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化かし056 神童

「ミズメさん!」

 オトリが駆け付け抱き起す。暖かな気の流れと共に、刺し貫かれた腹が塞がり始める。

「あれは人の子供……ですよね」

 ふたりと僧侶たちのあいだに立つのは水干(スイカン)姿の童子。


「巫女様、それは物ノ怪ですよ。どうして癒してしまわれるのですか?」

 童男(ドウナン)が問う。太刀の切先は一度下げられる。

「ミズメさんは私のお友達です」

「お友達。つまり、あなたも物ノ怪なのですか? おふたりとも強い陽ノ気を練っていらっしゃりましたが」

 首を傾げる彼からも邪気は一切感じられない。


「おい、あんた! 物ノ怪なのは、あっちの坊主たちのほうだぞ!」

 太刀の深手はすぐには塞がらぬ。今のふたりは無防備である。


「そんなはずはありません。第一、あなたには翼が生えているでしょう。隠垉オンホウ様たちは徳の高い(ヒジリ)です。この地を豊かにして、全ての人を救おうとしていらっしゃります。僕はそういった善行のお手伝いをしているのです。悪を挫いて善を助ける。それが僕に与えられた正義の使命なのです!」

 ゆらり、やいばが半月を描く。

「オトリ、結界を頼む!」

 ミズメの要請を受けて光の壁が展開する。唐竹割りの一撃は結界に妨げられた。

 童子は首を傾げ、結界をつついたり叩いたりしている。


「あの子、邪気が感じられないどころか、神気を宿してます」

「仙人のたぐいかな。でも、鬼たちに肩入れしてる」

「善行をしているって言ってました。まだ幼い子供だし、騙されてしまってるんですよ」


――どっかで聞いたような?


「なんにせよ、子供相手に手出しはなあ。それに、あの太刀筋。あたしより上かもしれない」

「身のこなしも水術によるものです」

 武道に通じるミズメと、稀代の水術師オトリを併せたような腕前。過去最悪の相手である。加えて、その後ろには四鬼が控えている。

「あれに追われながら鬼たちを倒すのは無理か。かと言って、結界を解いたらまっぷたつだ。ああいう子供の話、どこかで聞いたことがあるんだよな」

「神気を宿す子供だなんて。神様の子でしょうか」

「神様の子……そうか、神童か。思い出したよ。ひょっとしたら、知り合いの尋ね人かもしれない」

「そうなんですか?」

神実丸(カムヅミマル)……だったかな。あたしなら説得できるかも」

 ミズメはオトリに下がるように促す。

 神実丸。かつて、都のそばで死体喰いの餓鬼(ガキ)を退治したさいに共闘をした、真言(シンゴン)坊主の桃念(トウネン)のもとに居たという童子の名である。

「もしも人違いだったら、斬られてしまいますよ」

「そしたら、あたしを捨てて逃げて」

 星降りの小太刀に霊気を込める。

「ミズメさんを置いて逃げたりできません。私があの子を止めます」

「話に聞いた通りなら、水術だけじゃなくって、他の自然術や真言、それに仙術も使いこなすはずだ。オトリでもまずい。あたしは、あの子に無茶や間違いをしないようにって伝言をする約束をしてたんだ」

「どういうことですか?」

「細かいことは生き延びられたら話すよ……って結界が!」


 オトリ曰く、鬼の攻撃にも一晩は耐えるという秘伝の結界。

 神童はそれに手のひらを押し当てている。割れるでもなく、触れられた部分からゆっくりと光の膜が消滅していく。


「勝手様の結界がほどかれた!?」

 オトリの声がうわずる。

「致命の刀傷を癒す水術に、信じられないほどに頑丈な結界。尋常ではありませんね」

 神童が刀を構える。


 相手の動きを見てからでは遅い。

 ミズメはすぐさま小太刀を構え、オトリの前へと躍り出た。

 隕鉄誂えのやいばが火花を散らす。

 受けたはよいが、圧し合いで勝てる公算はない。ただ、童子とその擁護者の名を叫ぶしかない。


「カムヅミマル! あんた、トウネンさんところで小僧をしてた子だろ!?」

「おや、それは和尚様の名前です」


――しめた。


「トウネンさんは、都のそばで捨て子を拾って育ててる尊い聖だ。庭で桃の世話をしたり、術の収集をするのが趣味だ」

「ご存じなのですか? 僕の噂を知る者は珍しくありませんが……」

 神童はやいばこそ離さないが、追撃を加えてこない。

「あたしとトウネンさんは一緒に鬼退治をした仲だよ。不動明王さんの長ったらしい金縛りの術と真言の火術を見せてもらった」

「それは確かに和尚様の得意技。……さては物ノ怪、和尚様を斬ったのですか?」

「なんでそうなるんだよ! あんたは年老いたご両親が拾ってきた桃から生まれたんだろ?」

 と、教え込まれているはずである。

「その話はおじいさんとおばあさんと和尚様しか知らないはず……」

 カムヅミマルはやいばを下げた。


「神童よ、何をしておる? 早く物ノ怪を斬りなさい。善行を怠ける気か」

 オンホウが声を上げる。


「あいつらは東大寺派閥の僧侶のふりをした伊邪那美(イザナミ)の尖兵だよ」

「騙されるな! そいつは仏道を妨げる魔縁(マエン)だ!」

 法力僧の何某(ナニガシ)が怒鳴った。

「でも、僧侶様たちからは陰ノ気を感じません。逆に、あなたには僅かに人より強い妖しの気配があります」

「鬼は気配を消すのが得意だ。あいつらの言う浄土にするってのは、黄泉の母が出てこれるように地上に混乱を引き起こすことを意味するんだよ。手を貸しちゃ駄目だ」

「でも、この地は彼らのお陰でよそより豊かです。僕は全国を歩いて、沢山の惨状を見てきているんです」

「見聞を広めてるのはあたしや、後ろに居る水分(ミクマリ)の巫女のオトリも同じだよ。なんとかしたくてもできないことだって、沢山見てきた」

「鬼や物ノ怪は人を不幸にする邪気を扱います。そんな奴らは斬ればよいのです。僕は悪いやつに負けたことはありません!」

「本当は逆だよ。不幸が邪気を生むんだ。それに、あたしは良い物ノ怪だよ。物ノ怪の師匠に共存共栄を教えられてる」

「そんな物ノ怪が居るなんて……」

 カムヅミマルは視線を地に落とした。


「ご両親やトウネンさんはあんたのことを心配してるぞ。もうちょっとだけ待ってな。鬼たちの化けの皮を剥がしてやるよ」

金橸(キンライ)水汢(ミズヌタ)風穃(フウヨウ)! 今は昼だが、あの術をやる。時間を稼げ!」

 オンホウの命に従い、三鬼が飛び掛かってきた。


 しかし、後方から発せられた白い閃光が三鬼中の二鬼を包み込んだ。

 ばらばらと散らばる黒く穢れた骨。それは人のものではなく獣のものであった。


「一撃かよ!」

「こちらも時間が稼げましたから。カムヅミマルさん、あれは魔性の者ですよ。本物のお坊様がお祓いで死ぬはずはないでしょう?」

 紅白巫女がぴょんと前へ飛び出し、振り返ってこちらへ笑いかけた。

「あれ? カムヅミマルさんが居ない」

「巫女様のおっしゃる通りです」

 神童の太刀はすでに残った一鬼の首を撥ねていた。

「お、俺の肉を鉄に変ずる術を容易く……」

 首だけとなったキンライが唸る。

「浄化させて頂きます」

 カムヅミマルは経を唱えながら、何かを撒くような仕草をした。

 すると、光り輝く花びらのような霊気が舞い、それに触れた鬼の首と胴は黒い靄と化し、骨だけとなった。


「浄化散華ノジョウゲサンゲノホウ。和尚様より教わったお浄めの術です」

 童子がこちらを見て微笑む。


「形勢逆転だね。今なら邪神を束にしても負ける気がしないよ」

 刀を構えるミズメ。残りは、かしららしき黒き鬼坊主一匹のみ。


「若造どもめが。調子に乗るでない。たとい、技や霊力に自信があろうとも、心が隙だらけだ。わしはスメラギがこの地を平らげる以前より、藤原千方(フジワラノチカタ)を操り、覡國(カンナグニ)を影に(トザ)さんとしてきた忍びの鬼ぞ。人間の心のなんたるかはすべて心得ておる」


 黒い僧侶の額から角が伸びる。

 真昼の太陽。篝火もなしに、僧侶の影が急に伸び始めた。


「じゃあ、長命の物ノ怪の出番だね。あたしだって三百年近く生きてるんだ。ふたりとも、天狗のおねーさんが悪い鬼を退治するところを見てなさい」

 ミズメは意気揚々と駆け出した。

 傷は治った。自分より術力の勝る味方がふたり。そうでなくとも自信あり。星降りの刀の錆にしてくれよう。


 飛びかかる天狗娘。


 刹那、鬼の影が地面から這い出して黒い腕を形作った。

「油断しおったな!」

 突如現れた妖しの剛腕が鋭い爪を振りかぶる。


 しかし、切り裂かれたるは鬼の影。


「甘い甘い。鬼に奇妙な術の使い手が多いのは分かってる」

 更に斬撃を加えるミズメ。流星のごとき袈裟斬りを受けた鬼は傷口からどす黒い煙を上げた。


 だが、影は潰えず。

 残った影と霧が再び無数の黒い腕を形作り、千手観音のごとき手技を繰り出した。 

「出鱈目に打っても当たらないよ!」

 こぶしかわし、手刀いなして、爪の一撃は根元から切り落とす。


 鬼が大きく口を開いた。口腔内から影に似た黒い塊が突き出される。

「死ね!」

「お断り!」

 読んでいたか天性の勘か、初見殺しの不意打ちは刀の腹で受けとめられた。

 鋼のごとき影が隕鉄のやいばを叩けば、刀身から鋭き音が響く。


 悲鳴を上げて耳を塞ぐ鬼。

「天狗に騙し討ちなんて笑止千万」

 ミズメは鼻を鳴らす。

「今の音は鳴弦ノ術(メイゲンノジュツ)ですね。あなたは陰陽師だったのですか?」

 カムヅミマルが訊ねる。

「うんにゃ、音にお祓いの気を混ぜただけ。術なんて、呼びかたが違うだけで似たもんが沢山あるよ。オンホウさんよ。若造に(タオ)される気分はどうだい? 同じ長生きでも、遁世と放浪じゃ経験の差が違ったみたいだね」

 刀を構えるミズメ。


「く、糞……」

 鬼は飛び退くも膝を折って崩れ落ちた。


「最後は派手に決めさせてもらうよ」

 隕鉄の黒きやいばが発光する。

「えーっと……必殺月輪剣(ヒッサツガチリンケン)!」

 ミズメは何やら刀身に向かって新技の名を叫んだ。

 すると、烈しい音の震えが刀身を赤熱させ始めた。

 小太刀を手の中で高速で回転させると、赤い輪ができあがり、まるで不吉な満月のごとくとなった。


 霊力、音震、発熱、遠心力。四つが合わさり、切れ味の悪い隕鉄のやいばが妖刀に比肩する斬撃を作り出す。


 一刀両断。


 影を操る鬼は縦に裂け、黒き靄となって霧散した。


「正義の山伏様もお強いのですね」

 カムヅミマルが感嘆の声を上げる。

「お疲れ様です。お腹の傷は平気ですか? ちゃんと塞がってます?」

 相方が笑顔で駆けて来る。


――手応えが無かったね。肉のある鬼のくせに骨も残ってない。


 ミズメは今一度声に気を込めて短く叫んだ。

 刀身が応えて周囲に祓えの音が広がった。耳を澄ますが鬼の悲鳴は聞こえてこない。


「わっ、びっくりした」

 代わりに目を丸くしたのは巫女。

「ごめん、逃げられちゃった。斬ったのに手応えが無かった」

「そうなんですか? 気配はすっかり消えていますが」

「前も退治したと思ったら取り逃してたことがあったからね。鬼はかくれんぼが得意みたいだ」

 刀を鞘に納めるミズメ。


「ま、鬼ごっこをしてる場合じゃないね。カノトミたちの様子が気になる」



 三人は一旦は鬼を捨て置き、滝神の無事を確認しに行く。

 滝神の声は小さくなっていたものの、なんとか消えてしまわずに済んだようだ。

 続いて藤原唯直(フジワラノタダナオ)の屋敷へと急いだ。


 屋敷の外は阿鼻叫喚(アビキョウカン)となっていた。

「お尋ね巫女でもなんでもええ。助けてだーこ!」

「タダナオ様の囲った女が大蛇に化けたでござる!」

 飛び出してくる家人たち。

「そんな、間に合わなかったの!?」

 巫女が声を上げる。


 座敷に駆け付ければ妻であろう大蛇と貴人の姿。

 タダナオは暴れる大蛇の首を抑え込んでいた。


「暴れるな。暴れるでない」

 彼が静かに囁けば大蛇は次第に大人しくなってゆく。


「ふたりとも無事かい?」

「暴れたり落ち着いたりを繰り返しておる。先程、家人にもこの場を見られてしまった」

「物ノ怪の気性に人の心が負けてるんだわ……」

 呟くオトリの声は昏い。

「カノトミが元に戻らぬのなら、これを斬って私も死ぬ。こんな世など捨てて、あの世で添い遂げる」

「心中も結構だけど、心が物ノ怪のまま死ねば、出てくる魂も物ノ怪だ。添い遂げるどころかお祓いだからな」

「ならば、どうすればよいのだ。生まれの運命(サダメ)からは逃れられぬというのか。いっそのこと、私も物ノ怪になってやりたい」

 肩を落とし首を振るタダナオ。


 その背後、大蛇が鎌首をもたげる。


「物ノ怪が!」

 声を上げたのはカムヅミマル。言うが早いか、童子は刀を抜いていた。



 鮮血が床に散った。



 オトリが悲鳴を上げた。

 一方でミズメは口の端を持ち上げ笑った。

「ようやく抜いたね」


 神童の一刀を止めたのはみやびやかなる男の太刀。

 彼の肩には大蛇が牙を立てている。


「斬らないでくれ。これは私の妻なのだ」

「物ノ怪ですよ。あなたを食い殺そうとしています」

「愛しておるのだ。斬るのなら、私も一緒に斬り捨てよ」

「オンホウは、あなたは野心の無い腰抜けだと嗤っていました。悪人でないのに、斬れません」

 童子は刀を降ろす。

 カノトミはまだ夫の肩に喰らいついたままであったが、タダナオが頭を撫でてやると次第に落ち着きを取り戻し、床に蜷局(トグロ)を巻き始めた。

 だが、消耗しているようで、身体を重ねず床にべったりとつけている。


「鬼が僧侶たちに化けてたんだ。藤原千方がどうとか言ってたけど、タダナオはその子孫なんだよね?」

 ミズメが問う。

「そうだ。私はこの地を平らげていた藤原千方の末裔で、僧侶どもが鬼だということも知っておった。あの鬼どもは、かつてチカタの識神として働いていた者だ。だが、チカタが調伏されて以来は鬼どものほうが力を持ち、この地を陰で操っておる。チカタの子孫はこの地より逃げた。私はここへ戻されたが、力の弱い者の言うことなど聞くはずがない。今度は私が抑え込まれる側となり、懊悩(オウノウ)の日々となったのだ」

「三匹は退治したけど、残りの一匹は取り逃した」

「おぬしらはあれらを調伏できるほどの腕前の持ち主であったか。鬼の件は伏せ続けるつもりであった」

「鬼退治はまかせといて。逃げたのは影を操る鬼だ」

「そやつはオンホウと名乗る僧侶であろう。四鬼の筆頭だ。夜になればまた動くやもしれぬ。真っ当な僧侶たちにはこの件を伝えてやらねばならぬが、カノトミがこの様子では……」

 大蛇の口からは苦しげな呼吸。舌も下火でだらりとはみ出してしまっている。


「……カノトミさんを正気に戻す方法が、ひとつだけあります」

 オトリが言った。


「邪気に負けている部分の魂を祓い去ってしまうんです。でも、そうすると正気に戻りますが長くは生きられません。祓わなくとも、今もご自分の魂と物ノ怪の性分が互いに食い合っています。どちらにせよ、夜は迎えられないと思います」

 沈黙する一同。

「お祓いをするというのなら……私がやります。叶うかどうかは分かりませんが、お亡くなりになったのちは魂が黄泉に捕られないように、高天(タカマガ)に送る寿ぎも試してみます」

 ふたりの仲を取り持った巫女は哀しげに言った。


「タダナオ様はこの大蛇と夫婦(メオト)なのですか?」

 カムヅミマルが訊ねる。

「そうだ。昨日結ばれたばかりだが、蛇であったカノトミは私と添いたい一心で化生となり、滝の神の力添えを得て一度は人の姿となったのだ」

「神様までお手伝いなさっていたのですね。ごめんなさい、斬ろうとしてしまって」

 童子は頭を下げた。

「構わぬ。むしろ惜しいことをした。太刀など持たずにいれば、ふたり揃ってこの世を捨てられたものを」

 口を歪め笑うタダナオ。

「オトリよ、苦しむカノトミをこれ以上見ていたくはない」

 座して蛇を膝の上へと乗せる。蛇の呼吸は荒い。


 巫女が大蛇の胴に両手を当てれば、祓えの力を宿した(タナゴコロ)が淡く輝く。

 蛇は一瞬苦しんだものの、静かに呼吸を始めた。


「できました。でも、人には戻れないようですし、長くも生きられない……」

 白い大袖が顔を覆った。

「巫女様、泣かないでください。さあ、次は僕の出番ですね。僕はもう少しで大きな間違いを犯すところでした。それも二度も」

 カムヅミマルはそう言うと、何やら口をぽかんと開けた。

 それから大きく開けた口へと手を伸ばし、“口の中から何かを引きずり出すような仕草”をした。


 すると、童子の口から青い人魂のような色をした霧が顔を出し始めた。


「ちょっと待った!」

 ミズメが童子の手を掴むと青い霧は引っ込んだ。

「今、“借寿ノ術(シャクジュノジュツ)”を使おうとしただろ」

「借寿ノ術って、ミズメさんを救ったあの術ですか?」

 オトリが訊ねる。

「この術をご存知でしたか。珍しい仙術なのですが」

「そりゃね。あたしはその術を施されて長生きしてるんだ。物ノ怪になったのも、あたしに鳥の魂が入ったのが原因さ。カムヅミマル、書庫に封印されてたのを勝手に偸み読んだだろ。トウネンさんが怒ってたぞ」

「むむ、それもご存知でしたか。ミズメ様は鳥に命を救われたのですか? 物ノ怪にも色々なのですね」

「半分あってるけど違うよ。お師匠様が畑や死体を荒らしてた鳥から魂を奪って分けたんだ」

「ははは。害鳥駆除とはいえ、なんだかばっちいですね」

 カムヅミマルは子供らしく笑った。

「ばっちい言うな。トウネンさんが一番心配していたのは、おまえがその術で自分の寿命を縮めてしまうことだよ」

「平気ですよ。僕は神童だ真人だと囁かれる身です。寿命は仙人のごとく無限にございます」

 童子は笑顔で言った。


「……嘘。ミズメさん、絶対にこの子に術を使わせては駄目!」

 巫女が声を上げた。

「この子、人の半分も寿命が残ってない」


「むむむむむ、さすが巫女様。お見通しでしたか。でも、このままでは和尚様にもおじいさんやおばあさんにも合わす顔がありませんから」

 またも、腕を伸ばそうとする。

「馬鹿たれ。育ての親たちより先に死ぬ奴があるか! あたしだってトウネンさんに合わす顔がないよ!」

 年寄り嫌いのミズメが童子の腕を掴む。

「そうです! いくら尊い行いでも、自分の魂を削ってまでやってはいけません」

 続いてお人好しの巫女が童子を羽交い絞めにする。


「ミズメ殿よ、その術のこと、詳しく聞かせてくれないか?」

 タダナオが言った。


震旦(シンタン)で仙人が編み出した術だよ。仙人は桃源郷から地上へ出ると、不老不死を失って定命(ジョウミョウ)になることも珍しくない。それを取り戻そうと開発したものだけど、失敗作だったみたいで、魂を引っこ抜くところまでは上手くいったんだけど、自分の寿命を延ばすことには使えなかったんだ」

「他者から他者へと移すことは可能なのか?」

「あたしは、その辺の鳥から魂を貰ってるからね。本人が抵抗しなければ、死なない範囲でできるってお師匠様が言ってたよ」


 ……本人が抵抗しなければ。ミズメは苦笑した。

 師である銀嶺聖母は、畑を荒らす鳥の首根っこを掴んで、承諾するまで頭をぶん殴っていたのである。

 そういった手間の掛かる手段で、ただの鳥の魂を数百年分の長命になるまで集めたゆえに、ミズメは師に強い愛情を感じていた。


「魂の持ち主の僕が構わないと言ってるから構わないのです!」

 カムヅミマルは霊気を練り上げ、水術の大力でふたりを振り解いた。

「さあ、僕の魂を!」


「駄目だって!」「いけません!」

 再びふたりが掴み掛かる。



「はっはっはっは!!」

 タダナオが高笑いをした。



「久々に笑った。面白いこともあるものだな。不老不死を目指した仙人の術が、死にたがりの私を救うか」

「い、いくらカノトミさんが大事だからって、駄目ですよ!」

 オトリが声を上げる。

「構わぬ。その術を使おう」

「僕もまだ善行や孝行が終わってないので、沢山は分け与えられませんが」

「いや、がっつりと半分くらいやってくれ」

「なんてことを!」

「無論、カムヅミマルの魂を貰い受けるわけにはいかぬ。私の魂をカノトミに分けてくれ。おぬしらは人を救うのを仕事とするのに、こんな簡単で最適な手を思いつかないとはな」

「むむ、ひと様の魂を引っ張り出すなんてことは、人の道に反しますよ」

 渋る童子。


「反するものか。むしろ、おまえの親たちにも胸を張れるぞ。半分より僅かに少なく分けてくれ。私とカノトミがぴったり同刻にくたばれるようにな」

 愉しげに言うタダナオ。


「まさに添い遂げる……」

 オトリは反対するどころか、頬を染めてうっとりとしている。


「私は最期までカノトミと生きるぞ。たとえ寿命が短くなろうともな」

「いやはや、見直したよ。人間の魂が勝れば人の姿にも戻れるんじゃないかな?」

 ミズメも称賛する。


「見直したなどと申すな。寿命が縮まれば早くこの世とおさらばだ。一発双貫(イッパツソウカン)を狙ったまでだ。私は死ぬために生きるのだ」

 御託を並べる顔は明るい。


「むむむ……。皆さんが良い顔をなさっているので、これがきっと正しい方法なのでしょう」

 童子が唸る。

「これが済んだら、カムヅミマルは一度帰りなよ。きっと、善行よりも、あんたが生きて戻ったことを喜ばれるはずだよ」

「分かりました。いやはや、善行や孝行も一筋縄ではいかないものなのですね。これからは、もっと良く見通してから難事解決に挑まなくては」

 借寿ノ術の使い手は表情を引き締めて言った。


*****

水干(スイカン)……男子の平安装束。

一発双貫(イッパツソウカン)……一石二鳥と同様の意味。一矢でふたつの獲物を貫くこと。

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