せいぜいこれからも足掻くことだ(快復祝い)
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──せいぜいこれからも足掻くことだ(快復祝い)
ミーナちゃんの毒が完全に抜けてよくなったとの知らせが入った。
体の調子も完全によくなったという医者のお墨付きも貰ったので、ディアちゃんのお店でミーナちゃんの快復祝いをすることになった。
それぞれできることをしようとのことだったが、私にはできることがそんなに思いつかなかったので、ちょっとしたプレゼントと九尾ちゃんの料理を差し入れることにした。
「鳥のローストか。悪くないな」
「病み上がりにはちとヘヴィかもしれませんがの。ところで主様」
「なんだ?」
「鳥の肉と人間の肉は味が似ているということはご存知ですかの?」
思わず渡された料理を落としそうになった。
「まさかとは思うが……」
「冗談ですのじゃ。妾も主様が約束された通り、人間どもの法を守っておりますぞ。それに人間の肉より鳥の肉の方が美味いからですの」
そう告げて九尾ちゃんはにししと笑った。
九尾ちゃんは、もー。
「出かける前に聞いておきたいことがある。九尾よ。魔王軍の中で魔物を使役するものはいるか? ディオクレティアヌスが竜種を従えたように、キメラのような魔物を使役できるものは存在するだろうか?」
これは聞いておかなければならないと思っていたことだ。
あのドーフェルの大洞窟のキメラは不自然だった。
あそこにいるのはレッサードラゴンだけだったはずなのだ。キメラなんてまだまだ出てくるはずがない。明らかにおかしいのだ。
考えられるのは、魔王軍の誰かが私たちの行動を予期して、待ち伏せを仕掛けたというもの。もちろん、これは仮定だ。被害妄想かもしれない。けれど、これからそういう可能性があるならば、備えておかなければならない。
「そうですの。魔物を使役できるのはアルゴルといったところでしょうか?」
「どんな魔物だ?」
九尾ちゃんが告げるのに、私が尋ねる。
「魔眼の持ち主で、目で相手をみることによって呪いをかけるのですじゃ。それを使えば知能のない魔物でも自在に従えることができる。そう聞いたことがありますの」
これが魔王軍の仕業なら、間違いなくそのアルゴルが犯人だろう。
キメラは人語を理解しなかった。あれは知能がさほど高い魔物ではない。
それを従えたということが、そのアルゴルの魔眼によるものなのだろう。
「主様。あまり気になされぬ方がよいですのじゃ。仮にこの街に主様がおられぬとも、仮に主様が前代の魔王から王座を奪わずとも、魔王軍はいずれは世界支配のために動いていたのですじゃ。それに我々は世界に黄昏をもたらすのでしょう?」
「そのことだが……」
九尾ちゃんが告げるのに、私が暫し考え込んだ末に告げる。
これを話すのにはかなりの勇気がいる。
「世界に黄昏をもたらすのは暫し延期したい。私は今の生活もそう悪いものではないと思い始めているようなのだ。私を信じてついて来てくれた貴様らには悪いが」
世界の黄昏をもたらす──世界を滅亡させるのは私の望みじゃない。私は今のようにディアちゃんたちと冒険して、ジルケさんと一緒に過ごして、エーレンフリート君と馬鹿をやる生活が楽しいのだ。
「そんな気はしておりましたのじゃ。妾だけではなく、イッセンも、ベアトリスクも、あの察しの悪いエーレンフリートですらも」
「そうだったのか?」
え? みんな気づいてたの?
「主様は最近楽しそうでしたからの。あの氷のように冷徹だったのが、嘘のようですのじゃ。これが主様の本当の姿というものなのですかの?」
「まあ、そのようなものだな」
ほっとしてしまった。
九尾ちゃんたちは私が変わっても受け入れてくれるようだ。彼らは本当にルドヴィカのことを慕っているのだろう。反旗を翻されるかもなどと考えていた自分が恥ずかしい。
「それでしたら、主様の進みたい道を進まれてください。妾たちはそれを応援しますのじゃ。決して主様に失望したりすることはありませぬ。そのような不敬なことは決して。今の主様のように楽し気にしている主様は妾は好きですぞ?」
「フン。ただの戯れだ。だが、貴様らがいいというのならばもう暫し戯れさせてもらうとするか。貴様らの期待を裏切るのもどうかと思っていたのでな」
「主様のそういうところも妾は好きですのじゃ」
そう告げて九尾ちゃんはにししと笑った。
「それでは出かけてくる。貴様らも用心しろ。敵がまた仕掛けてこないとも限らん」
「はいですじゃ。迎え撃つならば万全の体制で迎え撃ちますのじゃ。このドーフェル市に軽く結界をかけて、早期警戒網を構築しておくとしましょうかの」
うんうん。九尾ちゃんは頼りになるな。
「任せた、九尾。何かあればすぐに知らせろ」
「畏まりました、主様。それではいってらっしゃいませなのじゃ」
というわけで私は九尾ちゃんの見送りを受けてディアちゃんのお店に向かったのだった。みんなが話の分かる子たちでよかった!
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ミーナちゃんの快復祝いにはいつもの面子が集まった。
ディアちゃん、オットー君、ジークさん、ジルケさん、エーレンフリート君、私。
「それではミーナちゃんの快復を祝って!」
ディアちゃんがそう告げて拳を突き上げる。
「ミーナ。快復、おめでとうな」
「快復してよかった、ヘルミーナ君」
オットー君とジークさんがそう告げる。
「……快復おめでとう」
ジルケさんも遠慮がちにそう告げる。
「……」
エーレンフリート君は無言だ。君がそう言う子なのは分かっていたよ。
「一先ずの快復を祝ってやる。その命が多少は伸びたな」
そして、私の挨拶はこれである。
元気になってよかったねって言ったつもりなんです……。
「相変わらずルドヴィカはルドヴィカだね」
そんな私にミーナちゃんは笑いかけてくれた。
「気にしないのか?」
「あんたは私を助けるためにディアと一緒にユニコーンに挑んでくれた。それだけのことをしてくれた人をあたしは恨めないよ。感謝こそすれどもね」
そう告げてミーナちゃんが満面の笑みを浮かべる。
「あたし、ルドヴィカのそういう捻くれたところ好きになってきたよ」
ミーナちゃんはそう告げてくれた。
そんな風に信頼されるなんて思ってもみなかった。だけれど、今日の九尾ちゃんたちといい、ミーナちゃんたちといい、ありのままの私を受け入れ始めてくれている。
私にはそれが嬉しくてたまらなかった。
「せいぜい言っていろ。後悔することになるぞ」
「またまた。ルドヴィカってば捻くれものなんだから」
私の本当の気持ちが伝わっているだけ、前よりずっといいのかな。
「では、ミーナちゃんの快復祝いのためにみんなからプレゼントがありまーす!」
ディアちゃんはそう告げて、大きな包みを取り出す。
「私からは人狼さんたちの毛で作ったローブを進呈。魔物避けの効果があって、それでいて強靭な繊維でできてるんだよ。これからはこれを装備してね。ミーナちゃん!」
「ありがとう、ディア。大事にするね」
“人狼のローブ”は確かに防御力が高くて、そして魔物避けの効能があったはずだ。人狼は狩人。他の魔物は人狼に狩られる定めにあるのだ。その強さが人狼の群れを上回っていない限りは。
「俺からはこれを」
そう告げてオットー君は箱を差し出した。
「あー! フリッグニア王国のチョコレート! どこで手に入れたの!?」
「その、知り合いの冒険者にもらったんだよ。それだけだ」
おやおや。オットー君は何か隠しているな。
「これとっても美味しいんだよ。ありがとう、オットー!」
「これでお前がよくなるなら安いもんだよ」
さては、オットー君はミーナちゃんに気があるなと考えるのは私が恋愛脳すぎるだろうか。でも、オットー君滅茶苦茶照れてるしな……。
「私からはこれを」
「これはダガー?」
「ああ。イッセンさんに作ってもらった。護身用に持っておくといい」
イッセンさんがさりげなく活躍している。
ダガーは見るからに鋭そうで、簡単に相手を切り裂けそうだ。今度、キメラに肉薄されたときはこれで反撃すればいいね。
「ありがとうございます、ジークさん」
「いいんだよ。体に気を付けてな」
ジークさんはできる大人だなー。
「……私からはこれを」
「あ。東方のお茶だ! 珍しい! どうしたんですか?」
「実家に送られてきてた。私はいいから飲んで。体にいいらしいから」
ジルケさんのプレゼントはお茶。うちで飲んでるほうじ茶とはまた別かな?
「では、私とエーレンフリートからだ」
そう告げてエーレンフリート君が料理の数々を広げ、私はミーナちゃんに包みを手渡す。ミーナちゃんは怪訝そうな顔をしながらも包みを開いた。
「これって……」
「ユニコーンの鬣で編んだお守りだ。破邪の効果があると言われている。持っておけ」
私はユニコーンの素材をちょっとばかり拝借して、お守りを作っておいた。
「ありがとう、ルドヴィカ。それに料理もこんなに」
「病み上がりだ。食べすぎるなよ」
ミーナちゃんが私の手を握って感謝するのに私はそう告げた。
「よーし! 今日はお祝いだー! ディアのケーキは!?」
「今、持ってくるよ!」
というわけで、その日はミーナちゃんの快復をみんなで祝った。
私はこの賑やかな光景を見て思う。
この世界にこれてよかったな、と。
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