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化かし048 幽霊

「里を出たのはいいのですが、どこへ行きましょう?」

 オトリが首を傾げる。

「何か、当てはないの? イザナギは古流派の最高神の天照さんの親父さんでしょ?」

 ミズメが訊ねる。

「神々のおはなしなんて、遥か昔のことですから。そもそも伊勢国(イセノクニ)にある神宮が、スメラギさんが日ノ本に来る以前から御両親をお探しになっています」

「見つかったの?」

「ううん。見つからなかったそうです。イザナミ様のほうは気配があったそうですけど、イザナギ様のほうは戦乱や日ノ本の危機ですら天降(アモ)られなかったようです」

「我関せずってことかね。大手の流派でも見つけられなかったんじゃあ駄目そうだね。そもそも、イザナミもイザナギを呼び立てるために出てこようとしてるんでしょ?」

「ですね。イザナギ様に逢うには彼女が一番当てになりますが、そもそも彼女に出て来ないようにしてもらうために探すわけですから、本末転倒です」

「うーん。藁にもすがる思いで、ゆかりのある地を巡るしかないかな」

「イザナギ様にゆかりのある地といえば、天橋立(アマノハシダテ)とか、(ミソギ)を行った水辺、あとは遥か昔に住んでいらしたという幽宮(カクリノミヤ)ですね」

「天橋立は見に行ったことがあるよ。天の国に上るための梯子が倒れてできたって神話だよね」

「あれは、あとで作られたお話で、本当にそんなことをなさったわけじゃないですよ。梯子じゃ高天國(タカマガノクニ)へは登れません」

「やっぱりそうだよなあ。面白い地形だったけど、ただの砂や土だもんね」

「禊を行った地は日向国(ヒュウガノクニ)にあると言われていますが……日向ってどこですか?」

 オトリは首を傾げた。

「ずっと南西のほうだよ。オトリが迷子になる前に辿り着いた薩摩国(サツマノクニ)の隣あたりかな」

「とっても遠いですね……当てになるわけでもないのに、そこまで足を延ばしますか?」

「あたしは別に構わないよ。幽宮はどこ?」

「淡路ですね」

「じゃあ、橋立のある丹後国(タンゴノクニ)に行って、幽宮のある淡路国(アワジノクニ)、それから西海道(セイカイドウ)に向けて長旅かな。一応、イザナギだけじゃなくって、神器や黄泉(ヨモツ)に繋がる穴の話もないか調べながらだね」

百足衆(ムカデシュウ)のかたたちは、まだ近江にいらっしゃるかしら。ヒサギさんの大力も試して貰いたいです」

「また顔も見たいけど、ふた月も前だからまだ居るかなあ。とにかく、北だね」

 石ひとつを砕くための当てなき旅。前途は全く霧に包まれている。


「あなたたち、丹後に行くのは良いけど、さっきからずっと東に進んでるわよ?」

 銀嶺聖母(ギンレイセイボ)が頭上でぼやく。


「そういえばそうだ。里からさっさと離れたくて適当に歩いてたよ。でも、山を抜け直すよりも西の海沿いに出たほうが楽かも」

 先頭を歩いていたのはミズメである。

「どうしましょう。急いで北に抜けてしまいますか? おふたりには空を行って貰って、私は水術で駆けますから」

「山道を駆けるのは危ないでしょ。せっかくだし、歩きましょうよ」

 ギンレイはそう言うと地面に降り立った。

「ごめんなさい。私のせいで旅に時間が掛かってしまうかも」

 オトリが申し訳なさそうに言う。

「気にしない、気にしない。徒歩のほうが健康に良いんだぞ。歩行健康法!」


 腕を大きく振って歩く白髪の女。

 ミズメは師の後姿を見ながら苦笑いをした。


「何を笑ってるんですか?」

 オトリが訊ねる。

「多分、旅に時間が掛かるのはオトリのせいじゃないよ」

「どうして?」

「ま、すぐに分かるよ」


 紀伊山地の険しい道のり。三人が歩き始めて、ほんの小半刻(コハントキ)ほどが経過した。


「もう無理……」

 ギンレイは岩に腰掛けていた。すっかり汗だくになり、胸元に風を送っている。


「お師匠様は普段から地面をほとんど歩かないんだよ。だから足腰が弱って年寄りみたいになってる」

「私、年寄りじゃないし! 超若くて超健康だし! 足はともかく腰には自信があるし!」

「あはは……。やっぱり、翼と早駆けで行きましょうか」

「やだ! 疲れたからもう羽ばたきたくもない!」

 ギンレイは岩の上に仰向けに身を投げ出した。 

「水術で癒しましょうか? お腹は減りますけど、足の痛みは楽になりますよ」

 オトリが駆け寄る。

「駄目駄目、甘やかしちゃ。これから先、ちょっと歩くたびに治療してたんじゃきりがないよ」

「オトリちゃん~。癒して~」

 手を伸ばすギンレイ。

「だーめ! ちゃんと歩きなさい!」

 師を叱る。

「えっと、どうしましょう」

 子弟を前に困り眉で笑う巫女。


――お師匠様、もう少しちゃんとしてくれないかな……。

 出立して以降、銀嶺聖母の態度は不真面目であった。

 長い師弟の付き合いであるミズメにとっては、それは珍しくもなんともないことである。

 しかし、オトリにとってはどうであろうか。彼女は月山にて銀嶺聖母に諭され、彼女に尊敬の念を抱いているように見えた。

 自慢の師が親友に評価されることは気分の良いことであるが、その分だけ失望が気掛かりであった。


「オトリちゃん、負ぶって~」

「お身体つらいですか? 背負いますね……あの、胸が当たってます」

「当ててんのよ。女同士なんだから照れなくてもいいじゃないの」

 ギンレイはオトリの顔に手を回して目隠しをした。

「前が見えません!」

「私が代わりに目になってあげるから、そのまま歩こう!」

 戯れるギンレイ。

「疲れてるなんて嘘ですね? もう! 置いていきますよ!」

 オトリはギンレイを振り落とした。

「痛たたたたた! 今ので腰が!」

「えっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

 駆け寄るオトリ。

「起こして、起こして」

 せがむギンレイの表情は愉しげである。

「むっ、怪我なんてしてらっしゃりませんね?」


「……」

 戯れるふたりを眺めるミズメ。普段なら、友人をからかうのも、世話を焼かれるのも、自分の立ち位置である。

 そこに自分が納まっていないのは、何やら胸が焦れる気がした。


――あたし、焼きもち妬いてる? まさかね。


 友人をあまり持たぬ彼女としては、友人を挟んだ近親者との関係性というものは経験が浅い。

 どうも気持ちを持て余す。


――ま、退屈はしないけど……。


 溜め息ひとつ。


 三人が山道で足を止めていると、人の気配が近付いてきた。

「なんぞ、らんぱちやっとると思ったら修行者け?」

 斧を担いだ男の集団。太い丸太に縄を掛けて引きずっている。杣人(ソマビト)であろう。

「若い人らやが、修行者でも気いつけなあかんよ。この辺は幽霊が出るから」

「幽霊?」

 ミズメが訊ねる。


「ねえ、今若いって言った?」

 ギンレイが身を起こした。


「ひえええっ! 羽の生えた山姥(ヤマンバ)じゃ! 逃げろ!」

 男たちはギンレイの姿を見ると、丸太を放って一目散に山道を駆け下りて行ってしまった。


「あーあ。折角の丸太置いてっちゃったよ。お師匠様のせいだねえ」

「私、悪くないもん! 天女ならともかく、山姥と間違われるなんて!」

 癖のある長い白髪と赤い瞳は確かにそれと間違われかねない。

「ギンレイ様はお若く見えますよ」

 オトリが慰める。

「何歳くらい?」

「えっと、三……二十くらいです!」

 回答を聞くとギンレイは再び地面に転がった。

「十五歳くらいかなあ」

 オトリが訂正する。

「なんか、もうちょっと歩ける気がしてきた」

 ギンレイは起き上がると腕を振り振り、機嫌を良くして歩き始めた。大きな翼が揺れている。

「あのギンレイ様。歩くのは結構ですけど、翼を出しっぱなしなのはまずいかと」

「そうだよ、なんで出しっぱなしなの?」

 ミズメが訊ねる。

「しまいかたを忘れちゃったのよね。山籠もりが長かったから」

「えっ、そうなの!?」

「そもそも、しまえるほうが変よ。あんなでっかい翼が背中に納まるなんて不思議にもほどがあるわ」

 ミズメを物ノ怪にした張本人が文句を垂れる。

「翼を出したままだと人を驚かせてしまいます。幻術で生えてないように見せたりは?」

「私は幻術は無理! 風水と仙術が専門です!」

 胸を張るギンレイ。

「威張るところじゃないよ。人里ではお師匠様は抜きだね。人目につかないところで隠れててもらおう」

「そんなあ! 私だけ野宿? 食事はどうするの? 夜も独りじゃ寂しいんだけど!?」

「えっと、私もギンレイ様と一緒に村の外で……」

「あたしたちを探しに月山からここまで来れてるんだよ? 自分でなんとでもできるから、オトリが面倒を見ることはないよ」

「えーっ、ちょっと冷たくない? オトリちゃん、助けて~」

 ギンレイはオトリを抱きすくめた。悲鳴が上がる。

「馬鹿なことやってないで、早く行くよ」

 師から巫女を取り返し、手を引くミズメ。


 一行は鈍行で山道を下る。

 しばらく行くと、先程逃げていった杣人の一人が道を戻ってきた。


 またしても、ギンレイを山姥呼ばわりして逃げようとする男。

 ところが、くだんの山姥は大地の精霊に命じて草木を手足のように操る術を用いて、男をからめとってしまった。


「いい? 私は山姥じゃなくて、天女。ありがたーくて、やさしーい、美人の天女よ」

 草蔓に縛られた男に迫るギンレイ。

「て、天女様……」

「ねえ、あなた。私は何歳に見える?」

「こ、こーっと三十……痛ててててて!!」

 ギンレイの指が男の頬を強くつねっている。

「何歳ですって?」

「に、二十……いんや、十四、五の生娘に見えるなー!」

 男は正しい回答をして指と草木から解放された。

「よろしい。ね、ふたりとも。これからはこの手でいきましょう。ありがたーい天女様なら、喜んで屋根を貸してくれるはずよね」

「仙気を纏っていらっしゃるので、神様や仙人のたぐいだと思ってもらえるとは思いますけど、乱暴なことはしないでくださいね」

 オトリは溜め息をついた。


 結局、驚かせたことへの謝罪代わりに、来た道を戻りオトリが彼らの仕事の成果である丸太を担ぐ羽目となった。

 大人の男数人掛かりの仕事を独りでこなす水術師。

 男たちは確かな霊験を前に一行がありがたい存在だと信じ込んだようで、村で一日世話を焼いて貰えることになった。


 さて、その村で少しばかり気に掛かる話を耳にした。


 杣人が口にしていた“幽霊”の噂。

 この近隣には昔から奇妙な物ノ怪が出るという。

 それは一見、衣を纏ったただの人間であり、草木の茂みからこちらを覗くのだそうだが、よく見ると一本足で一つ目なのだという。

 明らかに物ノ怪のたぐいであるが、特に悪さをすることはなく、誰かとばったり出くわすと、向こうのほうが慌てて逃げて行くのだそうだ。

 実害は無いとはいえ、その異形から周辺では気味悪がられており、「見かけると呪われる」、「山の神であり、驚かせてしまうと事故に遭う」などの不穏な噂も立っている。


「うーん。近隣には邪気を感じませんし、山の神様ということもありえません。この近辺の山の神様は鹿神(シシガミ)様ですから。それにこのあたりの話なら、うちの里の人も知ってると思うんですけど、そんな話は聞いたことがないような?」

 オトリは首を傾げる。


 しかし、幽霊はいくつもの代を重ねるほど昔から出現しているのだという。

 それも幽霊という割には昼間にも現れ、時には一人ではなく、同時に複数人を見かけることもあるのだとか。


「昔からたまに出とったんやけどな、最近は毎日のように出るんやに。悪さするわけでもないし、幽霊に近付いちゃならんって言い伝えもあるから、旅人に注意はしても、誰かに退治の依頼はせーへんかったんやに」

 と村長が語る。

 

 勾玉破壊の件とは絡みそうもないが、ここはオトリの故郷のそば。付近によく現れるという割には陰ノ気(インノキ)の察知もできない。

 とすれば、隠れた鬼にまつわる事件やもしれぬ。

 水分(ミクマリ)の巫女の同僚であれば解決も容易いであろうが、ことが起きた時機に都合よく里から出てきているとも限らない。

 早速の寄り道となるが、一行はこの幽霊騒ぎの件を調査することにした。


 翌朝になり、目撃情報の一番多い河原へと足を運ぶ。

 広く浅い川の周辺は背の高い(アシ)が生い茂っており、人や獣はおろか、小屋ですら姿を隠せるほどである。

 葦原(アシワラ)から視線を感じ、様子を窺えば一つ目の幽霊……という形での遭遇がありがちなのだとか。


「村に近いところで葦がここまで手付かずなのは珍しいわ。これだけあると(スダレ)や紙が作りたい放題ね。暇潰しにはもってこいよ」

「村ではここの葦は触ってはいけないって言われているらしいですよ。川を利用するときに近くを通るだけだそうです」

「ふたりとも、視線には気をつけてね。悪さをしないって話だけど、眼に特徴のある物ノ怪は“邪視(ジャシ)”の力で呪ってくることもあるから」

 師が注意を促す。

「私、呪いに掛かったことってないんですよね。面と向かって呪術師のかたにやられたことがあるんですけど、霊力の差で効かなくって」

 オトリは葦原のそばを徘徊して、茂みを覗き込んだり、つま先立ちで覗き込もうとしたりしている。


「駄目ですね。ちょっと入り込めそうもありません」

 葦の群生地は一種の聖域である。密集した葦を抜きにしても人の侵入は歓迎されない。

 中では数多くの鳥獣が暮らしている。うっかり足を踏み入れると、驚いた蛇に咬まれることもあるし、時には無作法な狩人の罠が隠されていることもある。

 なにより、住人たちの巣や卵を蹴飛ばしてしまいかねないのである。


「何やってるの? 飛んで上から覗いてみましょうよ」

 ギンレイが飛翔した。

「そうだった」

 苦笑するミズメ。

「ねーっ、掘り返した痕がたくさんあるんだけど」

 ミズメも続いて飛び上がり、葦原を見下ろした。

 確かにあちらこちらで葦が抜かれて土の掘り返された箇所が見える。湿った色からして、掘られたのはつい最近であろう。

 中には何かを埋めたのか、不自然に土が盛られている箇所もある。


「明らかに人の手で掘られたものだね」

「幽霊が葦を使ってるのかしら?」

「抜かれたままの葦が残されてるから、何か別の用事じゃない?」

「うーん、何かしらね?」

「葦の根って薬になったっけ?」

「根っこには何かが生ってるっていわないっけ? なんだったかしら……」

 翼のふたりは首を傾げる。


「ふたりとも、下です!」

 オトリの警告。次の瞬間、下から何かが飛来する。

 慌てて避けるミズメとギンレイ。ふたりのあいだを“鉄鉾(カネボコ)”が通過した。


 投擲のあった方角を見やると、巫女がすでに下手人(ゲシニン)を取り押さえていた。


「ありがとう、オトリ。仕事が早いね」

「このかた、例の幽霊です! 悪さはしないって聞いてたのに!」

 オトリは力任せに男を押さえ付けている。その男の身体を辿ってみれば、確かに脚が一本しかない。


「悪さ? 悪さをしに来たのはおめえらのほうだろうが! とうとう現れやがったな! 黄泉(ヨモツ)の鬼どもめ!」

 真っ赤になった顔の中央でこちらを睨むは単眼。


「一つ目のくせに! どっちが鬼よ!」

 ギンレイはげんこつで単眼の男の頭をぶん殴った。

 男は悲鳴を上げて頭を抱えた。


「やめてよ、お師匠様! オトリももう少し、手加減して押さえてあげて。多分また、訳ありってやつだと思うから」

 天狗たる娘は連れ合いたちを窘める。


「でも、あの鉾は間違いでは済まされません! ミズメさんを串刺しにする気でしたよ!」

 お人好しのはずの巫女が声を荒げる。

「私のことを鬼婆って言ったわよ!」

 言ってない。月山の銀嶺聖母の共存共栄はどこへやらである。


――まったく、先が思いやられそうだよ。


 天狗たる娘は深いため息をついた。


「……あのさ。悪いけど、あたしたちが鬼だと思った理由と、あんたらがこの近辺で隠れて活動してるわけを手っ取り早く教えてくれない?」


*****

伊勢国(イセノクニ)……現在の三重県。

日向国(ヒュウガノクニ)……現在の宮崎県。

薩摩国(サツマノクニ)……現在の鹿児島県西部。

丹後国(タンゴノクニ)……現在の京都北部。

淡路国(アワジノクニ)……現在の淡路島。

小半刻(コハントキ)……三十分。

らんぱちやる……賑やかに騒ぐ。

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