化かし025 蜈蚣
――そろそろ消えたかな?
ミズメはちらと片目を開けてそばの死骸を見る。消えるはずがない。
節のある胴に、節のある八十の脚と長い触覚。
地面に打ち棄てられた巨大なそれは、丸められ頭から縦に裂けていた。
こんな化け物蜈蚣は長い物ノ怪人生でもお目に掛かったことがない。
化け猪とはわけが違う。今はなんの気配も感じられないが、生前は相当の霊力や呪力をまとった存在だったに違いない。
どこかのぬしか、蠱毒の賜物か。なんにせよ、自分たちが寝ているあいだにここへやって来て、何者かに斃されたのだ。
いや、それとも昨晩の兎よろしく、始めから死んだままで投げ込まれたか。
「わん! わんわんわん!」
犬はずっと吠えている。
「おい、オトリ。起きろよ。なんかでっかいのが転がってるぞ」
ミズメは娘の腹を枕にしたまま声を掛けた。無意味であろう。犬がああなのに寝息は穏やかだ。
どう起こそうかと思案していると、娘の腹の中から朝を知らせる音が聞こえてきた。
「腹の音……。昨日はあたしより沢山食べてるくせに」
まるで雷鳴のようである。
――雷。雷か。
「……おーい、オトリ。凄い雷だぞー」
ふと思い立ち、彼女の苦手を騙ってみる。
「いまし起きます!」
効果覿面。寝穢い娘が飛び起きた。
「あっはっは! 一発で起きたな。これから、朝起こす時はこれにしよう」
「ああっ! ねっから晴れとる! ミナカミ様やろ!? 赦しておくんない!」
オトリは頭を抱えて空を見上げている。現在は雲もまばらな穏やかな天気。
「おはよう、オトリ」
「あっ、ミズメさん。……おはようございます」
巫女の娘は両手で顔を覆い指に隙間を作って、こちらをちらりと覗いた。
「早起きできたのは良しとして、ちょっとあの凄いの見てよ」
化け蜈蚣の死骸を指差す。
「すごいの? なんですか……?」
それからまた、雷神顔負けの大悲鳴が上がった。
どうやら、この魔物を剋したのはオトリでもないらしい。
怨む霊魂も陰ノ気も見当たらない以上、気色が悪いほかに特に害のないものであるが、これだけの蟲が他にも潜んでいるやも知れぬとなると安心ができない。
このような化生が人間に害をなすのはお約束というものである。
ここは一泊のために立ち寄った森とはいえ、人通りの多い路に近く、当然路に沿って人里も点在しており、脅威になるであろう。
「ミズメさんが退治したんじゃないんですか? こんなの始めて見た」
「あたしにはこんな硬い甲羅を持った奴をまっぷたつにする手立てがないよ。てっきりオトリが水術で引き裂いたものかと」
蟲の腹を検めれば、無数の人骨が出てきた。
「頭蓋骨的には二人ぶんかな? ほかに食べたものが無いから、意図して人間を襲ってる」
「呪術師の仕業かしら。でも、蠱毒にしては……」
蜈蚣といえば、蠱毒の法での定番である。
蠱毒とは、呪力を与えた蟲どもをどこかに閉じ込め、その中で殺し合わせ共食いをさせることで陰ノ気を凝縮し、その強力で禍々しい生き残りを使役して他者を害なす呪術の一種である。
蠱毒の生き残り同士を更に蠱毒にかけ、一層強力な呪いを生み出すことも可能であり、もっと外道となれば、蟲よりも知能や感情の高い生物を材料とすることもある。
だが、たかが蜈蚣とはいえ、これだけ大きく育てるには那由多の蟲と月日、それに広い場所が必要であろう。
仕度をしているあいだに、呪いたい相手は寿命を迎えてしまう。
「となれば天然か」
「明確に意志をもって人を襲ってるあたり、かなり凶悪な……物ノ怪ですね」
さすがの物ノ怪嫌いも一括りにするのを躊躇う様子。
沢に渡せば橋となりそうな怪物である。飯を食う量も多いはず。
棲みかの付近では多大な被害が出ている可能性もある。伝説のひとつふたつがあっても不思議ではない。
人々がこれを不安がっていたのなら吉報を届けねばならないし、あまり考えたくないが他にも居るのなら退治に乗り出す必要があるだろう。
「気持ち悪いなあ。これ一匹だけならいいのですが……」
「あたしもさすがに相手にしたくない」
ふたりが死骸の前でぶつぶつ言っていると、背後から驚嘆の声が上がった。
「あーっ!? “百足刀”!」
すわ、使役者か。
オトリは瞬時に霊気を練り上げ、ミズメは“どこからともなく”真巻弓を取り出しつつ振り返った。
しかしそこには、犬とじゃれ合う年増の女の姿。
「“百足”の皆も心配しとったんよ。どこほっつき歩いとったん?」
女は化粧を台無しにされながら犬へ話しかけている。
「わんちゃんの飼い主かしら?」
「むかでむかでって頭がこんがらがりそうだよ」
「あんさんらが見つけてくれはったん? あら、弓なんて持って物騒やね。ムカデガタナは猟犬やないよ? ところで立派な霊力やねえ。仏さんの衣着てはんのに、獣獲りしはるってことは、うちらの噂を聞いて仲間入りに来た人かいね……」
女は無警戒に鉄漿を見せながら近寄って来る。
それから視線を少しこちらの後方へ向けると、表情を凍り付かせて叫び声を上げた。
「化け蜈蚣や!! お助けえ!!」
女が死骸に驚き引っくり返り、犬が再び吠えたて始めた。
「なんなんだよもう!!」
ミズメはいよいよ頭を抱えた。
ふたりは迷い犬ムカデガタナの飼い主らしきこの女から話を聞いた。
彼女はこのあたりの人間ではないらしく、旅をしながら身体を売り歩いている身らしい。
そういった行為を喜楽とする性分で、仕事ついでに各地の人や野山を楽しむ暮らしを送っているのだそうだ。
とはいえ、女の独り旅など修験の行ほどに厳しい世界である。
彼女は危険を避けるために、同じく旅をしながら生計を立てるある集団に加わって行動をしているという。
その集団の名前が“百足衆”。
旅の巫女や占い師、不認可の毒消しの販売などを行う者、それから信濃の流人集落と同様に故郷を追われた者や身体に瑕疵のある者がおり、脛に傷を持つ用心棒や妖しげな術師で構成されているという。
彼らは蟲の名を頂く存在ではあるが、腕の立つ者や巫行卜占、芸ごとに長ける者を多く含み、技の披露の交換とで各地の村と交易をしながら旅を続けていた。
百足の名は、疎まれ者が集まり無数の足を揃えることから来ているという。
ちなみに犬の名は、百足の一団に近付く危機をその鼻と霊感でいち早く察知して報せてくれるために付けられたということだ。
「久し振りに都の近所へ行こう思ってね。近江で琵琶湖さんも拝みたいし、駅の関所を越えたいんやけど……」
普段は堂々と道路を歩き、国の境を越えるさいは、集めた噂や袖の下を利用して守り人や国司を抱き込んでいるらしい。
しかし、今回はこの近辺で“蜈蚣騒ぎ”があったために役人も頑なで、足止めを喰っているのだという。
「あんさんらが始末してくれたんやろ? 怪我もしとらんみたいやし、残りの蜈蚣もいてこましたってな」
残念ながら、一匹ではないらしい。こちらも残念ながら退治したのは自分たちではないと伝える。
「せやったら、陰陽師の人かいね? 都から派遣されて来たかたが、この辺の村に来てはるし」
「陰陽師なら、私たちを放っておくかしら? 文句のひとつも言いそうですけど」
「可能性はあるよ。連中は仕事と規律の人だから、頼まれた範囲外は無視することもよくある」
「目の前で困ってる人や悪い人が居てもですか?」
「本来の仕事が終わってからなら手を入れるかもしれないけど、それが済むまでは自由が効かないんだ。陰陽師はその名の通り、陰陽両方の気を扱うんだけど、陽ノ気が多すぎると自身の識神が弱くなるし、陰ノ気が多すぎればオトリも知っての通り魔に堕ちる。だからその均衡を調整するために、予定外の行動は控えるんだよ」
「そのうえに仕事がのんびりしてはるからねえ。寄り道も多いし」
女は墨で描いた眉を困らせた。
「“方違え”のせいだね。“凶の方角”を避けるために、一旦別の地を経由してから再出発するんだ。立地にこだわるのも風水で視た気の流れが理由だよ」
「なんだか面倒臭そう。私には無理」
迷子の巫女が言った。
「あたしも。その代わり、穢れずに陰ノ気も扱えるし、鬼や邪神を自身の配下にしてしまうこともできるって話だよ。陰陽寮から派遣されてるなら実力はお墨付きだし、待ってれば残りの蜈蚣も退治してくれるかもね」
「でも、遅いんでしょう? 被害が増えてしまいます」
不満気なオトリ。
「うちらが仮住まいとして集まっとるところもやられたんよ。瞽女のウタちゃんと琵琶法師のオテントウさんが跡形もなく。皆でぎょうさん泣き腫らしたわあ……」
女は寂しげに言った。
「ミズメさん」
オトリがこちらを見た。
「陰陽師と鉢合わせるのだけは避けるからね。その範疇でなら、蜈蚣でも龍でもなんでも来いだ」
笑ってみせるミズメ。相方の顔が晴れやかになる。
「退治してくれはるの? ほんなら、うちらの所に来てくだはらへん? 集落からほうぼうへ仕事に行っとるから情報にはこと欠きまへんし、一匹死んだ話もよそに伝えられますわ。それに、お互いになんや他にも役に立つことがあるかもしれへんしね」
女の顔も晴れやかになる。犬が楽し気に吠えた。
女に案内されて集落へ。
森の外れの草原に布や革で作られた天幕が立ち並ぶ。
外では水桶を鏡に化粧を整える女の姿や、楽器の演奏に合わせて舞や歌謡の訓練を行う者の姿がある。
その中には、元服前ほどの年端の童の姿もあった。
芸者だけでなく、武芸者もいるようで、少し離れたところでは身内相手に組手に精を出す連中も見える。
「すごいなあ。まるで一つの村みたい」
オトリが感心して言う。
「あの天幕も、柱の棒を引き抜けば片して運んでしまえるから、村ごと旅をしてるようなもんやね」
「私もこういうかたたちと旅をすれば良かったかも」
「……どうかな。お人好しのオトリにはつらいかも。皆、元気そうに見えても、苦労してきてるはずだよ」
「そやねえ。うちらも石を投げられたり、後ろ指差されたりは毎日やし。小さいおなごがうちと同じ仕事をしとるんも、ほんまはようないことやしね」
「そっか、そうですよね」
表情を昏くする巫女。
「そやけど、うちらは助け合って仲良うやっとるし、つらいことよりも楽しいことのほうが多いから。慣れれば極楽よ」
春売りの女は笑った。
それからふたりは集落で化け蜈蚣について聞き込みを始めた。
「わしも視たが、あれは呪術の賜物じゃねえな。蠱毒にしては陰ノ気が薄すぎる。蜈蚣であの大きさまで育てたとしたら、国を跨ぐほどの邪気を醸すはずだ」
老婆が言った。彼女のしわくちゃの手は、革の敷物に乗せられた鹿の頭蓋骨の上に乗せられている。
「蜈蚣といえば、俵藤太様かのう。三上山で蜈蚣の化け物退治をなさったおかたじゃし。今はどこでどうなさってるか知らぬが」
琴の弦の張りを見ながら老翁が言う。
「あなたたちが持って来た頭蓋骨ですが、あれはウタのものでもオテントウさんのものでもなかった。ウタは幼い童女でしたし、オテントウさんは瓢箪を引っ繰り返したような大きな頭をしてましたから。髑髏は魂が去って久しいようでしたが、一応お浄めはしてます。この地を去る前に、あの二人の骨も清めてやりたい。できれば魂の寿ぎも……」
続いてオトリと同じ衣の初老の女。
「昼間はどこかの地下の洞穴に寝てるって、でけえ熊の肝を売ってくれた、でけえお客さんが言うてたべ。でけえ熊を斃す人にもびびるもんがあるもんやのう」
こちらは毒消し売りの老婆。不気味な液体と何かの草を煎じた粉を混ぜながら語る。
「でけえのが何匹も折り重なって寝てたもんだから、正確な数は分がらんらしいべ。連中は夜になると動き出す言う話だべ」
「場所は分かりますか?」
「なんたら岩がどうとか沢がどうとか言うとったが、あれは狩人が勝手につけた名前やし、わしには分がらねえな」
「そのでっかい狩人はどこに住んでるんだ?」
「分がらん。客の素性にはこだわらん」
「残念。最有力情報だったのに」
オトリが肩を落とす。
「気を落とすことはねえ。明日の朝には煎じてやった薬を取りに来る約束だ。待っとればええ」
「いいね。無闇に探すよりはそっちのほうが早そうだ」
ミズメは欠伸交じりに言った。
「駄目ですよ! 夜に活動するっていうのに、一晩明かせば被害が増えます!」
オトリは義憤で尻をぷりぷりさせながら天幕を出て行った。
追い掛けると、彼女はすでに他の老人と会話を始めていた。
「なあ、オトリ。一つ不満があるんだけど」
会話に割り込む。
「なんですか?」
「なんでお年寄りばっかりに訊くんだよ。若い連中も居るだろ? なんか、じじばばと会話してるとやる気が無くなるんだけど」
老人嫌いのミズメである。
陰陽師を出し抜いて善行という、興をそそられる退屈しのぎで水を得た魚であったのが、今はもう日照りの田んぼの蛙となっていた。
「別に、選んで聞いてるわけじゃ……。若いかたは稽古に励んでいらっしゃるか、お仕事に出てしまっていますし」
「嫌がらせかと思った」
「そんなことありません! それにほら、お年寄りは物知りなんですから」
「明日の退治は手伝うから、どっか離れた所で昼寝してていい?」
「駄目です! できれば今すぐにでも退治したいのに!」
「それは無理でしょ。昼間は動かないし、長生きをすれば知恵をつけるのは人でも蜈蚣でも一緒。警戒を恐れてここを何度も襲うとは思えない。夜になれば襲撃を受けた地が火を焚いて報せるかもしれないし、今は闇雲に……」
「そうなってからじゃ遅いんです! あなたは先の見通しが適当過ぎます!」
「オトリが心配し過ぎなんだよ。あたし、どっか温泉に行きたいよ。しばらく入ってないしさ」
「このあたりは山から離れてますし、温泉なんてありませんよ」
「だから、夜のあいだに翼ですぃーっと行って帰ってこようって魂胆だよ」
「温泉と人の命のどちらが大事なんですか!?」
「そりゃ、人の命だけどさあー」
「蜈蚣退治が済むまでは我慢してください!」
「良いじゃん、ちょっとくらいー」
不満たらたらのミズメ。
これだけの年寄りと関わりを持ち続けたら心が老化してしまう。同じしわくちゃになるのなら、熱い湯でふやけたい。
「ミズメさんはもう少し敬老精神を磨くべきだと思います。共存共栄を掲げるのでしたら、お年寄りももっと大切になさってください」
「あたしが糞爺を嫌う理由は知ってるだろ」
「知ってます。でも……お年寄りを見るたびにそのかたのことを思い出す必要なんて、ないと思います」
「嫌な気持ちになるから避けてるんだけど」
「その場凌ぎですよ。長生きなんでしょう? これから先もずっとそうしていたら、ずっと不幸を思い出して苦しまなければいけません。克服しましょう。私もお手伝いしますから」
オトリに手を取られる。真剣な眼差し。
「蜈蚣退治はどこ行ったんだよ……」
溜め息と共に視線を逸らすミズメ。
「ここで待ちます。私がたまに霊気の感知を験しますから、ミズメさんは夜間には空から偵察を。動いてすぐに叩きましょう。それまではここで待機です。そのあいだに、少しお年寄りと関わりを持ってみましょう」
「やーだ!」
腕を振り解こうとするも、やっぱり押し付け巫女は放してくれない。
その熱意は愛に似て照れくさいほどであるが、好んで近寄るには少々毒が過ぎる。
「お年寄りにだって色々です。ミズメさんだって、私のために色々な物ノ怪のかたを紹介してくれたでしょう?」
「あれはオトリが勝手に納得しただけじゃん」
こちらも頑なである。
「ギンレイ様が見ていらっしゃるかもしれませんよ」
そう言ってオトリは空を見上げる。
「居るわけないじゃん。まあ、仙術には“千里眼ノ法”もあるから、見ようと思えば見れるんだけど。あれは揉めて、もうあたしには使ってないはずだし……」
「千里眼?」
オトリが興味を示した。
――よし、話を逸らすぞ。
「千里先まで見ることができるっていう術でね。お師匠様は月山に居ながらにして、縄張りの範囲内の全てを見通すことができるんだよ。オトリがあたしと戦ったときに助けに入れたのも、その術を使ってたからじゃないかな」
「便利な術ですね」
「でしょ? だけどさ、あたしが毎晩温泉に入るのを覗くのに使ってたんだよ!」
「まあ!」
「姑獲鳥の奴が教えてくれて発覚したんだ。それであたしが怒ってから、もうあたしには千里眼を使わないって約束したんだ」
「ふうん」
「別に一緒に入りたかったら素直にそう言えばいいのにさ」
「えっ、いっしょに!?」
オトリが頬を赤くした。
「そうだよ。別に良いじゃん」
「で、でも……ミズメさんにはその。“ついて”いらっしゃるでしょう?」
「へーきへーき。師弟なんだし。ずっと一緒だったんだから何も隠すことなんてないじゃん」
「で、でもでも……」
「でもなにさ? ははあ、オトリさん。さてはいやらしいことを考えてますね」
ミズメはにんまりと笑った。
「か、考えていません!」
真っ赤になる娘。
「そうかなあ? オトリは男嫌いだもんねえ。あたしがお師匠様に何かするなんて考えたのかなあ? 傷付くなあ。あたしはこんな身体で、すうううっごく悩んでるのになあ」
「ご、ごめんなさい」
押し付け娘が怯んだ。もう一押しで老人地獄から逃げられそうである。
「よし! 良いことを考えた!」
手を叩くミズメ。
「な、なんですか?」
「物ノ怪にも色々、年寄りにも色々、だったら男にも色々だ。あたしは物ノ怪の上に半分男で、その色々の筆頭。ここはオトリの男嫌いを治すために、一緒に温泉に入ろう!」
「け、結構です!」
両手を振って後ずさる巫女。
「大丈夫だって。濁り湯だったら下のほうは見えないんだし。上だけなら誰かさんより女らしいじゃん?」
衣の袂を引っ張ってみせるミズメ。
「か、勘弁してください……」
と、言いながらも、ちらとこちらを見た。
「遠慮しなくてもいいよ。オトリがあたしのためを想って年寄りを勧めてくれるんだ。あたしも大好きなオトリのためならひと肌もふた肌も脱ぐよ」
「だ、大好き……」
オトリは腰を抜かして地面に尻餅をついた。
――よっしゃ、これで相殺。あたしの勝ちだね。この調子で温泉の許可も……。
と、舌なめずりをした瞬間。
「ぐええ! やっぱおめえは強えなあ!」
突然、ふたりのあいだに男が転がり込んできた。
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蟲……単純に虫類をさすだけでなく、カエルやヘビなどの鳥獣以外の小さな生物を総括して呼ぶ。昔は生物学的な区別がされておらず、漢字の虫偏がそれを物語っている。蛙、蛇、蚯蚓、蝙蝠などなど。
いてこます……ぶっ飛ばす。ぶっ殺す。
瞽女……女性の盲人芸能者。
琵琶法師……盲目で袈裟を纏い、琵琶の演奏に長けた芸能者。流行はもう少し後世になるが、平家物語を歌った人物が有名。
俵藤太……本名を藤原秀郷と言い、平将門討伐の戦いに貢献した一人。鬼退治、蜈蚣退治、竜宮への来訪など様々な伝説を持つ。




