化かし017 雪肌
山。多くの命を抱き、大地の恵みをもたらし、現世でもっとも天に近い場所。
ふもとに暮らす者はそれと神を重ねて仰ぎ見、恩恵にあずかり、同時に危険な獣や事故や災害をもたらす恐ろしい魔として畏怖する。
春は花咲き、夏は緑潤い、秋は彩り豊かに風に散る。
そして冬は雪化粧であるが……。
まだ晩秋だというのに早くも吹き荒れる吹雪が、露出した岩土を雪肌へと変じさせていた。
風吹き荒れ、雲は眼下に立ち込め、打ち付ける六花が肌を削る。
「まずいぞ、身体が冷えてきた。滑るから足元に気をつけろ」
「どうしてこんなことに……」
「オトリが高所にある薬の材料が欲しいなんて言うからだろ!」
「そうだった。でも、あんなに晴れてたのに」
「山の天気は変わりやすいんだよ。とはいえ、これは異常だ。多分、神様が一枚噛んでるね」
「神気も感じますけど、寒くてもうよく分かんない……」
ふたりは遭難していた。
ここは信濃国が戸隠山。
ミズメの棲みかである月山に匹敵する標高を持つ峻岳である。
南方へ沓を向けたはずであったふたりは、寄り道にてこれに登っていた。
これから向かう先には、もっと標高の高い山の連なる赤石山脈が待ち構えているために、戸隠山は相対的に低く感じた。
なあに雪山は慣れている。もしも天候が悪くなれば、特技を使って早々に退散すればよい。
要は山を舐めていたのである。
ふたりは毛皮も纏わぬ信者の衣姿で山地を彷徨い、薬草や山菜の話に花を咲かせているうちに、雪雲に包囲されていた。
慌てて下山を試みたが、山質が月山とは違い、岩の露出が激しく崩れやすい。
そのうえ、山の勘に優れるミズメも全て隠す白い景色に首を傾げ、いよいよ東西をも見失ってしまった。
いくら物ノ怪であろうが人の肉を持つ身、いくら稀代の祓え師であろうが十六の小娘。
ふたりは旅の行き先を紀伊国から、遥か遠い別の地へ切り替えることを考えて始めていた。
「なあ、オトリ。あそこに誰か居るように見えるんだけど」
ミズメは指を指す。荒れ狂う吹雪の中に座る人影が見えた気がした。
「そっち、崖じゃないですか? こんなところに人が居るなんて思えない……」
「このさい、幻でも物ノ怪でも鬼でもいいや。できれば火の術使う奴で頼む」
藁にも縋る思い。ふたりは人影へと近付いた。
崖っぷちに胡座を掻く一人の男の姿があった。服装からして僧侶であろうか。
「人間だ。おっさん、行をしてるのかい? ……へっくし!」
ミズメが訊ねる。
「おっさんではない。俺は二十半ばだ。声からして娘のようだが、おまえは何をしている。少々妖しい気配だが、物ノ怪ではなかろうな? いや、連れ合いは聖者だな」
僧侶は崖を向いたまま言った。彼は熱心に最多角念珠をこすっていた。
「こんなところに座ってて、寒くないんですか?」
「無論、寒い。ゆえに行になる。俺は今、己の身を苦難に晒す忍辱の行の最中だ。霊験を示せる身となり、里山伏として麓の村々に貢献するのを目指して入山した次第だ」
「へえ、立派な心掛けだね。山伏というよりは、へっくしょい! ……みたいな格好してるけど」
「かつては山城国の寺で袈裟を纏い、経を読んで過ごしていたが、書を記すことや堂を起てることばかりに躍起になる同門の連中に嫌気がさしてな。娘たちはなにゆえここへ?」
「薬草採ってたら迷った。おっさんはここまで登って……へくしょん! だろ? 降りる道……へっくしょい!」
ミズメは鼻を啜って僧侶を拝んだ。
「それだけの霊力を持ちながら草花摘みごときで命を捨てる気か。俺はこの山に籠って長いゆえ、岩々の顔すらも覚えている。教えてやりたいのは山々だが……この吹雪はこの山の山祇の怒りの気配を感じるゆえ、尋常の方法では下山ができぬやも知れぬ。山虎魚でも供えれば機嫌を直すやも知れぬが、あいにく持ち合わせがない」
「あー。やっぱり? なんかそんなへっくしょん! はしてたんだよね。へっくしょん! が……はっくしょい! あたしも、海のものなんて……へっへっ……えぶし!」
ミズメはくしゃみを連発した。
「“くさめ”が酷いな。何を言ってるか分からんぞ」
ようやく振り返った僧侶は呆れ顔だ。
「あたし、寒いの苦手でさー」
「お住いの山も雪山だったじゃないですか」
「あそこには暖かい温泉と、師匠や山神様の恩寵があったからね。おっさん、下山が難しいなら温泉……へくしょん!」
ひときわ大きなくしゃみ。
「ミズメさん。くしゃみをするときは話し相手とは違うほうを向くか、手で口を覆わなきゃいけませんよ!」
「……無論、湯の湧き出る箇所もいくつか知っているが、少し離れている。ここの山祇は気難しい女神でな。恐らく、気に入らぬ者からは隠してしまうだろう」
「山女神様が荒魂を顕されるようなできごとがあったのかしら」
オトリが首を傾げた。
「さて、どうであろうな。俺はこの山の女神と通じておるが、今はどうも臍を曲げておるようで口を開いて貰えぬ。こういうときは大抵は悋気だ。自身よりも力の強い存在や、若い娘、物ノ怪などが侵入するとこういった天気になるのだ。例えば、おぬしらのような者とかな」
僧侶は「見事な霊力だ」と付け加えると再び崖のほうを向いた。
「……」
ミズメは横を見た。オトリがこちらを見ていた。
「私のせいじゃないです! 水術師なんて、雪山じゃ水が動きを止めてしまって無力なんですから!」
「あたしのせいだって言うのか? そりゃあたしは……へっくしょん! だけどさ」
「顔に掛かった……へっくち!」
吹雪を掻き分け別の飛沫が飛んでくる。
「おい、ばっちいな!」
「ミズメさんのくしゃみがうつったんですよ。それに、私の身体からでる水気って、清いんで平気ですよ。ほら、私の清らかな鼻汁ですよ……へっくち!」
「おい! 気分が悪くちゃ心が穢れるよ。へっへっ……」
お返しとばかりに息を吸い込み、連れ合いへ顔を近付けるミズメ。もちろんわざとである。
……が、オトリの手のひらがミズメの鼻と口を塞いだ。
「えぶちっ!」
「わあ! 手に鼻汁が!」
「へへへ、ざまあみろ」
騒ぐふたり。
「……おぬしら。これを持て」
僧侶が懐から火の点いていない松明を取り出して差し出してきた。
「“火”!」
僧侶が何ごとか叫ぶ。すると、火打石も種火も無しに炎が燈った。
「お! 真言の火術じゃん! おっさん、やるねえ!」
「俺は火渡りの行をすでに済ませているからな。山祇の信も得ているゆえ、この火の加護があれば吹雪も多少はましになるであろう」
「ありがとうございます」
オトリが松明を受け取り礼を言う。
すると、吹雪がいっそう激しくなった。
「……いかん。やはり嫉妬だったらしい。この火を携えても下山は無理であろう。ここより、あちらの方角に進むと俺が“鼻高岩”と呼んでいる岩がある。鼻先は真北を指している。そこから更に南西に下れ。途中、蟻の門渡りと呼ばれる難所がある。そこを抜けて下った先に、ここと似た切り立った崖があり、その先は本来なら紅葉の広がる緑地である。さらに下れば鏡池という湖にでる。その付近には人里もあるが、少々人嫌いの連中が暮らす」
僧侶が指をさす。
「人嫌いね。ここの女神よりはましそうだけど」
飛び交う雪の粒が大きくなった。
「その者たちの話はさておき、山祇がおまえたちを妨害するはずであるから、今は恐らく辿り着けん。神の目を避けて一晩明かすのが得策だろう。今教えた鏡池を望む崖の腹には洞窟がある。住みよい場所ではないと思うが、俺のねぐらまでは火は持たぬからな。そこに避難するがよい」
「ありがとう。そうだ、おっさん。下山したら里山伏になるって言ってたけど、弟子を取る予定はある?」
「弟子か。霊験を身につけるのは己次第だが、志を同じくする者を教えるのも悪くはないな。おぬしも山伏であろう? 女が山女神に気に入られるのは難しいが、俺でも火渡りくらいなら教えられるぞ」
「やだよ。熱いし火傷しちゃうじゃん」
「いや、だから鍛錬になり、炎の加護が得られるのだが……」
「あたしじゃなくって、この近隣の村に山伏になりたがってる童男がいるからさ。酒の美味い村だ。もし逢ったら、道を示してあげてよ」
「覚えておこう。さあ、いつまでも話していると今度は俺が女神に叱りを受けてしまう。お叱りも忍辱のうちではあるが、山の神に見放されれば山伏は終わりだ」
そう言うと僧侶は再び念珠を擦り始めた。
ふたりが礼を言いその場を離れると、背後で大きな“くさめ”が聞こえた。
ミズメたちは僧侶の導きに従って歩いた。すると、百歩も数えぬうちに上部が横へ大きく突き出た岩が見つかり、その鼻先から南西に行くと崖。
教わった通りに崖の腹には吹雪を凌げそうな洞穴があった。
洞窟は小屋一つぶんほどの広さ。上手く雪風が吹き込まないようにはなってはいたが、それでも岩肌は凍ったようになっている。
ふたりは炎が消えてしまわないように、なんとか薪になる物がないかとあたりを見たが、土と石ばかり。
仕方なしにミズメが“どこからともなく”矢の材料を数本取り出して、その箆を燃料にした。
しかし、一向に洞穴内は暖まらず。耳を劈くくしゃみの連打が響き続ける。
「ねえ、オトリ。ちょっとこっちに来て」
小さな火一つではさすがに耐えかねて、もうひとつの熱源へ手招きをする。
「嫌です。ミズメさんが男でもあること、忘れてませんからね」
巫女は尻をずって離れた。
「ちぇっ。意地張って凍えても損だぞ。あのおっさんも、もっと大きな火をくれれば良かったのに」
「贅沢を言ってはいけません。あのかたが火術の才があったのに感謝しないと」
「修験の行を行ってたみたいだから、才があるかどうかは別かな。山伏ってのは山の中で“たましいを生まれ変わらせる”もんなんだよ。だから、行をこなせば誰でも火の術が扱える。もっとも、行自体が厳し過ぎるけど」
「ふうん。うちの流派では“術はたましいより肉を介し自然に頼むもの”なんて言います」
「オトリは火術は使えないのかよ?」
「“結ノ炎”が使えたら、とっくのとうにやってます。本当は入り口も塞いでしまいたいのですけど、水気も地面の土も返事を返してくれなくって」
「結ノ炎? 雅な名前だね」
「うちの流派での火術の呼び名です。霊気や空気の精霊そのものを燃やして、無から炎を創り出すような便利な術なんですけど、うちの里には使い手が多くなくって。多分、日ノ本全体でみれば、憑ルベノ水のほうが少数派ですけど」
「水術師は少ないの?」
「はい。うちのミナカミ様がおっしゃるには、この千年のうちに水が随分と汚れてしまったらしくて、ただでさえ神様が減ってるのに各地の水神様たちは更に力を減らして、その恩恵に与る水術の才を持つ者も珍しくなってしまったようで。でも、うちは立派な水の神様を祀ってますし、祖も水術師だったので才のある者は多いんです。だから、修行として水分の旅を行ったり、各地の水分神社を護る者に欠員が出たら巫覡を派遣をしたりしてるんですよ」
「へえ、大切な役目を持った里なんだな」
「でも、戒律が厳しくって、無闇に術を晒せないんです。私たちの術は霊魂に才能が直結するので、盗用の恐れはないはずなんですけど、便利過ぎる力は神様への信仰を弱くするからって」
オトリはくしゃみをした。
「あたしも翼は人前に出さないようにしてるけど、幻術は特に隠してないな」
「悪戯はよくありませんが……今は仏様の勢力が強いのでましでしょうね。昔は、幻術は狐狸か物ノ怪が使って、人間では陰ノ気を操る呪術師にしか使い手がいませんでしたから、嫌われていたんですよね」
仏も信者に道を示す際に幻を用いる。実際に極楽浄土や地獄に魂を連れることもあるそうだが、大抵はその幻を見せるに留めるという。
信者のほうが仏の威光を借りるさいも幻術頼りとなる場合が多い。仏たちも暇ではないし、そこへ至る道もまた遠い。
真の仏に出会うには、誰かに見せられるのではなく、自身で運命を開かねばならぬと言われている。
「幻術にも何か名前があるの?」
「幻や催眠を司る術は“月讀ム心”と呼ばれてます」
「月讀ム心……」
何となく上を見上げる。ここは洞穴の中。外も吹雪である。
「一瞬のうちに、幾度もの月の満ち欠けを体験させることもできることから付けられた名前です」
「そんな強力な幻術を受けたら、廃人になっちゃうよ。そこまでするのは震旦の仙狐くらいのもんだね」
「だから嫌われてるんですよ。獣の物ノ怪には加減を知らない者が多いですから」
「人前だったら風術のほうが嫌われてるから、そっちのほうを控えるかな」
「風術がですか? うちでは科戸ノ風と呼ばれていますが、特に嫌われたりはしていませんね」
「都では特に駄目だね。なんせ、陰陽師の連中が嫌がるから。あいつらは霊気の配置とかも気にするんだよね、だからそれを掻き乱す風を嫌がるんだ。才がなくても季節と立地でおおよその風が読めるけど、術なら好き勝手に吹かせられるからね」
「確かに。風は一瞬で気配やにおいを遠くに運んでしまいますね。そういえば、ミズメさんって音術も使えますよね。うちでは日誘ノ音って呼ばれていて、里の血縁者以外には珍しい術なんです。だから、もしかしたら遠くで血が繋がってるかなーって」
「前も言ってたね。太陽を呼ぶなら、空に向かって“やっほー”ってすれば、晴れたりしないかな?」
口に手を添えてみせるミズメ。
「ここではしないで下さいね。うるさいので」
「うるさいどころか、雪崩が起こるから危険過ぎるよ。まあ、音術なんて悪戯や偸み聞きくらいにしか使わないけど」
「鍛錬すれば弓の音で占ったり、音に破魔の力を宿してお祓いをしたりもできますよ」
「そういうのは陰陽師の得意分野だな。連中がよくやってる」
「そうなんですか!? じゃあ、陰陽師のかたにも遠い親戚がいらっしゃるかも!」
オトリは目を輝かせた……が、またくしゃみをした。顔色も悪い。
「音術くらいで親戚なら、狸とも親戚になっちゃうよ! それに、陰陽師と仲良くなろうなんて考えるなよ。あいつらはオトリの神様よりも規律にうるさいからな。連中の縄張りで他流派の技なんて使ってみろ、陰陽寮に通報されるか、その場で捕縛されるよ」
「善行をしててもですか?」
「そうだよ。正式の許可証が無けりゃね。もっとも、あんまりうるさいせいで、かえって野良の術師を利用する人もいるけど。金を持ってない貧乏人はそっちだね。都にも、夙の出身の闇陰陽師が居て、官人陰陽師と睨み合ってるって聞くね」
「同じ人助けが目的なのに……。人と物ノ怪、鬼でも分かり合えたのに。人間同士でどうして争わなきゃいけないのかな……」
寒げな表情をみせる巫女。
今日の僧侶には奉仕の志があったが、山へ籠る多くの行者は自身の成仏のために悟りを目指す。
陰陽師は雇われ、呪術を行使し、まじなわれた者もまた術師を雇い仕返しをする。
仏の道を行く者も、大きな流派同士で睨み合いが絶えない。
かつて鎮護国家を唱えた空海や、それと袂を分かった最澄たちは偉大であったが、それに続く僧の多くが“彼らの偉業”に目を眩ませた。
先程の僧侶が嘆いていたように、本来仏に至るための“道のひとつ”とすべき、書を著することや、寺を構えることそれ自体を“目的”と定める者が多い。
けだし、他者へ施すのも成仏のための行とすれば、真に不幸者を救う慈愛には程遠い。
答えはいずこか。昨今流行の宗派では来世の幸や極楽浄土を目指すというが、解釈不足が無闇に今世に見切りをつけてしまう風潮をも作り出していた。
「本来なら浄土の教えは“いかに死ぬか”を問い、真言は“いかに生きるか”を問う教えなんだけどね。それを忘れた僧侶や信者も多いんだ。だから、お師匠様が実際にやれてる“共存共栄”は偉大なことだと思うんだよ」
「私たち巫覡の多くも、自分たちの神様に仕えることや、村を護ることで精一杯なんです。仏を目指すかたがただってそうなんでしょうね。私、旅になんて出ないで、何も知らないままでいたかった」
巫女頭の候補とはいえ、齢十六の小娘。
「もっと、沢山の人の役に立てると思ってたのにな……」
その瞳に涙凍らせて。
「あたしと組んでからは、ましになったでしょ?」
笑いかけるミズメ。返されたのは微笑み。
「ほれ、共存共栄しようよ」
ミズメは腕を広げた。
少し躊躇したようであったが、オトリは身震いをしたのちに腰を上げ、腕の中へと納まってくれた。
「変なことしたら祓いますからね」
「しないよ。あたしは女の気のほうが強いし……人間じゃなくて物ノ怪だよ」
そう言うとミズメは翼を引き出して閉じ、寄り添う娘と共に自身の身体を覆った。
「あったかい……」
呟くオトリ。翼が彼女の雪のごとき肌に触れる。それは冬の流水の冷たさであった。
――なんか、ちょっと照れくさいな。
互いの体温と呼吸が触れ合う。距離が近くなったせいか、ふたりは自然と言葉を発さなくなった。
外に見える乱れ雪いっそう激しく、洞穴に忍び込む風は魔物と紛う唸りを上げる。
遠雷か風の悪戯か、霹靂を不得手とする娘の顔がこちらの胸のあいだへ逃げ込んで来た。
――赤ん坊じゃないんだからさ。自分では変なことするなって言っておきながら。
ミズメは人であったころ、“そういった行為”を強いられた経験はあったが、特に色好みというわけではない。
かといって、刹那的に楽しむ姦淫を否定しているわけでもない。師に禁じられてるゆえに過ぎない。
人ならざる者ゆえに、不用意に胤を撒くのは不幸の連鎖を作る。自身もそれを身をもって知っている。
それでも、月の満ちる時期になると、ときおり強い衝動に襲われることがあった。
――ま、新月が近くて良かったね。
怯える小娘を翼に抱いて、溜め息ひとつ。
月も太陽もない世界。荒ぶる神威も届かぬ洞にて、未熟なふたりは長い夜を明かした。
*****
最多角念珠……行者の用いる数珠。連なるのは丸い珠ではなく、そろばんの珠のような形状のもの。これは煩悩を剋するために不動明王の剣を模してのこと。
山祇……山の神。とくに、天の国に属する神ではなく、地上の国に属する国津神を指して言う。
山虎魚……山の女神が好む貝や魚を指す。特に長い形状の貝を好むという。山村や猟師にはこれらを供えたり、お守りとして身につける風習がある。
山城国……京都南部、近畿の中央辺りにあった国。平安京が置かれていた。
火渡り……山伏の行のひとつ。その名のとおり、燃えさかる炎の上を経を唱えながら裸足で突破する激しい行。
夙……中世から近世にかけての近畿地方にいた賤民のひとつ。
空海……弘法大師で知られる真言宗の開祖。
最澄……こちらは伝教大師で知られる天台宗の開祖。
霹靂……かみなり。