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化かし123 水目

…………。


――さあて、こっからはあたしの出番だ。

 ミズメは空にて不敵に笑い、更に高い空を見上げる。


「よもや、この身を晒すこととなるとはな。そなたらは今、絶好の機会を逃したのだぞ」


 こちらを見下ろすは一柱の神。人のかたちに長き黒髪を結い、白と藍のみやびやかなるいにしえの衣をまとう。

 男とも女ともつかぬ微笑は血の気が引くほどにうつくしい。

 その腰には、世に無双(ブサウ)業物(ワザモノ)の直刀。


 名乗らずとも分かる、かの神の名は月讀命(ツクヨミノミコト)


「へえ! かっこいいなりをしてるじゃん。他者(ヒト)の身体なんて借りなくても、その姿で良かったんじゃないの?」

「姿を持たぬ神が真の姿を人の國に現し続けるには、多くの力を消耗するのだ。この姿を成す最中であれば、魂もむき出しの状態であったのだがな」

「優先順位があるからね。あたしとしては、もうちょっといちゃつく暇があっても良かったくらいだよ」


「ゆっくりと続けてくれて構わぬぞ。この身に気を集め終わるまでにはまだ掛かる」

 そう宣うも、神はすでに莫大な神気を湛えている。まるで月が眼前に迫ったかのごとくの圧力。


 しかしミズメは、にやけて言う。


「んー、それ以上の神気は集まらないんじゃない?」

「この程度ではない。まだ六分(ロクブ)七分(シチブ)か……」

「ミズメさん、油断しないでください。彼の言う通りです。私がさっき感じた神気はもっと多かったですよ」


「オトリはあたしに抱かれてるのに気付かないんだ?」

 ミズメは腕の中の相方に笑い掛ける。


「えっ……神気?」

 こちらを見る巫女の顔が青くなった。


「あたしって、手癖が悪くてさあ。オトリには禁止されてたんだけど、見てないところなら平気かなーって」

 ミズメが月神へも笑い掛けると、そちらの顔色も悪くなった。



「貴様、私の力を……!」



「多少はあんたのも盗ったけど、殆どはよその神様の力じゃんか。あたしが有効活用してやるよ!」

 水目桜月鳥ミズメノサクラツキトリには盗癖がある。

 ツクヨミが神を喰うたび、術を行使するたびに、こっそりとその力を己の魂のほうへと引き寄せていた。



 天狗娘は天を指差し、ぱちんと鳴らした。



 荒らぶり続けていた黒い嵐が刹那の間に終息した。

 残るは涼やかなる夏風のみ。


「ほら、いつまでくっついてんだよ。嵐ももう、あたしたちもんだ。オトリはゆっくり見物してなよ」

 ミズメはそう言うとオトリを宙に放り出した。


「ちょ、ちょっと! ……もう!」

 オトリは水の羽衣を作るとふわりと宙を漂い始めた。


「ってミズメさん! 下を見てください!」

 言われて死の大地を見れば、無数の亀裂と赤黒き邪気の噴出。彁島(・シマ)で見たのと同じ光景。

 亀裂からは醜女やら邪龍やら蟲やらが大量に這い出てきており、冬場の石の裏の虫かというほどにびっしりとひしめき合っていた。


「うっわ。あれ全部、ばばあと化け物かあ」

 げんなりとするミズメ。


「口が悪いなあ。やっぱり、私が降りて退治してきましょうか? これまで見てきた黄泉路で一番大きいですし……独りじゃ、ちょっと無理そうかな」

 不安げな表情を見せるオトリ。


 ……彼女の背後に空気の揺らめきが起こった。

 (クウ)から(ユウ)へ。美神(ビシン)の姿が浮かび上がってくる。


 ミズメはオトリを突き飛ばし、無粋な神に一閃をお見舞いする。


「オトリは()んないって言ったじゃん」

「あの祓えの力は差し障る。だが、あの身を母へ贈れば喜ばれるであろう」

 鍔迫り合う天狗と月神。


「あたしを先に倒しな!」


 鏡写し。天狗と月神は互いに片手で太刀を圧し合っていた。

 互いにもう一方の手で“()握り”を示す。

 両者ともに身を折り、苦悶の声と共に距離を取った。


「へえ、あんたも一応は女でもあるんだ」

「神の術まで真似るとは」

「こんなの、呪術師の陰気くさいまじないと同じでしょ」


 ミズメは胎をさする。この悪趣味な術がかつて相方にも向けられたかと思うと腹が立った。

 同感だったか隙を見つけてか、オトリから霊気の胎動が起こり、彼女の周囲に光り輝く水の弾が作り出される。


「手を出さないで。一番良いところで見てなって」

 再度の指示、いや訓告。ここから先は足手まといでもあった。


「だったらせめて下の退治でも」

「へちま! よく見てみなって!」

 水目桜月鳥はときおり夢を見る。未来に起こることを断片的に示す予知夢。

 此度の決戦にて、黄泉の侵攻に抗うひとびとの姿を知っていた。


「思ったより早かったな……」

 ツクヨミは自身の作り出した月鏡にて地上の様子を見ている。

 鏡の中では、法力僧や陰陽師たちが黄泉の使者と戦いを繰り広げていた。


 オトリは術師たちを信じたか、霊気は維持したままにこちらを向いて、笑みを見せた。

 ツクヨミは迷い移ろうのか、月鏡、天狗、巫女と視線を往復させた。


 それから神がまばたきをした。


 ミズメはそれに合わせて姿を消す。“縮地ノ術(シュクチノジュツ)”にて美神の背後を取った。

 偸みとった(イワ)の神の力を星降りの小太刀に籠めて斬り掛かる。


 響くやいばの衝突音。ツクヨミが振り返るも、すでにミズメは別方向から太刀を振っていた。……が、またもツクヨミに受けられる。

 二度、三度、四度。背後、側面、真上、真下、正面。繰り返しの不意打ちを仕掛けるも、そのたびに刹那の見切りを披露された。


「あんたも武術やるんだ?」

 鋭く斬り込むも弾かれ、音撃をやいばに籠めれば、受けずにひらりとかわされる。


「習いは笛と歌しかやらぬ。そなたと斬り結べているのは、私が月だからだ。月は見上げる者の心を写すものであろう?」

「なるほど。月讀ム心(ツクヨムココロ)とはよくいったもんだね」

「ゆえに、武術に通じずともそなたの技を見切るのは容易い」

「さあて、それはどうかね?」

 天狗、笑う。またも縮地を仕掛ける。


 月神は溜め息をつき、妖しげな微笑を浮かべて(クウ)を斬った。



 血しぶきが上がる。



「へえ。血も涙もないかと思ったら、ちゃんと出るんだ」

 黒き長髪と共に散る神の血を眺めるミズメ。


「心は読んだはず……」

 動揺と共に姿を再生させるツクヨミ。


「考えてることとやってることが違うなんて、人間にはよくある話でしょ? まして、あたしにとっちゃ朝飯前だよ」

 どうだ参ったか。胸を張って言う。


「威張ることじゃないですよ!」

 相方が突っ込みを入れた。


 天狗は哄笑と共に右を想いつつも左袈裟斬りを放つ。

 武術は無くとも名刀はお飾りではなかったようで、ツクヨミは一瞬の迷いを見せたものの、すんでのところでミズメの攻撃を止めた。


「お上手お上手」

 ミズメは神を褒めると姿を消した。無心。今度は縮地でなく、姿と気配を消す仙術“隠形ノ法(オンギョウノホウ)”。


「月に化かし合いを挑むか。乗らぬぞ」

 ツクヨミはオトリに向かって手のひらをかざした。

 オトリは光の天蓋を広げるも、美神の表情は不気味な裏側を示した。


 神威は守護神の結界をすり抜け、娘の胎へと這い寄る。


――しまった、オトリが!


「そこだ!」

 ツクヨミは女握りを中断し、太刀を振った。



 見せ掛けであった。お互いに。



 月の太刀が星降りの小太刀を叩くと、無音の響きが空を震わせた。

 

 震源地となった太刀は、石の神の神威にて衝撃のほとんどを月神の身体へ伝える。

 ツクヨミは苦痛の唸りと共に髪と衣を烈しく揺らし、太刀を取り落とす。


 神は得物へ手を伸ばし右目を赤く光らせる。だが太刀が手に戻るよりも早く、無数の矢が背中へ突き刺さった。


 ミズメが指を鳴らせば鏃が爆散。


 ツクヨミは更に苦悶と共に身を曲げる。


 神とて痛みはある。痛みに呑まれれば、誰しもが反射的に常套の手段を用いるもの。

 ミズメは右側面へ回り、神の“くの字”に折れた身体……捧げられたかのごとくの首の一刀両断を強く意識しつつも……左上空へ現れ滑空した。

 神は神で、回避でも受けでも反撃でもなく、再び巫女へと右手を伸ばした。


 ゆえに、その右腕を斬り落とした。


「ついてこれてないね?」

 天狗は嗤った。


 血を吹き悲鳴を上げる美神。左を構える様子はなかったが、左も斬り落とす。同時に月満つる再生の力が右腕を復元する。


 ゆえに、再び右腕を斬り落とす。


 月神舌打ち、左腕を切断、右腕を再生。右腕を切断、左腕を再生。またも切断。

 右、左、右、左、右、左、右、左。


「そろそろ飽きたよ!」


 月の姿にひとすじの縦線。ずるり、血の半月が崩れ落ちる。


「やったあ!」

 神の死を喜ぶ巫女。


「やってないって。このくらいで死ぬわけないでしょ」

 苦笑する天狗。


「飽いたのは私も同じだ」

 神の死骸は空に溶けて消え、おぼろに新たな月神が現れる。


「あんた相手に矢や剣は無意味だね」

 武道と読み合いによる圧倒。数度の死を呼ぶほどの打撃を与えたものの、莫大なる神気と再生の力の前には微々たるものである。

 この調子で斬り合えば、来年の春くらいには(シイ)せるであろうか。


「どうするか? 神術の出し合いにも付き合うが」

 美神の顔に髪が掛かる。彼は悠然とそれを掻き、笑った。……それから、ちらと下を見た。

「術比べをしても、あたしじゃ勝てないでしょ」

 ツクヨミからくすねた神気により、“ひと”として破格の力を手に入れたミズメであるが、偸みとれたのは三分そこそこである。

「時間稼ぎくらいはできるやもしれぬぞ」


「時間稼ぎをしたいのはそっちのほうでしょうに! このままだとイザナミが出て来てしまいますよ!」

 オトリが声を上げた。


「大丈夫だよ。下は皆に任せればいい。イザナミさんにしたって、ツクヨミを斃そうが斃さなかろうが出てくるのは変わらないよ。あたしはオトリを護ろうとしただけで、裏側だろうと月を壊したいとは思ってないしね」

 ミズメは小太刀を納めて言った。


「私はそなたの身体を奪ったのだぞ?」

「復讐なんて面白くもなんともないよ。あたしは“憑かれてやった”の。あんたから力を偸みとってやろうと思ってね。神和に下手に抵抗すると魂を消耗しちゃうでしょ」

「私を受け入れたのも手の内だったと?」

「そういうこと。オトリに随分と苦労させちゃったのは、悪いと思ってるけどね」

 相方のほうを見る。オトリは含み笑いと共にを頬を膨らませてそっぽを向いた。


「たとえ力の多くをもってゆこうとも、そなたに勝機はない。むしろ拮抗すれば拮抗するほど悪手といえよう。私が求めるのは混沌だ。地上の祀ろわぬ者たちを叩かずに放っておくのも、争いが蹂躙をも越える混乱を生むからだ。そなたら人間のあがきが、泯びを一層に引き寄せているのだ」


「その割には随分と下を気にしてるみたいだけど?」

 ミズメは神を嗤う。

 ツクヨミは戦いの前やその最中に、地上を気にする姿を何度も見せていた。


――多分、出てこないんだろうね。


 ミズメは夢に“見ていなかった”。

 彁島が崩壊したさいに、その腕だけを見せた黄泉の母イザナミ。

 あれの気配には心の臓の中を掻きまわされるような異様さがあった。

 一度憶えれば二度と忘れぬような底冷えの恐怖。あれが絡むのであれば、夢中にて再現されぬはずはない。

 だが、その気配も、類する女神の姿も予知されていないのである。


「イザナミ様、まだ出てこられない様子ですね」

 オトリがツクヨミを嗤う。


「……そなたら、何か知っておるな」

 不快感を露わにする美神。


「ふふん、知りません!」

 オトリは胸を張って言う。


「あたしも知らないよ」

 ミズメは顔の前で手を振って答える。本当に知らない。夢に見なかったからそう思うだけである。



 地上のほうから轟音が響いた。無数に広がる亀裂のひとつが崩れ、巨大な穴となる。



「あれは……」

 ツクヨミが顔をほころばせた。


 ミズメとオトリのあいだには緊張が走った。


 穴から光。感ぜられたのは、高慢に全てを呑み込む母なる神気であった。



 だが……。



「……母ではない!?」



 ツクヨミの鏡が地上を映し出す。



 神話を信ずる古流派における死者の世界、黄泉國(ヨモツグニ)

 そこへと通じる穴から飛び出してきたのは、その國のあるじではなかった。


 肩のあたりで短く切り揃えた黒髪に、切れ長の目。教え違いの袈裟(ケサ)姿。

 尼僧のくせして神の気配を持ち、かつて己の地獄を統べていた……。


「「シマハハ様!?」」

 ふたりは目を丸くした。


 鏡の中のシマハハはあたりを見回している。

 多くの醜女たちも穴の前でひざまずいて待っていたようだが、出て来たものが見当違いだったためか、慌てふためいてしまっている。

 シマハハは鏡の中から(コチラ)を見上げると目を細め、醜女たちを祓い始めた。


「あの女、母のもとへ贈られたはずが、なぜ……」

 ツクヨミの顔に明らかな焦燥。


「シマハハ様は自分から飛び込んで行ったんですけどね。ミズメさん、ちょっと聞いてみましょうよ。シマハハ様がイザナミ様をやっつけちゃったのかもしれませんよ。あの人なら、なんだかやってくれそうな気がします!」

 思わぬ加勢を得てオトリはじつにご機嫌だ。


「流石にイザナミは倒せないでしょ」

 と、言いつつもミズメも淡い期待を抱く。しかし、夢の終わりはまだ遠い。そう易々とはいかぬであろう。


「おーい! シマハハ様ーっ!」

 ミズメは音術にて地上の地獄のあるじへ声を掛ける。


『む、その声はミズメか。半日ぶりとはいえ、なんだか久しい気がするな』

 シマハハの声を音術で拾う。


「半日? 半年ぶりくらいじゃないの?」

『そうか。神の國と覡國とでは時の流れが違うと耳に挟んだことがあったが、まことであったか。して、ここはどこだ?』

飛鳥(アスカ)だよ。ツクヨミが星を落として滅ぼしちゃった。あたしも一応は止めようとしたんだけどね、自由が効かなくって」

『これが新益京(アラマシキョウ)……?』


 鏡の中、シマハハが醜女を痛めつける手を止めた。


「シマハハ様は過去にこの地で聖徳太子(ショウトクタイシ)様にお仕えになっていたかたです。きっと、怒ってますよ」

 オトリが言った。


『泯びたのなら丁度よいな。朝廷を強請(ユス)ってこの地を(ワラワ)の新たな地獄とするか』

 シマハハが何か言った。


「こらこら! ところで、黄泉からよく出てこられたね。イザナミはどうしたのさ?」

 ミズメは本題に入った。

 シマハハは自身の島を破壊したイザナミに対して腹を立てて「領分を荒らす」と宣言して飛び込んだはずであった。


『会ったぞ。妾は腹が立っておったからな。速攻で攻撃を仕掛けてやったのだ』

「それで?」


『流石に日ノ本を創ったといわれる二柱の片割れだけあって、妾の術は一切通用せんかった。ゆえに、言葉にて痛めつけてやった。イザナミは夫のイザナギと別居しておるだろう? イザナミの奴に夫がよその女神や巫女と遊んでおるとか、悪口を言っておるとか、空言(ソラゴト)を吹き込んでやったのだ。するとどうだ、あっさり信じおってな。“三日は泣き通すだろう”と宣言して、涙ながらにどこかへ去って行ったのだ。あれほど胸のすくことはそうはない。気持ちが良すぎて妾は果ててしもうたわ』

 早口で嬉々として語るシマハハ。


「かわいそ……」

 黄泉の母を憐れむミズメ。


「だそうですよ、ツクヨミ様。三日……つまりはこちらでいう三年は出てこられないということです。ミズメさんの身体はもう絶対に奪わせません。あなたの企みは、おしまいなんです!」

 オトリは無礼にも神を指差して言った。


「母にも困ったものだ。三日であろうと、三年であろうと、八千代(ヤチヨ)であろうと……私の役目は、これでこときるとしよう」

 ツクヨミは溜め息ひとつつくと、空を見上げた。



「……穂垂星(ホダレボシ) あまねく(クズ)より ()招きて はや地を塵に 帰しなむと (コイネガ)いける よみをとこ 箒木(ハハキギ)だにと 暁闇(アカツキヤミ)ても (アブ)すいんぶつ……」



 月讀命が詠じる。



「……長い歌。辞世の一首ですか?」

 オトリが首を傾げる。



 神の身体から膨大な神気が発せられた。それは“発せられていた”が、どこか“吸い寄せるような”感触を持っていた。



「あれ一つじゃないってことだよ!」

 ミズメは手をかざし嵐の雲を呼び戻した。いかづちが神を撃つも引力の気は収まらず。

 彼は宙にて静止し、(タナゴコロ)握り合わせて、ひたすら遥か天へと祈りを捧げている。


「あの、どういうことですか!?」

 オトリが訊ねる。


「隕石をもう一つ落として、三年のあいだ黄泉路を開きっぱなしにするつもりなんだ」

「なんてことを!? そんなの、みんなが黙っていませんよ!」

 オトリは嵐雲から水を引き出し、烈しく光り輝く水弾を生成。速攻で月神を穴だらけにした。


 神は復元し、祈り続ける。


「誰が抵抗しても関係ない。それだけ大きな星を落とす気なんだよ」

「そんなことをすれば三年どころか、永久に滅びちゃいますよ!」

 ふたりは攻撃を続けるも、神は祈祷をやめない。


――参ったね。気晴らしさせてやるつもりはあったけど、これは冗談じゃすまないよ。

 水目桜月鳥は共存共栄を掲げる。

 敵はたとい世の混乱を求む荒魂であろうとも貴神であり、滅すれば月の司る事象のつり合いにも影響が出てくる恐れがある。

 滅するよりも晴らしてやり、祀るなり封印するなりするのが最良であった。

 特に数月のあいだ肉体を共有するうちに、彼を救いたく思う気持ちは高まっていた。


「引き返そう、もう混乱は充分だよ。あんたは綺麗なお月さんでいてくれよ」

「ミズメさん……。和魂の勾玉さえあればなんとかなりそうなんですけど。間に合うかどうか」

「手は打ってくれたんだね?」

「はい、一応は」


 しばし繰り返される神殺しののち、神は祈りを終えた。



「信仰が揺らぎ、神は死んだ。仏がまことに信ぜられていれば、これも満ち欠けかと諦めて帰依したが、仏道すらも穢し、あまつさえ月を見上げては無常を嘆き、歌を詠むばかり。人間には思い放つこと甚だしい……」

 神は哀しげであった。



「世ははかなく、やらむかたなし。今一度、(ツイタチ)より仕直そう」

 空が光った。



*****

八千代(ヤチヨ)……いくつもの多くの年代。

新益京(アラマシキョウ)……飛鳥時代の都、藤原京の当時の呼称。

やらむかたなし……どうしようもない。


今日の一首【ツクヨミ】

「穂垂星 あまねく屑より 御招きて はや地を塵に 帰しなむと 希いける よみをとこ 箒木だにと 暁闇ても 溢すいんぶつ」

(ほだれぼし あまねくくずより みまねきて はやちをちりに きしなむと こいねがいける よみおとこ ははきぎだにと あかつきやみても あぶすいんぶつ)


……長歌。よみおとこは月、この場合はツクヨミ。箒木は母親、いんぶつは贈り物。ツクヨミは宇宙から隕石を招いて地上を塵にしてゴミ掃除をし、母へ捧げようとしている。

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