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雑用はやらせておけ(温泉を作ろう)

……………………


 ──雑用はやらせておけ(温泉を作ろう)



 早速、ハーゼ交易による温泉開発が始まった。


 ミドガルドシュランゲも退治されて安全になったので、無事に予定通り作業が始められるというものである。ミドガルドシュランゲ出没の知らせを受けて、工事の延期も計画されていたそうだからね。


「温泉開発ってなにするんだろうね」


 私たちはミドガルドシュランゲの報酬を受け取り、大衆食堂“紅葉亭”に入った。すると、既にディアちゃんたちがいて、ディアちゃんたちと一緒にお昼ということになった。今日はオットー君はいないけれど。


「知らん」


 ディアちゃんの疑問に私がばっさり。知らないですと言ったんですが。


 まあ、実際に温泉の作り方なんて私は知らないのだ。


 まずはあれでしょ。石や岩で温泉の予定地点を囲んで、ちゃんと浸かれるように掘って、そこをさらに石や岩で綺麗に固めて、そこに温泉のお湯を流す。後は柵で男女に区切ってできあがり、とかじゃないのかな。


「王都から石工職人さんたちも呼んだみたいだし、本格的にやるみたいよ」


 ミーナちゃんがそんなことを告げる。


「まあ、雑事は下賤なものどもに任せておけばいい。我々が関わる必要はない」


「そんなこと言ってー。ミドガルドシュランゲを退治してくれたのってルドヴィカちゃんなんでしょう?」


「む。それはそうだが」


 ディアちゃんが悪戯気な笑みでそう告げる。


「やっぱりルドヴィカちゃんも温泉、楽しみなんだ。私も楽しみだよ!」


「フン。まあ、期待せず待っておいてやろう」


 凄く楽しみです。


「でさ、ディアはようやくレッサーバシリスクの毒の治癒ポーションができたんだよね? これでついにドーフェルの山の入山規制も解除?」


 おっ? ディアちゃん、ついに治癒ポーション作れたのか?


「うん。今、オットー君に冒険者ギルドに届けに行ってもらってるんだ。レッサーバシリスクが討伐されたら、ドーフェルの山の入山規制も解除だね」


 随分と時間がかかったような気もするが、ようやくドーフェルの山の山頂に行けるぞ。いざ、レッサーバシリスクを退治して、あそこも観光地にしてしまおう。


「それからね。温泉工事の人たちのための疲労回復ポーションも頼まれてて。そっちの方ももう少しで出来上がるんだ。カサンドラ先生から素材をいっぱいもらったから、今の私はいろいろと作れるよ!」


 そうなのだ。あのイベントをこなすと、いろいろと素材がどっさり手に入るのだ。もっともその段階で入手可能な素材に限られるけれどね。


「……温泉。外でお風呂に入るのって気持ちいいの?」


 ジルケさんがぼんやりしながらそう尋ねる。


「私はわかんないや。入ったことないから」


「あたしもー」


 そして、ディアちゃんとミーナちゃんが私の方を向く。


「ルドヴィカは経験あるんでしょ?」


「当たり前だ」


 こう見えても私は前世は日本人。温泉大国日本の温泉地九州の真ん中で育ったのだ。露天風呂なんて何度も入っているぜ。


「どんな感じなの?」


「まず開放感があるな。室内の湯と違って空気が外気のもので湿っておらず、それが開放的だ。もちろん周囲の景色を楽しめることも開放感のひとつだぞ。あの山ならば鳥の鳴く声を聞きながら、ゆったりと身を湯に沈め、外気の涼しさとお湯の温かの差を感じながらゆっくりと過ごすのは極楽だろうな」


 おっと。思わず早口になってしまった。


 ひ、引かれてないかな……?


「へー。それって楽しそう。完成するの楽しいだなー」


「なんだかんだでルドヴィカも楽しみなんじゃん」


 ディアちゃんもミーナちゃんも笑顔で流してくれた。この世界は優しい。


「……一緒に行こうね?」


「ああ。一緒に行ってやるぞ」


 ジルケさんが告げるのに私が頷く。


 しかし、エーレンフリート君が先ほどから気配を消している。


 女子4人で温泉の話しているのに、男子は居辛いよね。


「食事も済んだ。そろそろ行くか、エーレンフリート」


「はい、陛下」


 エーレンフリート君が可哀そうなのでそろそろ切り上げる。


「そうだ。あたしもそろそろいかないと。ハーブの仕入れの件で農家の人に話を聞く必要があるんだった」


「ああ。ハーブ! 早速、農家の人から買ってみたよ。石鹸にしてみたから、こんどミーナちゃんとルドヴィカちゃんに上げるね」


「楽しみにしてるよ、ディア。それじゃね」


 ミーナちゃんはお勘定を済ませて大急ぎで出ていった。


「それからルドヴィカちゃん。これ、依頼されてた品。ウスターソースと日焼け止めクリームとそうめんの麺と汁ね。アイスクリームは溶けちゃうからうちに取りに来て」


「うむ。確かに受け取った。帰りにそちらに寄っていく」


 ディアちゃんの仕事の速度が上がっているな。


「我々も行くぞ」


 私もお勘定を済ませて、通りに出る。


「陛下。今日は午後から何を」


「何も決めてはおらん。だが、イッセンたちの仕事場を見てこようかと思う」


 今日は予定なしなのだ。


 またニートに逆戻りしたわけではなく、めぼしい依頼もなく、冒険者ギルドは相変わらず混雑していたので、何か別のことをしようと思っていたのだ。冒険者ギルドは依頼ひとつ受けるだけで数時間かかるからな。


 まあ、最近はベアトリスクさんやイッセンさんのお仕事の様子を見てないから、見てこようと思う。部下を大切にする魔王なので。


「それでは参りましょう」


「うむ」


「陛下。職人通りはそっちではなくこっちです」


 ……私は数ヶ月も暮らした街で迷子になるのか。もはや才能だな。


……………………


……………………


 まずはイッセンさんの仕事を見に、職人通りにやってきた。


「邪魔するぞ」


「ああ。ルドヴィカさん。何かお求めで?」


 私が鍛冶場“鉄の魂”の扉を潜るのに、フランク・フェルギーベルさんが出迎えてくれた。お求めのものは何もないけれどね!


「イッセンは鍛冶場か?」


「はい。イッセンさんがうちに来てくださってから刃物がよく売れて。凄くよく切れると評判なんですよ。助かります」


 イッセンさんは頑張ってるなー。


「覗いていくぞ」


「え。ちょっと待った方が」


 私はひょいとイッセンさんの仕事場を覗く。


 イッセンさは眼球保護用の眼鏡をつけ、厚手のエプロンをつけて鉄を打っていた。


「これは、我が主。どうなさいましたか?」


「うむ。たまには貴様らの仕事ぶりを見てやろうと思ってな」


 職場見学に来ましたと言いました。


「ありがたき幸せでございます。ところで、そちらのものが陛下と同じパーティーのジルケというものでしょうか?」


「そうだ。会うのは2度目か」


 人狼騒ぎの時は自己紹介する暇もなかったからね。


「そのもののハルバード。見せてもらっても?」


「構わん。見せてやれ、ジルケ」


 私がそう告げるのにジルケさんはおずおずとハルバードをイッセンさんに渡した。


「少し、鍛えなおす必要があると思われます。任せていただければ打ち直しましょう」


「そうだな。どうする、ジルケ?」


 イッセンさんに任せるならばきっといいものになるよ。


「……うん。今はクエストもないし、預ける」


 ジルケさんはそう告げて頷いた。


「何日ほどかかる?」


「3日もあれば本来のものより優れた切れ味を取り戻すでしょう。お任せください」


「分かった。努力せよ、イッセン」


 イッセンさんは頼りになるな。


「それからイッセン。そうめんが食べられるぞ。夕食にするか?」


「おお。でしたら、九尾にお渡しておいてください。九尾なら作れるでしょう」


 イッセンさんが僅かに嬉しそうな顔をする。


 こんなに暑い場所で真夏に一所懸命作業してるんだもんね。そりゃそうめんも食べたくなるよ。私もそうめん食べたくなってきた。


「では、仕事に励め。行くぞ」


 イッセンさんは見てきたので、次はベアトリスクさんだ。


……………………


……………………


 ベアトリスクさんのお店の前にはまた豪華な馬車が止まっていた。


 今日のお客さんもお嬢様だろうかと思って扉を潜る。


「まあ、まるで若返ったようですわ」


「似合っているよ、エミリア」


 今日のお客さんは30代ほどのご婦人だった。夫らしき人も同行している。


「お似合いですわ。服装も大事ですが、化粧だけでも印象は随分と変わります。今日のことをお試しになってみてください」


「ええ。そうするわ。ここはいいお店ね」


 ベアトリスクさんが笑顔で告げるのにご夫婦は仲良く出ていった。


「ベアトリスク。仕事に精がでているようだな」


「はい、陛下。最近は随分と顧客層も固まってきましたわ。王都でも口コミが広がってるようでして、それなりに評判のようですわ。このまま上手くいけば、この街にもそれなりの客が集まるのではないでしょうか」


 それはいいことだ! これから温泉の街としてアピールしていくのに加えて、ファッションの街という評判もあれば、このドーフェルを訪れるお客さんもがっぽがっぽではなかろうか。これは明るい未来が見えてきたぞ。


「仕事に励むのだぞ、ベアトリスク」


「ところで、陛下。新しいドレスがあるのですが」


「……この間のようなものではないだろうな?」


 この間のような痴女ドレスはごめんだよ!


「あれとは異なりますわ。また別の意匠のドレスなのです。どうか、私めに新しいインスピレーションを与えると思って、着てくださいませんか?」


「そこまでいうのであれば仕方あるまい」


 私は渋々というようにベアトリスクさんの着せ替え人形になることになった。


 今回のドレスというのは──。


「まあ、お似合いですわ、陛下」


 なんというか体にぴったりフィットするアオザイのようなドレスだった。私の体のラインがはっきりと出ている。貧相なボディではあるが、それなりにメリハリはあるので、こういうドレスも案外似合うかもしれない。


 だが、問題は布地が薄いということ。


 ものすごく布が薄い。下着が透けて見える。


 見えても大丈夫な下着を着ているけれど、これは恥ずかしい。


「……わーお」


 ジルケさんが目を丸くして私の様子を見ている。


 エーレンフリート君は……今日も壁の方を向いている。


「ベアトリスク。これはなしだ。下着を見せびらかして歩くなど言語道断だぞ」


「見せびらかしてはいませんわ。絶妙な透け具合なのですから。チラリズムに似た美しさでしょう。これは男性の視線を釘付けにし、どのような宴でも話題になること間違いなしですわ。是非ともご活用ください」


 いや、チラリズムとかどこで覚えたの、そんな言葉。


 それにこれはチラリズムとは言わないよ。もろに見えちゃってるよ。


 見えても大丈夫な下着だけれど、これは恥ずかしいことこの上ない。


「もっと淑女に相応しいドレスを準備しろ。この間から貴様は下着を見せることにこだわりすぎだ。下着は見せるものではない」


「見せていい下着というものもあるものなのですよ」


 ないない。ありません。


「まあ、私がドレスで着飾って出かけることなどないだろうから、構わんがな。だが、いざという時に着るドレスが前回のようであったり、今回のようであったりしては困る。ちゃんとしたドレスも準備しておくのだぞ」


「畏まりました、陛下」


 ふう。ベアトリスクさんも隠れ問題児だな。


「さて、今日のところはこれぐらいでいいだろう。帰るぞ、エーレンフリート」


「は、はひっ、陛下!」


 ……まーた挙動不審になってるよ、この吸血鬼さんは。


……………………

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