温泉開発
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──温泉開発
その日、ハーゼ交易の方から使用人の人が来て、是非とも会社に来て欲しいと言われた。唐突なことだったので戸惑ったが、エーレンフリート君に今日のクエストは任せて、私だけでハーゼ交易の社屋を目指すことにした。
「よくいらしてくださいました、ルドヴィカさん!」
ハーゼ交易では代表取締役のハインリヒさんが出迎えてくれた。
「外は暑いでしょう。ささ、中へどうぞ」
問答無用で社内に連れ込まれてしまった。
「いらっしいませ、ルドヴィカ様」
おっと。リーヌス君も私を出迎えてくれたぞ。
「しっかり働いているか、人形」
「はい。与えられた職務はこなしている所存です」
リーヌス君はいつものむすっとした表情でそう告げる。
「では、会議室の方へどうぞ」
会議室?
何か会議するの?
会議って苦手なんだけどなあ……。
私は案内されるがままに会議室へ。
「やっほ。ルドヴィカちゃん。最近、あんまり会えてなかったね」
おお。ディアちゃんがいる。確かに最近は冒険者稼業が忙しくて、ポーションの買い出しもエーレンフリート君に任せていたために、会えてなかった。
「ぶー……。こいつがきたら絶対に決まっちゃうじゃん」
そして、その横には不満そうなミーナちゃんが。
「これは何の集まりだ?」
「聞いてないの?」
「聞いてはおらぬ」
何々? 何か重要なことの話し合い?
それなら私が呼ばれる意味が分からないのだけれど。
「お待たせしました。さてさて、では、始めましょう」
暫くしてからハインリヒさんがやってきて、リーヌス君がアイスコーヒーを配っていってくれる。暑い日にはアイスコーヒーだよね。たまらないぜ。
「まず、今回の議題を発表しましょう。それはずばりドーフェル市温泉村計画です!」
ハインリヒさんが告げるのにぴゅーぴゅーとリーヌス君が笛を鳴らして盛り上げた。
いや、盛り上げたじゃないよ。温泉村計画って何さ?
私は説明を求めてハインリヒさんを見る。こういう時に腕を組んで、上体を僅かに反らし、視線が鋭くなってしまうのが魔王弁に次ぐ問題児、魔王行動力。
「ドーフェル市温泉村計画とはこのドーフェル市に豊かに存在する泉源を利用して、このドーフェル市を盛り立てていこうという計画です。この付近の温泉は美容にもいい成分が含まれていることは錬金術師であるクラウディアさんに確認してもらっています」
「そうだよ。ここのお湯ってポーションの材料になるくらいいいお湯なんだ。魔力も含まれてるから、精神的に疲れた人にもいいし。これは使うっきゃないよね」
おお。温泉のお湯がポーションの材料になるのか。
魔法水のことはしってたけど、温泉まで素材にするとは恐るべし、錬金術。
「というわけで、疲労回復と美人の湯としてこの街の温泉を開発し、一大リゾート地にしようではありませんか」
「なるほど。話は分かった。だが、それが私にどう関係する?」
話は分かったけれど、私に接点ないよね?
「またまた。最初に温泉でこの街を盛り上げると提案されたのはルドヴィカ様ではないですか。娘のヘルミーナから聞いていますよ。なんでも野外に温泉を作る計画もあるとか。是非とも聞かせていただきたいと思いまして、今日は来ていただいたわけです」
あー。あの銭湯での話か。
し、しかし、私に具体的な計画なんてないぞ。どうする?
ゲームの時はどうやってたっけ……。
「ふむ。そうだな。まずは森と山の周囲から魔物を遠ざけなければならないだろう。幸いにしてそれについては私の部下が既に行動している。後は野外までの道のりの整備と宿泊施設などの整備だ」
「なるほど、なるほど。いやあ、ルドヴィカ様は行動がお早い!」
「褒めても何も出んぞ」
全然ノープランで適当に提案しましたと言っては不味い。
「しかし、いくら観光地を整備しても、周知されなければ客足は見込めぬぞ」
宣伝しないとダメですよと言いました。
「その点についてはクリスタラー錬金術店がスポンサーになってくれることになりましたので、ご安心を」
ハインリヒさんが告げるのにディアちゃんが私にVサインを送ってきた。
えー!? ディアちゃん、いつの間にそんなにお金稼いだの!?
「これもルドヴィカちゃんのおかげだよ。ルドヴィカちゃんがポーションを買っていてくれるから、お金に余裕ができたんだ。それでミーナちゃんのお父さん──ハインリヒさんが宣伝のためのスポンサーを募集しているって聞いたから」
「ほう」
ディアちゃん! そんなに立派になって!
ということは序盤の金欠状態は脱したわけだ。これからはあらゆる場所に投資して、そして増えるランダムお客さんと合わせて、お金が指数関数的に増えていくって寸法だよ。もちろん、宣伝の効果はすぐにはでないよ。3、4か月くらいかかるよ。それでもこれからはお金稼ぎが楽になることは間違いなし!
「それならばそのまま進めるがいいだろう。温泉の有名な都市となれば、有象無象の観光客どもがやってくることだろう。その分、治安やサービスにも気を使わなければならないだろうがな」
「そうですねえ。自警団の方にも見回りを強化してもらわなければなりませんね」
自警団、外の見回りは人狼たちに任せているからいいものの、街の中の見回りはちゃんとできるんだろうか。おじさん組織だし、どことなく不安にさせられる。
「定住者についてはどうなっている?」
やはりここは都会から若い人たちを呼び寄せないと。
「観光業が盛んになれば、自然と人口は増えるのではないでしょうか?」
「甘いな。ここはどう足掻いても田舎だ。若い者は職と便利さを求めてこのドーフェル市を出ていった。ある程度の環境を整えてやらねば、若い人材は戻ってこないぞ」
そうなのである。
ランダムお客さんにもいろいろと種類があって、お土産を買っていく観光客の皆さんと自分たちの生活に必要な品を買っている街の住民とがあるのだ。
観光アピールして観光業を促進するのはいいけれど、定住者が出てこないといずれ人手不足で発展も中途半端に終わっちゃうんじゃないかな。
「定住者ですな。本当にルドヴィカ様はよく考えておられる」
私の言葉にハインリヒさんが膝を叩いた。
「やはり利便性を高めるためには商人を誘致するしかありませんな。幸いにして商店街は比較的活気を取り戻しております。これもルドヴィカ様のおかげですな」
え? 私、何かした?
「何の話だ?」
「またまた。ベアトリスクさんのお店は好評でそれを求めて多くの人々がやって来ているのですよ。そのおかげで商店街も活気を取り戻しつつあるのです」
ベアトリスクさんのおかげかー。確かにお嬢様とか来てたからね。
王都からドーフェルまではそれなりの道のりだし、長旅に必要な道具を買っていくというのもあるだろう。そのおかげで需要が生まれてるんだね。
「それならば結構。これからも街の利便性を上げていけ。それが必要だ」
「それも重要だけれど、もっと重要なこともあるでしょ!」
私がそう告げるのにミーナちゃんが吠えた。
「農家の人たちは観光が盛んになっても何の利益も得られないじゃない。農家の人たちの振興案も考えなきゃ!」
ミーナちゃんは農家の人たちのことも考えているのか。立派な子だ。
だけれど、投資は観光に絞った方がいいんだよなあ。
「それについては私にアイディアがあるよ」
そこでディアちゃんがそう告げる。
「まず、ここでしか取れない特別なハーブをハーブティーにしてお土産にするの。それからハーブのエキスを抽出して石鹸にしたりとかね。ここのハーブは凄く薬効が高いってカサンドラ先生からのお墨付きももらえたしいけると思うな」
おお。ディアちゃん、あのハーブの解析まで頼んでたのか!
「それって本当?」
「本当だよ。見本として宿泊施設や温泉で出してみて、気に入ってもらえたら、買って帰ってもらうとかどうかな。案外行けると思うんだけど」
あるよね。その地方の名産品を宿に置くのって。
しかし、ナイスアイディアだ、ディアちゃん。これなら農家の人も助かるよ。
「でも、農家の人の主力商品である農作物なんかは?」
「ハインツさんの大衆食堂や宿泊施設で美味しく料理して提供しよう。この地方の野菜はとっても栄養に満ちているってカサンドラ先生も言っていたし、きっと美味しいって言ってもらえるよ。とにかく、今は街に来てくれる人を増やさないと」
ディアちゃんが説得するようにミーナちゃんに告げる。
「むう。それで本当に大丈夫なのかな」
「この地方の土壌には魔法水に似た成分の水が地下を流れているから、ハーブにしてもお野菜にしてもいいものなんだって。だから、きっと受け入れてもらえるよ」
ミーナちゃんが唸るのに、ディアちゃんが安心させるようにそう告げる。
「今はクラウディアさんの意見に乗ってみてはどうだ、ヘルミーナ。我々もそれでダメならば農家の輸出促進のためにも何かしらの案を考えよう」
ハインリヒさんもそう告げる。
「分かったよ。納得したわ。ディアの案にかけてみる」
最終的にミーナちゃんは同意した。
「それでは、ルドヴィカ様」
「なんだ?」
これ一件落着でしょう?
「温泉の予定地点まで案内していただけますか。我々も実物を見ておかなければ」
「分かった。案内しようではないか。ありがたく思うがいい」
というわけで、私たちはこの暑い中、会議室を出て露天風呂の建設予定地へ。
しかし、エアコンでもあったのか室内はやたらと涼しかったな……。
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