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心躍るな(やばい状況)

……………………


 ──心躍るな(やばい状況)



 ドーフェルの通りを13歳ほどの少女と30代ほどの男が駆けていた。


「みいつけた」


 少女の方がにししと笑うと、その手から札が放たれる。


 その札の向かう先は市場をうろうろとしていた不審な男たち。


 札は男たちに命中すると、男たちの上半身が膨張し、その人狼としての本性が露になる。市場にいた人間は悲鳴を上げ、商品を撒き散らして行商人が逃げようとする。


「おのれ。この力は九尾かっ!」


「ご明察なのじゃ。化け物を殺しても法には反さぬ。死ぬがいいぞ」


 人狼のひとりが叫ぶのに九尾は飄々とそう返し、その九尾の前に30代ほどの男──イッセンが躍り出て、その腰から片刃の刀剣を引き抜いて、人狼に斬りかかる。


「あ、が……! 銀を塗布しているな! 卑怯者め!」


「人間に身を隠して忍び込んだ貴様らに言われたくはない……」


 イッセンはそのまま1体の人狼を切り捨てると、次の人狼を狙う。


「ただではやられぬ! 貴様の首をピアポイント様に献上する!」


 そう告げて人狼の1体がイッセンを狙って大きく鋭い爪の並ぶ腕を振るった。


 だが、その爪がイッセンの体に当たったと同時にイッセンの体が蜃気楼のように消えさえる。そのことに人狼が目を見開いた。


「妾が幻術が得意なのを忘れたかの?」


 そう告げて九尾が怪しく笑う。


 次の瞬間、その人狼の周りを取り囲むようにイッセンが姿を見せた。


「おのれ! 幻術程度で!」


 激高した人狼がぐるりと一回転して、全てのイッセンの幻影を引き裂く。


「駄犬め。ここだ」


 だが、人狼の周りのイッセンは全て九尾の生み出した幻影であった。


 本物のイッセンは人狼の頭上から襲い掛かってきた。


「があっ……!」


 人狼が背中を大きく引き裂かれ、血飛沫を撒き散らして地面に倒れる。


「さて、ちょっとお話の時間といこうかの」


 九尾はそう告げると血飛沫を撒き散らして血に倒れた人狼の額に札を貼る。


「アア、アア……」


「さて、聞きたいのじゃが、ピアポイントはこの件に関わっているのかの?」


 唸り声を上げ始めた人狼に九尾が親し気に声をかける。


「関わっておられる……。今回の襲撃を命じたのはピアポイント様だ……」


「やはりあの阿呆が関わっておったのか」


 人狼の言葉に九尾がため息をつく。


「それで、ピアポイントはお主たちに何を命じたのじゃ?」


「街の中で混乱を起こせと……。我々が混乱を起こしている間に行動すると……」


 九尾の次の問いかけに人狼がそう答える。


「混乱を起こしている間に行動……? それは……」


「陽動か」


 イッセンはすぐさま人狼の言葉の意味を見抜いた。


「九尾。我が主はどこに?」


「既に街を出ておられる。やはり襲撃に気づかれたようじゃの。主様の力では街中では戦いにくいからの」


 九尾にはその臭いからルドヴィカの居場所が分かった。


「だが、引っかかるな。我が主を外に引き出すためだけならば、街中で騒ぎを起こす必要はない。むしろ逆効果だ。我が主は街中の敵をその圧倒的力によって鏖殺されただろう。そこに人狼どもの勝ち目などない」


「そうじゃのう。こやつらは何を考えておったんじゃ?」


 イッセンの言葉に九尾が首を傾げる。


「……何か別の目的があるのやもしれぬ」


「だが、何を狙うのじゃ?」


「分からぬ」


 イッセンと九尾はその場で考え込む。


「いたぞ! ここだ!」


「覚悟しろ、裏切り者どもめ!」


 そして、その場に新たな人狼がなだれ込んできた。


「考えている暇はなさそうじゃの」


「……我が主を害するものは全て切り捨てるのみ」


 なだれ込んできた人狼たちに九尾とイッセンがそれぞれ構える。


「そら、相手してやるぞ、小僧ども。かかってくるがよい」


「四天王だが何だか知らないが調子に乗るなっ!」


 九尾の挑発に人狼たちがまんまと乗った。


「焼け落ちよ、狐火」


 九尾がそう告げると青白い炎が人狼たちを包み、生きたまま焼き始めた。


「この程度でっ!」


 1体の人狼が燃えながらも前に出るが無駄だった。


「お主たちが妾に立ち向かおうなど1000年早いわ」


 九尾の陰はすっと消え、次の瞬間には人狼の首は斬り落とされていた。


「な、何が……」


「怯むな! ピアポイント様のために!」


 そう告げて人狼たちがイッセンたちに突撃してくる。


「心は水。体は鉄。一閃にて断ち切る」


 イッセンは鞘に刃を収めたまま、人狼たちの軍勢を迎え撃った。


 そして、人狼たちの動きが止まる。


 手が、足が、首が、胴が。それぞれ切り裂かれ、地面に零れ落ちる。


 イッセンは剣を抜いていないかのように見えたが、実際には一瞬で抜いていた。居合切りというもので、鞘から放たれた刃は人狼たちを八つ裂きにし、何事もなかったかのように刃は元の鞘に収まった。


「化け物だ……」


「四天王の話は冗談でも何でもなかったんだ……」


 人狼たちの戦意がここで揺らいだ。


 人狼たちはこれまで狩る側の魔物であった。決して狩られる側に回る生き物ではなかった。それが今や狩られる側に回ってしまっている。


 彼らの戦い方は如何に上手く獲物を狩るかであった。狩られる側に回り、いかに相手から逃げるかなど考えたこともなかった。


 だが、いま必要なのはその知識だった。


「人狼の肉は臭くて、食い物にならん。残さず死んでもらうぞ?」


「……狩り尽くすのみ」


 九尾とイッセンはそう告げると人狼たちに襲い掛かった。


 だが、人狼たちの狙いは魔王ルドヴィカでも、四天王でもなかったのだ。


……………………


……………………


 クラウディアが街の異常に気付いたのは市場の方から悲鳴が聞こえてきたときだった。最近は治安が悪くなっているとも聞いたのでそのためかと彼女は思っていた。


 だが、その考えは店内に突如として乱入してきた男たちによって覆されることになる。武装した男たちが4名、クラウディアの店に押し込むように入り込んできたのだ。


「クラウディア・クリスタラーだな?」


「は、はい。そうですけど……」


 最初は自警団の人たちかと思ったが、どの男にも見覚えはない。


 冒険者の人? 最近、街の周囲を整備するという話もあったし、その件かも。


 客人を疑うことをしないクラウディアは物騒なものを感じながらもそう思った。


「ルドヴィカ・マリア・フォン・エスターライヒを知っているか?」


「え? ルドヴィカちゃんを?」


 だが、次に発された問いかけはクラウディアの予想していないものであった。


「知っているようだな。我々とともに来てもらうぞ。抵抗しなければ傷つかない」


「待って! あなたたち、何者なんですか!」


 男たちがカウンターを越えて中に押し入ろうとするのにクラウディアは錬成したばかりの“それなり錬金術師の杖”を構えた。


「我々は真の四天王。我が名は“人狼の牙”のピアポイント。抵抗はするな。痛い目を見るだけだぞ。大人しく我々に従え」


 ピアポイントがそう告げると男たちが人狼としての本性をむき出しにし、クラウディアに対して低い唸り声を上げた。


「嘘……」


 初めて見る人狼。その威圧感に圧倒されてクラウディアは杖を落とした。


「ピアポイント様。市場での騒ぎは拡大中。魔王ルドヴィカとエーレンフリートは城壁の外に出ております。今が好機かと」


「分かった。その娘を連れて行け! これ以上同胞が血を流す前に撤退するぞ!」


 外を見張っていた人狼の男の言葉に、ピアポイントがそう命じる。


「大人しくしろ!」


「やだ! 離して!」


 人狼のひとりがクラウディアを抑え込むのに、クラウディアが悲鳴を上げる。


「迅速に撤収するぞ。長居は無用だ。余計な犠牲が出る」


「了解」


 人狼たちはクラウディアを荷物のように抱えると、迅速に彼女の店を去った。


 ただ、残されていたものはあった。


 “ルドヴィカ。貴様の友は預かった。返してほしければドーフェルのダンジョンまでひとりで来い”と書かれたメモが一枚。クラウディアの店のカウンターに残されていた。


……………………


……………………


 なんとか人狼たちを退けた。


 辺りは滅茶苦茶になっている。


 主に人狼の死体で。だが、それも数秒経過するとぼふんと白煙を噴き出し、素材だけを残して消え去った。血の跡も何も残らない。


 ただ、自然に刻まれた痕跡だけはそのままかなあ……。


 魔剣“黄昏の大剣(ラグナロク)”の生じさせた余波でドーフェル市の豊かな自然がかなり破壊されてしまっている。自然を売りに観光業を発展させようと言っておきながら、ドーフェルの自然を破壊したらダメじゃん!


「片付いたか。大した面白みもない相手だったな」


 なんとか倒せたねと言いました。


「はっ。市街地の方でもイッセンたちが仕事を終えていることでしょう」


 そうだった。騒ぎはドーフェル市内でも起きているんだった!


「私の力を振るえばドーフェル市内はどうなる?」


「廃墟と化すでしょう」


 ですよねー。


 ただでさえ自然破壊しまくっているのに、ドーフェル市内まで破壊するわけにはいかない。ここは大人しくしておくべきなのかもしれない。


 だが、そんなことを考えていたとき、北の方角から聞きなれた声がした。


「ディア……?」


 今の声はディアちゃんだ。


 なんだか悲鳴のようだったけど、事件に巻き込まれた!?


「エーレンフリート。街に戻るぞ、錬金術師の小娘の店に向かう」


「はっ」


 私はエーレンフリート君を引き連れて、ドーフェルの街に戻る。


「待ってよ! ディアがどうかしたっていうの!?」


「分からねえ。俺たちもついていくしかない」


 私たちに続いてミーナちゃんとオットー君が続く。


「……私も」


 そして、ジルケさんもしっかりついてくる。


 私たちは足早にドーフェル市内に戻り、ディアちゃんのお店に駆け込む。


「この臭いは人狼の……」


 エーレンフリート君がそう告げる中、私はカウンターのメモを見つけた。


 ディアちゃんの字ではない。威圧するような文面。


「やってくれる」


 どうしよう。とうとう、ディアちゃんを私の揉め事に巻き込んじゃったよ……。


「どうなさいますか、陛下?」


エーレンフリート君がそう尋ねる。


「鏖殺だ。この私に牙を剥いたことを後悔させてやる」


 許さないよ! と言いました。


「はっ。それであればイッセン達とベアトリスクも集めましょう。陛下の望むがままに人狼たちを血祭に上げてやりましょう」


 人狼たちも私じゃなくて、ディアちゃんに手を出すなんて卑怯な。


 このことはちゃんと反省してもらうぞ!


……………………

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