お化け石の戦い
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──お化け石の戦い
水銀は比較的簡単に見つかった。
ディアちゃんがスコップで壁を叩くと、そこから水銀が染み出してきたのだ。
……水銀ってこんな風に採取するものなんだろうか。
「後は機械油だね」
ディアちゃんが声を弾ませてそう告げる。
ちなみにここまで来るのにポチスライム10体と野良犬3体と遭遇した。
野良犬はその名前に反して序盤の強敵で、HPはそれなりに高いし、素早さも高いので不慣れなパーティーで遭遇すると全滅してしまうこともあるぐらいだ。まあ、樽爆弾やそれなりに鍛えた武器があれば敵じゃないんだけど。
ちなみに全て“黄昏の大剣”で蒸発させてきました。素材すら残らない蒸発っぷりに私はドン引きした。
それはそうと機械油だ。
機械油は錬金術で作ることもできるけれど、せっかくドーフェルの森まで来たのだから天然の機械油を採取しなければもったいない。
この手のゲームにあるように、この『クラウディアと錬金術の秘宝』でも時間制限というものが存在する。依頼の有効期限。邪神復活までの時間制限。そういうものがあるからこそ、なるべく時間を使わないように行動するべきなのである。
とは言え、邪神復活の期限までは長いし、最悪邪神復活依頼を達成せずに周回することもできる。最初の周回で邪神倒せずに、次の周回に回した人も多いんじゃないかな。これって割とやり込むゲームだし。
だが、今はゲームが現実になっている。
周回、なんて概念は通じないだろう。世界が何度も輪廻を繰り返すような異世界を舞台にしたファンタジー小説やSF小説も読んだことはあるけれど、そんな都合のいい舞台設定に望みを賭ける気にはなれない。
多分、このディアちゃんの冒険は1度きりだ。
だから、私はチートだろうともディアちゃんを支えなければ。せっかくできた私の友達なんだから、邪神程度にやられてなるもんかい。
というわけで、一日のスケジュールを無駄にせず、確実にゴーレムの素材がゲットできるルートにやってきた。ドーフェルの森は意外にも素材豊富で、奥地まで進めばそれなりの素材はゲットできるようになっているのだ。
まあ、ゴーレム作成の一番のネックは30万ドゥカートもするレシピを買うことだから、素材はさしてネックにはならないのだ。
これがダイヤモンドの指輪とか超水質浄化ポーションとかになると、この辺の素材では手が回らないので、遠征しなければいけなくなる。そして、その時に向かう探索マップに出没するのはポチスライム程度じゃないぞ。
装備レベルもそうであるが、個人のレベルも上げていかないとな。
とは言っても、私がやったゲームや読んだファンタジー小説と違って、私たちのステータスなんて分からないから、どんな風に経験値が入っているか謎だけど、基本的に同じパーティーにいれば経験値は入るようになっているはずだ。
……私が一方的にポチスライムの群れを虐殺した経験値は果たしてディアちゃんに入っているのだろうか……。どうにも怪しい。一応、ディアちゃんにも戦闘に加わってもらった方がいい気がする。その方が経験値は確実に入るだろう。
「小娘。多少は自分の手で道を切り開いてみよ。さすれば得られるものもあるだろう」
ディアちゃんもちょっと戦闘してみないと言いました。
「そうだよね。ルドヴィカちゃんにばっかり任せても申し訳ないし、私も頑張るよ」
ディアちゃんがふんすと気合を入れる。
けど、ディアちゃんの装備って本当に初期の初期装備だし、たったの攻撃力2だし、ポチスライム相手でも勝てないのではという疑問が過る。
私も初期の初期装備だったときは同じパーティーのジークさん、オットー君、ミーナちゃんを頼ったものだ。ジークさんは前衛として有能だし、オットー君のサポートは育てると凄いことになるし、ミーナちゃんは貴重な魔術攻撃のリソースだし。
それでも一応ディアちゃんも戦っていたのだ。初期装備の“駆け出し錬金術師の杖”を振るってポチスライムたちと戦っていたのだ。
だから、ディアちゃんも戦うことはできるはず。
いざとなったら私が助けよう。私は戦闘に自信がついてきた。魔剣“黄昏の大剣”があれば、大抵の敵は吹っ飛ばせる。ドーフェルの森の敵は概ね敵じゃない。流石はラスボスといったところである。
「だが、貴様が相手できるような敵は既におらぬようだな」
今日だけで大虐殺されたポチスライムは怯えて逃げ出してしまい、野良犬もどこかに逃げ去ってしまった。今の私たちは文字通りの敵なし状態である。
ポチスライム1体とかならディアちゃんに任せられるんだけどなあ。
「あっ。そろそろお化け石だよ」
ナビゲートのディアちゃんがそう告げる。
そして、到達。お化け石。
見た目はメキシコの巨石人頭像のようなもので、それが風雨にさらされ、劣化したようになっている。明らかな人工物であり、今にも動き出しそうな雰囲気を発してた。
「さて、機械油を採取しよっと。多分、あそから流れているのがそれだよね」
お化け石の根本にはてらてらと流れるのは間違いなく機械油。
……機械油がここに流れているということはこのお化け石は昔は動いていたのだろうか。動くとしても首だけぐるぐる回るとかだったら気味が悪いよね……。
「ワン!」
ディアちゃんが機械油を採取していたときに咆哮が響いた。
ポチスライムだ!
それも1体!
「小娘。それぐらいならばやれるな?」
「うん。任せといて」
ディアちゃんは誇らしげに“駆け出し錬金術師の杖”を構える。攻撃力たったの2の装備だがポチスライムならば6回ぐらい叩けば倒せる。
そして、ポチスライムの攻撃力は大したことはない。体当たりして攻撃してくるけれど、せいぜい1、2のダメージを負う程度だ。ディアちゃんたちの基礎HPはレベル1でも50はあるので、ディアちゃんが倒れるより先にポチスライムが倒れる。
なので、心配はいらないはずなのだが……。
「てえいっ!」
「ワン!」
ディアちゃんがポチスライムを叩く。効果があるようにはさっぱり見えない。
た、多分、ダメージは入っていると思うんだけど、ポチスライムは平然としてワンワンと吠えている。これは放っておいても大丈夫な奴なんだろうか。
「ワンッ!」
そこでポチスライムがディアちゃんに体当たりを敢行した。
「うわわっ」
ディアちゃんはバランスを崩し、後ろに倒れる。
「大丈夫であろうな。あの程度の攻撃ごときで倒れるような貴様ではあるまい」
「そうだよ。負けないよっ!」
ディアちゃんファイト! と言ったつもりです。
ディアちゃんは“駆け出し錬金術師の杖”の杖を構えると、果敢にポチスライムに向けて突撃していった。
「ていっ!」
「ワン!」
「ていっ!」
「ワン!」
「ていっ!」
「ワン!」
な、なんというか、戦闘速度が極めてスローライフだ。
「まるでなめくじの争いのようですね、陛下」
「そうだな。埒が明かんぞ」
エーレンフリート君が告げるのに、私は確かにスローテンポだねと返しました。
「てえいっ!」
そんなときにディアちゃんが勢いよく掛け声を発して“駆け出し錬金術師の杖”をポチスライムに向けて振り下ろした。
「キューン……」
そこでポチスライムはようやく倒れたようであり、ボシュっと白煙を噴き出すと毛皮の素材だけを残して消え去った。
……え? そうなるの?
「やったー! ポチスライム倒したー!」
ディアちゃんがガッツポーズとともにそう告げる。
「温い。それぐらいの勝利で喜ぶな。この程度の下等な魔物にこれほどまでに手間取るとは、私の見た光と言うものは幻だったとでも言いたのか。風の告げた言葉もただの私の聞き間違いだったというのだろうか」
ディアちゃん、頑張ったね! 最初の勝利だよ! と言いました!
「あはは。ルドヴィカちゃんは手厳しいなあ。でも、これで自信がついたから、これからは私もちゃんと戦うよ」
「好きにするがいい」
この調子でいこうねと言いました。
「でも、本当に装備を作り直さないとなあ。ルドヴィカちゃんの持っているような武器があれば、いいんだけれど」
「これは貴様には身の丈に合わぬ武器だ」
最初からこんな黒書武器を持つのは無理だよと言いました。
「そうだよね。ルドヴィカちゃんは魔王だもんね。私は私に合いそうな武器を探すよ」
初期武器は滅茶苦茶弱いけど、そこから少しパワーアップするだけで基礎攻撃力2から基礎攻撃力6くらいまではアップするからね。ポチスライム程度は相手にならなくなるよ。だから、それまでは頑張って。
ちなみにこのゲームでは基本的にアイテムで強弱が決まる。何せ、モノづくりゲームだからね。強い武器を作って、それを強化していくのが勝利への早道。レベルをいくら上げてもHPとMPが増えるだけで、攻撃力はそこまで上がらない。
ディアちゃんも強い武器を作っていけば、自然とレベルは上がるし、今の頼りなさも嘘のようになるだろう。
「陛下」
「どうした、エーレンフリート」
そこでエーレンフリート君が何事かを告げるのに、私の心臓がちょっと引っ張られるようなものを感じた。僅かな力だが、何かが近づいてきている。
そう言えば、このお化け石のある場所には──。
「魔物です。大したものではありませんが」
「そのようだな」
わさっわさっと翼をはためかせてお化け石の上に舞い降りてきたのは、鷲の半身と獅子の半身を持った魔物。グリフォンだ。
正確にはレッサーグリフォン。名前は“森の狩人”。ネームド魔物だ。
このドーフェルの森のボスであり、まともな装備もなくうっかりこのドーフェルの森の最奥まで入り込むと酷い目に遭う。初期装備ではまず勝てない。探索パートではある程度装備レベルを上げてから挑みましょうということを教えてくれる先生だ。
「グ、グリフォン!?」
案の定、初期装備でここまで来たディアちゃんは大混乱だ。
「下がっていろ。邪魔だ」
ここは私に任せてと言いました。
「わ、私にできることはあるかな?」
「ない。貴様はそこで私の背中を見ているがいい」
ディアちゃんには今はまだ無理だよと言いました。
キイィ──!
そこでレッサーグリフォン君が耳に障る雄たけびを上げた。
バトル開始の号令ってところかな。では、頑張ってお相手しましょう!
「クククッ……。哀れな獣よ。誰を相手にしているのかすら理解していないと見える。我が名はルドヴィカ。魔王ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒ。その名を魂に刻み、ここで果てるがいい。我が覇道を邪魔するものは何人たりとて容赦はせぬ」
悪いけどここは勝たせてもらうよと言いました。
「魔剣“黄昏の大剣”」
物騒な大剣がぬらりと私の手に握られる。
それを見て、レッサーグリフォンは明白に怯えた。
そりゃそうだ。いくらボスとは言っても、最初に解放される探索マップのボスだもの。ラスボスが乗り込んでくるなんてのは完全に想定外だ。タケシのジムにワタルが乗り込んでくるようなものである。
そう考えると私ってどうもこのゲームを破壊しているような感じがする……。
「怯え、竦み、震え上がれ。我が前に跪き、断頭を前にして恐怖するといい」
せめて一発でやっつけますと言いました。
キ、キイィ──!
その最後の怯えたような鳴き声がレッサーグリフォンの最後の言葉になった。いや、言葉ではなく鳴き声か。
私が“黄昏の大剣”を上段から下段に振り下ろすと、そこから生じた波動がレッサーグリフォンを欠片すら残さないほどに吹き飛ばした。
森が一斉にざわめき、鳥たちが鳴きながら飛びたつ。木々は薙ぎ倒され、ぽっかりと波動の痕跡に沿ってクレーターが刻まれる。遠くではポチスライムたちと野良犬たちが悲鳴を上げて森の中を逃げ惑っているのも感じた。
……何という壮大な近所迷惑。
「他愛もない。所詮は獣か」
何とか倒せたねと言いました。
「わあ……。すっごーい……。あんなに強そうな魔物だったのに一発なんて。流石はルドヴィカちゃんだね」
「このようなもの児戯よ。それはそうとあれを回収しておけ」
大したことじゃないけど、レッサーグリフォンがドロップしたアイテムはちゃんと拾っておこうねと言いました。
「おっ? 本当だ。さっきのグリフォンが何か落としてる」
落としているというか本体が蒸発した中、それだけ残ったというか。
「グリフォンの羽と爪をゲットー!」
グリフォンの羽と爪は錬成に使えるアイテムになる。羽飾りの帽子やグリフォンの剣の材料になるのだ。どちらもそこそこ有能なアイテムだぞ。強化すれば中盤までは第一線で活躍できるだけの素質はある。
まあ、それで錬金術するにはレシピがいるけどね。
「本来ならば貴様が倒さねばならぬものだったのだが、いいだろう。私の前に立ち塞がるものには等しく死を与えるのみ」
ディアちゃんも装備レベルあげて倒せるようになろうねと言いました。
「ごめんね、ルドヴィカちゃん。何から何まで」
「構うな。私の戯れに過ぎん」
気にしないでいいよと言いました。
「でも、これで無事に機械油もゲットだね。これでゴーレムが作れるよっ!」
本当に嬉しそうだなあ。
私も思わず微笑んでしまった。ルドヴィカの表情筋はコンクリートでできているのかってぐらい固いのだけれど、ここではちゃんと笑うことが出来た。
そうだよね。友達ってこういうものだよね。一緒に何かして、一緒に笑う。
こんな友達がずっと欲しかったんだ。
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