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値引け(こっそりお買い物)

……………………


 ──値引け(こっそりお買い物)



 ドーフェルの街は思った以上に過疎化が進んでいた。


 商店街は空き店舗が目立ち、まだ午後3時くらいなのに閉店しているお店もある。


「酷い田舎だな」


「あはは。前はもっと栄えてたらしいけど、交易ルートから逸れちゃって、そのまま今みたいな状況になったんだ。今は何でも東から輸入するからね。南にあるこの街は置いてけぼり。特に特産物もないから仕方ないんだけど」


 地方都市ドーフェルの初期状態は、まあ酷いものである。


 ディアちゃんが告げたように交易路から外れてしまったこの都市は、若者が職を求めて他所の街に出かけて行ってしまう傾向が続き、お年寄りやディアちゃんみたいなこの街から動けない人たちばかりが残っている。


 これを発展させなければならないのもゲームの目的だ。


「これまでの施政者の無能が招いた結果だな。貴様もこの街を立派なものにしようと思うのならば覚悟しろ。並大抵の方法では街は栄えんぞ。エーレンフリートの言うように他の街を滅ぼしでもしない限りはな」


「頑張るよっ!」


 ディアちゃんは前向きな子だ。


「それで樽爆弾のレシピってどこにあるの?」


「こっちだ。風が呼んでいる」


 私たちは中二病なセリフを吐きながら、商店街の路地に入った。


 そこには──。


『よろず屋グラバー』


 と、書かれた看板の下がっているお店があった。


「あれ? こんなところにお店があったんだ?」


「日頃から周囲に注意を配れば、これぐらいのものはいとも容易く見つかる」


 ディアちゃんは多分、商店街の本屋さんでばっかりレシピを買ってたんだと思う。


 けど、それだけじゃダメなのだ。


「邪魔をするぞ」


 私はよろず屋の扉を開いて、中を見渡す。


 並んでるもののほとんどはただのガラクタ。何の価値もないアイテム。


「いらっしゃいませ」


 そんな品揃えを眺めていると、店の奥からトトトと少女が飛び出てきた。


「ようこそ、よろず屋グラバーへ! 若くて、美しいお客様が2名もいらしてくれるなんて光栄です。品揃えは充実していますから、お好きなものをどうぞ。このパワーストーンにはなんと美容にもいいという効果があるそうなんですよ」


「本当!?」


 この少女はジンジャー・グラバー。この店の主だ。


「騙されるな。それは何の価値もないただのガラクタだ。物の真贋も見分けられぬか」


「ご、ごめんなさい」


 騙されないで。意味のないアイテムだよとだけ言いました。


「店主。このごみ溜めのような店でも錬金術のレシピは扱っているだろう。どこだ?」


「ごみ溜めとは失礼な。まあ、錬金術のレシピも扱っていますよ」


 そうそう、このよろず屋グラバーじゃないと手に入らないレシピもあるのだ。


 本屋さんで買えるのはお菓子や回復系ポーションのレシピ。対して、このよろず屋グラバーで手に入るのは爆弾や毒薬のレシピ。だから、本屋さんでばっかりレシピを買っても、戦闘系のものは揃わないのだ。


 このことは確かミーナちゃんが『路地裏に変わったお店があるよ!』と教えてくれることが切っ掛けで行けるようになるんだったかな。ミーナちゃんは既に教えていたけど、ディアちゃんが確かめるのを忘れてたってところだろう。


「こちらにありますよ、錬金術のレシピ」


「おお! 本当だ!」


 ジンジャーちゃんが指さすのにディアちゃんが店の一画にある本棚に駆け寄った。


「何々。『樽爆弾が初心者でも作れるレシピ』。これかあ。ちなみにいくらです?」


「初めて来店されたお客様なのでサービスして5万ドゥカートでいいですよ」


「5、5万ドゥカート……」


 分かる。高いんだよね、この店のレシピ。


 序盤のお店の売り上げが大体5000ドゥカート程度。主要登場人物からの依頼をこなすと不定期に1万、2万ドゥカートは入るけれど序盤は依頼も低額のものが多い。


「値引きしろ。ぼったくりだ」


 ちょっと割引できませんかと言いました。


「それはできない相談です。このジンジャーの扱う品は天下一品。値下げなんて……」


「値下げしろ」


 私は魔王になった気分でそう告げる。


「ひ、ひえっ……」


 ジンジャーちゃんは思わずのけぞってしまった。


「いいよ、いいよ、ルドヴィカちゃん。私の貯蓄でもなんとか買えるから」


「ならば、好きにするがいい」


 正直、よろず屋グラバーは価格がどれもぼったくり価格なので、一度でいいから値引きさせてみたかったんだよね。ゲームの時は投資に回すお金やレシピを買うお金で、とにかく出費が続くのにぼったくりなんだから。


「あっ! 『誰でも作れるゴーレム・初心者でも分かる!』って本がある!」


「おお! お嬢様、お目が高い!」


 あ。脱線してる。


「これはかの有名なゴーレム学者のアロン・ネタニヤフの著書で『これで私もゴーレムが作れました!』『彼女が出来ました!』『儲かってたまりません!』との喜びの声が寄せられている名著なのですよ!」


 う、うーん。ゴーレムかー。


 後半になってくると作業を自動化してくれるゴーレムは必須だ。何せ、依頼の桁も増えるし、店頭の商品は瞬く間に売れていく。


 だけど、それはドーフェルの街がある程度ある程度、振興したときの話。


 序盤のゴーレムは特に意味がない。遠征に行っている間、留守番してくれていることぐらいだ。序盤はランダムお客さんも少ないので、店番をしてもらっていても、大した額が入ってくるわけではない。


 それになにより──。


「この本っておいくらですか?」


「何と、今だけサービスで30万ドゥカートです!」


「3、30万……」


 うん。とても高いんだ。ゴーレムのレシピ。


 序盤からゴーレムを持ってても意味ないし、後で買えばいいから──。


「はあ、ゴーレムかあ……」


 ディアちゃんが羨望の眼差しでゴーレムのレシピを眺めている。


 私はそっと自分の財布を確認する。


 きちっと25万ドゥカート入っていた。


「そこまでゴーレムを欲するか? その心の奥底より、ゴーレムを求めるか?」


「できれば欲しいな。ゴーレムがいたら錬金術師って感じがするし。けど、30万ドゥカートかあ……。当分、手が届かないなあ……」


 こんなに悲し気なディアちゃんを見捨てられるだろうか。いや、無理だ。


「使え」


 私はそう告げて財布を投げ渡した。


「25万ドゥカート!? これって……」


「錬金術を極めたいのだろう。その程度のはした金、くれてやる」


 これって私の全財産とかだったらどうしよう。明日から無一文だよ。


「ありがとう、ルドヴィカちゃん! 店長さん、この本ください!」


「喜んで―!」


 衝動的に行動してしまったが、本当はゴーレムのレシピなんて序盤にはいらないんだよ、ディアちゃん。まだ君のお店はゴーレムが必要なほど忙しくないよね。


 けど、ゴーレムに憧れる気持ちは分かるよ。私もゲームの時はゴーレム欲しいなってずっと思ってたもん。30万ドゥカートのレシピを買って、ゴーレムに必要な素材を集めて、いざゴーレムが完成したときには感動したもん。


 ゴーレムは最大で4体まで保有可能で、店番、掃除、錬金術の素材の下ごしらえ、探索のお供と役割を割り振れる。忙しくなってくるとあれこれしなきゃいけないことが増えるし、イベントもこなさないといけなくなるし、大忙しなのだ。


 それにゴーレムも作るのにも材料がいろいろと……。


「ゴーレムを作るには粘土質の土と硝石、機械油、水銀と。ど、どうしよう。どれも私の家の倉庫にはないよ」


 うん。だろうね。序盤じゃ使わないアイテムだから。


「愚鈍な。そのようなことも知らなかったのか。どれもダンジョンなどに潜らずとも、近場の探索や市場で手に入る。近場の探索すら行ったことがないとは言わせぬぞ。己のいる場所がどのような環境なのかも知らずに暮らすなど笑止千万」


 近場や市場で手に入るアイテムだから、頑張って集めようねと言いました。


「よし! ゴーレム作り、頑張るぞ!」


「ゴーレムは手段であって、目的ではない。理解しているのか?」


 ゴーレムもいいけど他の依頼もこなそうねと言いました。


「樽爆弾も結局はレシピが購入できておらず、貴様の今の戦闘能力はポチスライム以下だ。それを心しておけ。街の外に出るときには怯えながら過ごすといい」


 外に出るときには気を付けてと言いました。


「うーん。そうだよね。私ってポチスライムが2体も現れたら負けちゃうだろうし」


 流石にオットー君も物語中盤での入手が想定されているゴーレムの素材に必要とされるものは集めてくれないので、ゴーレムの素材集めにはディアちゃんが外に出ないといけないのだ。いわゆる探索パートである。


 初期のマップはドーフェルの森。


 魔物は最弱のポチスライムぐらいしかでない安全な場所だ。けど、今のディアちゃんはそのポチスライムにすら負けかねない……。


 だが、大丈夫!


 何も探索パートはひとりで行う必要はないのだ。ジークさん、オットー君、ミーナちゃんは初期でも仲間になってくれる頼もしい仲間で、特にジークさんは強い。連れて行けるのは2名で、剣を主体に戦うジークさんか、弓を使うオットー君か、魔術攻撃が使えるミーナちゃんの中から適当に選ぶことになる。


 戦闘を一緒に行うと友好ポイントも蓄積されるから、攻略したいキャラクターを選ぶのも重要だろう。私はハーレムルートのために努力したよ。


「何のための馴れ合いだ。貴様はあの辺境の騎士やしょぼくれた冒険者、成金娘という連中を利用するために馴れ合っていたのだろう。ならば、利用すればいい。使えるだけ使い、役に立たなければ見捨てろ」


 仲良くしてるジークさんや、オットー君、ミーナちゃんに頼ってはどうかなと言いました。相変わらず私の言語野は言葉が悪いな!


「むう。ジークさんたちをそんな風に言っちゃダメだよ?」


「私にとってはどいつもただの凡人に過ぎんのでな。気にするな」


 ごめんなさいと言いました。


「けど、探索についてきてもらうのかー。ジークさんは最近増えた魔物の対策で忙しいし、オットー君には既にオオクサノオウの花集めを頼んでるし、ミーナちゃんはルドヴィカちゃんのお友達の職場の件で忙しいだろうし……」


 ディアちゃんがうーんと考え込む。


「そうだ! ルドヴィカちゃん、一緒に来てくれないかな?」


「私についてこいと?」


 ええー! わ、私!? ここで私を誘っちゃうの!?


「ルドヴィカちゃんがよければだけど。みんな忙しいみたいだし」


「ほう。まるで私が暇を持て余しているかのように言うのだな」


 確かに暇だよと言いました。


「だが、我が力を欲するならば、それなりに贄は用意してもらうぞ」


 別に手伝ってもいいよと言いました。


「うーん。どんなお礼がいいかな?」


「今日のあの甘き誘惑でもよかろう。我が配下たちも気に入っていたようだしな」


 ケーキを分けてくれたら嬉しいよと言いました。


 ケーキはエーレンフリート君も、九尾ちゃんも、ベアトリスクさんも気に入っていたのでいいお土産になるだろう。イッセンさんには別に何か考えなきゃいけないけど。


「甘き誘惑……? ああ、ケーキのことだね。分かった。用意しておくよ」


 ディアちゃんもなんとかこの魔王弁を理解してくれているようで助かります。


「それじゃ明日の朝に南城門で待ち合わせよう。待ってるよ!」


「ふっ……。気が向けばな」


 明日会おうねと言いました。


 これでディアちゃんともかなり仲良くなれた気がする。


 魔王として討伐されるのは避けられるのかな?


 さて、私も自宅に帰ろう。あの幽霊屋敷に……。


……………………

6/7

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