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化かし105 孤独

 阿波国(アワノクニ)。オトリは四つの国を抱く伊予之二名島(イヨノフタナノシマ)へ来ていた。


 邪仙とツクヨミは、結界が強く天照も遊び歩く畿内を避けて活動する傾向にあった。

 すべてが彼らのものとは断定できないが、めぼしい混乱や破壊の噂もほとんどが畿外での話である。

 昨今は伊予之二名島に噂が集中しており、オトリはそれを足掛かりに阿波の調査をしていた。


 無論、長旅には飲食や寝床の確保も必要で、相方との再会のさいに胸を張れるように、訪れた村や道で出遭った難事には力を貸し続けている。

 此度も“大袋(オオブクロ)”なる(カドワカ)しを生業(ナリワイ)とする罪人を追っていた。


 暗い夜の山道、祓え玉の灯りを頼りに歩く。


「女でも巫女でもええ! ばけもんを退治してくだはいりょ!」

 一人の男が助けを求めて駆けて来る。痩せ型、髪は一つ結び。

 ふたつ名の仕事道具こそ担いではいなかったものの、村長から聞いていたオオブクロの特徴と一致した。


「化け物? 問います。あなたがオオブクロですか?」

 オトリは男を追う存在を一瞥するも、問い掛けを優先した。


「……ち、違う! 人攫いはあいつじゃ! あの山姥(ヤマンバ)がオオブクロの正体じゃ!」

 男は震えて後ろを指をさす。


 山姥。山に棲む老婆で、人を食う鬼や物ノ怪の総称。

 白髪を振り乱した痩身の老婆が彼の背中へ迫っていた。


「ようやく見つけた。よくもこの山に再び足を踏みれられたもんじゃのう!」

 老婆が怒鳴る。彼女は黄色き猫目、額に角、口には牙があった。

「頼む! 食わないでくだはいりょ! 代わりのもんをやったろうが!」

 男が鬼婆を拝む。


「貴様、わしに人間を寄越したのはともかく、食ってる隙にわしの娘ごを攫ったじゃろう! 娘ごをどこへやった!?」

 老婆は目を爛々と輝かせ、懐から包丁を取り出した。


「あ、あの娘は売っちまった。頼まれてたんじゃ。あんなうつくしい娘は“たしない”からって銭を積まれてな」

「どこへやった!?」

「娘はばけもんだと見抜かれて、腹を裂かれて棄てられた。やったのは俺じゃない!」

「よくも娘をおおおっ!」

 鬼の形相。目に見えるほどの邪気が醸される。


「死ねい!!」

 振り上げられる包丁。


「山姥さん、少しお待ちいただけませんか」

 オトリは霊気を醸し静かに言った。


「おお、巫女様ぁ。助けてくだはいりょ!!」

 男が拝み、袴の裾を掴んできた。


「験のある巫女か……!」

 こちらの気配を読みとったか、老婆は恐怖に顔を引きつらせて半歩下がった。


「こいつがオオブクロじゃ。俺じゃない!」

「何を言う、わしは確かに人食いの人攫いじゃが、オオブクロは貴様じゃ! どうせ滅されるならこの怨み晴らしてくれる!」

 山姥は包丁を振り下ろした。オオブクロとされる男の背にそれが刺さり、悲鳴が上がった。


「助けてくだはいりょ……」

 悶え、助けを求める男。彼の背には繰り返し刃が振り下ろされている。

 突かれるたびに男は声を漏らした。


「お断りします。魂を読めばどちらが悪党なのか一目瞭然です」

「なぜじゃあ。俺も悪党じゃが、こいつも山の鬼婆じゃろうがあ」

「あなた、この近隣から多くの子供や女性を攫って、売ったり殺したりしてきたでしょう。聞いたぶんでは、身体を弄んだり、生き胆を剥いで薬にしようとしたこともあるとか。酌量の余地はありません」


 オトリが引き受けた依頼はオオブクロの“始末”であった。

 そして、もうひとつ。山姥の退治も添えらえていた。

 山姥は己の小屋に旅人や山仕事をする者を招き入れ、その精神を験し、気に入らなければ食い殺し、気に入れば山の恵みを持たせ解放するという。

 どちらに対しても、手を下すことは確定してはいなかったが、魂と事情を鑑みれば、山姥の好きにさせるのが良しと思えたのである。


「貴様ぁ。怨むぞ……怨むぞ……」

 男はこと切れた。山姥はそれでもしつこく男を刺し続けている。


「消えなさい」

 オトリは手のひらをかざした。練り上げられる祓えの霊気。


「これまでか……」

 山姥は血塗れで仕事を続けながらも唸った。


 祓えの発気。それは男の身体から這い出た赤黒い霊魂だけを滅した。


「……なぜじゃ、なぜわしを滅さなかった。山の鬼婆はこやつに比肩するほど名が知れておるぞ?」

 尻餅を突いた山姥が首を傾げる。


「あなたからは幽かに山の女神様と同じ気配を感じます。山女神様のお使いなのではありませんか?」

「そうじゃ。わしは確かに鬼婆じゃが、神の使い。御神は山中での人間の死を喜ばれる。その魂を砕いて大地に蒔き、獣や木々を潤すのじゃ。山に踏み入る不届きな者を罰し、肉を糧とするのがわしの役目じゃ」


 神は必ずしも人のためにあるとは限らない。山祇(ヤマツミ)は山のためにあり。山と命運を共にせぬ人よりも、山に従うままの獣や草木を優先する。

 山姥の人食らいはこの山から見れば礼儀ある狩人よりも善である。

 人の側に立つのなら調伏すべきであろう、だがオトリは神を理解する巫女であり、共存共栄の道を歩く立場にもあった。


「私はあなたを祓いません。亡くなったかたがたは残念ですが、あなたの行いを咎めることもしません。ですが、オオブクロを罰したあかしを人里に持って帰らなければなりませんので、それ以上、遺体を傷付けるのはよしていただけませんか?」

「分かった。しかし、いくら刺しても、娘の無念は消えぬ。この怨みは他の旅人に向けるほかにあるまいて。ならば、滅するしか無かろう? 人間の巫女の娘よ」

 山姥は邪悪に笑った。


「お婆ちゃん」

 オトリは言った。


「お、おば?」

「夜もすっかり更けてしまいましたし、一晩だけ泊めてくれませんか? それに、お腹が空きました」

「何を妙なことを言う」

「娘さんの思い出話、聞かせてください」


 オトリは笑い掛けた。


 その夜は、オトリは月を見上げる代わりに、鬼婆の満月の瞳が雨に濡れるのを眺めた。

 山姥お手製の温かい山の恵みをふんだんに使った食事を頂き、娘を懐かしむ話に耳を向け、面影を重ねられてやった。


 山姥は満足をして話し終えると、なにやら天井を見上げて耳を澄ませた。


「御神が、取って食う人の数を減らせと命じられた」


「ありがとうございます。このような余所者の願いを汲み取っていただいて」

 巫女は幽かに漂う神気へと深々と礼をした。


――きっとこれで良かった。あなたも褒めてくれるよね。


 心に想うひとへ訊ねる。


 かつての水分(ミクマリ)の旅では、決して選ばなかった解決法。

 あとは遺体を持ち帰り、山姥は山の代弁者であった旨を伝えればよい。そこから先は山と山を使う者の問題だ。


 欲を言うならば、独りではなく、ふたりで老婆の話を聞いてやりたかった。

 きっと、調子に乗った相方は酒を取り出して振る舞ったに違いない。


「ありがとうよ。人間の娘ごよ」


 オトリは優しい眼差しのもと、久々の長い睡眠をとった。

 それから、山姥の小屋を出て村へ下り、オオブクロの遺体の入った大きな袋を引き渡した。その袋は山道に落ちていた彼の仕事道具である。

 遺体は、山姥がやったのと同じように、攫われた者の遺族たちが滅多打ちにした。


 オトリはその様を見て沸き上がった感情を思い消しながら、依頼主である村長に山姥の件を伝えた。


「山祇の意志か。ならば、わしらは身を守らねばならぬ。あの山はわしらのものだ」

 村長は立ち上がった。


 無論、巫女は止めた。彼女が話したのは戒めのためであった。決起させるためではない。

 山は人のものでもない。

 獣や草木すらも山の摂理に従い、生きて、死んでいる。そして神もまた山が死ねば死ぬほかにない。

 すなわち、誰のものかと論ずるより、唯一、山と一体になることで山を所有することができる。

 破壊する者には決して、山は手に入らない。


 ひとりふたりなら、力づくでやめさせることもできたであろう。

 だが、村は一丸となり、命懸けで蜂起した。

 オオブクロに子供を偸まれた母親がその晴れぬ無念を元手に鎌を握りしめるのを、山姥に息子を食い殺された老人が(クワ)を振りかざすのを、誰が責めることができようか。


 オトリは山へと走った。


 人の敵意を感知した山祇の怒りを受けて、山姥はすでに髪を振り乱していた。

 彼女は、けだものと変わらぬ凶暴さで人間たちへ包丁を振りかざさねばならなかった。

 山の怒りはオトリにまでも向けられた。獣や蟲が牙をむき、逃げる足を木の根が邪魔をした。


 結果、鬼婆の死体と、相打ちになったかつての被害者の遺族たちが転がった。

 そして、生き残りはその無念を仕返すために山へ火を放った。


 オトリは己の才で鎮火を試みた。しかし、元手となる近隣の水の多くは山祇の持ち物であり、意固地な神は彼女の助けを拒んだ。

 空を見上げるも、梅雨はまだ訪れず。


 火事が収まったころにはようやく水が許されたが、煙と共に神の気配も消え去った。


 オトリは自身の瞳から流れる水すら止められなかった。何が水分の巫女だ。何が憑ルベノ水(ヨルベノミズ)だ。まったくの無力を痛感した。

 そしてこれもまた、ささやかな昨晩の成功と同様に、「隣にあのひとが居れば違ったのだろうか」と強く思わせた。

 寄る辺なき娘はひとりぼっちで泣き腫らした。



 翌日、目覚めたオトリは健康体操をし、二、三歩歩いてその失敗を忘れ去った。



 彼女はいつの間にか、小さな落ち度……今回の場合は山姥が攫われた者を食べてしまったこと、オオブクロの悪人堕ちの事情を聞かなかったことは気に留めず、復讐の応酬という大きな落ち度もこうして忘れてしまうことを憶えていた。


 そうでなければやっていけなかった。

 独りに戻った彼女は徐々に歪みつつあった。

 己の小さなこころの器に溢れんばかりの苦悩を抱えて、それを嘘で覆い隠さねばならなかった。

 どことなく“人”から離れ“ひと”に近付く気がしてきた。


――それでもいい。あのひとに近付くのなら。


 そして善行者は何食わぬ顔で、次の村を目指して道をゆくのであった。



 オトリは西に進み土佐国(トサノクニ)へと入った。

 聞こえてくる邪仙の噂が詳細になり、時系列が見えてくるに従って、今回も空振りに終わる気配が濃厚となっていた。


 ほかに邪仙やツクヨミに関連しそうな噂は無し。

 見つかったのは土佐の国司(クニノツカサ)の最上位である土佐守(トサノカミ)が奇病に悩まされているという噂だった。

 上位の官人に恩を売れば、情報や他国に渡る船の調達の助けとなるだろう。

 少々打算的な意図ではあったが、オトリは土佐守を救わんと都の免許状を携えて彼のもとを訪ねた。


「おぬし、陰陽寮に伝手があるのなら、地相博士の知人だったりはせぬか?」

 そう訊ねる官人の頬には“恨みがましい顔”が張り付いていた。肉が変容し、人の顔のごとくになる奇病、人面瘡(ジンメンソウ)

「ミヨシ様の屋敷に置いていただいたこともあります。そのお顔のお顔、お消ししますね」

 オトリはその人面瘡が呪詛によるものだとすぐさま見抜いた。

 返事と共に手を伸ばし治療に取り掛かる。


「ほう、もう治ったか。地元の祈祷師どもよりは腕前が確かなようだ」

 動じもしなければ感謝もない。

「ですが、根を断たねばすぐにでも再発するでしょう。これは呪いです。呪いそのものは顔が多少の精気を吸うくらいで、すぐに死に至るものではありません」

「嫌がらせであろうな。数月前にも呪詛(スソ)による障りが起こってな。地相博士殿に原因の雇われの呪術師を調伏して貰った」

「怨恨のもとに心当たりはありませんか?」

「ある。あるが、それの根はすでに断っておる。もはやわしを恨む霊魂など、残っているはずはない」


――権力を使って相手を滅ぼしたということね。

 オトリは聞こえるのにも構わずため息をついた。


「でしたら、先回に呪術を実行した者が疑わしいかと。呪いは命を取るものではありませんし、呪術師が本当に呪いを向けたい相手はあなたではなく、ミヨシ様に対してです。あなたにミヨシ様を呼ばせようとしているのでしょう」

「であろうな。都に文を出し彼奴(キャツ)を呼んだが、断られた。呪いは消えぬ。八方塞がりだ」

「なぜ断られたのですか?」

「ミヨシが帰ったのち、わしが恨みを持つ一族の者と話し合わずに、呪殺の咎で処断したことが気に入らんかったらしい。官位ではわしのほうが上であるが、陰陽寮の陰陽師を強制することもできぬ。彼奴め、腹立たしいわ」

「では、私がその呪術師に会って来ましょう」

「捕まえて来てくれるか」

 身を乗り出す土佐守。その顔は人面創よりも醜く見えた。

「それはどうでしょうか。あなたへの呪術をやめさせることは保証いたしますが」

 雇われ術師は単純な悪ではない。加え、同業者への怨みも人の情のうち。晴らすのなら本人とぶつかり合わせるのが一番だ。

 本人と直接やるように促すか、従わなければ自分がミヨシの弟子として代理で戦う提案をすればよいだろう。

 律令上は死刑が相当なのやもしれぬが、オトリは「あたしならこれが一番ましだと思う」手段を選ぶ。

 あまつさえ、どちらにも納得しないのであれば、ことを構えずにふけてしまう気でいた。


「小生意気な。まあよい、部屋を宛がってやる。屋敷の人や物も自由に使ってよい。迅速にいたせよ。この顔では仕事もままならんわ」

 土佐守の額にまたも不気味な笑顔が浮かび上がった。


 オトリは屋敷で持て成しを受けつつ、呪術師の正体を探った。

 土佐守へ向けられた呪力の糸は上手く覆い隠されていたが、辛うじて霊視が可能であった。

 オトリは飯だけ食うと、とっととその糸を辿って呪術師のもとへと駆けた。


 呪術の糸は長く幽かなものであったが、この手の念に敏感な巫女にとって辿るのは容易い。

 むしろ、己の気を抑えなければ証拠の糸を切ってしまいかねない点に難儀した。


 辿り着いたのは山奥の集落。


 一見、なんの変哲もない山村であるが、暮らす人々の物腰や孕む霊力が常人離れしていることはすぐに分かった。


――この集落のほとんど全員が術師。何かの流派の本拠地ね。


 露骨な邪を醸しているとか、妖しげな儀式の痕があるということはない。彼らは商売術師なのだろう。

 オトリは平静を装いながらも霊気を総毛立たせている人々のあいだを無遠慮に歩き、一件の竪穴(タテアナ)式の小屋へと近付いた。


「あなたと術比べをなさった三善文行(ミヨシノフミユキ)様はいらっしゃりませんよ。土佐守に呪いを向けても無意味です」

 小屋の外から呼びかける。


「古流派の巫女か。ミヨシについては調べた。さては弟子のオトリとやらだな?」

 中年の男が現れた。衣も術師らしいそれではなく、ただの山村の貧民に相応しいぼろである。

 彼はこちらの顔をまじまじと覗き込むと「いや、狸か」と言って嗤った。


「弟子は建前の話です。扱う系統には違いがありますが、術比べの相手として不足はないかと思います」

 やや棘のある口調。


「おまえのほうがミヨシより腕が上と抜かすか? そうは見えんがな。俺は奴の顔に泥を塗れればどちらでもよい。先に丘へ上がっていろ。そこで()る」

 男はそう言うと小屋の中へ戻って行った。


――いやな人。


 ちらと覗くと、男が衣を脱ぎ始めており、素肌が見えた。

 その肌にはまだらの赤黒い染みがあった。恐らく、ミヨシと呪術合戦をしたさいの傷痕であろう。


「何を見ておる。不躾なやつだな。先に上がっていろと言ったはずだ。逃げも隠れも、騙し打ちもせん」

 彼は不快感を露わにしつつも、着替えを続ける。


 オトリの脳裏に決闘と不釣り合いな思い出が浮かび上がる。

『なんで覗いてるんだよ。自分は覗かれると怒るくせにさ』

 相方とのじゃれ合い。このやりとりの次に自分が着替えるさいには、わざと時間を掛けて着替えてみるのが通例だった。

 何度かは思惑に乗って貰えて、うっかり覗いた相方に悲鳴を上げつつも、心の中でほくそ笑んだものであった。



 集落のはずれ、丘に上がれば爽やかな風。日が天を叩いてからかなり経っていたが、夏至(ゲシ)の近い太陽はまだまだ力強い。

 背の低い草原には一本の歪んだ黒松が生えていた。それは三又になっており、やや不吉な気を孕んでいる。

 この呪術の集落の神か精霊が宿るのだろう。


 こういった松の木もまた、思い出深かった。ミズメは黒松の木にぶら下がったり腰掛けたりするのを好んだ。

 オトリは木の下に立つほうを好んだ。ときおり意地悪をされて、木の中に潜む小さな住人を首筋に落とされることもあった。


 少し、寂しくなった。


――呪術師をやっつけたら、報告を兼ねてミヨシ様にでも会いに行こうかしら。


 ……が、思い直す。

 オトリはミズメを失ったことを友人たちに伝えていなかった。ヒサギを預けたトウネンにも口止めをしている。

 オトリはミズメを自分独りで救わなければならないと考えていた。


『あたしを信じろ。あたしもオトリを信じる!』


――あのひとが信じているのは私だけ。私が信じるのもあのひとだけ。


「待たせたな。早速始めようではないか」

 背後で男の声。


 振り返る。

 男は黒に白を重ねた慇懃(インギン)直垂(ヒタタレ)姿で、腰には紙を切り抜いて作った人形(ヒトガタ)と、筒のようなものをいくつもぶら下げている。


「騙し討ちはしないと仰ったのに」

 思い出に耽っていたオトリであったが、その間に何度か呪力を差し向けられるのを感じていた。

 それなりの腕前のようだが、神聖なる巫女には人間風情の操る呪術は通用しない。


「その神衣(カンミソ)が邪魔をしているのか? まあよい。我ら(クダ)使いは単純な呪術だけに頼る流派ではない!」

 男は両手を交差させて腰に手をやり、片手に二本づつ筒を手にした。


「私は乙鳥……。乙女の乙と、飛ぶ鳥の鳥です。あなたの名前は?」

 ミズメやミヨシは名乗るのを好んだ。オトリもまたそれに従った。


「名乗る名など無いわ。呪術師にとって(イミナ)は命と同様、晒す阿呆がいるか!」

 男は四本の筒を宙へ放り投げた、筒の穴から妖しげな靄が噴出し、奇妙な生物が現れる。


「あれが管狐(クダギツネ)

 宙を飛び交う不気味な小動物が三匹。その姿は(テン)(イタチ)に似る。



 それともう一匹。



 こちらは宙には浮かず、地に四本の足を着けた獣。

 里でも山でもなじみの姿でオトリの蔑称。


 狸である。


 そして、その狸の体躯は異様に小さく、記憶の中の友人の姿と合致した。


*****

阿波国(アワノクニ)……現在の徳島県。

たしない……希少、貴重。

土佐国(トサノクニ)……現在の高知県。

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