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化かし049 穴持

 少々脅しが入っている気がしないでもなかったが、単眼の男は素直に事情を話してくれた。


 “彼ら”は、古くは大王たちが日ノ本を取り合った時代からこの近隣で生活を営んでおり、村のそばにある“ふたつの穴”を守護する役目を持つという。

 そのふたつの穴は「(マガ)を呼び寄せる」と言い伝えられており、付近の人間を近付けないようにひっそりと暮らしていた。

 しかし、ここ最近になって穴に張られた結界の効力が落ちたために、結界づくりの材料を集めに河原に足を運んでおり、何も知らぬ住人と鉢合わせているのだそうだ。


「やっぱり、わしらは他のもんと姿が違うんじゃろなあ。流石に羽根は生えとらんが」

 単眼の男は翼のふたりをまじまじと眺める。

「里の近くにそんな地があるなんて本当でしょうか?」

 オトリは訝しげである。

「お嬢さんは巫女さんじゃな。封印が効いとるうちは夜黒ノ気(ヤグロノケ)も沸かんし分からんよ」

「夜黒ノ気って?」

 ミズメが訊ねる。

「夜黒ノ気は、邪気や陰ノ気の古い呼びかたです。ミナカミ様が時々口にしますけど、仏さんや風水が伝わるより前の時代で使われていた言葉だそうです」

「へえ。それで、その穴の封印が解けると何が出てくるの?」

「鬼じゃな。大穴は黄泉國(ヨモツグニ)と繋がってるって言い伝えられとる」

黄泉路(ヨミジ)だ……。本当にそんなものが……」

 オトリは眉をひそめている。


「さっそく手が一つ見つかったね。その穴にこれを捨てちゃうのもありってこと?」

 ミズメは懐から八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)を引っ張り出す。

「おお、それは“星の石”じゃな。落雷とともに現れる大変ありがたい石じゃ」

 大きな単眼が見開かれる。

「黄泉路は神気(カミケ)を与えると嫌がって閉じると言い伝えられていますが、わざわざ結界を張って塞いでいるんですか?」

「昔は閉じとったらしいが、何度も開くもんで、そのうちに穴が広がり過ぎて、いよいよ閉じんようになったんじゃ。黄泉の鬼が出入りして困ってたところに有難い“オヅヌサマ”がやってきて、鬼をとっ捕まえて、穴を封印する方法をわしらに授けてくれたんじゃ」

「へえ、伝説の行者の役小角(エンノオヅヌ)か。勾玉を穴に放り込んで一緒に封印して貰ったら楽かな?」

「うーん、どうでしょう。私はツクヨミ様がイザナミ様の肩を持っていることが気に掛かります。放り込むのは最後の手段にしませんか?」

「そうよ、投げるのは後回しにしましょ。折角、楽しい旅行も始まったばかりだしさ」

「お師匠様は気楽だなあ」

 ミズメは肩を落とす。


「おまえさんがたが黄泉の鬼でないのは、話をしていてなんとなく分かったが、穴に余計な物を放り込むのは勘弁して貰いたいよ。ただでさえ材料不足で結界が作り直せそうもないんじゃから」

「黄泉路が開きっぱなしになると、勾玉と同じくらいに厄介ですよ。封印具の材料は何を使ってるんですか?」

 オトリが訊ねる。

「“(カネ)”じゃ。黒金(クロガネ)赤金(アカガネ)青金(アオガネ)を使っとったんじゃが、黒金が朽ちてしまっての。このあたりじゃどれも少ししか採れん。材料もじゃが、炉も悪くなってしまって、赤金を採って溶かせんのじゃ。青金だけじゃ、結界に使うには(ヤワ)すぎるし……」

 男が腕を組んで唸った。

「黒金が鉄なのは分かるんですが、他は? 鍛冶のことはさっぱりです」

 オトリは首を傾げる。

「黒金は鉄、赤金は銅、青金は錫や鉛ね。鉄は錆びてしまうから、それで結界が駄目になったのね。葦の掘り返した跡は、金属を探してたからってことね」

 ギンレイが言った。

「そうじゃ。錫は葦の根に生るし、川には鉄の砂があるかもしれんから。じゃが、さっぱり採れん。新しく生えてこんかと、(クズ)を埋めておいたが」

「あらら。それは古い迷信よ。桃の木や栗の木じゃないんだから、屑鉄を埋めたって生えてはこないわ」

「知らんかった……。わしのところじゃ、いつもそうしとるから」

「それどころか、水場の近くに金物を埋めると水が汚れてしまいます」

 口を尖らせる水分(ミクマリ)の巫女。

「ううむ。おまえさんがた、詳しいようじゃし、穴を封印し直すのを手伝いにわしらの村に来てくれんか? 封印が済めば出歩くことも減るから、幽霊騒ぎも収まると思うんじゃが」

「勿論です。黄泉路が開くのを放っておくわけにはいきません!」

 オトリの快活な返事。無論、師弟にも異論はない。


 さて、こうして単眼の男について行くこととなった一行。

 穴のある地、男の住まいは山奥の深谷にあるという。

 普通に両の足で歩くにも難儀する山道であるが、男は一本の足で器用に跳ねまわり、危なげもなく踏破していく。


「ここに入るんですか?」

 男が案内したのは草葉に隠れた獣の棲みかのような小穴である。

「この穴、向こうに通じてるよ。風が抜けてるし、なんだか(スズメ)みたいな鳥の声もする」

 天狗たる娘は耳を澄ませる。

「わしらのあいだではこの道を“送り雀”と呼んどる。この声は本物の雀でなくて、穴の隙間が鳴らす風の音じゃ」

「へえ。送り狼なら聞いたことがあるね」

「山犬もこの道を使っとるよ。山犬は“悪いもの”を見つけると黙って追い立てて、この穴から引き離してくれるんじゃ」

「良いね。狼も一緒に穴を護ってるってわけかい。これがふたつの穴のうちのひとつ?」

「うんにゃ、大穴は黄泉國への道で、小さいほうは古い堀場じゃ。いくさの多い時代は黒金を欲しがる連中が多くての。堀場を知られると荒らされるから護っとったんよ」

「里からあまり離れてないのに、そんな大事なお役目を持ったかたがたを知らなかったなんて。黄泉路やいくさに関わるのなら、ミナカミ様に頼めばお力を貸してくれそうです」

「喧嘩して飛び出してきたばかりじゃんか」

「そうでした……」

 忘れていたらしい。しょぼくれるオトリ。


「はい!」

 唐突にギンレイが挙手した。

「私、この穴に入れません!」

 背中の翼を指差し言う。


「穴の先は歩いては辿り着けない谷になっとるが、空を行けるなら反対側に出れるんでないか? わしらはこの道しか知らんが」

「じゃあ、私は空から行くわね。ついでに、このあたりの風水も見ておきたいし」

 ギンレイは白い翼を羽ばたかせて飛び去った。


 狭い穴を這って抜ける一行。男はまたも一本の足で器用に前進した。

 しかし、一本足の独特な蹴るような動きが後方へ土を掛け、オトリが“くさめ”をして頭をぶつけた。

 それから彼女は、いつぞやの鬼門避けよろしく、穴の狭い箇所で引っ掛かってしまい、ミズメが後ろから尻を押してやらなくてはならなくなった。


「お尻触り過ぎです!」

 不可抗力だというのに、ふくれっ面でこちらを睨むとそっぽを向いた。

「おなご同士なのに何をそんなに気にしとるんじゃ?」

 一つ目の男が首を傾げる。

「ミズメさんは女子じゃないですよ。両方なんです。上も下もでっかいのがついてるんですよ!」

 声を荒げるオトリ。

「ちょっと! それは秘密にしといてよ! なんでそんなこと言うんだよ!?」

「知りません。別に男女(オトコオンナ)でもいいじゃないですか。目や足が一つでも尊い役目を持つかたがいるんですし」

「へえ、変わった子じゃのう」


 ミズメは快活で気楽な性分ではあったが、半月(ハニワリ)に関しては人に知られぬように翼よりも固く隠している。

――機嫌が悪いからってあんまりだよ。

 相方も長い旅のあいだでそれを理解し、秘密を共有する仲だと思っていたのに。

 唐突な攻撃にそれ以上の抗議を続けることも断念した。


 凹んで見せても巫女は悪びれもせず。

 ギンレイも空から降りて来たが、そんなふたりを見て首を傾げた。


「ここがわしらの村じゃ。人が立ち入ったのはオヅヌサマ以来、三百年ぶりじゃろうか」


 急勾配の深山幽谷。雪化粧に加え、未だ朝靄晴れず、谷底は雲海に沈んだまま。

 山の斜面には家屋や畑が苦しげに張り付いているのが見え、木々や屋根は峰から覗く太陽に白粉(オシロイ)を光らせていた。


「これぞ秘境って感じね」

 ギンレイが言った。

「おっさん、あたしたちをあっさりと案内したけど、よかったの?」

 ミズメが訊ねる。

「穴を護るのが役目じゃからな。どれ、他のもんにいきさつを話そう」

 そう言って男は「おうい」と声を上げて、村のほうへと飛び跳ねて行った。村からも「おうい」が返される。


「綺麗な景色ですね」

 オトリの吐く息が日差しに浮かぶ。

「歌でも詠みたくなるね……」

 しかしなぜであろう、ミズメは雄大な景色に反して不安を覚えた。

 昼近くになっても解けぬ靄のせいか。この地にあるという黄泉路のせいか。はたまた、連れ合いたちとの旅の展望が原因か。


棚霧(タナギ)らふ 谷を望みて ゆき止まる 早く晴れよと 胸に積もらむ」


「晴れたほうが良いんですか? 折角の素敵な景色なのに」

 オトリが首を傾げる。

「物ノ怪だから捻くれてるのよ」

 ギンレイがからかう。

「あたしにも色々あるの!」

 気楽が売りの天気娘であったが、この旅に出てからは曇る日も珍しくない。

 ひとつ、術で風を繰って霧も靄も吹き飛ばしてやりたい気分であった。


「オトリちゃんは詠まないの?」

「まだ練習中です。ギンレイ様は?」

 はにかむオトリ。

「私は歌とか音楽とかは駄目なのよねえ」

 こちらも苦笑している。


「おうい、村のもんも、是非に助けて貰えって」

 案内の男が戻ってきた。

 続いて現れたのは男と同様の単眼一本足のひとびとである。

 老若男女揃っており、彼らは普通の村とあまり変わらぬ暮らしを営んでいるようであった。


「わしらも昔は皆、二つ目の二本足だったらしいんじゃが、穴を祀るために鍛冶ばかりしておって、眼や足を痛める者があとを絶たんかったんよ。そのうちに、最初から今の姿で生まれる者が増えたんじゃ」

「黄泉路の陰ノ気の影響で物ノ怪になったとか?」

 ミズメが首を傾げる。

「へーえ、あなたにはこのかたたちが物ノ怪に見えるの? ちょっと気配を探ってみなさいよ」

 ギンレイは何やら小馬鹿にしたように笑っている。

「気配……。あれ? 仙気かな?」

 探ってみれば単眼の人々からは“人ならざる透き通った気配”が感じられた。

「私も気付かなかった……このかたがたは皆、物ノ怪どころか、神様に成り掛けてますよ!」

 巫女も驚嘆の声を上げる。

「へえ、凄いもんだね」

「黄泉に抗っているうちに高天(タカマガ)に近付いたのかもしれません」

「神様け? わしら、そんな有難いもんじゃねえよ。ただ、昔っから鉄を叩いて、穴の鬼と戦って、オヅヌサマの言う通りに封印を繰り返してきただけじゃ。神様ってんなら、他の村の人間がおっかなくて逃げたりなんかせんよ」

 男が苦笑する。


「とにかく、皆さんのお役目は尊いものです。なんとしても再封印のお手伝いをしないと」

 オトリは袴の帯を締め直す。

「おっ、さすがオトリちゃん。巫女巫女しいね。鈴とか大幣(オオヌサ)を振っちゃう?」

 巫女のお祓いの動作を真似るギンレイ。

「はあ、お師匠様。オトリが本気の時にからかうと痛い目に遭うよ」

 もう少ししっかりしてくれ。ミズメはいい加減に師の不真面目を煩わしく思った。

「そんな顔しないの。私もそろそろ本気でお手伝いしてあげるから。任せなさい!」

 弟子の心を読んだか、ギンレイは顔を引き締めて胸を叩いた。


 村から下った谷底は木々も少なく、荒れた土の露出した地となっている。

 斜面には山の地中へと続く坑道が点在しており、多くはすでに掘り尽くされてうち棄てられていた。


「大昔は鉱石を偸むもんがおったから、“少穴持ち(スクナムチ)”言うて、守り人を立てとったんじゃ。今は黄泉の穴を見張る“大穴持ち(オオナムチ)”だけじゃな。だからわしらは、自分たちのことを“穴持ち(ナムチ)”と呼んでおるよ」


 大地に開いた大穴。周りには異形のナムチたちが金属の鎧を身につけて、鉄鉾を支えに立っている。

 案内されて覗き込むも、夜黒の一色で底は見えない。霊的な結界でも黄泉の空気は防ぎきれないようで、穴からはなんとも言い表せぬ悪臭が沸き上がっていた。


「ひっどいにおいね。開いた尻の穴みたい」

 ギンレイが鼻をつまんで言った。

「ギンレイ様! もうちょっとましな例えをしてください!」

 オトリが袖で鼻を覆いながら抗議する。

「じゃあ、他の穴――」

 ギンレイがにやけながら何かを言った。しかし、その言葉はミズメが音術によって掻き消した。


――やれやれ、ずっと気を使わなきゃいけないのかね。

 師を睨む。オトリもギンレイの戯れ言の中身に気づいたらしく、こちらも微妙な顔つきであった。


「……冗談はともかく、この穴は風水と古流派の複合的な術で封印がされてるわね。この穴の地形は、風水でいうところの“突形穴(トッケイケツ)”で、陰の相を持ってるわ。普通は点穴からは龍脈の力を借りるものなんだけど、この穴の先が悪いものだから、自然の風で気を散らすように工夫がされてるのね」

 ギンレイは穴をなぞるように指さす。穴の周囲は土が盛られており、小高くなっている。

「この盛り土の中に金属で作った道具を埋めて、結界にしてるのね。多分、古流派の石術、“道返ノ石(チガエシノイワ)”によるものね」

「土そのものにも、不自然なほどに精霊が集められてます。土術の埴ヤス大地(ハニヤスダイチ)ですね」

 師と巫女が穴と結界を分析する。ミズメは出番無しかと少し気を落とした。


「おっしゃる通りじゃ。大地の力をここに集めてるせいで、畑をやろうと思ったら、あんな上でやらなきゃならんのよ。おふたりはオヅヌサマと同じ技に通じとるのけ?」

「似たようなものね。術なんて、自然の力を借りるか霊気を直接使うかのどっちかだし。封印に使ってる道具は何かしら?」

銅鐸(ドウタク)鉄鐸(テッタク)、それと弓をかたどった品をここで鋳造して埋めとるよ」

「鉄の弓ってこと? 不便そうだね」

 ミズメが言った。

「もとは狩猟の成就を願うために形だけ真似て作られた品じゃ。弦まで黒金ごしらえじゃから、実際に矢は射れん」

「形だけで意味はないんだね」

「そうでもない。封印の力を籠める時は、音の力にも頼るから、品の形状にも意味があるんよ。銅鐸や弦は“響き”の良い形状じゃから、霊気の通りも良いというわけじゃな」

 ナムチの男は片手に納まる程度の小振りな銅鐸を差し出してきた。

「これは霊気を込める前の品じゃ。余計な響きが出ぬように(ゼツ)は抜いとる」

「へえ。霊気が込めれればなんでもいいの?」

「神聖な気が必要じゃ。わしらも昔は巫覡にしか出来んかったんじゃが、代を重ねてるうちに誰でもできるようになったよ」

「すごいなあ。生まれながら巫女に比肩する神聖さを身につけてるんですね」

 オトリが言った。


「神聖な気ね……」

 どれどれ試しに真似てみようか。ミズメは霧の隠れ里の空気を思い出してみる。

 柴打刀や錫杖にやった時のように、小振りな銅鐸へと霊気を送り込んでみた。


「できた。これでいいの?」

 霊気を込めた銅鐸をナムチに渡す。

「おお、綺麗な霊気じゃの。これなら十年は掘り返さずに済むよ」


「「えっ?」」

 オトリとギンレイが揃って目を丸くした。

「いくら陽ノ気(ヨウノキ)が強いからって、巫女の修行も無しにできちゃ駄目でしょ。ミズメはどちらかというと、封印される側なんだから」

「そもそも、金物に気を込めるのは道返ノ石に通じてなければ不可能ですよ! 石術も使えたんですか?」

「これって石術なの? そういえば、ミヨシのおっさんに石だか金だか言われた気もするね。でも、前から“音”を杖に込めて堅い物を割ったりとかしてたよ」

 どうやら長らく知らぬまま使っていたらしい。


「いやあ、儲けたね」

 ミズメは思いがけない収穫に気分を良くする。


「石術は石や金物に霊気を込めるのに長けていて、お祓いの気を込めれば結界や御守りづくりができるんですよ。以前、石室の中に閉じ込められた“あれ”です」

「あれかあ。あれもくさかったね」

 いつぞや、更科呉羽(サラシナノクレハ)の一件で左道(サトウ)の修行者たちに捕まった事件を思い起こす。

「他には、霊気を込めた物の硬度や重量を変えてしまえれます。大岩を持ち上げたり、石の壁を作ったりできて便利ですよ」

「へえ。でも、それは別にいいかな」

「どうしてですか? 折角、使えると分かったんですから、活用しましょうよ。善行の幅も広がりますから!」

 オトリは興奮気味である。

「だからだよ。荷物運びとか穴掘りは面倒じゃん。そーいうのはオトリが得意でしょ?」

「もう! 私ばっかり大力の印象を持たれるのは嫌なんです! お付き合いするので修行してみましょうよ!」

「あっはっは。考えとくよ」

 笑うミズメ。面倒ごとが増えるのは勘弁願いたいが、一緒に修行というのは一興かもしれぬ。


「何やら盛り上がっとるようですが、気を込めるのはうちらの子供でもできるんやが、その気を込めるための材料が不足しとるから困っとるんよ」

 ナムチの男が申し訳なさそうに口を挟む。


「それは私が解決してあげるわ。龍脈を読めば気の流れが分かる。土金水木火(ドゴンスイモッカ)。気の流れから五行の相生(ソウセイ)を辿れば、どこに金物が埋まってるかを探すのも楽勝なんだから」

 ギンレイはそう言うと、穴の淵で胡坐(アグラ)を掻いた。


「石術にも驚きましたが、ここまで澄んだ気が扱えたなんて、ちょっと意外です。幻術を扱う時は物ノ怪らしい妖しい気を使ってるのに」

「オトリの里の空気を思い浮かべたらできたよ。もともと、山彦ノ術(ヤマビコノジュツ)で他人の気の流れを真似るのが得意だからかね」

「そうでした。私のお祓いの術も真似できちゃってましたね」

 苦笑いするオトリ。

「案外、あたしたちがふたりで気を送り込んだら穴が閉じたりしないかな? そしたら封印しなおす手間も省けるんだけど」

「試してみます? ミズメさんもお祓いができるなら、巫女になりましょうよ。一緒の衣装を着ましょう」

 巫女の娘は袖ふりふり言った。

「お揃いか、良いかもね」


「そこのふたり、うるさいよ!」

 師が苦情を言った。


「とりあえず、やってみましょう」

 オトリは気を練り始めた。

 穴に向かって掲げられた手の先に光の玉が生まれ、どんどんと大きくなっていく。


「えいっ!」

 地下深くへ打ち込まれる祓え玉。


「何も起こらないね」

 耳を澄ますが特に音も聞こえてこない。


「気配を追ったのですが、地下の陰ノ気が強過ぎて、祓え玉のほうが消されちゃったみたいです」

 オトリの顔色が悪くなっている。

「オトリのお祓いが消されるほどの穢れって、黄泉國はとんでもない世界だね……。こりゃ、あたしがやっても無駄でしょ」

 巫女の祓え玉を真似するつもりだったが取り止めとする。

「うーん。ますます放っておけませんね。でも、こんな所から出てくる魔物はちょっと怖いです」

 オトリに腕を掴まれる。


「そこのふたり! うるさいし、いちゃつかないの! 気になって集中できないでしょ!」

 師の苦情再び。声が大穴に木霊(コダマ)した。


「あ、うるさいっていえば、音は届くのかな?」

 ミズメはふと気になり、霊気を練り練り穴の前へと立った。


「やっほーーーーーーーー!!!」


 両手を口に添え、巫女の祓えを真似た霊気を込めた声を大穴へと送り込んでみた。

 澄んだ気と共に声が繰り返し反響する。


「もーっ! うるさいっての!」

 白髪掻き乱すギンレイ。


「あっはっは。ごめんなさい。楽勝って言ってたし平気かなーって」

 手をひらひらと謝るミズメ。


「何かが邪魔してて上手く鉱脈が探れないのよ。“(キン)”を剋するのは“火”だから……」


『――――』


 穴の奥から、何か獣の唸り声のようなものが返ってきた。


「えっ?」

 ミズメは血相を変えて穴を見やる。


 赤黒い靄が夜黒き黄泉路の奥より立ち上り始めた。


「強烈な陰ノ気です!」

「もしかして、あたしのせいで結界が破れたとか?」

 慌てる娘たち。


「……結界は変わってない。結界を越えて現れれるほどの大物ってだけみたいよ。ま、呼んだのはあなたかもしれないけどね」

 立ち上がるギンレイ。

「参ったね、どうも」

 とりあえず笑うミズメ。

「あんな邪気の濃い場所から来る鬼なんて! ごめんなさい、余計なことをしました! 皆さん、お力を貸してください!」

 オトリは霊気を練りつつ、ナムチたちに呼びかける。

「退治してたんは大昔の代の話!」

 武装したナムチたちは一本足で必死に逃走を図り始めた。

「えーっ!? 皆さん神気を纏ってらっしゃるのに!」

 オトリが文句を言う。

「武器と術があっても根性はないんじゃーっ! 人間ですら怖いのに、鬼なんか相手に出来るかーっ!」

「玉無しじゃんか! あたしらには鉾を投げたくせにさ!」

「おまえは阿呆そうじゃったからのう!」

「なんだって!?」

 慌て言い争う一同。


「まあまあ。折角出て来てくれるっていうんだし、退治してから穴をゆっくり封印したら良いじゃないの」

 唯一、銀嶺聖母は楽しげである。

「この銀嶺聖母様がちょちょいのちょいとやっつけてやるからさ」

 ギンレイはそう言うと、白い翼を羽ばたかせて宙へ昇った。


*****

(カネ)……マネーではなく、金属の総称。

黒金(クロガネ)……鉄。

赤金(アカガネ)……銅。

青金(アオガネ)……錫や鉛を指す。

(ゼツ)……銅鐸を鳴らすための部品。これを中に吊り下げて振って音を鳴らしたり、手に持って直接叩いたりして使ったと思われる。


今日の一首【ミズメ】

棚霧らふ 谷を望みて ゆき止まる 早く晴れよと 胸に積もらむ

(たなぎらう たにをのぞみて ゆきどまる はやくはれよと むねにつもらむ)

……霞みがかった谷を望んで思わず足を止めたのに、どうして早く晴れて欲しいと心に思うのだろうか

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