体力だけはあるようだな(退院祝いです)
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──体力だけはあるようだな(退院祝いです)
「いらっしゃ──おっと、あんたらかびっくりさせないでくれ」
「何に驚く必要があるというのだ? 自分の愚かさにでもか?」
なんで驚いたんです? と尋ねました。
「だって、あんたらときたら、いきなりやって来てうちの隊員たちを戦闘不能にしちまうんだもんな。あれで自信を無くした奴は結構いるぞ」
「フン。その程度の自信しか持たぬから弱いのだ」
ごめんなさいと言いました。
「言ってくれるなあ。まあ、強いあんたには分からんだろうけど。で、今日もうちの隊員を叩きのめしに来たわけじゃないよな?」
「今日は勘弁しておいてやる。今日の用事はあの冒険者の女だ。ジルケという。様子を見に来た。まだ寝ているのか?」
「いや。ジルケさんならもう傷もよくなったから出ていくことになったよ。クラウディアのお嬢ちゃんのポーションが効いたんだろうね」
「ふむ」
ジルケさん、もう退院か。早いな。
まあ、切断された腕がポーションで引っ付く世界だから、傷の治りが早いのは驚かないところだな。だが、怪我すると感染症とかそういうものの影響が気になるのだが。特にジルケさんは人狼という野生動物もとい魔物にやられたわけだし。
変な病気をもらってないといいけれど。
「もう出ていったのか?」
「まだ部屋にいるよ。うちの医者が最後の検査をしてる」
「では、邪魔させてもらうぞ」
ああ。ちゃんとこの世界にもお医者さんはいるのか。安心、安心。
私たちは自警団本部の塔を登っていくと4階のジルケさんの部屋についた。
「入るぞ」
私はトントンと部屋の扉をノックすると、扉を開いた。
「……あ」
そこではジルケさんがお医者さん──女医さんから傷の様子を見てもらっていた。上半身裸の状態で。私とジルケさんの視線が交わるのに、ジルケさんがちょっと気まずい表情を浮かべて、その視線を伏せた。
「悪い。外で待つ」
私はあわてて扉を閉じると、部屋の外に出た。
「……? どうなされたのですか、陛下?」
「ジルケは裸体を晒していた。不必要に見るべきではないだろう」
「人間の女の体など気にされないでしょう」
あー。エーレンフリート君ってば私のパンツ見て挙動不審になったくせに、偉そうなこと言っちゃって。それに同性の私ならともかくエーレンフリート君が覗いたら、ジルケさんに対する立派なセクハラだよ?
「終わったか」
「……終わった」
私が再び扉をノックするのに、ジルケさんの声が返ってきた。
というわけで、再び扉を開けて部屋の中に。ジルケさんは上着をちゃんと着ており、女医さんは診察道具の後片づけを始めていた。診察道具は現代のお医者さんのとさして変わりがあるようには見えない。
「体の具合はどうだ? その貧弱な肉体ではやはりままならぬか?」
元気になりました? と尋ねました。
「……もう大丈夫。問題ない」
ジルケさんはそう告げて、冒険者らしい頑丈そうなブーツを履き始めた。
「貴様への見舞いにでもと思っていたのだが、無駄になったようだな。捨てるか」
私はみたらし団子の入った箱を取り出して、そんなことを言ってしまう。
「……お見舞いの品?」
「そうだ。だが、退院するのだろう」
「……もうちょっと残る」
ジルケさんがまた奇妙なことを言いだしたぞ……。
「……私、怪我人。動けない。食べさせて……」
「仕方のない奴め」
さっきまで元気にブーツを履いてた気もするけどこれも友達のためだ。
私は九尾ちゃんが包んでくれたみたらし団子の箱を開けると、そこからみたらし団子を取り出し、タレが零れ落ちないように手で支えながらジルケさんの口に運んだ。
「あーん」
そして、ジルケさんの口にみたらし団子を突っ込む。
ジルケさんは纏めてふたつの団子を頬張ると、満足そうな表情をして団子を咀嚼する。見ているこっちまで満足できそうな食べっぷりだ。
「……美味しい」
「当たり前だ。私の配下の者が作ったものだぞ」
やがてジルケさんが告げるのに私は九尾ちゃんにお礼は言ってあげてと言いました。
「……あなたの配下って何でもできるの?」
「大抵のことはな。ほら、口を開けろ」
九尾ちゃんたちは頼りになるよと言いました。
「……うん。美味しい。これは食堂で食べられるの……?」
「ああ。錬金術師の小娘がレシピを回したのかどうかは知らぬが、大衆食堂という場所で食らうことが出来る。貴様も傷が回復したのなら行ってみるといい」
私はそう告げてもう1本の串を手に取った。
「……その時はあなたと一緒がいい」
「フン。気が向いたら付き合ってやろう」
友達の頼みなら断れないなと言いました。
ジルケさんは実際のところ、私にかなりの好意を寄せてくれている希少な人物だ。ディアちゃんと私の間には未だに壁を感じるし、ジルケさんとはとてもいい友好が持てている気がする。これが親友ってものか。感慨深い……。
「……これから暇?」
「戯け。私に暇にしている時間はない。だが、時間的余裕ならば常にある。私はこの世を統べる王者だからな。何か用事でもあるのか?」
午後からはいろいろと予定があるけどちょっとは時間はあるよと言いました。
「……特に用事はない。あなたと一緒にいたいだけ……」
「下らん。好きにしろ」
ジルケさんからの好感度高いなあ。魔王弁というペナルティがあるにもかかわらず、ここまで親しくしてくれるのって四天王のみんなぐらいじゃないかな。
「では、私の用事に向かうぞ。付いてきたいならついてこい」
「……うん」
ジルケさんは荷物を畳み、コートを羽織ると私たちに続いて部屋を出た。
「ジルケ。本当によくなったのだろうな? 奇妙な病に侵されてはいないか?」
「大丈夫。……狼男に噛みつかれたら狼男になるって聞いたけど」
ええっ!? それって不味いんじゃ……。
「あおーん。……なんちゃって」
「次にふざけたことを抜かすと首を刎ね飛ばすぞ」
冗談はやめてねジルケさん!
「……ごめん。怒った……?」
「そのようなこと歯牙にもかけぬわ」
気にしてないよと言いました。
親友だし、これぐらい冗談を言い合える仲がいいのかもね! 実を言うとこういうのって憧れてたんだ! 私も今度ジルケさんを冗談で驚かせちゃおうっと!
「……こういうことできるの憧れだったんだ」
ジルケさんがぼそりと呟くように告げる。
「……私、人と話すの全然ダメで、冒険者ギルドにも友達いなかったから。けど、あなたとだけは普通に喋られる。きっとあなたが強いから……?」
「そうかもしれぬな。強者は強者にしか分からぬことを抱えている。だが、貴様ごときでは私と並び立ったと思うことすらおこがましいぞ」
「……ごめん」
ジルケさんもボッチだったんだね。その気持ちは分かるよと言いました。
私の場合は大学。ジルケさんの場合は冒険者ギルド。
出会いの機会は確かにあったはずなのに、お互いにそれをふいにしている。大学ならサークルとかに入れたはずだし、冒険者ギルドならパーティーに加わるという選択肢もあったはずだ。それがお互いできてない。
うんうん。とてもシンパシーを感じる。
最初の一歩が踏み出せない。怖気づいてしまう。そのせいなのだ。
でも、私の場合は長年のボッチ人生とオタク趣味のせいだったけれど、ジルケさんは何か後ろめたいことがあったのだろうか?
「貴様。貴様ほど腕の立つ人間ならば、どのパーティーにでも入れただろう。どうしてそうしなかった? ただ臆病だっただけか?」
どうしてパーティーに入らなかったんです? と尋ねました。
「……私、身長大きくて可愛くないし、女の前衛職って頼りにされないと思ったから。それに人付き合いなんて実家でちょっとだけしかしたことなかったし……」
ああ。ジルケさんもそれなりのコンプレックスがあったのか。
まあ、ジルケさんは確かに身長高い。190センチはあるだろうエーレンフリート君と並んでいるからね。でも、可愛くないなんてことは全然ないよ! 顔立ちは凛々しいし、それでいてふんにゃりした性格なのがギャップがあっていいと思います!
しかし、女性の前衛職の需要だけはどうにもならないな。性差別が言いたいわけじゃないけれど、命を懸けて冒険者やってる人たちからすると、やはり女性の前衛職というものは頼りないのかもしれない。
それでもジルケさんがそうだとは思わないけれどね。ジルケさんはこの間の人狼との戦いで、実力を示しているし。あれだけの数の人狼を相手にエーレンフリート君とジルケさんはディアちゃんを守り切ったんだから。
「貴様は正当に評価されてはおらんようだな。まあ、下等なものどもにそれを望むのも高望みが過ぎるというところか。だが、私は貴様の価値を正当に評価する。故に貴様も自分を卑下するな。それは私への侮辱にもなる」
「……うん!」
ジルケさんがここ一番に笑ってくれた。
本当に友達ができるっていいものだな!
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北城門に聳える塔。
その上で九尾とイッセンは街の様子を見渡していた。
「やはり、奴ら仕掛けてくるつもりか?」
「そのようじゃの。愚かにもほどがある。人狼ということは率いているのはピアポイントじゃろうが、あの男でも主様には敵わぬ。まともに戦えば、首を刎ねられてしまいじゃの。だが、人狼というのは吸血鬼と同じでからめ手が使えるのじゃ」
イッセンが尋ねるのに九尾がそう告げて返す。
「……からめ手か。忠誠心のみならず、戦士としての誇りすらも忘れたとは愚かな」
「まあ、連中はそういう生き物じゃからの。で、どうする?」
イッセンが吐き捨てるように告げるのに、九尾がにししと笑って尋ねる。
「無論。我が主に害をなすものは全て排除する。この国の法に則って、だな」
「主様も面倒な約束を交わされたものじゃの。だが、法などどうとでも」
イッセンの言葉に九尾が頷く。
「では、我が主が手を煩わせる前に始末してしまうか」
「そうじゃの。エーレンフリートも気づいておるとは思おうが、あやつは今は主様の傍を動けぬからの。それに主様の友人とやらを連れておる」
そう告げる九尾の視線の先にはジルケを連れたルドヴィカとエーレンフリートの姿があった。彼女たちは自警団本部を出て、クラウディアの店に向かっている。エーレンフリートは素早く視線を周囲に走らせていたが、ルドヴィカは堂々とした態度で歩いていた。
「主様には余計なお世話なのかもしれぬのう」
「何を言うか、九尾よ。我々は誓ったではないか。あの日、我々が敗れ、先代の魔王が敗れたその時に、あのお方に生涯の忠誠を尽くすと。あのお方を害するものがあれば、今度こそ我々が排除するのだと」
「そうだったのう。すまぬ、すまぬ」
イッセンが力強くそう返すのに、九尾がにししと笑った。
「それでは始めるとするかの。お昼休憩までには済ませてしまいたいものじゃ」
「私もだ。行くぞ」
そう告げると二人は北城門の塔から飛び降り、ドーフェルの街の中に消えた。
──戦いを始めるために。
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