手間のかかる連中だ(職人さんを王都へ)
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──手間のかかる連中だ(職人さんを王都へ)
ジルケさんは無事に晩餐会を終えたそうだ。
なんでも独身貴族たちの集まりだったようで、いわゆる合コンに近いものだと思われた。貴族も合コンをするのかと合コン経験ゼロの私は感慨深く思った。
そして、ジルケさんは話によればモテモテだったという。
私も出発する前にジルケさんを見たけれどあれは絶対にモテると思ったもん。
髪の毛は若干ウェーブをかけて背中に伸ばし、少し編み込んだもの。ドレスはしっかり採寸したはずなのにジルケさんの胸元が凄く谷間です……なものだった。そのはちきれんばかりの胸元に私は自分の胸元を見て悲しくなった。
で、合コンでモテモテだったジルケさんだが、結婚する気はさらさらなく、父親の言いつけで無理やり出席させられただけだという。男爵家の末っ子だから、それなりにいいところにお嫁に行けば、実家も喜ぶというものだが、ジルケさんは結婚はまだ早いと思っているそうである。
この世界の結婚適齢期が分からないので、私も『そうだな。貴様にはまだ働いてもらわなければ』などと言ってしまった。
だが、ジルケさんも19歳だし、後数年もしたら結婚を考えないとね。
私? 魔王が結婚するはずないじゃん。ハハハ。
はあ……。
さて、そんなジルケさんのイベントが終わってから数週間後のこと。
「職人たちを王都に送り届けてほしい?」
いつもの冒険者ギルドでエーレンフリート君が取ってきたクエストを見て、私は意味が分からず、その依頼書をじっと眺めた。
「はっ。あの成金の娘の会社──ハーゼ交易の依頼でして、それなりの腕のある人間を求めております。報酬はいいようですので、これを受けてみてはいかがでしょうか?」
「ハーゼ交易か。連中のクエストは人気だと聞いていたがどうなのだ?」
私はここでジルケさんにそう尋ねた。
「……確かにハーゼ交易のクエストは人気。だけど、人を護送するクエストはあまり人気がない。行きは仕事になるけれど、帰りは仕事にならないから。だから、受ける人が出てこなかったんだと思う」
「なるほど」
確かに依頼書を見ると行きの旅費は含まれているが、帰りの旅費は含まれてない。仕事は行きだけで帰りは仕事になっていないようだ。これでは王都に用事のある人しか依頼を受けようとは思わないだろう。
「よし。これを受けるぞ。王都には興味があったところだ。この依頼のついでに王都が如何に退廃した都市であるかを見定めてきてやろう」
私は王都に用事がある人なのでクエストを受けます。
王都でドーフェルの温泉の話がどれくらい広がっているかも確認しておきたいしね。宣伝、上手くいっているといいけどなあ。
というわけで、私たちは王都まで温泉づくりに従事していた職人さんたちを護送するクエストを受注したのだった。
王都って汚い汚い言われてるけど、そこまで汚いものなのだろうか?
そこら辺を含めて観光ついでに王都にゴー!
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王都まで護送する職人さんたちは4人のはずだった。
「どうしてここにいる。錬金術師の小娘に成金の娘」
どういうわけか職人さんたちに紛れて、ディアちゃんたちがいた。
「えへへ。実を言うと王都の宣伝の様子を見学にと思って」
「ついでよ、ついで。いいじゃない。ふたりぐらい増えたって」
この子たちはちゃっかりしているなあ。
「まあ、構うまい。たかだかふたり増えた程度だ。王都まで連れていってやる」
「帰りもお願いね! 宿泊費は私が出すから」
うん。凄くちゃっかりしている。
「では、馬車に乗れ。王都まで出発だ」
「おー!」
私たちは馬車に乗り込んで、王都に向けて出発した。
「ところで、今ジークさんも王都にいるって知ってた?」
「辺境の騎士がか?」
ジークさんが王都で何しているんだろう……。
まさかドーフェルに魔王がいますよということを国の中央に……!
なわけないか。ジークさんは信頼できる人だ。私たちが無害な間はそっとしておいてくれるだろう。まして、街の振興に貢献しているのだから、私たちに隠れてこっそり通報ということもないはずだ。信頼して大丈夫。
となるとジークさんはなんで王都に?
何か仕事があるのかな。騎士だもんね。それなりに仕事はあるか。
私の魔王弁は辺境の騎士、辺境の騎士と言い続けているけれど、ジークさんって確かそれなり以上の騎士団の所属だったはずだしな。中央でやらなければいけないような仕事もあるのだろう。
「ジークさん、何しているんだろ。ドーフェルが盛り上がってますって国王陛下に伝えに行ってくれてるのかな」
「そんなわけないでしょ。仕事よ、仕事。ジークさんも騎士団の騎士としていろいろと仕事があるのよ」
「例えば?」
「ええっと。書類を書いたり?」
あっ。これはミーナちゃんもよく分かってないな。
「それにしてもジルケさん。この間はすっごく綺麗だったね。注目の的だったじゃん」
「……え、あ、うん」
あれ? ミーナちゃんも合コンに参加してたの?
……ミーナちゃん。私と同い年ぐらいだよな。14、15歳。
それぐらいで大人の合コンに参加するの? この世界はいろいろと凄いな……。
「あれってどこのドレス? ジルケさんの実家から持ってきたの?」
「……う、あ、あの」
ジルケさんはミーナちゃんのテンションにはついていけてないな。
「あれは私が準備させたものだ。ジルケが晩餐会に出席するというので、我が友に相応しいだけの装いをさせただけである」
ここら辺で助け舟を出しておこう。
「あー! そっか。ルドヴィカのところにはベアトリスクさんがいるもんね。私もベアトリスクさんに一着作ってもらおうかなあ」
「貴様はどうせそうそうドレスなど着ないだろう」
「着ますー! 私だって一応は貴族令嬢なんだから。晩餐会に出たり、お父様とあいさつに行ったり、いろいろとあるのよ」
ミーナちゃんがフンッという顔をしてしまった。
けど、ミーナちゃんがドレス姿のところって1回しか見たことないんだよな。
「なら、ベアトリスクに任せておくがいい。多少は成金の臭いが消えるドレスでも作ってやるだろう」
「嫌味な言い方。でも、まあそれがルドヴィカよね」
そう告げてミーナちゃんはけらけらと笑った。
「何かおかしかったか?」
「さあ、分かりません、陛下」
ううむ。私が中二病キャラだと再認識されて笑われているのだろうか。
まあ、笑いが取れているうちはいいよ。無視されたり、嫌われたりし始めたらたまらない。せっかく友達ができつつあるのだから。
さて、王都までは馬車で3日の旅ということだった。
気長にのんびり行くとしよう。そうそうトラブルは起きないはずだ。
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「ルドヴィカとエーレンフリートは王都へ、か」
魔王城でそう呟くのはヴラドだった。
「予定通りというところかしら?」
ヴラドにそう尋ねるのは血のように赤い髪をした女性──アルゴルだ。
ディオクレティアヌスが敗れ、ピアポイントが敵の軍門に下った今、ルドヴィカの軍門に下っていない魔物たちを率いる四天王はこのふたりだけになっていた。
「さてね。完璧に見える計画もちょっとした綻びで破綻することがある。私は楽観はしないよ。ただ、ルドヴィカがピアポイントたち人狼に守られているドーフェルを出たことはチャンスとして受け止めさせてもらっている」
ヴラドはそう返し、アルゴルを見た。
「君はいつ動く?」
「私の動きたいときに」
ヴラドの問いにアルゴルはあっさりとそう返した。
「これ以上四天王がバラバラに動いて各個撃破されていくのは避けたいのだが」
「纏まって動いて纏まってやられるのもいやでしょう?」
渋い表情を浮かべるヴラドにアルゴルはそう返した。
「意見の相違だな。だが、君が動かないのであれば、我々だけでやらせてもらうとしよう。我々まで君に合わせるつもりはない」
「ディオクレティアヌスやピアポイントの二の舞にならないという自信はあるの?」
ヴラドが立ち上がるのに、アルゴルがそう尋ねた。
「自信はあるとも。ディオクレティアヌスやピアポイントのようにはならんよ。こちらもそれ相応の準備をしているのだからね。そうだろう、カミラ?」
そこでヴラドが物陰に向けて声を発した。
「そうよ、そうよ、そうよ、そうよ。今日という今日の日のために準備を続けてきたわあ。あの愛しいエーレンがルドヴィカとかいう泥棒猫に掻っ攫われてからというもの、準備を続けてきたのよお。愛しい、愛しい、愛しいエーレンを取り戻すためにい」
そう告げるのはひとりの女性だった。
濡れ羽色の黒髪。濁った赤い瞳。エーレンフリートと似たような意匠の軍服。背丈は長身でジルケほどはあるだろう。
そんな女性が喉をひくつかせながら笑い声をあげていた。
「では、行くとしよう、カミラ。エーレンフリートはできれば生け捕りにしてもらいたい。始祖吸血鬼をこれ以上失うわけにはいかないのだ。誇り高き吸血鬼がこのまま絶滅するのを黙って見ていられるだろうか」
ヴラドはそう告げるとカミラを連れて、魔王城から消えた。
「……小さな綻びが計画の破綻に繋がる。そう分かっていながら挑むのね、ヴラド」
アルゴルは小さくそう告げた。
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