓迎するぞ。若い夫婦が来れば団も活気づくじゃろう」
オテントウさんが笑う。
「嬉しい。楽しみです。ところで、芸って何をするのですか?」
蛇娘が首を傾げる。
「芸とは、他者より秀でていたり、できる者の少ない行為を披露するものだな。芸と呼べるほどの腕前かは分からぬが、私も詩歌と笛には腕に憶えがある」
「タダナオさんの笛なら喜ばれると思いますよ」
オトリが言った。
「人と違うことができればいいのですか?」
「中には、自身の身体の奇妙な点を見世物にする者もおるのう。わしらも目が見えぬぶん、耳や手の感覚に優れるゆえ、音楽や按摩の腕を磨いてそれで食いつないでおる」
オテントウさんが言う。
「ついさっきも、あっちの温泉でお客さんを揉みほぐしてきました」
何やら妙な手つきをする童女。
「……なあ、オテントウさん。ウタも客の袖を引いてるのかい?」
ミズメは老人に耳打ちした。
「いいや。本当に凝りを揉みほぐしているだけじゃよ。わしが一緒に出掛けとるのも、“そういった仕事”をさせないためじゃ」
「そうかい。それなら良かった」
胸を撫で下ろす。
この手の仕事に就く者が春を鬻ぐのは珍しくない。ウタはまだ両手の指で数え切れるほどの女童であった。
「おまえは無理に仕事をせずともよいぞ。私が養ってやる」
タダナオが妻に言う。
「いいえ。わたくしもあなたのお役に立ちたいのです。それにひとつ、他のかたにはできなさそうなことができます」
鼻を鳴らすカノトミ。
「初耳だな。なにか芸を持っておるのか?」
「わたくしの首を見ていてくださいね」
カノトミがそういうと、彼女の首筋に鱗のような模様が現れた。
それから首がにょきにょきと蛇のように……。
「待て待て待て! それはまずい! 人の多いここでは特にまずい!」
慌てる夫。
「どうしてですか? 人目を引くのなら芸として適っているように思えますが。わたくしだってお役に立ちたいのに」
蛇娘がこうべを垂れる。
「あっはっは! 蛇の部分が出せるんだね。面白いね」
同じく借寿ノ術にて生き長らえたミズメが笑う。
「私は肝が冷えましたよ。誰も気付かなかったみたいでしたけど……」
オトリが胸を撫で下ろす。ウタとオテントウさんは首を傾げている。
「と、ともかく、旅団の世話になろうと思う。芸の話はおいて、早く仲間のところへ案内してくれんか」
取り繕うタダナオ。
「わたくしもお役に立ちたい!」
なるほど蛇の執念か。流させはしないようだ。
「分かった分かった。何か考えるから……ええと、私が笛を吹いて、それに合わせて首を伸ばせばそれらしく……」
夫はぶつぶつと呟く。
「案外、尻に敷かれそうだね」
「そうかもしれませんね」
ミズメとオトリは夫婦を見て笑った。
一行はしばらく立ち話をし、タダナオとカノトミは正式に百足衆入りを決定した。
相談の上、隠してもそのうちに分かるであろうと、蛇娘カノトミの素性も明らかにされたが、盲目のふたりは「問題ない」と返した。
どうやら、百足衆の霊感持ちの中には、かつて行動を共にしたさいにミズメを物ノ怪だと見抜いていた者もいたらしい。
あえて誰も口に出していなかったが、離脱後は“愉快な物ノ怪の娘”として語り継がれていたのだという。
「それじゃ、ふたりを送ったら、あたしたちは北だね」
「もうちょっとゆっくりして行きたかったなあ。市もあるし、温泉だってあるのに」
オトリは再び巡って来た飴売りを見る。
「飴ちゃんなら買ってやるから。忍びで伊賀を抜けたから、少し時間が掛かり過ぎてるよ。万年暇人のお師匠様も待ちくたびれちゃうよ」
「あの、温泉くらいいけませんか? ミズメさんも温泉が大好きじゃないですか」
「ここのはよそう。人が多すぎるよ。それにあたしは……」
自身の股を指差すミズメ。人の管理する湯では肌着を身につけて入るものだが、万が一もありうる。見世物になる気はない。
「すっかり忘れてました。ごめんなさい」
うなだれるオトリ。
「いいさ。丹後までの残りの旅路で、ふたりきりでどこか秘湯を探そうよ」
友人の手を取るミズメ。
「う、思い出したら返事がしにくく」
オトリは真っ赤になった。だが、手はしっかりと握り返された。
「さ、久々に百足衆の人に挨拶をしに行きますかね」
気を取り直して出発だ。
用心棒の男や、喰えない尼僧たちは元気にしているであろうか。
ところがそこへ、“招かれざる客”の声が割り込んだ。
「これは? そちはひょっとして、藤原唯直ではないかの?」
みやびやかなる男の名を呼ぶ、別のみやびやかなる言葉遣いの男。
「げっ!?」「えっ!?」
ミズメとオトリは揃って目を見開き、半歩下がった。
「都から追い出されたと聞いておったが、女連れで旅行をするくらいには元気にしておるようじゃの」
タダナオを知るこの男。薄緑の狩衣と烏帽子、手には扇子。白塗りの化粧に、笑う鉄漿に短く引かれた眉墨。
そして、どぎつい香のかおりを漂わせるは……。
「油小路針麿殿か」
現れたるは都に名を馳せる好色男。
タダナオも露骨にいやそうな顔をした。カノトミも不安気に自身の腕を夫に巻きつかせる。
「ほほう、なかなか美しい女を連れておるのう」
顔を近付け鼻を鳴らすハリマロ。
「よせ、これは俺の妻だ」
「新たな妻か。穢れた血のおぬしがどれほど長く添えるかのう? ……そち、どうじゃ。このような男は棄てて、麿と春を迎えんか? 都に屋敷を用意してやってもよいぞ」
いやらしい笑顔が近付けられる。
「お断りです!」
カノトミはハリマロを威嚇した。一瞬、舌と瞳が蛇のそれに変ずる。
「ひいっ、物ノ怪っ!? そちは物ノ怪と夫婦になったのか!?」
「俺とカノトミは、お互いの運命を承知したうえで寄り添い合っている。手出しをするのであれば、追われる身となろうとも斬るぞ」
タダナオが刀に手を掛ける。
「ぶたれるのは好きじゃが、斬られるのは好かん。このような運命の中での色恋は、いとも美しく思うゆえ、無粋な手出しは控えようぞ」
ハリマロは身を引くと、なんと烏帽子を脱いで頭を下げた。
「おぬしにしては珍しいな」
「麿もな、恋をしておるのじゃ」
袖で顔の下半分を隠すハリマロ。
「この胸の苦しみを癒そうと、鳰の湖で舟にゆられてみたが、歌のひとつも捻れず溜め息が出るばかりじゃ。風に想い人を訊ねれば、なんとその娘は人間ではなく物ノ怪であるというのじゃ。しかし、それを知っても熱が冷めるどころか、我が身を一層焦がすばかり。慰みに村娘の尻を掴んだが、面白くもなんともない」
そう言うとハリマロはさめざめと泣き始めた。
「ハリマロ殿にも色々あるのだな……」
タダナオも憐憫の目を向ける。
「はあ。我が愛しの水目桜月鳥……。みやびやかなる名と歌の腕前。そして、それに添う巫女の乙鳥の黒髪と袖の美しさ……」
「ミズメとオトリ?」
タダナオがこちらを見た。
続いて、ハリマロも。
「お!? おおおおおおおっ!? そちらは、そちらは、ミズメとオトリではないか!?」
腰を抜かしたか、驚き崩れ落ちるハリマロ。
「ミズメさん。私が担ぎますね」
オトリが霊気を練り始めた。
「なあ、ウタとオテントウさんよ。ふたりのこと、宜しく頼んだよ。あたしら、急用ができちゃってさ。いやあ、皆に挨拶ができないのは残念だったなあ」
ミズメはハリマロが見えないふりをした。
「いざ会えたとなると、何も思い浮かばぬ……」
恋わずらいの男は生まれたての小鹿のように立ち上がると、腕をこちらに突き出し、よろよろと歩み寄ってきた。
「じゃあ、縁があったらまた会おう!」
ミズメはそう言うと、オトリに担ぎ上げられてその場を去った。
「待っておくれ! ああ、愛しき娘たちが遠く小さくなってゆく。麿を悶死させる気かえ?」
ハリマロは転び、咽び泣きながらこちらへ向かって手を伸ばす。
ミズメとオトリは道を走り、人を掻き分け、店を飛び越えて逐電した。
「なんでハリマロさんが。私、あの人は苦手です」
「あたしも苦手。鳰の湖は貴人の旅行先としてよく使われるからね。ハリマロが居ても不思議じゃない。このまま大津を出ちゃおう」
「私、水術で湖の上を駆けれますよ。愛の逃避行といきましょう」
愉しげに言うオトリ。
「愛から逃げてるんだけどね」
苦笑いのミズメ。
流れる街道。山伏を担ぐ巫女に驚く人々の顔。これもまた悪戯染みていて愉快である。
……ふと、群衆の中に、“憶えのある気配”を見つけ出した。
「待って! また知り合いだ!」
ミズメは身をよじった。
「わあ! 急に動かないでください!」
担ぎ手が転んだ。ミズメも投げ出されて、しこたま腰をぶつけた。
「あの女、お師匠様だ!!」
ミズメが指をさす先には、薬売りと話をする女の姿。
「ギンレイ様? 衣は似てますが、黒髪ですし、瞳の色も違いますよ。何より翼が生えていらっしゃらないじゃないですか」
オトリは尻をさすりながら立ち上がる。
「いいや。あたしが気配を読み違えるはずがない」
ミズメは女を睨んだ。
すると女はこちらに気付き、黒髪を翻して走り始めた。
「追い掛けるよ、オトリ。離れたふりをして、あたしらの旅を偸み見てたんだよ。とっちめてやる!」
「逃げたり、追い掛けたり、忙しいなあ」
ふたりは師と思しき女の背を追って駆け出した。
*****
高麗……新羅が朝鮮半島を統一してできた国家。
百済……古代に朝鮮半島にあった国家。当時の日本と友好関係にあったが、唐と新羅の連合軍により滅ぼされてしまった。
新羅……古代から中世にかけて朝鮮半島にあった国家。
近江大津宮……飛鳥の次の都。




