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さちとテツ

作者: バシコ

舞台は荒廃したビルが連なる崩れた都市。

到る所に人がうめく、ストリート。

木箱が連なる一角に、帽子を深くかぶって大きいヘッドホンをつけた少年が座っている。

何をするわけでもなく、沈んでゆく夕陽を眺めている。

そこへ少女さちが入ってくる。


さち「てーつ」

テツ「…」


さち、テツのヘッドホンを外す。


さち「おはよう」

テツ「おはよう」

さち「今日は何の曲を聴いてるの?」

テツ「聞いてみる?」

さち「聴きたい!」


テツ、さちにヘッドホンを渡す。


さち「変な曲…」

テツ「昔の東京ではやった曲だよ」

さち「そうなんだ」

テツ「今の人たちは全然聴かないからね」

さち「テツはこの曲好きなの?」

テツ「嫌いではないかな。聞いててそこまで不快じゃないし。」

さち「ふーん、そっか」


さち、テツにヘッドフォンを返す。


さち「ねぇ、テツはどうしていつも帽子を深くかぶってるの?」

テツ「こうしていれば、たくさんのことを見なくて済むからね。」

さち「どうして?」

テツ「見えない方がいいこともあるんだよ。」

さち「そうなの?」

テツ「目というのは、たくさんの情報を与えてくれる素晴らしい機能を持っている。けれどね、その分余計な情報まで入ってくるときもある。知らなくていい情報が無条件で入ってくるのを防いでるんだよ。」

さち「何を見たくないの?」

テツ「一番は人の顔かな。」

さち「どうして?」

テツ「人の顔はね、正直なんだよ」

さち「どういうこと?」

テツ「いずれきっと、さちにもわかるよ」

さち「ふーん、そうなのかな」


暗転

(場転)


さきほどとほとんど同じ位置にテツがブックカバーをした本を読んでいる。

読んでいるのは中国の昔の歴史書。

さちはそれを興味深げに覗き込んでいる。


さち「何をしているの?」

テツ「本を読んでいるんだよ?」

さち「どんな話?」

テツ「荀子の話」

さち「それ誰?」

テツ「昔の中国の思想家だよ。性悪説を唱えた人だ。」

さち「それって何?」

テツ「人は欲望に支配されている。生まれつきの善人なんていうのはいないから、悪い心に支配されないように善い行いをするべきだという考えだよ」

さち「よくわかんないや」

テツ「さちはおなかがすいたらどうする?」

さち「ご飯を食べる!」

テツ「じゃあ食べるものが何もなかったら?」

さち「ママかパパに作ってもらう」

テツ「ママもパパも居なかったら?」

さち「自分で買いにいく?」

テツ「お金を持ってなかったら?」

さち「わかんない、我慢するかな?」

テツ「いつまで我慢できるかな?」

さち「わかんない」

テツ「我慢できなくなったら、どうにかして食べ物を得ようとする。それが生存本能だ。だけどもしかしたら他人の食べ物を奪う結果になるかもしれない。そういうことだってある。」

さち「…でもそんなことしたら」

テツ「捕まっちゃうかもしれない。でもそうしなきゃ飢え死にするかもしれない。要はそういうこと。欲は生きるために必要不可欠なもので、それがないと生きることはできない。だけど同時に、それは争いや悲劇を生むことにもなる」

さち「テツ…」

テツ「でもさちは偉いね。ちゃんと考えて、答えるのに躊躇したね。深く考えることは大事なことだ。迷ってもいいから、自分が正しいと思うことを見つけることが大切なんだ。」

さち「よくわかんない」

テツ「正しい答えなんてのは、幾通りもあるんだよ。生きていく中で、少しずつ探せばいい」

さち「テツは見つけられた?」

テツ「さぁ、わからない。僕がやってることが本当に正しいことなのか、僕はいつだってわからない。でも、自分を信じてあげたいんだ」

さち「テツ…」

テツ「そういえば、今日で一年だね。」

さち「何が?」

テツ「さちと出会ってから」

さち「そうなの?」

テツ「去年の父さんの命日に、さちはおばさんとここに来た。今日はそれから一年たった。」

さち「そっか」


テツはおもむろに自分の帽子をはずし、それをさちにかぶせる。


テツ「さちと出会えてよかった」

さち「テツ、どこへも行かないでね」

テツ「そうだね。」


場転

いつもの場所にテツはおらず、警官がいる。


さち「テツ…テツは?」

警官「彼は詐欺罪で捕まったんだよ。いろいろな嘘を広め、王の威光をないがしろにしたんだ。この国は王がいるから成り立っている。王の考えに反抗すれば、彼のいく末は決まったも同然だ。」

さち「どうなるの?」

警官「少し考えればわかることだろう。処刑されるのさ。首をつられて」

さち「そんな」

警官「バカなことをしたものだ。国にとっての反抗分子が排除されるのは、当然のことなのにな」

さち「テツはもう戻ってこないの?」

警官「二度とね」

さち「テツにはもう会えないの?」

警官「あえないね。」

さち「やだよ、テツに会いたい。テツともうお別れなんていやだよ。」

警官「どうすることもできないことだってあるんだ。諦めるんだな。」

さち「やだよ、テツ。しんじゃやだよ。もっとテツのお話聞きたかったよ。テツ」


場転

さちいる。少年来る。


少年「ねぇ、どうしていつも帽子を深くかぶってるの?」

さち「それはね…」



大学時代の短い脚本です。

無料公演で、たしかMは幻想水滸伝。

若い子は知らないかもしれないけど、名作です。

新作でないかな・・・切望。

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