化かし041 坊主
ミズメとトウネンは寺を飛び出した。
ふたりはあっという間にムギタロウに追い付く。
「タネスケと鬼はどこじゃ?」
涙目で走る小僧は和尚の姿を見ると首を振った。見失ってしまったのだろう。
「わしらが助けてくる。おまえは寺で待っておれ!」
「ムギタロウ、よくやったぞ。ここからならあたしには聞こえる。子供の泣き声は、あっちからだ!」
子供の声を追跡して道を駆ける。この近隣は都に近く、栄えている。寺や上流の者の墓所も多い。加えて、稲荷のお膝元。
「人喰い鬼っていつから出るようになったんだ?」
「去年あたりからじゃ。以前も何度かそういう事件はあったが、此度のはいつにも増して酷い。陰陽寮にも報告が行っているはずなのじゃが」
「どこも手一杯なのさ。それにしたって、わざわざこんなところに隠れなくてもいいだろうに。灯台下暗しってやつか?」
「なんにせよ、ここでわしが終止符を打ってくれる!」
妙桃寺が和尚の桃念は気合い充分である。
年寄りの部類のはずだが、肉体の若いミズメの脚にもしっかりとついてくる。
稲荷の神威をうっすらと感じる距離まで山へ近づくと、古びたお堂が見えてきた。
天狗の耳は軋んだ扉の開閉音も拾い上げている。
「間に合えよ!」
いつの間にやら手には弓矢。お堂に向かって射撃。堂の壁に刺さった矢が、乾いた音をあたりに響かせる。
堂に到達。肺からこみ上げる血の味。
階を上り扉の前に立てば、中から木床を蹴る音。ミズメは咄嗟に錫杖を構えるが、扉ごと吹き飛ばされた。
「食事の邪魔をしおって。久々に旨そうな小僧を見つけたというのに」
しゃがれた鬼の声。
――まずはよし。
宙で回転、着地するミズメ。矢の音が先制攻撃の機会を与えたが、鬼の声に混じって助けを求める声も聞こえた。
「坊さんは何ができる?」
「真言で不動明王の力をお借りできる。それと火術じゃが、堂の中にはタネスケが居る」
策を練る暇もなく堂から飛び出してくる妖しい人影。
「なっ、おぬしは!」
トウネンが声を上げる。
「トウネンか。おれの飯を横取りする卑しい坊主め!」
なんとこちらも袈裟姿の僧侶。痩せ細り、髪は剃らずに長い白髪を振り乱し、額には小振りな角が複数本並んでいる。
「知り合いの僧侶か?」
「東寺の羅袮観じゃ!」
「なんだって!?」
東寺は都の内部にある寺だ。
「都の死人にまで手を出す鬱陶しい奴だと思っていたが、ちょうどよい。ここで始末してくれる!」
袈裟がゆらり。腕を隠しているのか袖の先には何も見えない。
トウネンが吹き飛ばされた。
「坊さん!」
「見えぬだろう。おれは隠れるのが上手だからなあ!」
袈裟が再び振られる。錫杖を構えると、虚空から衝突音。そして確かな手応え。後方転回を用いて受け流す。
「見えない腕か。見えないだけで実体はあるね。陰ノ気も鬼の癖に大したことはないじゃん」
「結界の中では肉の力が物をいうのだ。間抜けな禿頭どもと経を上げたおかげで呪力は満足に出せぬ!」
「碌に喰えてないとみたね。鬼にしては腕力も無さ過ぎだよ!」
杖での薪割り一撃。
「当たるか下手糞め!」
腕無し鬼が後ろ跳びにかわす。
しかし、ミズメは地面を叩いた勢いで杖を支点にして跳躍。鬼の首に両足を絡みつかせると組みつき、杖の石突きで頭を滅多打ちにした。
「ちょこまかと!」
鬼は大きく身体を振り娘を追い払う……が脳天に錫杖の一撃が炸裂。
「一度でいいから坊主の頭を思いっ切り殴ってみたかったんだよね」
笑う天狗。しかし、肩で呼吸。鬼に似たしゃがれ声。
攻勢は長くは続かず。見えぬ腕への見切りがミズメを守備に徹しさせる。
――坊さん! あたし独りじゃきついって!
平時ならともかく、長距離を走った末の交戦。翼は傷を負ったままで、早翔けや戦闘には耐えないと踏んでいる。
声も怪しく、杖に音の響きを込めるには霊気の消耗も激しい。
しかし、坊主の姿が堂の中へと消えたために黙って応戦を続けた。
「山伏殿。時間を稼いでくれぬか!」
トウネンが堂から飛び出し言った。タネスケか、小僧も息災のようである。
「今からかよ! 助ける隙を稼いだつもりだったのに!」
「肉に依存するのであれば、霊縛法不動金縛りの術が有効じゃ。印を結ぶゆえに、しばし待たれよ」
トウネンの衣が風もなしに揺れ始めた。
「内縛印! ノウマクサンマンダ・バサラダンセン・ダマカロシャダソワタヤ・ウンタラタカンマン!」
指が組み合わされて真言が詠唱される。
「いいね! 伝教大師の最澄さんときたか!」
「トウネンめ! させるか!」
鬼が坊主を狙ってミズメの横を抜ける。
「背中を見せれる相手じゃないよっ」
足払い。かわす鬼は宙へと高く飛んだ。
「剣印! オン・キリキリ 刀印! オン・キリキリ」
トウネンの周囲より姿無き抜刀音が響く。
「空中じゃ避けれないだろ」
いつの間にやら弓矢。集中も弓力も欠いた射撃であったが、確実に鏃を鬼の腿へと導いた。
「腹は減るが傷などすぐ癒える!」
矢を引き抜き、後ろ跳びで堂のほうへと退却する鬼。
「弓を相手に距離を取るかね普通」
嘲笑うが内心に焦り。仕立てておいた矢はほとんど使い切っていた。残るは以前こしらえた鏑矢の一本のみ。
――さて、どうするかね。
「な、なんだあれは!?」
鬼が恐怖に染まった呻き声を上げた。
声に誘われ振り返ると、激しい霊気の発光を背にしたトウネンの姿。その後方には巨大な不動明王が剣を構えて睨みを利かせていた。
「幻か? あたしにも見えるなんて……」
「転法輪印! ノウマクサンマンダ・バサラダンセン・ダマカロシャダソワタヤ・ウンタラタカンマン!」
鬼と翼の物ノ怪の周囲に巨大な光の輪が出現した。
「こりゃまずい!」
ミズメは翼で空へと逃げる。脚力で追従する鬼を見咎め、杖で叩き落とす。迎撃叶うも翼が軋む。
地に落ちた鬼がすぼまる光の輪に捕えられ、黒い霧を噴出しながら悲鳴を上げた。
「やったか!?」
「ぬうう! 引き千切ってくれる!!」
鬼を拘束する光の輪が軋む。
「外五鈷印! ノウマクサラバタタ・ギャテイヤクサラバ・ボケイビャクサラバ・タタラセンダ・マカロシャケンギャキサラバ・ビキナンウンタラタ・カンマン!」
巨大な金色の五鈷杵が宙に出現。天降り檻のように鬼を捕らえる。
そして、五鈷杵の中央に伸びる爪が鬼を串刺しにした。
「凄いけど長いね!」
ミズメは思わず突っ込みを入れた。
「諸天救勅印! オンキリウンキヤクウン! 法移管料、外縛! ノウマクサンマンダ・バサラダンセン・ダマカロシャダソワタヤ・ウンタラタカンマン!」
光の鈷杵が球体へと変じ、鬼をすっぽりと包み込んだ。
「山伏殿。火界呪を行う! 奴を堂の中へ押し込んでくれ!」
「よし来た!」
錫杖を使い球体の中心を突き込むミズメ。球は堂の中へと飛び込んで行った。
「“火”!!」
間髪入れずにまたも真言。古びた堂が唐突に大炎上を始めた。
「不動明王よ。全ての因縁と煩悩を焼き払い給え」
トウネンが更に一つ印を結ぶと炎は瞬く間に消え去った。残ったのは焼け落ちた廃墟と真っ黒な骨。
「魂消たなあ……」
燃え盛る堂を見て呆けるミズメ。予備動作は長かったものの、同じ技を受ければ己もまず助かるまい。
「結界の薄い都の外に潜んでいたのが幸いじゃったな。中では捉えきれぬかったやもしれぬ。それに、独りでは決して成し得なかった。タネスケを見つけ出せても腹の中からじゃったろう」
消耗が激しかったのか、トウネンは禿頭を汗まみれにしている。
「あたしも独りじゃ厳しかったよ。これも仏の縁って奴かね」
額の汗をぬぐうミズメ。
ふと山を見上げる。この手の力押しの邪悪な者が相手なら、相方であれば汗も流さず、あるいはその汗の一滴だけで解決できたやもしれぬ。
「タネスケ!」
女が駆けて来た。くだんの母親である。
「お母ちゃん!」
――やれやれ。こっちは依頼失敗ときたね。
抱き合う親子を見て微笑むミズメ。
結局、母親は寺の外で様子を窺っていたものの、タネスケが鬼に攫われたことを聞いて、居ても立ってもおられなくなり、ミズメたちのあとを追い掛けたのだそうだ。
すっかりと親心を取り戻した母親は、新たな夫と都の暮らしを捨ててタネスケを引き取ると言った。
タネスケもまた、修行をやめて母親を支えて生きてゆきたいとトウネンに泣いて頭を下げたのであった。
トウネンが今後どうするのかと母親に訊ねると、都では暮らせぬだろうと、ふたりで旅に出ると言い張った。
真なる聖は、女子供だけで旅をすると長くはもたぬと引き止め、近所の村に口利きをして新たな暮らしの場を設けてやった。
「ミズメ殿には本当に世話になった」
寺の縁側。礼代わりにと茶が供される。
「あたしはちょっと手伝っただけだけどね。準備が出来てれば、もうちょっと役に立てたと思うけど」
「わしのほうはその準備を使い切ってしまったようじゃ。また霊気を蓄えておかんと」
「また似たようなのが現れなきゃいいけどね」
「そうじゃな。しかし、都の僧侶にまで鬼が紛れているとは。世も末じゃな」
「まったくだね。あ、そうだ。世も末で思い出した」
ミズメは懐に手を入れ、勾玉を見せる。
「勾玉か。僅かじゃが神仏の気配があるの。神器というものか?」
トウネンが石を睨む。
「うん。あたしの師匠が言うには、これは大きな災いを招くって。分かってることは、これは満月に近付くと力を増すってことと、それとは別に日に日に気配が強くなってるってことかな」
「満月か」
坊主が頭を撫でた。
「あたしたちはこれが悪用されないように破壊しようと考えてるんだけど、相当な仙気を送り込んでもびくともしないんだ。トウネンさんはそれだけの腕前なんだし、何か良い手段を知らないかい?」
「役に立てるかもしれぬの。わしには趣味が三つあっての。一つは善行、一つは桃の改良。もう一つは術の収集じゃ。鬼との戦いで披露した術も、実は別の宗派から借りてる技が混じってるのじゃよ。わしはそのあたりが無節操でな。おかげで寺を構えるさいにかなり揉めた」
坊主が立ち上がる。
「ミズメ殿なら悪用はせぬじゃろう。わしの収集した巻物や書物に目を通されるがよい」
寺の書庫へと案内される。棚や葛籠にはぎっしりと紙や竹の巻物が収められている。
有難い経文や、先程の術と同様の印の結びかたを記した書なども惜しげもなく解放された。
「都で協力を仰いだ時は、出し渋られたみたいなんだよね。鬼を捕らえた術も、あたしでもできるようになるの?」
「不可能ではないが、明王への信心が必要じゃな。あれは本物の不動明王の一端に顕現頂いておるゆえに」
「本物!? ……うへえ」
ミズメは山伏の格好をしているのを理由に、幻術を用いるときに明王の姿を借りることもしばしばであったが、特別頼りにしているわけではない。
あの術の光の輪が彼女をも巻き込みそうになっていたのは、トウネンに余裕がなかったからではなく、明王自身の意思であろう。
「ま、長ったらしくて、覚えるどころか真似すらもできそうもないけどね」
「真言や読経は言霊と意味の理解が肝要じゃからな。それ自体の神聖さが魔を祓ったり導いたりすることはあれど、形式ばるのには理由があるものじゃ」
「あたしはそういう面倒臭そうなのはいいかな。感覚的にびゃーっ! ばーっ! っとできるのが良いや」
苦笑いする天狗の娘。
「書を解放したものの、神仙の力でも破壊出来ぬものとなると、仏の力では駄目やもしれぬな。破壊の力では古来の神に劣ることが多いゆえに」
「おっ、震旦の書物もあるね」
「道教の仙術や風水を記したものあるぞ。陰陽術の書は寺に運び込むさいに取り上げられてしまったが」
「そんなものを持ってて、よく無事でいられたね」
「まったくじゃな。坊主でなければ“これ”じゃ」
首に手刀を当てて笑うトウネン。
「これは……驚いたね」
書物のひとつに“借寿ノ術”について書かれたものがある。
「しまった。それの閲覧はご勘弁願えるかの。危険過ぎる術じゃ」
自分で書庫を開放しておきながら慌てるトウネン。
「あたしには平気……というか手遅れかもね。トウネンさんには教えておくよ。あたしは元人間の物ノ怪でね。この借寿ノ術で鳥の寿命を頂いて物ノ怪になったんだ」
「なんと……翼を持っていたのはそういう事情なのか。じゃが、これは仙人の域にまで達せねば扱えぬ代物だといわれておる」
「うちのお師匠様は震旦の仙人崩れなんだよ。仙人に師事したけど、仙人なる前にわけあって日ノ本に来たのさ。あたしはお師匠様に命を救われて、あっちこっちで善行してるってわけ」
「ふむ……。わしら仏教徒は他者の命を頂く行為を厳しく戒めておるからのう。まあ、その命がまた別の命を救うのであれば、とやかく言うことでもないかの」
「借り入れ先も飢饉で死肉を喰って大繁殖した鴉や鳶だからね」
「はっはっは。縁起が悪いな。じゃが、その割には扱う気配に陽ノ気が強いな」
「性格じゃない? 一応は物ノ怪だから、月の影響を受けて陰ノ気も強くなるし」
「面白い娘じゃ。これからも共に善行に勤しもうぞ」
――娘、か。
“こちら”もなんとなく打ち明けてしまおうかと思ったが、ミズメは何となくトウネンに対してはただの娘のままで良いかと思い、留まった。
「しかし、目新しい術や伝承はないね。こりゃ、都を出て地方の大神の力を借りるしかないかな」
頭を掻くミズメ。
「ミズメ殿は巫女殿とあちらこちらを旅をしておられるのか」
「うん。でもオトリは里に帰らなきゃいけないから、もうすぐお別れかな。勾玉の問題を一緒に解決してくれるとは言ってるけど、この調子だと日ノ本の果てまで手段を探して旅をしなきゃならなくなりそうだしね……」
許可が下りたとしても付き合ってくれるだろうか。今朝は言い過ぎたと後悔の念がこみ上げる。
「全国を行脚しておられるのなら、一つ頼みを聞いていただけぬか?」
「なんだい? トウネンさんの力になら喜んでなるよ」
「わしは預けられた子供を小僧として面倒を見たり、捨て子に里親を見つける事業を行っていたりするのじゃが……」
「言ってたね」
「かつてこの寺に預けられていた子の一人に、“神実丸”という、じつに霊力に長けた子供がおっての。術の才も日ノ本一でのう。両親に頼まれてその力を善行へと導いてやったのはよいが、正義に燃えて悪の調伏の旅へ出ていってしまったという話なのじゃ」
「へえ、日ノ本一ね」
親馬鹿だろうか。ミズメは苦笑する。
「冗談でなく優秀での。天性で古流派の自然術を扱い、経文の暗唱や真言の理解にも長け、風水や仙術にも通じておるのじゃ。陰陽師の識神造りの術も見ただけで覚えおった。わしもこの目で見ておる」
「ほんとに!?」
「うむ。神童じゃと噂されるほどじゃ。根っからの正直者で、正義感にあふれる良い童ではあるのじゃが、ちょいと若く純粋に過ぎるところがある。無茶をせぬか心配なのじゃ」
「善行をすれば嫌でも世の中の厳しさを知ると思うけどね」
「いや、それがのう。カムヅミマルは本当に純真な奴での。扶養しておった両親はわしよりも年老いた老夫婦での」
「ばあさんが子を産めるはずはないね。その子も捨て子かい?」
「うむ。じゃが、拾った両親は“おまえは川から流れてきた桃から生まれた神様からの授かりものだ”と言ったのを本気で信じておる」
「純粋だねえ。桃は尻か腹の例えかい? 川に身を投げた女から取り出した子ってのが相場だろうね」
「そうじゃろうな。まあ、出自の真実はどうでもよかろう。問題は、カムヅミマルが馬鹿正直で、本当に神童であったところにある」
そう言ってトウネンは“借寿ノ術”の書を指差した。
「これを偸み読んだ形跡があったのじゃ」
厳しい眼差し。
「へえ。でも、それだけ性根の良い奴なら、正しく扱えるんじゃないの?」
「ミズメ殿も知っておろう? 借寿ノ術は他者へのみ施術できる技であると」
借寿ノ術は他者、および自分から他者へと魂の寿命を移す術である。自身の不老不死を求めた仙人が発明した“失敗作”だと師から聞いていた。
「そうだね。まあ、そんな天才が長生きできないのは惜しいけど……ってまさか?」
「自身の寿命を割いてまで他者を生き長らえさせるということを、あの子ならやりかねん」
「未来のある子供を長生きさせなきゃもったいないよ。人を救う使命を帯びてるならなおさらだ」
「どんな命でも等価で、誰しもが仏になれるとはいわれておるが、わしも未だ俗物の身。預けられた子にも情が移る。両親も心配してわしに知らせてきおったし、ほんに親心というものからは逃れられんものなのじゃな……」
稀代の聖が寂しげな表情を見せた。
「……旅先で噂を聞いたら必ず探し出して伝えるよ。人間、いのちはたったひとつだ。一人救えれば、あとは勝手気ままに暮らしても上等。人助けも結構だけど、里親の人やトウネンさんを悲しませるなってね」
物ノ怪の娘が胸を叩く。トウネンは静かにうなずき、両手を合わせた。
それから、ミズメは寺で一晩世話になり、旅の目的にトウネンへの恩返しも加えて飛び立った。
戦いの疲労もあってか、普段よりも遅い目覚めだ。
さて、オトリたちはどうしているであろうか。
今度は意地の悪いことは言わず、相方が満足するまで付き合うこととしよう。
稲荷山の上空。翼の傷は悪化している。相方にせがんで癒してもらおう。
「……糞っ。人を寝坊助扱いできないな」
唇を噛む。
天狗の霊感が警告する。神聖なはずの山の中に確かな邪気。
薙ぎ倒された木々。倒れた巫覡が二名。
拓けた山中に対峙するは、黒き放ち髪の巫女と……白髪振り乱した袈裟姿。先日焼けたはずの餓鬼である。
そして、その坊主の腕の中には、巫女衣装の童女の姿があった。
*****
階……階段や梯子を指す。
五鈷杵……密教の法具で五本の爪のような形状が上下についている。




