下らぬ戯れに付き合ってやろう(探索に向かおう)
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──探索に向かおう
その日の夜はなかなか眠れなかった。
夕食は九尾ちゃんの手作りで、きつねうどんではなく、普通の和食が出た。食べなれた味に満足しました。このドーフェルの傍には川も流れているのでお魚も取れるのだ。川魚の塩焼きは大変美味です。
「妾の料理は人を堕落させるためのものですからの。こうして至れり尽くせりで、人間たちからやる気を奪っていくのですじゃ」
「ほう。私からも気力を削ぐつもりか?」
「とんでもない。主様の覇道を妾の料理ぐらいで阻もうなど」
九尾ちゃんがそう告げてにししと笑う。
ちなみに米とか醤油、味噌とかは普通に入手できるアイテムです。醤油と味噌は錬金術でも作れるという。錬金術は本当になんでもありだな。ケーキから発酵食品までとは。
まあ、米があるので九尾ちゃんの和食も食堂で提供できるだろう。珍しい味として、人気になるかもしれないね。
それからベアトリスクさんとお風呂に入った。
一緒に入ったというよりも、ベアトリスクさんに入浴介護というか、体を洗ってもらったり、髪を洗ってもらったりしたわけです。
ベアトリスクさんってば美容院の店員さんみたいに丁寧に髪を洗ってくれるから気持ちよかった。ルドヴィカちゃんの体は長い髪だから手入れ大変だなって思ってたけど、毛根からしっかりマッサージしてもらえて、夢見心地で堪能できた。
それはそうとベアトリスクさんの体形は凄い。モデルさん顔負け。
私の体はまあ美少女体形であると思う。お肉は付きすぎてないし。まあ、お胸の方はベアトリスクさんと比較すると少しばかり残念だと言える。転生前の私よりも心もとないサイズだ。ラスボスが巨乳でも反応に困るし、これでいいのだろう。
それからベアトリスクさんからお肌のマッサージや爪のお手入れをしてもらって、エーレンフリート君に見送られてベッドルームに入った。
だが、眠れない。
明日はディアちゃんとお出かけ──もとい、探索パートだ。
今日はなんとか乗り切ったけど、元から人と接することにコンプレックスがあることに加えて、言語野に魔王弁がインストールされてしまっている私はディアちゃんと、ちゃんと過ごすことができるのだろうか。
今日だけでも愚か者だのなんだの酷いことを言いまくっている。内心で嫌われてたりしないだろうか。ディアちゃんは優しい子みたいだから、表には出さないけれど、心の奥底では私と付き合うのにうんざりしてるかも……。
うーん。悪い方向に考えるととことんネガティブになってしまうのは、魔王になっても変わらないか。ダメだな、私。
せっかく生まれ変わったんだから、もっとこうポジティブになれないかな。まあ、生まれ変わった先が魔王では何ひとつとしてポジティブになれる要素なんてないと言われればそれまでなんだけど。魔王だもんなあ。
けど、エーレンフリート君も、九尾ちゃんも、イッセンさんも、ベアトリスクさんも私のことを慕ってくれているし、友達とはいかないけれど、今はひとりじゃない。それだけは飛び切りよくなったことだと思う。
さて、頑張って眠らなくちゃ。
明日は万全のコンディションで臨みたい。ディアちゃんに嫌われないように、彼女をばっちりとサポートしてあげたい。ゲームの知識はおぼろげでどこまで役に立つのか分からないけれど、それでもできることはしたいんだ。
さあ、寝よう。
羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹……。
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「陛下、どこに向かわれるのですか?」
朝食を食べ終えて、私がベアトリスクさんに頼んで出発の支度をしていると、エーレンフリート君が怪訝そうにそう尋ねてきた。
「何。大した用事ではない。あの小娘が城壁の外に行くと言うのでな。ちとばかり楽しませてもらおうかと思っているだけだ」
ディアちゃんと城壁の外で錬金術の素材を集めてくると言いました。
「それでしたら是非とも私めをお供に。ここ近辺には陛下を狙う不逞の輩の存在しております。陛下に万が一のことがありましたら」
「よろしい。では、ついてくるがいい、エーレンフリート。だが、貴様の歩みに歩調を合わせるつもりはないぞ。ここでは私こそが掟だ」
「畏まりました、陛下」
エーレンフリート君はゲームの中では一番強い四天王だったし、本当に私を狙っている前魔王の勢力がいるならば一緒に来てもらった方が嬉しいところだ。
問題はエーレンフリート君がディアちゃんと喧嘩しないかなんかだけど……。
「エーレンフリートよ。私はあの小娘を玩具として気に入っている。壊したりするような真似はするな。あれは私のものだ。それが理解できないのであれば、同行は許さぬ」
「陛下のおっしゃられるがままに」
そこはかとなく不安だ。
幽霊屋敷の扉がノックされたのはそんな時だった。
「イッセン。見てまいれ」
「はっ」
私はイッセンさんに頼んで客かどうかを確認する。
「やっほ。ルドヴィカちゃん、いるかな?」
来客はミーナちゃんだった。
「うむ。職場の方が準備できたと言う知らせだろう。風がそう囁いておったからな」
そんな感じの予感はしてましたと言いました。
「えっとね。九尾ちゃんにはこの街唯一の大衆食堂“紅葉亭”で店主のハインツさんと話をして。多分、雇ってくれることは間違いなしだから。それからイッセンさんには鍛冶屋“鉄の魂”で仕事をしてくれるかな。あそこは親方が引退してから、人手不足なんだ。それからベアトリスクさんにはうちの扱っている不動産の中から空き店舗を用意したので、そこで自由に商売してくれていいよ。あっ、ちなみに賃貸料は取らないから安心してね」
流石はこの街最大の商会のお嬢様。やることが素早い。昨日の今日なのに。
「これでいいかな?」
「ふっ。人間の児戯に付き合うにはこれぐらいで十分だろう」
いい場所を紹介してくれてありがとうと言いました。
「それじゃ、皆さんとそれぞれのお店に案内するからついてきてくれるかな?」
「行ってまいれ、皆の者。私は夕刻までには帰る」
ミーナちゃんが告げるのに私が付け加えた。
「畏まりました、我らが主」
「お言葉のままに、主様」
「……承知しました、我が主」
私の言葉にベアトリスクさんたちが跪いて頷く。
「これで街もバリバリ発展しちゃうね。ところでルドヴィカちゃんはお出かけ?」
「ああ。錬金術師の小娘とすこしばかりな」
私が出かける準備をしていたのに気づいたミーナちゃんが尋ねる。
「そっか! じゃあ、ディアのことよろしくね。あの子、間が抜けてるから」
「我が気まぐれ次第だ」
任せておいてと言いました。
「では、行くぞ、エーレンフリート」
「はっ、マイマスター」
というわけで私たちは出発。
待ち合わせ場所は南の城門。ここを出て東に向かえばドーフェルの森だ。
「おーい! ルドヴィカちゃーん!」
既に待ち合わせ場所にはディアちゃんがいて手を振っていた。
「我を待たせぬとは良い心がけだ。褒めて遣わす」
遅れてごめんねと言いました。
「えへへ。街の外の探索とか初めてだから張り切っちゃった。お弁当も作ったから、夕方まで頑張って探索しようね!」
「ほう。まあ、せいぜい頑張るといいだろう。私をがっかりさせてくれるな」
気合入ってるね。一緒に頑張ろうと言いました。
「そうそう。樽爆弾は作れなかったけど、カサンドラ先生からもらった杖を持ってきたよ。ポチスライムでもこれで5、6回は叩けば倒せるからね」
一番最初の装備品だね。装備の更新はまだなのかな?
ちなみに初期装備である“駆け出し錬金術師の杖”の攻撃力はたったの2です。そして、ポチスライムのHPは12くらい。エーレンフリート君の“処刑者の女王”が基本攻撃力7000近いと考えると、正直……。
ま、まあ、これから樽爆弾とかの錬金術兵器も増えて、装備も更新していけるだろうし、今はこれで大丈夫だよ。少なくともゲームではちゃんと回っていた。
「貧相な装備だ。戦う気があるとは思えんな。貴様は私の背中でも眺めているがいい」
「ごめんね、ルドヴィカちゃん。もっといい装備は売ってるみたいなんだけど高くて」
序盤の資金繰りは苦労するもんね。分かるよ。
「いつまでも貧相な装備では役に立たん。今度、まともな装備を錬成できるレシピを与えてやろう。跪いて受け取るがいい」
「えっ!? いいの? この間、ゴーレムのレシピ買うときにお金借りたままだよ?」
「フン。あのようなはした金をいつまでも気にするな」
あのお金は気にしないでと言いました。
ちなみにあの後、恐る恐る自分がどれだけの財産を持っているのか確認したら、300万ドゥカートは出てきました。具体的な数字は不明だけど、流石はラスボス。貯蓄の額も半端ないぜ。これで当分、生活に苦労することはなさそうだ。
……いや、このゲームだと投資とかレシピ購入とかしてると軽く300万ドゥカートは飛ぶんだよな……。商業地区の再開発に、農業振興に、観光地開発とかやっていると、とてもじゃないが300万ドゥカート程度じゃたりない。むしろこれこそはした金。
ディアちゃんに足長おじさんするのはいいけど、それなりに私もお金を稼いでおかないと尻切れトンボな援助になってしまう。
けど、友情をお金で買うのっていいのかなあ……。
「助かるよ、ルドヴィカちゃん。でも、お金はあんまり貸してくれなくていいよ。その代わりにお仕事の依頼をしてくれると嬉しいな。そうしたら私は錬金術師として腕前が上がるし、ルドヴィカちゃんはアイテムが手に入るし、よくないかな?」
おお。その通りだ。ディアちゃんのためを思うのならば、ここはただお金を渡すよりも、お仕事を依頼した方がいい。序盤はランダムお客さんも少ないし、固定登場人物による依頼は貴重な収入源のはずだ。
「貴様ごときが私の求めるものを作り出せるとは思えぬが、まあ考えてやろう」
近いうちに依頼出しますと言いました。
「ありがと! 張り切って作るからね!」
ディアちゃんはこんなにいい子なのに、自分の魔王弁が憎い。
「それではそろそろ行くぞ。集めなければならないものは多いだろう。いつまでも貴様としゃべくっているほど私も暇ではないのだ」
「おー! レッツゴー!」
というわけで、私たちは南城門からドーフェルの森を目指して出発した。
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本日の更新はこれで終了です。
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