表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/129

化かし029 爆砕

「ただ黙ってるだけかもしれないだろ。あたしはそっちに賭ける。ウタとオテントウさんは、助けが来たのを喜びたいのを、ぐっとこらえてるのさ」

 ミズメは軽く言った。


「そうだと良いのだけれど……」

「どっちにしろ、最初の一匹の態度からして、残りの連中も俵藤太(タワラノトウダ)が討った蜈蚣(ムカデ)の知り合いだよ。退治するのは一緒でしょ」

「そうですね。占いだって、絶対じゃないんです。良いほうに考えます!」

「よろしい。ではオトリ君。あたしが残りの連中を全部相手にするから、そのあいだにふたりを助け出して来てくれたまえ」

 ミズメは剣を構えた。


「独りでですか!? 無理ですって!」

「ヒサギ! もう、無理に戦えとは言わないから、オトリを手伝ってふたりを助け出して来い! おまえの大力とオトリの水術なら埋まっててもなんとかなるだろ!」

「また、力加減を間違えたら……もしかしたらもう……」

 ヒサギは巣穴のほうを見て頭を振った。

「まだそんなことを言うのかよ? 逃げても解決しないことだってあるんだぞ!」

「僕とお爺様は旅団では新参者なんです。僕が来る前から上手くやって来られたんだから、僕が居なくても変わらない……」

「居なくても変わらないけど、居たら変えられるかもしれないだろ!」

「僕は自分の大力(タイリキ)が怖い」

 しゃがみ込んだままのヒサギ。


「もー! 蜈蚣の前に蛆虫(ウジムシ)退治じゃんか! しっかりやらなかったらお爺様に告げ口するからな!」

「お爺様!」

 脅せば少年はようやく立ち上がった。


「単純過ぎだろ! オトリ、玉無しとウタたちは任せたよ!」

 ミズメは先陣切って穴へと駆ける。


「やあやあ、われこそは、なんとかの国の俵藤太なり! 人に害為す魔物どもを誅さんとここに馳せ参じた。既に仲間の一匹は討ち果たしたぞ。貴様ら蟲の一匹ごときでは話にならん。まとめて掛かって参られい!」

 などと天狗娘が宣うと、がちゃがちゃと不気味な音と共に一匹の大蜈蚣が這い出て来た。


「貴様が噂の俵藤太か! われは貴様に討たれし山神の弟にして、同じく神である!」

 またも神気(カミケ)を微塵も感じない。図体に合うだけの霊気のみ。


「われは山の神々の長兄なるぞ」

 更に一匹が顔を覗かせる。全容は明らかではないが、これまでの中でも一番巨大に思われる。

 邪悪な霊力も備えているようで、その巨体はうっすらと赤い光を帯びていた。


「われは山神の兄の暮らす山の斜向かいの山に棲む美濃国(ミノノクニ)の神である」

 こっちは他人だ。大蜈蚣ではあるが、馬や牛程度の全長である。


「ほら、今のうちに行きましょう!」

 オトリがヒサギの手を引いて蜈蚣の脇をすり抜けて行った。


「さて、“人間の目”が消えたほうがあたしはやりやすい」

 ミズメは不敵に笑うと背中から(トビ)の翼を生やした。それは瞬く間に(カラス)のごとき闇色へと変ずる。


「貴様は妖しの者か。やはり祀ろわぬ者は穢れておる!」

 弟を名乗る蜈蚣が突撃を仕掛けてくる。

 空に飛び上がり回避。

 星明かり背に見下ろす夜の山。蜈蚣の身体から漏れる妖気の光は青い闇の中では特別目立つ。


「あっはっは! あたしは鳥だよ。地面に這いつくばる虫けらには負けない!」

 得意の戦法、空からの一方的な襲撃を企む。


「……このままじゃ打撃が通らないだろうからね。ひとつ、とっておきの新技を見せてやるよ!」

 ミズメは顔の前で剣をまっすぐに立てて構えた。赤く光る右目がやいばに映る。


「わーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 矢庭に大声を上げる天狗たる娘。


 霊気の籠った声色であるが、それは不思議と山彦を生まない。

 代わりに聞こえてくるは耳をつんざく金属音。音は剣の刀身から放たれている。


「喧しき鴉め。われらは神ぞ。地を這うだけではない!」

 弟蜈蚣は後方の足だけを支えに身体を立てた。森の木々を容易く追い抜く長身。

「どうだ、われのほうが高かろう」

 見下ろす蜈蚣。(アカ)い頭がかちかちと音を鳴らす。


「背比べしてるんじゃないよ!」

 更に上昇して急降下。すれ違いざまに剣を振るう。

 須臾(シュユ)の間隔で震える刃が、蜈蚣の真っ赤な脚の数本を切り落とした。


「名付けて必殺言霊剣(ヒッサツコトダマケン)!」

 にやり白い歯の娘。地には降りず、翼羽ばたかせ滞空する。

 脚を切断された弟蜈蚣は潰れた鼠のような声を上げて崩れ落ちた。


「なんと! われらの眷属の脚が容易く斬り落とされるとは」

 長兄蜈蚣が驚きの声を上げる。

「げに恐ろしき言霊剣」

 地に伏し唸る弟蜈蚣。

「言霊剣。聞いたことがある。あれぞ伝説の不動明王の剣技。真言にてつるぎに破邪の力を宿らせうんたらかんたら……」

 他人蜈蚣が地上でなにごとか言っている。


「新技だっての!」

 雑魚は捨て置いて、ひときわ大きい蜈蚣へと切先を向ける。


現蟲神(アラムシガミ)であるわれらにつるぎ向ける不届き者め。等活地獄(トウカツジゴク)にて無間(ムケン)の苦しみを受けるが……ぐわあああ!!」

 長兄蜈蚣の脚の数本が地に落ちた。


「あんたらに恨みはないが、それだけ大きけりゃ奪う命の数も計りしれない。先に地獄へ落ちるのはあんたらのほうさ」

 やいばの音震に衰えを感じ、今一度叫びを込める。欠けた切先から亀裂が広がる。


――長くはもたないね。


 剣は一本、足は恒河ゴウガ(スナ)のごとし。


「われは地獄には落ちぬ。ゆくなら天!」

 弟蜈蚣が大跳躍。

「うわっ! 蜈蚣のくせに跳ねるなよ!」

 予想外の攻撃に反応が遅れる。接触こそは免れたが、無数の脚が風を乱して滞空の邪魔をする。

「われらは“トビズムカデ”の化生ゆえに」

 下のほうで小型の大蜈蚣が何か言った。

「そのトビの由来は鳥の鳶だっての!」

「ゆえに飛ぶ」

「喧しい!」

 繰り返しの邂逅。跳ね上がる蜈蚣をかわし、そのたびに脚を数本頂く。

 敵は苦しみはするも、諦めはせず、その動きも衰えることを知らない。


 再び響きを加えようと剣に術を込めると、刀身が爆砕してしまった。


「やれやれ、ほかの手を考えなきゃね」

 柄だけとなった柴打刀を投げ棄てるミズメ。地下へ潜ったオトリたちはまだ戻らない。


 続いて“どこからともなく”錫杖を取り出す。尖端の金環に音を込め、今度は足ではなく腹を狙い撃つ。

 跳ねた蜈蚣が大轟音と共に地に落ち、土煙を上げた。長い胴をくねらせのたうち回れば、岩肌が崩れるのが見えた。


 地下へ続く洞穴を一瞥、蜈蚣を叩き落とさぬよう地に這うもう一方を叩く。

 蟲の鋼のごとき胴体に亀裂をみるも、自身の手首に強烈な痛みが走った。


「今度は腕が先にお陀仏しちゃうよ」


 杖による打撃は諦め、上空にて次の手を模索する。

 蜈蚣は地上を忌々しそうにうろつくばかりである。


「飛ばず蜈蚣になったみたいだねーっ!」

 両手を口に添えて煽るミズメ。地上の蟲たちも、何やら荘厳な人語を用いて罵詈雑言を返す。

「えーっ? なにーっ? 聞こえなーい!」

 耳に手を当て(アザケ)笑う。


 続いて取り出したるは真巻弓(ママキユミ)。無論、術による仕掛けを施した武器でも破れぬ装甲には通用しないだろう。

 しかし、錫杖で打った亀裂を狙えば目はある。


――集中だ。集中。


 音を消し、風を消し、呼吸と滞空の羽ばたきを調和させる。

 地をうろつく虫共。無数の赤い脚が目にうるさい。

 弓打ち起こし両腕下げ弦引くも、確かな弓力(キュウリョク)が手首を苛む。


 下方。岩肌から零れた岩石が穴へと転がり込むのが見えた。


――……。


 虚ろな瞳は蠢く赤と黒を視界に捉え続ける。

 矢は独りでに滑り、射手の手を離れゆく。


 刹那、景色が揺れた。


 迫るは地面。遅れて背に痛み。


 筈の合わぬ急襲に集中が失われる。

 慌てて羽ばたき地面との衝突を避けると、矢を取り落とした地点に蜈蚣どもが群がるのが見えた。


「くそ、どの蜈蚣がやりやがった?」

 痛み激しく翼昇叶わず。崖上の松の木へと退散するミズメ。


「われは神の妻女(メノオンナ)にして蜈蚣らの母なるものぞ。神は死なぬ」

 もう一頭。砕けた腹から(キタナ)き汁を垂らして呻くように言った。


「まだ生きてたか。不死身は蛇神のうりじゃん。蜈蚣はお呼びじゃないよ」

 見下ろすも、翼を畳むミズメ。一方、蜈蚣たちは山の木々を薙ぎ倒しながら、こちらへの迂回路を探している。


「さて、どうするかな」

 弓を仕舞い、松の木へと腰掛ける。


 蜈蚣との戦闘で何度か大地が揺れた。崖崩れも目にした。地下の洞穴へ潜ったオトリとヒサギは果たして無事か。

 普段、悪しきものとの戦いでは手玉に取るか、加減無しにぶちのめすゆえに後塵を拝することは滅多にないミズメ。

 此度の化け蜈蚣も、単独でゆっくりと無遠慮に行えれば討伐に難儀することもなかったであろう。

 かつての彼女であれば多少の被害が広がろうとも、囚われ人が死のうとも、やらぬよりはましだと切って捨てたはずである。

 心根の変化に加えて、囮の任を買って出たことと、知らず知らずのうちの地下の友への配慮。これらが苦境に立たせていた。


「参ったね、こりゃ。ま、囮のあたしはやれるだけのことはやったさ。あとはオトリを待つだけだ。……松だけにね」

 冗談で己をはぐらかしつつ、友を求める呟き。

 蜈蚣連中はようやく迂回路を見つけたらしく、山人や獣が作ったであろう道をなぞるように列を作っている。

 それでも彼らには道は狭すぎるようで、木々が犠牲になり続けていた。


「神を名乗ろうが人語を話そうが、所詮は蜈蚣だね」

 こちらから相手は丸見えだが、ミズメの姿は星空を背負わなければ分からぬだろう。適当に逃げていれば時間を稼げるはずだ。

 痛む翼を鞭打ち、崖を飛び降り穴の側へと戻る。


「ミズメさーん!」

 まさに丁度。穴の中から自身を呼ぶ声がした。咄嗟に翼を背にしまう。

 蜈蚣の巣穴から目を瞑った童女の手を握る巫女の姿と、老人を担いだ少年が現れた。


「おっ、見つかった? やるじゃん!」

「やるじゃん、じゃありません! 揺らしたでしょう? 穴が崩れて危うく生き埋めになるところでしたよ!」

 喧々と文句を垂れるオトリ。

「ならなかったんだからいいじゃん。二人も助けられたんだからさ」

「もう! それがですね……」

 オトリが僅かに笑ってから振り返ると、穴の中から烏帽子(エボシ)に浅緑色の狩衣(カリギヌ)の男が出て来た。腰には太刀(タチ)を携えている。

「誰だ?」

「陰陽師のかたです。このかたも捕まっていたみたいで」

「矢張り、ことを急ぐべきではなかったのだ。救命を焦って暗剣殺(アンケンサツ)を軽んじたばちが当たった」

 ひげづらの陰陽師は不満げに言った。

「いいじゃないですか。被害を少しでも減らそうと努力なさったんですから」

 取りなすオトリ。


「おわたいで助かりました」

 穴の中からは更に人が這い出てきた。若い女性がオトリたちを拝む。

「蜈蚣にきめられちまって、もう、だちかまいと思っとったもんやさ」

 こちらは農夫か、鍬を杖に穴から這い上がってきた。


「これで全員です。他のかたはもう肉も魂も……」

 沈むオトリ。


「娘よ、気に病むでない。おまえたちの働きは目を見張るものがある。そちらの少年も、霊力も無しに死地に赴き人命救助に尽力し、大義であったぞ」

 陰陽師が宣う。

「捕まってたくせに偉そうだな」

「陰陽師とて人間だ。不意打ちも食えば、手に負えぬ魔物もおる。犬ほどの小蜈蚣は百も退治したが、さすがに大木のようなものになると播磨晴明(ハリマノハルアキ)殿でもなければ手に負えぬだろう」

「すごいかたなんですか?」

 オトリが首を傾げる。

「われらの所属する陰陽寮の教官だ」

播磨守(ハリマノカミ)か。“安倍晴明(アベノセイメイ)”が就いてるんだっけか」

(イミナ)で呼ぶな。播磨晴明殿は陰陽寮のかしらではないが、その霊力は日ノ本(ヒノモト)最強だぞ。巫女はともかく、そこの妖しい娘などは出くわしたのが俺であったことに感謝すべきであろうな」

 陰陽師が髭を歪ませ笑う。


「見抜かれてたか。妖しく見えても、善行をしてるんだ。さっきまで独りで蜈蚣の相手をしてたんだからね」

「気配は読んでおった。中々の腕前のようだな。恩人も気を許してるゆえに、俺は術を交える気はない。して、その蜈蚣はどうなった?」

「連中は……」

 山を見上げれば、木々のへし折れる騒音と共に妖しげな気配が下って来る。


「おいでなすったね。脚をいくつか切って、でかいのは全部腹にひびを入れた」

「ほう。あの外角が厄介であった。おつむのほうは、人語を解する以外は残念であったがな」

「私はこのかたたちを護るので、蜈蚣退治のほうはお願いしてもよろしいですか?」

「承知。オトリは離れて結界で皆を護ってて。あとはあたしたちで何とかする」

 巫女は助け出された人々と共に離れていった。

 その場に残ったのは陰陽師の男とヒサギ少年。


――お、またちょっと良い顔になってるじゃん。

 少年はもう震えていなかった。駆け下りて来る敵を真っ直ぐと睨んでいる。


「おい、おっさん。戦えるんだろうね?」

「無論だ」

 狩衣の男は袖から鳥の形をした何かを取り出した。

「出た、紙人形」

「今、使える識神(シキジン)はこれのみ。使いの識神は都に残して来たし、紙もこれが最後の一枚。小蜈蚣で使い切ってしまった」

 そう言うと陰陽師は森へ向かって紙の鳥を送り出した。

 彼は手元を袖で隠したまま合わせて持ち上げた。中で印を結んでいるのであろう。


 すると紙の鳥は瞬く間に生きた白い鳥のように変じた。


「紙が飛んで行った、何が起こってるんですか?」

 訊ねる“感なし”の少年。

「あの紙切れで大蜈蚣がやっつけてくれるんだってさ」


 白き鳥はまっすぐに羽ばたき、山を下って来た蜈蚣へと向かう。

 蜈蚣が迎え撃とうと頭を持ち上げると、その下へとするりと入り込み、ミズメの作った傷に貼りついた。


「はっ!!」

 発声と共に男の身体から霊気が放出されたのを感じる。

 一瞬であるが莫大な霊気の量。


 直後、巨大な蜈蚣は(オゾ)ましい断末魔を上げながらばらばらになって果てた。


「うへえ、おっかないね」

「識神はこれでしまいだ。残りはおまえたちに任せるからな」

 得意げに笑みを浮かべる男。


――さてどうするかね。

 これから都に向かおうというのだ、陰陽寮より派遣された男に手のうちを明かすのはまずい。

 自身が物ノ怪であると見抜かれた上の共闘とはいえ、翼を披露することはしたくない。

 音術はともかく、風術も大気の霊力をかき回すために風水頼りの陰陽師には疎まれるだろう。


「僕が行きます。ミズメさん、見ててください!」

 洞穴内で何があったのやら、急に男らしくなったヒサギ。

 彼は近くに転がっていた大岩を持ち上げると駆け出した。


「なんという大力だ! それも気に依らずに!」

 陰陽師の余裕の表情が一瞬にして崩れ去る。


「よくも、われらの食事を逃がしたな!」

「一柱につき一日一匹。大切に食べていたというのに!」

 手負いの巨大蜈蚣たちが怒りと共に身をもたげる。

 ヒサギは蜈蚣よりも高く飛び上がり、岩を叩きつけた。

 最初に現れた妻女を名乗る蜈蚣の砕けた腹に岩が喰い込み、その胴体を分断した。

 半身を失ってもなお、のたうつ母蜈蚣。ヒサギは着地するとその巨体を掴み、もう一方の蜈蚣へと放り投げた。


「あ、あの少年は何者だ?」

 問う陰陽師の声が震える。

「あたしも分からない。今日会ったばかりだし。でも、鬼でも霊能力者でもないね」

「ううむ。日ノ本も広いな」


 ヒサギは何度も地面を揺らし、岩砕き大地を割って派手に大蜈蚣たちを打ちのめした。

 あっぱれな活躍であるが、昼間に立合いを行ったさいにあの力を発揮されていたらと思うとミズメは背筋が凍る思いがした。


「いやはや、年寄りは馬鹿にするもんじゃないね」

「年寄り? なんの話だ?」

 陰陽師が首を傾げる。


「くくく……われは聡明なる美濃の神よ。背中から飛び掛かり、がぶりと毒を注いでやろう」

 背後で何やら間抜けな声。

 ミズメは錫杖を取り出すと杖に向かって「ばーか」と言った。


「馬鹿は貴様なり!」

 飛び掛かる気配、振り返って杖で一発。蜈蚣は地面に転がり、何度か痙攣すると動かなくなった。


「ほう、金術(キンジュツ)を扱えるのか」

「金術?」

「金物に霊力を込める術だ」

「これは音術だよ。霊気を込めた音を込めてぶったのさ」

「その声を金物に込められるのなら同じことだろう。音色に気が乗せられるのならば、祓え師や陰陽師にもなれたであろうな。物ノ怪でなければ弟子に欲しいところだ」

「結構。あたしにはもう師匠がいるからね」

「師も物ノ怪か?」

「言っとくけど、物ノ怪だからって悪さはしないからな。あたしたちは共存共栄を掲げてるんだ」

「物ノ怪が共存共栄か。清濁併せ持つとは面白き娘だな。それが凶の相を示さぬことを祈ってるぞ」

 そう言うと陰陽師の男は背を向けた。

「帰るのかい?」

「もう問題無かろう。村では恥を晒してしまったし、留め置いた部下を夜のうちに連れて京へ向かう。かしらには蜈蚣は俺が単独で退治したと伝えておくが、村民たちはおまえたちで送り届けるとよい」

 立ち去ってゆく陰陽師。


「へえ、気前良いじゃん」

 陰陽師の背を見て笑うミズメ。


「ミズメさん! やっつけました! 僕にもできましたよ!」

 ヒサギが山を駆け下りてきた。

「おう、立派立派。あれだけできたら一人前どころか百人前だよ」

 蜈蚣たちはもはや粉々の肉片と化していた。

「しかし、あれだけびびってたのに随分と張り切れたじゃないか」

「それはですね……」


「あーっ! ヒサギさん! あの話は内緒でお願いします!」

 オトリが駆けて来る。


「なんだよ、何かやらしいことでもして元気づけたのか?」

 相方を睨むミズメ。

「ち、違います。むしろ私が衣の中に入られてしまって……」

 両手で顔を覆うオトリ。

「巣穴には小さな蜈蚣が沢山居て、オトリ様は衣に忍び込まれてしまったんです。いかに尊い巫女様とはいえ女性です。気持ちが悪いと腰を抜かせられて泣いてしまって、ヒサギが代わりに頑張ったのです」

 種明かしをするは盲目の童女ウタ。

「琵琶と歌謡をやって正解じゃったな。まさかヒサギも来てくれるとは思わんかったが。男を上げたのう」

 こちらも(メシイ)である老人オテントウ。その名の通り、頭は大きくつるつるで昼間であれば太陽の代わりになりそうである。

「えっと、男とか女とか、そういうのじゃなくって……」

 ヒサギは頭を掻いた。彼の顔は笑顔であった。


「ま、強い男になりたいんだろ? それなら、女の涙で奮い立てれば上等だね」

 ミズメも苦笑交じりに言う。じつのところ、また“お爺様”をだしにしてけしかける以外に手はないと考えていた。

「何はともあれ、解決して良かったです」

 相方も機嫌が良いようだ。

「それにしても、今日は負け続きだったなあ。オトリの言う通り、朝を待たなくて正解だったね。こっちでも負けだ」

 狩人を待っていれば助け出せた人数も減っていたであろう。


「違いますよ。あなたの言う“やらないよりまし”をやったんです。ヒサギさんを追ったのも、音を聞いたのもミズメさんじゃないですか。退治に来ただけなのに五人も助けられたんです。しかも、陰陽師のかたは良いかたでした。彼がまた誰かを助けるんです! 今日はミズメさんの勝ちですよ!」

 オトリはにこやかに言い、手を握ってきた。

 手首に痛みが走る。

「あいたたた!」

 思わず叫ぶミズメ。

「ごめんなさい!」

「蜈蚣を叩いたときに痛めたんだよ。もう、くたくただ」


――いやはや、今日はくたびれたよ。

 ヒサギに負け、老人に弄ばれ、蜈蚣は堅いし、腕利きの陰陽師の力にも肝を冷やした。

 しかし、済んでみれば予想よりも多くの命を助けることができた上、腹の立つほどになよなよしかった少年の性根も少しはましになった。


「……お独りで時間稼ぎ、おつかれさまでした」

 手首に温かな感触。痛みが静かに引いてゆく。

「疲労のほうは、ゆっくり温泉にでも浸かって治しましょうね」


 それにこの笑顔だ。

 「ま、嫌なことから逃げないのも悪くはないね」と笑い返すミズメであった。


*****


恒河ゴウガ……ガンジス川。恒河沙(ゴウガシャ)は単位で十の五十二乗や五十六乗を指す単位とされる。

トビズムカデ……脚や頭が鳶色をしていることが由来。漢字にすれば鳶頭百足となる。日本最大級のムカデで、個体によっては茶色どころか鮮血のような色をしている。

暗剣殺(アンケンサツ)……陰陽道において剣難に遭うとされる方角。

おわたい……お蔭様で。

きめられちまって……捕まって。

だちかまい……駄目だろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ