化かし022 相補
――昨日押しつけがましいって話をしたばかりなんだけどな。
苦笑い。しかし感謝。こちらはこちらで受け入れて貰えた。友情とはこういうものか。
友人を見つめて笑いの意味を変える。
オトリは星でも探しているのか、間抜けづらで空を見回している。
「……それにしても、くさいね」
折角、良い気分なのに台無しだ。石室ではにおいもましになっていたが、外に出ればまた悪臭だ。
「ミズメさんもくさいですけどね」
「あいつらに捕まったときに汚い手で触られたからな……」
なるべく早く身清めをしたい。翼のほうも手入れをしてやりたい。
だが……。
「クレハさんの村のほうで霊気のぶつかり合いを感じます。邪気ひとつに神聖な気が複数」
「悲鳴と歓声みたいなのも聞こえるね」
巫女と天狗が争いの気配を察知する。
恐らくは、湯を枯らされた修行者と、村の頭首たる更科呉羽が衝突している。
ふたりは急いで村へと引き返した。
村では死屍累々。
夥しい数の人の骸。その中に立つは禍の纐纈、血染めの紅葉。
黒、白、黒。額に牛角妖しく光らせて、穢れぬ白粉ほの美しく、都の女のあかしを笑わせて。
さすが、クレハ様。我らが姫君。異形の存在を囲むは不釣り合いな笑顔と歓声。
鬼を囲む彼らに邪気は無し。悪意は無し。怪我も無し。ただ純粋に村の危機を救ったあるじを褒め称える愛。
「始めからこうしておけば良かった」
腕を払い、こびり付いた血を振り落とす鬼女。
「酷い……皆殺しにしてしまうなんて」
震える声。
「でも、たいした連中だよ。殺されたってのに、怨みも残さず魂が去ってる」
敬虔なる信徒の御霊。彼らは心の芯より輪廻転生を信ずる者。行くべきところへ向かったのであろう。
「たいした奴と言えば、おぬしらもそうだ。村に向かったあと、立て続けに気配が消えたゆえ、殺されたものだと思っていた」
クレハがふたりを見る。
「温泉が彼らの集落に流れ込んでるのを知ってて、オトリにやらせただろ」
「風が吹けば不快なにおいはここまでやってくる。みなは連中を恐れておった。はしたなくも邪ではないことは知っておったゆえ、殺さず穏便に出て行ってもらおうと考えていた。湯が消えれば別の場所に移るかと。仮に戦えば村に被害が出たかも知れなかったのでな。だが、無意味な心配だった」
「でも、殺してしまう必要なんてなかったはずです!」
「先に手を出したのはこやつらだ。われをひと目で鬼と見破り、民もその使徒であると決めつけてな。なんにせよ、ことは上手く運んだ。礼を言うぞ、ミズメ、オトリ」
「よく言うよ。あわよくばあたしらに斃させるか、相討ちを狙ったんだろ?」
「否定はせぬ。この村のためなら、鬼にも魔王にも成れる。此度の戦いで己の力の強大さを確認できた。都には二度と春を拝ません」
「そんなことはさせません」
巫女が言った。
「力づくでなければ止まらぬぞ。オトリ、おまえであれば或いは、われを滅するに足りる力があるやもしれぬが……」
鬼があたりを見回す。
彼女を慕う村民たちがこちらを睨んだ。
「無実の連中を不幸に落とす真似など、できぬだろうな」
見抜かれたオトリは苦悶の声を漏らした。
「あたしがやる。都攻めができないように、力だけ削ぎ落してやるよ」
「ミズメさんが独りでですか? 危険過ぎます。霊力では負けてるように思えます。殺された修行僧のかたも、かなりの使い手に思えました」
「だろうね。でも、なんとかなるんじゃないかな。力比べで負けても、搦め手には自信があるよ。あたしは山の天狗の怪、そのものだからね」
ミズメは“どこからともなく”錫杖を引っ張り出した。
石突きが地に突かれ、六つの遊環が「しゃん」と音を響かせる。
「ミズメよ、おぬしが負けたら、われの軍門に下れ。その甘ったるい巫女のことなど捨ててな」
「いいよ。その代わり、あたしが勝ったら都攻めはお預けだ」
「ミズメさん!」
オトリが不満気な声を上げる。
「オトリ、あたしを信じて。あたしもあんたを信じるから。“あたしたち”は負けない」
笑顔を向けるミズメ。相方の不満は一変、微笑の頷きが返される。
「分かりました。補助は任せてください。村のかたがたが哀しまないように、生かさず殺さずでお願いします。それと一つだけ警告を」
「注意でなくて?」
「はい。血操ノ術の恐ろしいところは、他者の血を容易く操ってしまうこと。大きなの霊力の差があれば、臓物や脳髄を爆ぜさせることもできます。霊気は無闇に使ってしまわないで、守りとして身体に貯えておいてください」
「これまた厳しい条件付きだな」
慌てて霊気を練り始めるミズメ。
「では、始めようか」
クレハは帯から小刀を引き抜いて構えた。
「味方にしようとしてるのに、そんなので斬ったらまずくない?」
「われの術では手足を繋ぐ事もできる。安心して斬られろ」
「そりゃどーも!」
駆けだす両者。武器の交錯、金物と金物の衝突する不快な音があたりに響く。
鬼が表情を歪め、観衆も悲鳴を上げた。
「喧しい得物だな」
「剣も持ってるんだけどね。あんたを殺したら相方に怒られるもんで」
大振り一発。錫杖が空を切る。
鬼の跳躍。星夜に舞い散る紅葉のごとく。やいばがミズメに襲い掛かる。
飛び退き回避。石突きを繰り出すも鬼の手が容易く受け止める。
想定内、杖を返し錫の尖端を頬に打ち付ける。
鬼は女の呻きを上げて後ずさった。
「どうだい?」
「掠めただけだ。武芸の心得があるようだが、われは鬼ぞ。尋常の得物で調伏せしめるのは不可能というもの。傷をつけても、血の術にてこの通りだ」
切れた頬の傷が瞬く間に塞がる。鬼の中で蠢く陰ノ気。
「ずるいね。こっちは杖一本なのにさ」
「鬼だからな。おまえも物ノ怪なのだろう? 物ノ怪なら物ノ怪らしく、妖しの法を用いてはどうだ?」
走る小刀。素人の技は容易く捌ける。しかし鬼の胆力か血の術の力か、一撃の重さが生半可ではない。
「そうだね。武芸者相手じゃないんだ、正々堂々なんて意味がないよね」
二度三度、同じ動きで斬撃をかわすミズメ。
鬼は不敵に笑い、刀を振り抜く途中で止め、もう一方の腕で爪の一撃を繰り出してきた。
「甘いよっ!」
爪は空を切り裂く。地に伏せし行者姿。急角度の突き上げは鬼の金色の瞳を狙う。
クレハは小刀を盾にして突きを受け止めた。
「目突きとは小賢しい奴め」
「どうせ治せるんだから、両手を使ってまで防ぐことないじゃん」
「気にするな。人の身であったころの癖だ」
地を踏みしめ跳ねる八目草鞋。鋭い音と共に小刀がへし折れる。
錫杖の先が鬼の左目をえぐった。
鬼は動じず腕を薙いだ。横腹に一撃を受け、弾き飛ばされるミズメ。地面の闇と星明かりの空が激しく入れ替わった。
「ミズメさん!」
相方から心配の声が上がる。それを鬼への声援が掻き消した。
「痛てて……。鬼の腕力で殴られたらたまったもんじゃないね。刃物よりも百倍怖いよ」
「おまえも物ノ怪の力を使ったらどうだ。配下にする者の力はくらいは知っておきたい」
鬼が笑い迫り来る。
天狗たる娘は鳶色の翼を広げ、空へと舞いあがった。
「翼!? 鳥の物ノ怪だったか!」
見上げるクレハ。
「言っとくけど、降参は聞き入れないからな。都攻めができないように力を使い果たさせてやる」
「頭上を取ったからと言って……!」
急降下からの一撃。鬼の後頭部に錫杖を打ち付ける。
「あっはっは! 今のが剣だったらあんたは死んでたね。それとも、首を飛ばされても平気なのかな?」
鬼の腕の届かぬ宙より哄笑するミズメ。
「オトリ! あたしは今から“物ノ怪として”クレハを痛めつける。文句は言うなよ!」
味方への注文。
「鬼が飛べぬと思ったか!」
大跳躍で鬼が迫る。ひらり身をかわす翼の娘。すれ違いざまに一発お見舞いする。
「空はあたしの領分だ」
ミズメはそう言うと錫杖を回転させた。六つの金色が乱れ踊り、夜の村を騒音が包み込んだ。
翼広げて急降下。その姿は隼のごとし。
「早い!」
鬼は反応しきれず。ミズメは錫杖を耳へ激しく叩きつけてやった。
苦悶の声を上げてふら付く着物姿。翼の物ノ怪は躊躇せずに上昇と下降を繰り返し、鬼を打ち付け続けた。
そのたびに周囲に金属音が激しく跳ねる。
「頭を掻きまわされるようでしょ? 言っとくけど、手加減をしてるのはあんただけじゃない。音もあたしの領分さ。今の打ち付けを霊力を込めてやれば、頭が爆ぜてたからね!」
ミズメは赤目を見せて舌を出した。
「姫様! そんな奴、血の術でやっつけちまってくだせえよ!」
村民の一人が叫んだ。
「クレハ様頑張れ-!」
童女が応援する。
「殺すには惜しいと思ったが、そんな余裕はないようだな。民の期待には応えねばな」
首領は額を抑えながらも、村民たちに向かって手を振って微笑んだ。
くるり、こちらを向けば鬼の形相。
長き爪の掌がこちらに向かって翳される。
立ち込める邪気。鬼の恨みがましい気配が心の臓に忍び寄る。
――触れなくてもできるのか! 警告がなかったら今ので死んでた!
短期決戦狙うべし。再び急降下。鬼とはいえ、生者であれば身体の仕組みの多くは人と相違ない。
頭部への打撃と強烈な騒音が平衡感覚を奪っている。
加えて燕の低空飛行と隼の滑空を織り交ぜた技での翻弄。
鬼は幾度となく打ち付けられ、悲鳴と苦悶の声を上げ続けた。
「鳥の化けもんめ、くたばれ!」
「クレハ様に酷いことすんじゃねえ!」
村民たちからの非難の声が厳しい。
とはいえ、鬼を消耗させるのが目的。この手を緩めるわけにはいかない。
「ミズメさーん!」
巫女が口に両手を添えて叫ぶ。助言かとそちらを見る。
「なんだか悪者みたいですねーっ!」
要らぬ声援(?)であった。
「文句言うなって言ったろ! このまま治療で霊力を使い果たさせてやる!」
気分は悪いが、殺すわけにはいかない。空から一方的に攻め続けるミズメ。
鬼は次第に立てなくなり、その袖は出鱈目に敵を追い払おうと宙を泳ぐようになった。
傷も治しきれていないのか、白粉の顔に血のすじが見える。
「あたしが弱い者苛めしなきゃならないなんて……まったく損な役回りだね!」
苦情と共に再び急降下。
しかし、独りの女が駆けて来て、うずくまる鬼の前に両手を広げて立ち塞がった。
慌てて、身をよじり衝突を避けるミズメ。勢い余って地面に転がる。
ミズメは地に降りて気が付いた。村民たちの気配が一変している。
「わしらの姫様を守るんや!」
「物ノ怪なんてぶち殺せばいいべ!」
「村を追い出されたうえに、クレハ様まで殺されたらたまったもんじゃないよ!」
各々、斧や鋤、棒切れを持ち出してきた男衆。女子供からも石を投げられる。
明確な敵意。非難を越えて肉的な加害に変われば、それは次第に邪気をも帯びてくるであろう。
「クレハ様を御守りします!」
立ち塞がる女の瞳には覚悟と憎悪。
懐から取り出されたるは包丁。
女はふら付きながらそれを振るう。
反撃するわけにもいかず、空へ逃れるミズメ。
……女は自身の刃が届かぬと悟ると、それを自分の腹へを突き立てた。
「おいっ、何やってんだよ!?」
「なんてことを!」
ミズメとオトリは声を上げた。
「……私はこのかたに赤ん坊を取り上げて頂きました。村に住まわして頂いた上に、さらに二つ分の命を救って貰った。今さらこの血を惜しいと、どうして思えましょうか」
流れるいのち。それを見ていた村民たちから更なる怒り。
「馬鹿者が。直ぐに癒してやる」
クレハが駆け寄り、女の腹に手を添えた。
「私の血をお使いください」
女が言った。
刹那、ミズメの脇腹にも刺されたかのような痛みが走った。
クレハの配下の血に濡れた爪がこちらに向けられている。
「くそっ、血を飛ばしたのか!」
じわり衣が赤く染まる。
「われの領民を傷付けた代償は払ってもらうぞ」
鬼の角が震え始める。それは次第に怒張し、震えが鬼の全身を支配した。
周囲に渦巻く憎悪の感情が鬼女クレハの身体へと吸い寄せられていく。
「いけない、鬼が邪気を吸って強くなってる!」
警告と同時に間近に鬼の顔。痛みを感じる間も無く景色が変わる。
村を通り抜け森の中。木の一本が背を受け止めた。
「おまえたちも都の連中と同じだ。われらの怨みを捩じ伏せ、己の正義を押し通そうとするのだから!」
須臾の間に鬼が迫る。膨れ上がった筋肉。衣だけ残して元の面影はない。
――これ、背中がいってるな。
翼も背骨も傷めたか。立ち上がることすらままならぬ。
しかし、景色は再び変じた。
己を抱き込む暖かい白衣と、頬に掛かる黒髪が香る。
どうやら巫女が自身を救いだしたらしい。
「すぐに癒しますね。あれじゃ、ミズメさんでは厳しいかもしれません」
「いいよ、あたしがやる。オトリは補助に回って」
村人からの憎悪。確信されたる正義と忠義の射貫く視線はミズメでさえも胸を打たれた。慈愛の巫女には毒が過ぎる。
ミズメは水術の治療を受けると錫杖を鳴らし、鬼に位置を知らせて再び駆けた。
「ミズメさん、そっちは村ですよ! 不利になります!」
「いいから!」
ミズメは村へ向かって駆ける。
「森で戦ったほうが!」
巫女の声が後方へ遠ざかる。
鬼は戻って来ると確信していたか、それとも戦いを捨て置いたのか、先程の女の具合を気遣う仕事に戻っていた。
「戻って来たか。ここではわれは無敵だ。力の源はわれの絆より吸い上げた陰ノ気。領民が怨み憎しみに染まろうとも鬼と化さぬのは、われが邪気を吸い上げることで清めているからだ」
クレハは身体の膨れた異形の姿から、角の生えた女へと戻っていた。
しかし、そのうちに秘めたる陰ノ気は桁違いに跳ね上がっている。
――都でも同じことをやられたら、ちょっとまずいね。
ミズメは風を纏って加速し、村の中を駆けまわり、時折り錫杖を地に突き、音術で攪乱を狙った。
遠方で鬼が見当違いの方向を凝視する姿。
「邪道だけど」
“どこからともなく”取り出されたる真巻弓。狙いも雑に矢を乱射。
矢は霊気を帯びた風に導かれて、摂理を無視した軌道で鬼の手足へと突き刺さった。
「よし! 矢は抜かなきゃ治療でき……」
胸に痛み。
鬼は腕に矢を刺したままそれをこちらへ向け、手のひらを広げている。徐々に閉じられる指。
ミズメは術を行使したとはいえ、霊気を身体より大して逃したつもりはなかった。
むしろ戦いにより昂らせていたはずである。それだけクレハの力が増したということか。
心の臓が収縮する。肺から空気が追い出され、額からも冷えた汗が噴出する。
胸を抑えうずくまる。思考すらもままならない。
ふと、身体が楽になった。
死か? 否。顔を上げればたなびく緋袴。
巫女が娘の前に立ちはだかり、両手を握り合わせている。淡い光が周囲に輝き、胸に忍び込んでいた邪気は何処かへと立ち去っていた。
「た、助かった。死んだかと思ったよ」
「だから、無理だと言ったんですよ! 今のクレハさんなら、赤子の手をひねるようにミズメさんの心臓を潰せます」
「その例え、逆に気後れしそうだね」
「揚げ足を取らないで下さい! とにかく、ミズメさんの霊力では無謀です」
何かを打ち付ける音が響く。
巫女の眼前にクレハの姿。彼女は鬼の腕を振るっていたが、何やら見えない壁のようなものに当たるかのごとく弾かれ、打撃はオトリへ届いていない。
「これはなんの術?」
「結界術です」
ふたりは“伏せ椀状”の光に包まれていた。
オトリは光の壁の向こうを一瞥すると、敵を放置してこちらを向いた。
「結界術って、こう……物や肉にも効くもんだっけ?」
結界とは霊的なものや気の流れを制御する代物である。肉を持つ生物や植物、武器などの無機物の侵入を阻むことはできないはずである。
「この結界術は、ちょっと特別でして。私の里にだけ伝わる、始祖様の血の濃い者だけに扱える術なんです」
オトリは微笑んだ。
「破られたりはしないの?」
「はい、クレハさん程度の力じゃ一晩は掛かります」
「程度って。とんでもないな。でも、これじゃあたしも出られないし、解決にはならないな。せっかくだけど、外に出て戦わないと」
クレハは諦めたか、結界の前で構えたまま制止している。彼女の手にはいつの間にか血色の薙刀が握られていた。
「また心臓を狙われます」
「霊力が低ければ、だろ。ちょっと考えがある」
「なんですか?」
「オトリの霊気をあたしに分けてくれない? そしたら死なずに済むでしょ?」
「えっ、そんなこと……」
オトリは眉をひそめた。
「いいじゃん。全部とは言わないよ。先っちょだけだから。クレハだって村人から貰ってるんだからいけるでしょ」
手を合わせて拝むミズメ。
「鬼が陰ノ気を吸うのはそういう存在だからですよ。普通、霊気には相性のようなものがあるんです。霊気の受け渡しは、お互いの同意があっても、相性が悪ければ受け入れ側に強い負担が掛かってしまいます」
「へーきへーき。あたしとオトリ、相性完璧じゃん!」
「そうでしょうか……?」
疑い深い視線が返される。
「信じなよ」
「やったことがないので、やり過ぎてしまうかも。相性が合わなければ、あなたの魂は祓い潰されてしまいますよ」
「大丈夫だって。オトリは、あたしが遠い親戚かもしれないって思ったんだろ? 親戚ならいけるって」
確証なんてない。
「でもミズメさんは……」
「物ノ怪でも元は人間。翼がなければただの長生き。見てくれはあんたと同じ娘さ。信じたいほうを信じなよ!」
まったくの出任せで、単なる軽口で、天狗は巫女を乗せようとする。駄目だった時はあとで考えればいい。
それが水目桜月鳥の性分である。
「信じます。もし血を分けてなくても、私たちは友達なんだから」
ひとの娘の掌が、物ノ怪の胸へと押し付けられる。
「なんか、触りかたがいやらしいな」
「余計なことを言わないで下さい! 加減を間違えたら大変なことになりますよ!」
頬染め警告をする巫女。
「おい。おぬしら、引き籠って何を乳繰りあっている! 早く出て来たらどうだ!」
鬼もお怒りのご様子。ぐぐもった苦情が聞こえてくる。
胸へ流れ込んでくる霊気。
とても清浄で、暖かで、しかしどこか涼し気にも思える不思議な感覚。
「……少しだけです。でも、あの術を防ぐにはこれで充分」
巫女が身を離す。
「ありがとう。なんだか良い気分だよ。ま、これからまた滅多打ちにしに行かなきゃならないんだけどね」
「ごめんなさい。私だと力加減を間違えてしまいそうで、自信がないんです」
俯くオトリ。
「安心しな。この村からクレハを奪うようなことはしないし、都を攻めさせもしない。それに、あんたに“ひと”を殺させはしないさ」
ミズメはその肩を優しく叩く。
「……はい。それでは、結界を解きます!」
******
纐纈……絞り染め。




