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貴様らにはまだ早い(ドーフェルの大洞窟が解放されました)

……………………


 ──貴様らにはまだ早い(ドーフェルの大洞窟が解放されました)



「聞いたか、ディア」


「どしたの、オットー君」


 私たちが吸血鬼騒動のあった王都から帰ってきて2日。


 まだ観光客の人たちは来ていないけれど、皆が期待を胸にしている。


 この寂れたドーフェルの街が活性化することを。


 そんなときにオットー君がディアちゃんの店にやってきて、話を始めた。私はディアちゃんからいつものように余剰ポーションを買いつけに来たところだ。


「ドーフェルの西にでかい洞窟が見つかったんだって。行ってみねえ?」


「洞窟かー。いいね。行ってみよう!」


 お。ドーフェルの大洞窟が解禁されたのか。


 ここら辺から敵が強くなってくるので注意しなければならない。いつもの探索マップと同じ気分で挑むと痛い目を見ることになるだろう。


「フッ。貴様らも新たな局面へとたどり着いたということだな」


 新しい探索マップを見つけたんだねと言いました。


「だが、心せよ。新たな地では新たな脅威が待ち受けている。今のままの装備で挑むのは愚かであると知れ」


 新しい装備を手に入れてから出発しようねと言いました。


「どゆこと?」


 ほらー! まるで伝わってないじゃん!


「あれだろ。ドーフェルの大洞窟ってやばい魔物が生息しているって話だし、十二分に用心してから行けって言いたいんじゃないか」


 その通り!


「新しい装備かー。そういえば、最近石鹸づくりで忙しくて、商店街や市場を覗いてないや。今日はそっちの方を見て回ろう」


「うむ。そうするのがよいぞ」


 ディアちゃんがコツコツ投資してくれたおかげか、市場も商店街もそれなりに盛り上がっているからね。新しい装備品のレシピとかも手に入るはずだよ。


「それじゃあ、今日はお買い物! オットー君も来る?」


「んー。そうだな。俺も今日は何のクエストも受けてないし、行くか」


 そう告げてオットー君が参加。


「ルドヴィカちゃんたちはどうする?」


「一緒に行くとしよう」


 私とエーレンフリート君、そしてジルケさんも今日は何のクエストも受けていない。


「それでいいな、エーレンフリート、ジルケ?」


 私はエーレンフリート君たちに尋ねる。


「はっ、それでよろしいかと」


「……一緒に買い物。いいね」


 エーレンフリート君とジルケさんが同意。


 それにしても、だ。


 あんなことがあったのにエーレンフリート君が平然としているのは気になる。


 もう私はエーレンフリート君に責任を取ってもらうと決めたのだ。エーレンフリート君は黙ってればイケメンだし、少しポンコツなところが愛嬌があるし、それなり以上に強いし、割と優良物件だと思うのだ。


 正直なところ、この世界で魔王と結婚してくれるもの好きがいるとは思えないし、生涯独身魔王を貫く気がない私には押さえておきたい人材だ。


 それなのに当のエーレンフリート君にその気がないのは困る。ここはもう少しサービスしてあげるべきなのかもしれない。エーレンフリート君ほどのイケメンになれば、可愛い女の子には困らないだろうからな。


「エーレンフリート。行くぞ」


 そう告げて私はエーレンフリート君に手を差し出す。


 ふふふ。手を握って買い物!


 まさに気分は恋人では? もうこれはかなり進展した仲ですというものでは?


「へ、陛下? その手は……」


「握れ」


 大将、マグロ! じゃなくて手を握れと言っているのです。


「し、し、しかし、私のような立場のものが恐れ多い……」


「貴様は自分がやったことを忘れたのか」


 じーっと私はエーレンフリート君をジト目で見る。


 そうだぞ、そうだぞ。君は私のことを押し倒して、無理やりキスしたんだぞ。私のファーストキスを奪ったんだぞ。ちゃんと責任は取ってもらうからな。逃げようったってそうはいかないからな。


「あ、あれはカミラの黒書武器のせいでして……」


「いいから握れ」


 言い訳するのはみっともないぞ、エーレンフリート君!


「はい……」


 エーレンフリート君は壊れ物でも扱うように慎重に私の手を握った。


「よし。いくぞ、ディア」


「あいよ!」


 ディアちゃんも支度を済ませていざ出発!


 ……というところで私は視線を感じた。


「ジルケ。どうした?」


「……私たち、友達?」


「そうだぞ。それがどうかしたのか?」


 そこでジルケさんはじーっとエーレンフリート君と結んだ私の手を見る。


「む。これは友情とは無関係だぞ。これは男女の仲を示すものだ」


「へ、陛下!?」


 ジルケさんにもう一方の手を握られてしまったら、私はFBIに連行される宇宙人の姿になってしまう。それにこれはエーレンフリート君は私のものだということを示すための大切なアピール行為であるのだ。


「……どうしても、ダメ?」


「分かった、分かった。帰りには貴様と手を握ってやる」


 ジルケさんにそんなに見つめられたら断れないよ。


 そして、にこにこするジルケさんである。


「そろそろ、いいか? 行こうぜ」


「うむ。行くとしよう」


 というわけで、商店街に出発!


……………………


……………………


 商店街。


 空き店舗ばっかりだったここも、最近では店舗数が増えた。


 精肉店、八百屋、薬局、そしてポチスライム屋さん!


 そう、ついにこの街にもポチスライム屋さんがオープンしたのだ。


「ポチスライム屋さんだって」


「ポチスライム屋? ポチスライムを売ってるのか?」


 ディアちゃんが目ざとく気づくのに、オットー君が疑問の声を上げる。


「それ以外に何を売るというのだ。覗いていくぞ」


「了解!」


 というわけで私たちはポチスライム屋さんに入店。


「いらっしゃいませ!」


 私たちを出迎えてくれたのはポチスライムヘッドの店員さんだった。


 明らかな作り物だと分かるけれど、変人だ。


「今日はポチスライムをお買い求めに?」


「ポチスライムって飼えるんですか?」


 店員さんが告げるのにディアちゃんが首を傾げる。


「もちろんです、もちろんです。ここいるポチスライムはどれも人間になれたもの。砂糖水だけで飼育でき、ちゃんとお世話してあげるならば最長で40年は生きますよ!」


「わあ。凄い!」


 その上、良質なポチスライムを飼ってると、ランダムお客さんが増えるという。


 これはお手頃価格で買えるはずだから、買っておくんだディアちゃん!


「ちなみに1匹いくらぐらいですか?」


「予防接種済みのもので2500ドゥカートです。ですが、レアなポチスライムはちょっとお値段がしますよ。このまだら模様のポチスライムなんて可愛いでしょう?」


「いいですね!」


 ポチスライムもいろいろと毛並みの色が違っていて、個性豊かだ。


 猫のようにいろいろと模様を持ったポチスライムが並んでいる。


「それから、もしあなたが珍しいポチスライムを見つけて捕まえてきてくれたら、喜んで買い取ります! このドーフェルの周辺には珍しいポチスライムが出ると聞いて、私はここにお店を出すことを決めたのですから!」


「うーん。ポチスライムってどうやって捕まえるんです?」


 あれ? 私も忘れちゃったや。どうしたんだっけ?


「この特殊な檻を使ってください。ここに砂糖水を入れて置いておけば、ポチスライムが捕まえられますよ。ちなみに檻は300ドゥカートです」


 ほうほう。檻で捕まえるのか。


「それじゃあ、そこの縞々のポチスライムと檻をください!」


「毎度あり!」


 ドーフェルの大洞窟を探索するための装備を整えに来たら、ポチスライムを購入していた。どういうことだろうか。


 ま、まあ、これから観光客の人たちが訪れるならば、ランダムお客さんを集めるポチスライムを今から飼っておくのも悪い選択肢であるまい、多分だけれどね。


「よろしくね。名前を考えてあげないと」


「ワン!」


 檻の中のポチステイムは元気よく鳴いた。


「ポチ? それじゃあ安直かな。バディとかドギーとかイヴァン雷帝とか……」


 ……ひとつどう考えてもポチスライムに付ける名前じゃないのが混じったぞ。


「ポチでよかろう。たかだかポチスライムの名前で早々悩むな」


 シンプルイズベストだよと言いました。


「よし。これから君の名前はポチだよ。よろしくね、ポチ!」


「ワン!」


 さて、予定外の買い物も終わったわけだし、本来の買い物に戻ろう。


 まず行くべきは──。


「お邪魔しまーす」


 本屋さんだ。


 本屋さんで最新のレシピと新しいレシピのヒントを手に入れるのだ。


「新しいレシピ、入ってます?」


「入っているよ。上級治癒ポーションのレシピに、アイスクリームのレシピに、他にもいろいろとね。買うかい?」


「全部ください!」


 思い切りのいい買い物の仕方だな、ディアちゃん。


「全部で5000ドゥカートだよ」


「はいどーぞ!」


 ディアちゃんは本当にお金に余裕が出来たようだ。


 私たちはそれからあれこれと立ち読みをして、新しいレシピのアイディアになりそうなものを手に入れると、本屋さんを出た。


 次に向かうのは毎度おなじみ。


「ここかあー」


 そう、よろず屋グラバーである。


「何か新しいもの売ってるかな?」


「見てみなければなんとも言えんな」


 とりあえず覗いてみようと言いました。


 しかし、またぼったくり価格なんだろうなあ。


「お邪魔しまーす」


「おお。これは錬金術師のお姉さんじゃないですか。何かお求めで?」


 ディアちゃんがお店に入るとジンジャーちゃんが駆け寄ってきた。


「何か新しい商品は入ってないかなって」


「それでしたら、いろいろと取り揃えていますよ」


 ジンジャーちゃんはそう告げてディアちゃんを店の奥に案内する。


「……凄いいろいろと置いてある」


「ほとんどガラクタだ。何の役にも立たん」


 実際のところこのよろず屋グラバーの商品の9割はジャンクである。何の役にも立たないゴミが置いてあるだけである。そのゴミも馬鹿みたいな値段がする。


 ここで本当に価値のあるのはレシピだ。


 本屋さんで扱うよりも早く、そして手広くレシピを扱っているお店がここなのだ。


 ディアちゃんは既に自分で樽爆弾と巨大樽爆弾のレシピを買ってたみたいだし、ものの良し悪しは分かると思うけれど、不安だ。


「ルドヴィカちゃん! 見て、見て! 究極のお菓子のレシピだって!」


「戯け。それはただのウェディングケーキのレシピだ」


 何を買おうとしてるのさ、ディアちゃん。


「我々はこれからドーフェルの大洞窟に向かうのに必要な装備を整えるために買い物に来たのだぞ。それを無駄なことに使うのではない」


 寄り道はほどほどにねと言いました。


「うーん。何か武器のレシピってあるかな?」


「それでしたら、この『図解で分かる。武器強化図鑑』がありますよ! 何と伝説の黒書武器の強化方法まで載っているそうでして」


 あー! 黒書武器の強化がアンロックされるレシピ本だ!


 黒書武器の強化レシピは鍛冶屋では手に入らなくて、ここであの本を買うことによってアンロックされる……はずだったと思う。


 断言できないのは何分、ゲームをやったのが昔だからとしか。


 でも、他に黒書武器を強化する方法はなかったよね?


「しかし、今そのようなものを購入しても素材が揃わないのではないか?」


「分からないよ。試してみなくちゃ。というわけで、これいくら?」


 黒書武器の強化とか周回プレイ要素なので1周目で強化が行えるとも思えないのだが。


「50万ドゥカートです!」


 そして、やっぱりぼったくり価格。


「50万ドゥカートだね。はい、どうぞ!」


 そして、ディアちゃんが値引きもせずに現金で支払った!


「随分と羽振りがいいな」


「これもルドヴィカちゃんにポーションを買い取ってもらっていたおかげだよ。それに最近では石鹸でも稼いでいるしね」


 ううむ。やはり冒険者を始めたのは正解だったか。ディアちゃんにいい具合にお金が流れていっている。この調子なら街の拡大も近いね!


「それじゃあ、次は職人通りだね」


「うむ。職人通りだ」


 私たちはそういうわけで職人通りに移動。


 その間も私とエーレンフリート君は手をつないでいるわけなのだが、エーレンフリート君が隣に立とうとしないので、嫌がる犬を無理やり散歩に連れて行っている飼い主の図になってしまっている。困った。


「エーレンフリート。隣に立て」


「そ、そのような恐れ多い……」


「責任は取らせるといったはずだぞ」


「は、はい……」


 む。あんまりパワハラすると嫌われてしまいそうだ。パワハラはよくない。あんまりパワハラが過ぎるとエーレンフリート君がもっと魅力的な女性の方に流れちゃうかも。


「エーレンフリート。これはこれまでの貴様の働きを認めるものでもあるのだ。貴様はこれまでよくよく私に尽くしてくれた。そのことを評価しての処遇だ。決して貴様を罰しようというわけではないのだぞ。ありがたく思うがいい」


「はっ、ありがたき幸せ」


 ……全然、優しくなっている感じがしないけれど、エーレンフリート君が嬉しそうなのでそれでよしとしよう。


「まずは防具屋さんからだね」


 ディアちゃんは防具屋に入っていく。


「おう! いらっしゃい、クラウディアちゃん! 装備品はちゃんと装備しないと意味がないぞ!」


「もう、分かっているよ、ザームエルさん」


 この間と同じようなセリフとともに出迎えてくれたのはザームエルさんだ。


「ザームエルさん。新しい防具のレシピっておいてる?」


「おうよ。いろいろとあるぜ。自由に見ていってくれよ」


 ザームエルさんはそう告げてレシピの棚を指さす。


「ふむふむ。この間の人狼さんとレッサーバシリスクの素材で何か作れそうだね」


 人狼さんも素材になっちゃうのか。ちょっと良心が痛む。


「それから騎士の鎧! 今はちょっとばかり素材が足りないけど、ジークさんに作ってあげたいなー」


 おお。ディアちゃんが恋する乙女の表情をしている。


 ジークさんのカッコよさはこの間私も経験したのでよく分かるよ。


 けど、エーレンフリート君だってなかなかカッコいいんだからね!


 って、張り合ってどうする、私。


「どんな素材が必要なのだ?」


「鉄鉱石、魔法水、エメラルド」


「それなら市場で集まるのではないか?」


 別段、モンスターの素材とか必要とされてないならいけると思うけどな。


「そう? じゃあ、これ全部ください! 後革ひももお願いします!」


「あいよ! 特別価格で3000ドゥカートだよ! 毎度あり!」


 防具に必須の革ひもも手に入れたので、防具屋にもう用はない。


 次は鍛冶場だが……。


「お邪魔しまーす!」


「ああ。いらっしゃい、クラウディアさんたち」


 フランク・フェルギーベルさんが受付で出迎えてくれた。


「新しい装備のレシピってありますか?」


「ええ。いろいろと取り揃えていますよ。ご覧ください」


 ディアちゃんがフランクさんからレシピを見せてもらっている間、私はこっそりと鍛冶場を覗く。鍛冶場ではイッセンさんが無心に鋼を鍛えている。


 イッセンさんには間接的に助けられた。イッセンさんがジークさんの剣を鍛えなおしておいてくれたおかげで、私は危ないところをジークさんに救われたのだ。感謝、感謝。


 もちろん、エーレンフリート君も活躍したけれどね!


「“石化の弓”、“青水晶の杖”、“中級錬金術師の杖”、それから“鬼のハルバード”。ふむふむ。今ある素材で作れそう」


「ハルバード? ジルケの武器も作るのか?」


 ディアちゃんが告げるのに私は首を傾げる。


「うん。ジルケさんにもお世話になってるしね。今度のドーフェルの大洞窟の探索も依頼するつもりだから」


 おお。ディアちゃんはやっぱりいい子だ。


 しかし、ジルケさんの装備ってこんなに早く解禁されるものだったっけ?


 もうちょっと後だったような……。


 ま、いっか! 気にしない、気にしない。


「では、そろそろ市場に寄っていくぞ。あまりもたもたしていると閉まるからな」


「了解!」


 というわけで最後は私たちは市場へ。


 ようやくエーレンフリート君が隣に立って進んでくれるようになった。


 のだが、ジルケさんも対抗して私の隣に立つので、私はFBIに連行される宇宙人の様相を成していた。ルドヴィカはそこまで身長は低くないのだけれど、やはりエーレンフリート君たちと比べるとどうしても相対的に低くなる。


 ちなみにディアちゃんと私の身長差は同じくらい。


「いろいろと買うものがあるけど売ってるかな」


「どうだろうな。貴様が市場に投資していれば商品の幅は広がるだろうが」


 ディアちゃん。観光には投資しているみたいだけど、商業の方はどうかなー?


「それなら市場の利便性アップに投資したよ! 効果が出てるかも!」


 お。流石はディアちゃん。抜かりないです。


「おおー! しばらく見ないうちに市場が立派になってる!」


 確かに、確かに!


 あのがらんとした市場が今では人で溢れている。行商人も多いようだ。


「これならお目当てのアイテムもゲットできるかも! 行ってみよう!」


 ディアちゃんはトトトと市場に向かう。


「安いよ! 安いよ! なんにでも使える薬草、安いよ!」


「新鮮な魚だよ! 今晩の夕食にどうだい!」


 うわあ。本当に賑やかになったなあ。


 あちこちで客引きの声がする。こうなると大衆食堂のレベルもアップしたかも。


「そこのお嬢さん! この薬は胸に塗ると、豊胸の──」


「ああ?」


 何か言いましたか?


「な、なんでもないです」


 胡散臭い商品まで売ろうとする人たちが出るのは玉に瑕か。


 ディアちゃん、騙されてないといいけど。


「ルドヴィカちゃーん! 材料揃ったよー!」


 向こうからディアちゃんが走ってくる。


「フッ。この世の全てでも集めきったような表情だな。だから、貴様は世界を知らぬのだ。この世にはもっと様々なものがあるというのにな。この私ですらこの世界の全てを知り尽くしてはいない。知っているのは顕現せし我が瞳に映るもののみよ」


「う、うん。でも、必要なものは揃ったよ」


 久々に出たー! 私の中二病!


 私はただ必要なものが揃ってよかったねと言っただけのつもりなのに。


 もう死にたい。


「それでは、それで装備を作っておけ。探索には付き合ってやろう。これも戯れだ」


「了解! 準備を済ませておくね!」


 というわけで、本日の日程はこれにて終了。


 後はディアちゃんが装備を整えるまで待つだけだ。


……………………

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