化かし031 免許
山城国が平安京。刑部省囚獄司が管轄する東西の獄所が右獄。
つまりは都の東に位置する牢獄。
ミズメとオトリはさっそく看督長の世話となり、牢屋に放り込まれていた。
「出して下さーい! 私たちはまだ何もしてません!」
泣きそうな顔で声を上げるオトリ。
「そうだそうだー。まだしてないぞー」
こちらはやる気無さげに批難するミズメ。
「馬鹿者め。何かするつもりか」
獄卒の男が溜め息をつく。
「路を歩いて息をしただけじゃんか。都じゃあ、息をしただけで捕まるのかなあ?」
「すーっ、はーっ! すーっ、はーっ! わっ、くさい!」
「ごめんごめん、ちょっと屁を透かした」
「もう!」
「喧しい小娘どもめ。出羽守殿からおまえたちの手配書が回っておる。ほれ、人相書きもあるぞ。瓜二つではないか」
獄卒が紙を見せる。ミズメとオトリを描いたものであろうか、髪の短い意地の悪そうな顔をした山伏と、眠そうな顔をした巫女の姿が並んでいる。
「えーっ。似てないじゃん。あたしはもっと賢そうな顔をしてるよ」
「私はこんなに狸っぽくない! 里では水分小町なんて呼ばれてたんですよ! 描き直してください!」
文句を言うふたり。
「なあにが小町じゃ。化粧っけも鉄漿もない田舎娘が。まあ、確かに狐より狸に寄った顔をしとるが……。大体、身分の無い者が鮮やかな緋色の衣装など着けてはいかんのだ。わざわざ巫女の格好なんぞして旅をしてきたなんて、怪し過ぎる。変な病気を持ち込まれてもたまらん」
「巫女装束で旅をするは私の里の伝統です! ……というか、袴を返してください!」
オトリは逮捕時に緋色の袴を没収されてた。今は上の衣と襦袢だけの白一色になってしまっている。
「おまえの出身はどこの国だ? 里の責任者は?」
「えーっと、それは……。ねえ、ミズメさん。出羽守ってどなたですか?」
言いたくないらしく話をはぐらかすオトリ。
「都から出羽国の管理を任されてる国司だよ。オトリを雇った受領の上司だ」
「ああ、あのかたの……」
オトリが眉を寄せる。あの“おっさん”はミズメとしても腹立たしい奴だ。
都に行くことは知られていなかったはずだが、敏いというか意地汚いというか。日頃の怨みの賜物であろう。
「覚えがあるようだな。山伏のほうは窃盗、巫女のほうは契約の踏み倒しと聞いているぞ」
「搾取してたのはあの受領のおっさんのほうじゃん! あたしはそれを取り返してやっただけ!」
「踏み倒したのもあのかたのほうです! 確かに依頼は失敗しましたが、私は何も頂いてません! 私たちは都に来るまでに……たーっくさん人助けをしてきました。拝まれはしても捕まるなんて変です!」
「罪人はみな言いわけをするものだ。……とはいえ、冤罪や謔言も多い昨今だ。おまえたちの言い分も、ひょっとしたら正しいのかもしれないがな。どちらにせよ、俺のような下っ端は命令に従うだけだ」
そう言って獄卒の男は大きな欠伸をした。
「うう……いきなり捕まっちゃうなんて信じられない」
「逃げようと思えば逃げられたんだけどね」
実際、捕縛に向かって来た役人や兵たちは凡人であった。結界の内部とはいえ、ふたりには逃げようがあった。ことを荒立てないように大人しく従っていただけである。
「でも、この牢屋はまた別の結界が張ってありますよ。さすがにこれじゃあ、私も牢を壊して出るのは難しいかな」
「だったら処刑されるのを待つしかないね」
「ええっ!? 処刑されるような大罪になるんですか!?」
「そういうことじゃなくって、処刑は市のある広場や大路で行われるから外に出られるだろ? そのさいになら逃げられるわけだ」
「なるほど……」
「獄卒の前で脱走の計画を練らないでくれよ」
こめかみを抑える男。
「大体、そのくらいの罪では徒か、苔、杖辺りに納まって都から追放されるぐらいで済むだろうに」
「なんですか? その徒とか苔とかって」
オトリが首を傾げる。
「これだから田舎者は。刑罰の種類だ。徒は労働刑、苔は鞭打ち、杖は棒打ちだ。打たれる刑なら死刑でなくとも衆目に晒して行うから、脱走の機会があるぞ。良かったな」
「良くありません! 女の子を人前でぶって何が楽しいんですか!?」
「何がって、そりゃ“なに”が楽しいに決まってるだろう」
獄卒が笑う。
「“なに”?」
オトリはまたも首を傾げた?
「あっはっは!」
ミズメは爆笑した。
「冗談はともかく、どいつもこいつも心がさもしいのだ。特に金のない貧乏連中はな。罪人の苦しむさまを見て、己がまだ不幸の底でないことを知り、地獄に落とされぬようにと信心を高める。都には盗賊も多く紛れ込んでるから、そいつらへの見せしめにもなる。犯罪者にも少しは役に立って貰わんとな」
「共存共栄だねえ」
ミズメはなんぞ宣う。
「悪人への罰はともかく、一般のかたへは口で説明したらいいじゃないですか! 他人が痛めつけられているのを喜ぶように煽るべきではありません!」
「まーた、そういうこと言うだろ。人間そう簡単にゃできてないよ。言って聞くなら、法律を破る奴なんていないよ」
「飢えて物を偸む者や、無実の罪で訴えられる者もいるからな。そこから罪を着る者も多い。無実といえば、ミチザネ殿の祟りは本当に恐ろしかった」
身震いをする獄卒。
「とにかく、今日のところはのんびり休もうよ。明日のことはまた明日考えるってことで」
ミズメは大きな欠伸をすると、ごろんと横になった。
「はーあ。逮捕されたなんて里に知れたら、絶対に水神様に叱られる……」
オトリはぶつぶつ言い始めた。
ところが、翌朝には事態が一変した。
ふたりは無罪放免。釈放されることとなったのだ。
「ありゃ、釈放されるの? あたしたちの徳のお陰?」
牢から出してもらいながら獄卒に訊ねる。
「半分正解で半分外れだ。“あるおかた”の口添えのお陰だ。それと、これを持て。陰陽寮より発行された免許状だ」
ふたりに巻物が手渡される。
「免許だって?」
「ごちゃごちゃ書いてあるが、文字が読めぬと困るだろうから、掻い摘んで説明してやる。都での巫行や卜占による活動の許可と、陰陽寮の指示があった場合は速やかに従うことなどが記されている」
「陰陽師の子分かよ」
「いやなら、違法術師としてまたここに戻ることになるぞ。派手な衣装も控えろよ」
「衣の色まで言われなきゃならないなんて。ところで、私の袴は?」
「すまぬが、逮捕の時点で没収された私財は焼却処分された」
「なっとな!?」
オトリはお邦言葉と共に獄卒の男へ掴み掛かった。
「罪人の持ち物は穢れているものだ」
「私の衣が穢れてるはずがないじゃないですか! めっさ綺麗ですよ! 袴もなしに外を歩けっておっしゃるんですか!?」
「勘弁してくれ、決まりなのだ」
「別に大したことじゃないだろ。布切れ一枚の奴だっているのに。ああいう深緋や蘇芳に似た赤色は目を引き過ぎるよ」
「そんなあ」
肩を落とすオトリ。
「ところで、あたしたちに口添えをしたのって誰?」
「それはこれから会いにゆけば分かるだろう」
「罪人の放免ができる立場の人間には会いたくないなあ」
ぼやくミズメ。
「罰当たりが。恩人に礼を尽くさないでどうする」
「そうですよ。お助けいただいたんですから、是非ともお礼を言いに行きましょう」
「へいへい」
こうしてミズメとオトリの二人は右獄を脱し、獄卒より教えてもらった屋敷の所在地へと足を向けた。
「都って、すごいですね。人が沢山居ます! それに、あっちこっちが壁や屋敷で囲まれてて、ひとつの大きなお屋敷みたい!」
あたりを見回すオトリ。
「風水に従った配置になってるからね。管理しやすいように道を先にまっすぐに引いて、あいだの土地に建物を建築するんだよ」
「ふうん。どこを見ても似たような景色。人は色々なかたがいらっしゃいますけど。あっ、見てください。牛が車を引いてますよ!」
オトリが屋敷の前に停車している牛車を指差す。中に貴人は乗っていないらしく、少し身なりの良い童は退屈そうにしている。
「あっ。あの人、クレハさんと同じ笠を被ってます!」
「市女笠だね。市場へ商売をしに行くんじゃいのかな」
「あっちには、お坊さん!」
「それは珍しくもないだろ。っていうか、指をさしちゃ駄目でしょが。あたしでもしないよ」
「あの貴人のかた、すごく綺麗な着物……お付きの人が裾を持ち上げてる」
「女子の衣の色は本人の官位か、宮仕えをする前なら父親の官位で使用の許可が下りるんだ」
「いいなあ。それに比べて私は袴が……」
溜め息とともにしょぼくれた顔。
オトリは変わったものを見つけるたびにミズメに報告し、大袖と黒髪を跳ねさせて、あれは何かと訊ねた。
ミズメも繰り返される質問に機嫌良く答え続けた。
――うんうん。都に来て正解だったね。
「あんまりきょろきょろしてると、人にぶつかるよ。どこを見ても似たような景色だから、ちゃんと路の数を数えないと迷子になっちゃうよ」
注意を促すミズメ。
「はあい。でも良かった。思っていたよりは平和そうじゃないですか。魔都だなんていうから、心配してたんです」
と、そこに路の向こうで罵声が上がった。
「掏摸だ! くそっ! 小僧め! どこに消えた!?」
太刀と烏帽子の男が地面を踏み鳴らしながら周囲を見回している。
「どうなさいました?」
オトリが素早く駆け付ける。
「掏摸だよ。銭を掏られた。だが、もう姿が見えぬ。それにしても、驚いた。噂は本当だったのだ」
男はずれた烏帽子を整えた。
「噂ですか?」
「“こんな小さな童子”が、飛び掛かって来てぶつかりざまに懐のものをくすねていくんだ。いやはや不思議なこともあるもんだよ」
男が示した“こんな小さな”は一尺程度の大きさである。
「そんな小さな人間が居るわけないし、物ノ怪のたぐいだろうね。ま、あたしらもやられないように気を付けよう」
男と別れ、屋敷に向かう。
「ここが例の恩人様とやらの屋敷だね。門番も立ってないけど……」
塀でしっかり囲われているものの、門は開け放たれ、番人も見当たらない。
『何者だ。ここは従七位上にあらせられる陰陽師が地相博士、三善殿のお屋敷だ。怪しきものは怪我をせぬうちに去るがよい』
虚空から男の声が響いてきた。
「霊声です。それも幽かな神気を纏っていらっしゃります」
オトリが言った。
『そうだ。われはこの屋敷を護る門神にして、ミヨシ殿の識である。地方にて道祖神を務めていたが零落したために、この任に身を置き魂を繋いでおる。神ゆえに、おまえたちごときの敵う相手ではないぞ。ミヨシ殿は多忙である。帰った帰った!』
門神とやらは気配を逆立てて威嚇してきた。
「結界のせいで今一迫力がないですね」
「結界の外でもあたしたち以下でしょ」
「失礼ですよ、ミズメさん」
「オトリが先に言ったんじゃん」
『何を無礼な! よし、こうなったらわれの神通力でお前たちを……』
「これ門神よ。客が来るといっておいたであろう。彼女たちは先程に伝えておいた巫女と山伏で、俺の恩人だ」
屋敷の中から浅緑色の狩衣の男が現れる。
貴族によくある服装であるが、ふたりはその顔に見覚えがあった。
「蜈蚣に捕まってたおっさん!」
「陰陽師さん!」
「あの時は世話になった。ともかく、屋敷へ上がってくれ」
ふたりは座敷に通され、下女が膳を運び、食事までもが供された。
そこでふたりは驚いた。下女から“妖しい気配”を感じたのだ。陰陽師の男が言うには、彼女もまた識神なのだそうだ。
「俺は都の陰陽寮に仕える陰陽師の三善文行だ。特に地相学に通じており、地相博士の名で知られておる」
陰陽師が名乗る。
「あたしは水目桜月鳥。鳥の魂を得て物ノ怪になった元人間だよ」
「ミズメさん。正体をばらしてしまっては……」
「気が変わった。ミヨシのおっさんも諱を名乗ったんだ。腹を割って話そう」
笑ってみせるミズメ。
「私は旅の水分の巫女の乙鳥です。乙女の乙に、空を飛ぶ鳥の鳥です」
「なるほどオトリは水術師であったか。それで巣穴の岩を片付けるだけの大力があったわけだな。ミズメのほうは鳥の物ノ怪か」
「鳥なのは翼くらいだけだけどね。見るかい?」
「特に必要はない。それより、おまえたちが都に来た理由を俺は知りたい」
ミズメは衣の袂に手を突っ込むと勾玉を引っ張り出した。
「この石には何かの大神の力が宿ってるんだ。うちの師匠は、これが日ノ本を巻き込む大きな禍を生むかもしれないと視て、あたしにこれを破壊するように言いつけたんだ。その手立てを探してる。噂や術師の豊富な都なら、何か手掛かりがあるかと思って」
石を差し出すミズメ。
「神器だな。これには計り知れぬ神の力を感じる。宮中の儀式で似たような力を持つ品を目にしたことがあるが、これはそれらに匹敵するやもしれん」
石を受け取ったミヨシの顔が険しくなる。
「ミヨシのおっさんはこれはどっちだと思う? “路”か、“家”か」
謎掛けのような物言いをするミズメ。
「計り知れぬゆえに俺にも分からぬ。だが、神器のほとんどは“路”だ。破壊して何かが出てくるということはないだろう。“路”であるならば、むしろそれを介して神は力を示すはずだ。危険な神であるのなら、破壊か封印が必要であろうな」
「そっか。じゃあ、あたしもそうだと思っておこう」
「ミズメさん……」
オトリが心配そうな顔でこちらを見ている。
ミズメも、こういった師の判断を疑う問いが自身の口から出たのが意外であった。
師の指示は丸呑みして生きてきたが、懐で感じていた石の魔力がそうさせたのであろうか。
月が満ちに向かうにしたがって、小さな玉の主張は大きなものへと成長を進めている。
「破壊といえば、あの大力の少年の力でも壊せなかったのか?」
ミヨシの問い掛け。
「あっ、しまった! 試してみれば良かったよ。考えごとが多過ぎて忘れちゃってた」
「もう! あんな掛け合いを練習する暇があったんだから、そのくらいちゃんとしておいてください!」
オトリが拗ねるように言う。
「ごめんごめん。まあ、しばらくは近江に居るって言ってたし、ここで良い手が見つからなかったら頼んでみよう」
「どちらにせよ、霊的な力による守護が施されているであろうから、霊力を感じぬ少年の力では通用せぬかもしれぬが」
ミヨシは髭を撫でて言う。
「ま、そういうことでこれをどうにかする方法、無いかな?」
訊ねるミズメ。
しかし、石は彼女の手へと返却された。
「おまえの師が持て余し、俺よりも霊力に優れるオトリが居てもなお健在なのだろう? 俺よりも優れた陰陽師であれば、試す価値もあるやもしれぬが、宮中のいにしえの神器も、陛下と陰陽寮の者が総出で儀式を行って鎮めるのだ。人の力でどうにかできる世界ではないかもしれぬ。仮に封印するにしても、俺たちとて暇ではない。ただでさえマサカドやミチザネの件で人手を失っておるのだ。先の蜈蚣の話も、なんとか仕事を縫って出向いたのだ。今もなお、依頼が山積みで辟易しておる」
彼が言うには、陰陽師は多忙らしい。
宮中の神事を最優先とし、次は都からの依頼を位の高い人間から順番に処理。ほぼそれだけで手一杯だが、各地の国司が持て余した難事に対し陰陽師の派遣を要請することもしばしば。
そういった公の仕事だけでなく、しもじもの民や町の往来で物ノ怪が悪さをすることもある。
そのうえ、同業者間での争いや、貴人や豪族のお家騒動。過去に行った仕事の怨恨などなど、面倒ごとは枚挙にいとまがないのだとか。
「ゆえに、野良の陰陽師も敢えて積極的には取り締まっておらぬのだ。恥ずかしい話だが、俺たちは道の字にも頼らねばならぬありさまだ」
「ドウノジ?」
オトリが首を傾げる。
「蘆屋道満という非公式の陰陽師だ。知られている限りでは非官人の術師中最強で、陰陽寮の教官である播磨晴明殿にも勝るとも劣らない実力を持っていると言われている」
「すごいかたなんですね」
「俺たちのほうが上だとは思っておるが、こちらが動けぬぶん、庶民相手や地方ではドウノジや、それと協力する野良陰陽師のほうが人気がある始末だ。陰陽寮の連中は、官人であることの誇りが勝って、仕事場で鉢合わせると術合戦になってしまうこともある」
「犬猿の仲か」
「俺は小さいことだと思うがな。正義に行きつくのなら、道が違おうが険しかろうが。もっとも、前回は道を軽んじて痛い目を見たわけだが」
「良いね、そういうの嫌いじゃないよ。陰陽師連中は、もっと面倒な連中かと思ってた」
「実際、面倒ではあるぞ。俺が変わっておるのだ。三善清行という男を知ってるか?」
「いや、知らないね」
「俺の伯父でな。官人で国守や漢文学者を務めた男だが、陰陽道や占術にも通じておった。正義感が強いゆえにあまり出世のできない人であったが……その男と同じ血を引いておるせいか、俺もまたそういう気性なのだ。キヨツラが正義を重んじたために、その血族である俺も面倒な仕事ばかりを押し付けられる傾向にある」
「へえ。“家”ってのも大変だね」
「良いことをなさろうとしてるのに邪魔をされてるってことですよね」
オトリは不満げだ。
「さて、本題に戻ろう。俺は都に戻って、おまえたちの手配書を目にした。あまり似てはいなかったが、先日に逮捕されたという話を耳に入れ、識神を飛ばして様子を窺ったら、やはり本人ではないか。ふたりは恩人であり、また正義の徒であると信じている。ゆえに伝手を使っておまえたちを釈放した。その神器について調べたいというのなら、この屋敷を拠点に活動をするといいだろう」
「おっ、やっぱり気前が良いね! ありがたやありがたや……」
ミズメは拝んだ。
「まあ、聞け。それで先程の俺たちも多忙であるという話に繋がって来るのだが……情報を集めるにしろ、術師を探すにしろ、“妖しげな事件”に関わるのが手っ取り早いと思わんか?」
「要するに、都で後見人になってくれる代わりに、あんたの仕事を手伝えって話だね」
「左様だ。断ったとしても、免許を取り下げたりはしないし、おまえたちもなんらか世のためになることをするのであろうが……折角結んだ縁だ。乗ってみぬか?」
「あたしは構わないよ。おっさんの姓名がもうちょっと面倒そうなものだったら断ったけど。なにより、面白そうだしね」
返事をし、相方の顔を見る。
オトリもまた機嫌良さそうにこちらを見た。
「私も、是非とも恩返しをしたいと考えていましたし、都の見学ももっとしたいですから」
「それでは決まりだな。活動をするさいは免許状を必ず携帯するように。それから、一応、おまえたちふたりは俺の弟子という形にしておくので、名のある者との面倒に巻き込まれそうなときは、俺の名前を出せ。もっとも、俺もそれほど位の高い身分ではないゆえ、効力は知れてるがな。では、これからしばらく、仲良くやってゆこうではないか」
ミヨシはそう言って髭面を笑わせた。
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看督長……逮捕を実行する役人。
獄卒……牢屋の番人。あるいは地獄で亡者に刑を加える鬼。
童……子供を指す語ではなく、召使いや賤民を指した。字が表すとおり、半人前として扱われ、大人になっても子供と同様の服装で通した者も多い。
一尺……三十センチメートル程度。
道祖神……村境や辻などに祀られる神。
蘆屋道満……あしやどうまんで知られる安倍晴明のライバル。さまざまな逸話があるが、実在したかは不明。




