化かし124 金玉
「ツクヨミ様!!」
オトリが水の槍を投げつけ神を穿つ。
神は回避も抵抗も、再生もしなかった。
「全て壊してしまったら、混乱も何もないでしょうに!」
「今の世はゆがんでおるのだ。人の識が広がれは広がるほど、そのひずみは大きくなる。対して空とは無だ。無は調和の極み。そこより始まるのは純然たる混沌。泯びの先に真円たる月の表裏が見ゆる。人が世を儚むのを見るうちに、私はそれに気付いたのだ」
――……。
世界の破滅を求む心。ミズメは彼と一体になっていた時に、それに何度か触れていた。
「哀しいひと……」
オトリは術を繰るのをやめた。
「どうした? 殺さぬのか?」
問うツクヨミ。
「できれば、私もあなたを殺したくありません。それにもう、祈りも捧げ終わってしまったのでしょう?」
「その通りだ。星の欠片はすでに私の手を離れた。今の祈りも、ほんの仕上げに過ぎぬ。これは駄神の力ではなく、私自身の力だ。私は何十年も前からこの計画を練り、彼方より星を導き続けていたのだ。泯びはもとより予定されていたもの。器も最後の力を集めるための媒介に過ぎず、そなたらとの遊びも、母を喜ばせるための添え物だ」
神がそう言うと、にわかに空が暗くなった。見上げれば、赤い筋を浮かべた心臓のようなものが、太陽を遮っていた。
巨大な何か。宇宙の果てよりの来訪者。
「葦原中國は……この“星”の全ては終わる。それでも神の國は残る。混乱は母を破滅の地上へ招き、地上が泯びれば父も現れざるを得ないであろう。今一度、國創りを行い、父母を結び直し、生きとし生けるものたちを改めて産み、本来の信仰を取り戻すのだ」
「なんとか、星をお帰し願えませんか? 今を生きている人や動物が死ねば、神様だって死んでしまいます」
「もはやそれほどの力は残っておらぬ。神の消ゆるのは国津だけだ。国津も人や獣が生まれればいずれまた生ずる。生けるものにしても、今の世では浄土や来世を信ずるのであろう?」
「こんなことをして、高天國だって誰しもが黙っているわけじゃないでしょうに!」
「高天には母の意思を汲む者と父の意思を汲む者がいるが、両者ともその願いの果ては父母の再びの契りだ。黄泉神もまた然り。もう、此度の人の世は終わりにしよう」
「そんな勝手な!」
「勝手も何も、私たちは神だ。そうでなくとも、人は自ら泯びに向かっている。還ろうぞ。何も知らずに獣を追い、月と太陽を見上げる日々へ」
これまでの優雅さや、裏側の気性はいずこへ。ツクヨミは終始、虚脱した様子であった。
「あなたにも世の中を憂いる気持ちがあるのなら、壊さずに良くする方法を考えましょうよ! 皆が力を併せればどうにかできるはずです! 今からでも遅くありません! イザナギ様やイザナミ様だって、自分たちが生んだ世界が死ぬのなんて、絶対に望んでいません!」
オトリが説得するも、神は応じず、恋焦がれる歌詠みびとのごとくに空を見上げ、溜め息をついた。
「気に入らないからって全部壊してしまうなんて、絶対におかしい! ミズメさんもなんとか言ってやってください!」
相方がこちらを見る。かんかんに怒って顔が真っ赤だ。
「うーん……あたしはちょっと分かるよ。面倒なこと全部うっちゃらかして、やり直したいって思うこと、あるもん」
ミズメはツクヨミへ笑い掛けた。相方は「もう!」と声を上げた。
「しかし、いざ泯びるとなると、うらがなしい思いになるな……。母のためと思ったのに、母は見に来てくれなんだ。家族の絆など、煩わしいものだな……」
月神は呟く。
「えーっ!? 自分でやっておきながら、今更そんなこと言うんですか!? だったら戻してくださいよ!」
オトリが声を上げる。
「神気は出し切った。いと虚しきものよ……」
「あっはっは、出すもん出したら虚しくなるよね」
半陰陽の物ノ怪は笑う。
「もうっ! 笑ってないであんな星、ぶっ飛ばしちゃってくださいよ!」
「あっはっは、無理無理」
無理である。
「そこをなんとか~!」
相方に掴まれ揺さぶられる。
ミズメは渋々にいくつかの術や神威を験すが、落ち来る星に変化はない。
そもそも攻撃が届いたかどうかも不明である。
「はー、諦めよっか。あたしじゃ無理だ。これはあたしの役目じゃないよ」
「本気で言ってるんですか? 神様の力だって偸んでおきながら! 私は絶対に諦めませんよ!」
オトリは巨大な光の水球を作り出すとそれを天空へと送った。これもまた無駄であろう。
「誰しも世をはかなみ、ものの憐れを想い、こころの底のどこかで終わりを願っているのだ。泯びは私だけの願いではない。生けるもの、死せるもの、神々、全ての総意だ。さもなくば、己だけ生き延びようと考える愚物が残るのみ。見よ、滑稽ではないか、泯びを前にして未だに争う者どもを」
月鏡の中では、人間と黄泉の使者が殺し合いを続けている。
いつの間にか人間側が劣勢。陰ノ気は陰ノ気を呼ぶ。小さな負傷や敗北が連鎖し、次第に死や恐怖を広げていっていた。
「……」
オトリはそれを見止めると霊気を練るのをやめ、こちらを見た。
「あたしは、生きたいから戦ってるんだと思うよ。人も獣も、鬼や醜女だって」
ミズメはツクヨミの月鏡を真似て、もう一枚の月を作り出した。
そちらに映るのは昏い空。
――まだ来ないか。
ミズメは結末を知っている。彼女の見た夢では、たとえ黄泉路が開こうとも星が落ちようとも、難事解決の大団円であった。
見え切らぬ部分や結末の先は空白であったが、己の役目はその夢の断片を繋ぎ合わせることだと感じている。
月山の襲撃、師の逝去、ツクヨミの憑依。オトリによる自身の救出。
ここまでは予知の通り。二つ目の星の撃破は不確定。
そして最期に訪れるは、己の死。
――ま、なんとかなるっしょ。
霊感による確信を前にしてすらの楽観。
世の流れ、運命などは蹴飛ばして、ただ己らしく。
「これが“お約束”って奴だからね」
ミズメは鏡を見て笑った。
「……あれ? 何か映ってますよ。これは……空を飛ぶ船?」
オトリは月鏡を覗き込んで首を傾げる。
「ミズメさん! “天鳥船”ですよこれ! 神様が助けに来てくれたんだ!」
鏡の中に映るのは、宙をゆったりと駆ける巨大な船であった。
「“鳥之石楠船神”か? いや、気配が違う」
ツクヨミも見るが否定する。
「やっと来たね。これでようやく天狗様の出番ってわけだ」
ミズメは“どこからともなく”羽誂えの団扇を取り出した。
「なんですか、さっきからひとりでぶつぶつ言っちゃって。もうすぐ星が落っこちて来ちゃうんですよ? 下の争いだって、どうするんですか?」
と言いつつも相方は昏い貌をしていない。
「なぜそなたらが絶望しないのかが分からぬ。あの星は、人はおろか神ですら止められぬ代物であるぞ」
「私、分かっちゃいました。ミズメさんには考えがあるんですよ。きっと、夢で何かを見ていたんです。それで、全部なんとかしてくれるんです。彼女は真人なんて呼ばれたりもするんですよ!」
オトリは自慢げに言った。
「私も確かに真人と呼んだことはあるが……それは人の世迷言であろう。そなたが星を止め、世の無常を打ち破る救世主だと?」
ツクヨミが問う。
「まさか、救世主なんてがらじゃないよ。あたしは“ほんのちょび~っとだけ褒められるくらい”がちょうどいいのさ。やるのは“みんな”だよ」
ミズメは団扇で月鏡を指した。
すると、天鳥舟らしきものが唐突に妖しい煙を吐き出し、“茶色くて毛の生えたぐにゃぐにゃとしたひだ”へと変じた。
「えっ、何あれ気持ち悪い!」
オトリが身を引く。
「あれは、“きんたま”だ!」
ミズメは意気揚々と答える。
「「は?」」
オトリとツクヨミが固まった。
巨大な船のかたちをとっていた“きんたま”とやらは見る見るうちに縮んでいった。
そして、その蔭からは無数の鬼や物ノ怪が次々と姿を現し始めた。
「矢張り、妖しの者どもか。禍にいざなわれ、この地に更なる混沌を招きに来たな」
笑みか落胆か、ツクヨミは目を細めた。
「余計にややこしくなっちゃったじゃないですか!」
オトリも声を上げる。
「ややこしくなんかないさ。ここからが面白いのさ」
『聞こえるか人間ども!!!』
唐突に響くでっかい濁声。声のぬしは、地に降りゆく物ノ怪の群れに混じって宙に浮く、ひときわ巨大な大狸であった。
『我こそは佐渡国が狸の長にしてこの物ノ怪どもの総大将、二ツ岩団三郎!!! 我が“きんたましいの兄弟”屋島八十郎の求めを受け、義によって馳せ参じた。同志と共に、黄泉より日ノ本を護る戦いに助太刀いたす!!!』
「ありがとーーっ!! ヤソロウにも礼を言っておいて!!」
ミズメも音術でダンザブロウへ呼び掛ける。
『そなたがかの有名な“天狗”か。そなたたちの唱える共存共栄に我がきんたまの片方を賭けてやる。さあゆくぞ!!! 人間どもにおくれを取るなよ!!!』
狸が怒号の音頭を取れば、上がる鬨の声。
月の鏡が映し出すは、狐に狸、大蛇や巨鳥の化生のたぐいに様々な色の霊魂。
それから胡散臭い術師や角の生えた鬼どもである。
『おいおめえら、ミズメにばっかええかっこさせんぞ! 大江山の“いちがいこき”の根性見せてやれ!』
稜威なるものの群れには見知った顔もあり。
『なんじゃあ、鬼? 貴様もミズメの知り合いか』
何やら山伏らしき男が酒呑ノ鬼に言った。
『そうじゃ、わしらはミズメの“だち”じゃ!』
『俺様だって聖女オトリ様の弟子じゃ。俺様の神様に言われて手助けに来てやったんじゃ、鬼は引っ込んでろ!』
『なんじゃい、人間の山伏め! それだったら勝負じゃい! どっちが多く醜女を退治できるか競争じゃ!』
『よかろう! 俺様の鎖捌きを見て腰を抜かすなよ!』
「むむ、なんだか知らない人が私の弟子を名乗ってシュテン様と仲良くなってる……」
オトリが唸った。
「いやいや、あの山伏は“伝鉄坊”だよ」
「誰でしたっけ?」
オトリは首を傾げる。
「まあ、そんな人のことはおいて。黄泉の侵攻が喰い止められても、あっちはどうするんですか?」
空を指差す。
「それも“みんな”にやって貰うのさ」
「でも、どうやって? 黄泉の鬼たちと戦い始めちゃってますけど」
「あたしは天狗だよ。天狗ってのはひとを化かしてなんぼさ」
ミズメはそう言うと、両手を添えて地上へと呼び掛ける。
「おーーい! ダンザブロウ! ちょっとこっちを手伝ってーーっ!!」
巨大な狸が余った玉袋の皮をはためかせ、宙を駆けてこちらへとやってくる。
「よう天狗。そこにおるのが月の神さんかい。おいに大将同士でやれってか? 醜女はともかく、月神様は……」
その体躯はまるで屋敷のごとし、だが月を見上げる獣の性か、先程に音頭を取った時と比べて、その態度もきんたまも少し小さくなっていた。
「違う違う。むしろ誰も退治しちゃ駄目だ」
「どういうこった? ヤソロウがツクヨミだのイザナミだの言うとったが」
「ツクヨミさんはもう気が済んでるから問題ないよ。どっちの神様も無理に斃せばあとで何が起こるか分からない。共存共栄ってことでさ、ここはひとつ頼むよ」
「気が済んだあ? 問題大ありだ! 連中は月神が悪もんだと思っとるぞ! 今更……改心したからって唾を飲んだり……できやせんじゃろ」
ダンザブロウは声を荒げ、それから空に佇むツクヨミを見て語尾を小さくした。
「そこはそれ、鬱憤は全部“あれ”にぶつけようよ」
ミズメは空の赤き星を指す。
「あのでかいの、月が太陽を喰いでもしたかと思うたが、よう見ると……落ちて来とるんか!?」
「そういうこと。あれを壊さなきゃ日ノ本はおしまいだ」
「何を手伝えばええんだ? おまえたちの力でも壊せんかったんだろ?」
「だからみんなでやるのさ。人も獣も物ノ怪も鬼も集めてね。あんた、総大将なんでしょ? 声掛け頼むよ」
「ええが……月の神さんは悪もんのままじゃろ」
狸の総大将はツクヨミを見て、それから赤い空の星を見上げて身震いをした。
「しっかりしなよ大将、きんたまついてんだろ?」
「なんじゃい、女に言われとうないわ」
「きんたまならあたしにもついてるよ」
「嘘こけ!」
「ちょいと触ってみなって」
腰に手を当てるミズメ。
狸はおそるおそるという様子で前足を伸ばし、触れた。
「おまえ……」
大きな瞳がじっとこちらを見る。
「あたしたちは物ノ怪さ。天狗と化け狸でしょ?」
ミズメはダンザブロウに笑い掛けた。
すると化け狸は丸めていた身体を大きくし、
「そうじゃったな。いっちょ全員、騙くらかしてみるとするか!」
“きんたま”を堂々と見せて笑った。
「おおおうい!!! 戦うのをやめい!!! これから我が盟友の天狗より大事な話がある!!!」
ダンザブロウが叫ぶ。
一部では動きが止まったようだが、いまだに戦乱は続く。
音術全開。ミズメは広く遠くへ呼び掛ける。
「ごめーんみんな。ちょっと勘違いがあってさーっ。ツクヨミは世の中を混乱に陥れるために動き回っていたんじゃないんだ! あの星が落ちて来るのを予見して、力を集めてたんだよ! 黄泉の鬼たちもそれで呼ばれたんだ! みんなで力を合わせてあの星を壊すんだよ!」
とんだ妄言である。
「そなた、何を……」
ツクヨミがこちらを見た。
『なんだ今更! 一発殴らせろ!』
『うちの神さんが消えたのはツクヨミのせいだって聞いたぞーっ!』
抗議する術師たち。
『わしのだちがそうだって言うならそうなんじゃ。おい人間ども、鬼より物分かりが悪くてどうするんじゃ』
賛同者の声もあり。
『大将はそいつに騙されてるんじゃないか?』
『そうだそうだ。天狗とやらだって、ひとを騙すって聞いたぞ』
化かし得意な連中はかなり疑っているようだ。
「喧しいぞおめえら!!! 大将のおいが言うんだから間違いねえ!!!」
ダンザブロウが狐狸どもに怒鳴る。
『見損なったよ大将! きんたまもついてない奴にさ!』
一匹の雌狸が言った。
――きんたま、か。
「あたしにもきんたまがついてるんだぞ! 大将の保証付きだ!」
ミズメは世界に向かって叫んだ。
『嘘つけーーっ! おまえは羽根が生えただけの人間の女だろーーっ!』
「嘘じゃないやい! なんなら見せてやろうか!」
ミズメは脚絆の紐に手を掛けた……が掴まれる。
「流石にそれはやめてください」
オトリは心配そうな顔をしている。
『てめーのきんたまなんてどーでもいいんだよ!』
『男女めーっ! 気持ち悪いぞ!』
『そうだよ! 誰だって男か女かって決まってるんだ!』
返されるのは罵詈雑言。
言い出したのは自分だが、空の大きな“たま”を前にこんな話をするのはなんとも滑稽である。
ミズメはかえって面白く思った。
「ミズメさん、いいんですか、こんな大勢の前で言っちゃって……」
「ま、いいさ。あたしはあたしだからね」
笑ってみせる。嘘はない。
「ふうん……私たちだけの秘密だったのになあ」
と言いつつも相方も含み笑いであった。
しかし、音術は地上の抗議を拾い続けている。
「嘘じゃねえ、ミズメにもちゃんと“きんたま”がくっついとる!」
ダンザブロウは前足を胸に当てて怒鳴った。
「大体なんじゃ、たまがあるだのないだの、でかいだの小さいだの。身内にも玉無しはいくらでもおるだろが! それに……誰にだって、ここに“たま”があるだろうが!!!」
流石は総大将か。ダンザブロウの啖呵を聞いた狸どもは感嘆の声を上げ、称賛し、単純にも泣き出す者まで現れた。
それは狸から狐へ、狐から他の獣へ、鳥獣から蟲や鬼、霊魂のたぐいへと伝播してゆく。
「な、なんとかなった……。佐渡の連中を束ねるのもひと苦労だってのに、久々にえらい騙しをしたぞ」
額の汗を拭うダンザブロウ。
「でも、今の言葉は嘘じゃないですよね」
オトリが訊ねると、大将は「まあな」と言った。
『月讀命様! 我らは母から何も聞かされておりませぬぞ!』
『母は泣いておりました。一体どういうことでしょうか?』
今度は醜女たちが問う。一部は攻撃の手を止めているようだ。
「聞いての通りだ。母が涙しておられたのは、イザナミ様と共に生んだこの地が消えてしまうゆえにだ。地上を夜に食すのはそなたらの役目であり、部外者の星屑では無かろう?」
……と言ったのはミズメである。音術でツクヨミの声を真似てやった。
当の御神はいつの間にやら悪戯巫女によって口を塞がれている。
いよいよ地上が静かになった。
それから天へ放たれ始めるは罵声にあらず。術や真言、法力に矢や槍の得物の数々。
火やら水やら土やら岩やら何やら、霊気のかたまり空気の震えが星へと向かう。
「すごいなあ……。まったく、こんなおおごとなのにひとにやらせようなんて、ミズメさんはとんだ不精者ですね」
相方が苦笑する。
「誰だって生きたいだろうしね。だけど、しっかり生きなきゃいけないなんて決まりもないでしょ?」
「それじゃ、私もてきとーにやってみようかな」
再び水術で水球を編むオトリ。
「しかし総掛かりとはいえ、本当にどうにかなるもんか?」
ダンザブロウは星に向かって身構え、全身の毛を逆立てた。
鼻先に集まる霊気。巨大なきんぴかの霊気の玉ができあがる。
それから彼がひと啼きすると、巨大な玉は硬い空気の壁を残して星へと飛び立っていった。
「山をも削るおいの声玉ノ術を受けてもびくともせんぞ」
「無意味だ。地上は泯びの運命からは逃れられぬ」
ツクヨミはもはや、ただ静かに目を閉じている。
一方で、地上からはひたすら多くの術が向けられてうるさいやら眩しいやらであるが……赤き星はその姿を大きくするばかりであった。
「ねえ、ミズメさん。本当にこれで大丈夫なのかな……」
オトリはいよいよ不安を口にする。
――さてはて、参ったねこりゃ。
星へ向けられている術の中には、目を見張る威力を持つものもあったが、あまりにも散発的で無力であった。
人と人外が確かに同じ方向を向いて同じことを成そうとしている。
だが、それらは各々細き一糸に過ぎず……。
そうこうしているうちに、空は一層、赤黒くなった。
獣の嘆きのような、金物の軋むような怪音が空に木霊し、大気は次第に熱を持ち始めた。
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