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甘き誘惑で私を貶め入れようとは(お茶でリラックス)

……………………


 ──甘き誘惑で私を貶め入れようとは(お茶でリラックス)



「はい、どーぞ! ディア特製イチゴのシュークリームケーキ!」


 そう告げてクラウディアちゃんが切り分けて並べるのは、艶やかで甘そうなイチゴと生クリームたっぷりのショートケーキだ。バニラの香りが既に香ばしく、その甘い香りが私の食欲を刺激してくる。


「お茶も淹れるから待っててね」


 そう告げるとクラウディアちゃんはパタパタとキッチンの方に向かっていった。


「陛下。毒かもしれません。我々の正体を知り、始末しようと考えているのでは」


「なきにしもあらず、だな。エーレンフリートよ、毒見をしてみよ」


「はっ」


 そんなことはないと思うけど、気にするなら先に食べていいよと言いました。


 エーレンフリート君はフォークでショートケーキのクリームたっぷりの生地を切り取り、慎重に口に運ぶ。そして、目を見開いた。


 まさか本当に毒がっ!? そんなことをするような子じゃないと思ってたのに!


「これは、これは……」


 エーレンフリート君が唸り声を上げる。


「どうした、エーレンフリート。貴様は並大抵の毒では葬れまい」


「はい。あの小娘を舐めておりました。これは危険です」


 エーレンフリート君が真顔でそう告げる。


「どう危険だというのだ?」


「これまあまりにも美味しすぎるのです。きっとこれで陛下を誘惑しようというつもりに他ありません。陛下、絶対にこのケーキを食べてはなりませんよ」


 ……エーレンフリート君って本当に残念なイケメンなんだな……。


「うん。これは美味しいわね。90点ってところかしら」


「妾も気に入ったのじゃ。あの小娘もいい仕事をしよる」


 ベアトリスクさんと九尾ちゃんも絶賛。


「……私は甘いものは苦手だ」


 イッセンさんは手を出さない。


 しかし、みんながそこまで絶賛するとお味が気になるな……。


「美味しい。やっぱりディアのケーキは最高ね!」


「錬金術よりもお菓子作りのスキルの方が上がってるんじゃないのか」


 ミーナちゃんとオットー君もそう告げる。


 確かにゲームでもお菓子系の調合は序盤から行える金策だった。お菓子も錬金術で作るのだが、錬金窯に材料をホイホイと放り込んで、ぐるぐる回して、どうしてお菓子が出来るのかの仕組みは明らかにされていなかった。焼いてすらないじゃん。


 けど、ゲームのイベントスチルでも美味しそうだったんだよね、クラウディアちゃんのショートケーキ。運動不足だから甘いものを規制していた私にはあまりにも美味しそうに見えていたんだよね。それが目の前に……。


 私はフォークをケーキに進めて、生地を切り取るとふわふわのそれを口に運んだ。


「お待たせ。お茶が入りましたよー」


 私がケーキを口に入れたと同時にクラウディアちゃんが戻ってきた。


「フン。まあまあのものだな。辛うじて及第点というところか。この私を満足させるには、まだまだ足りないな」


 美味しかったです! と言ったつもりが。


「手厳しいなあ。けど、今度はルドヴィカちゃんを満足させられるのを作るよ」


「期待せずに待っておいてやろう」


 どうして私の言語野は素直になれないの。


「それで、魔王という話だったが」


 そこで鋭くジークさんがそう告げた。


「そちらの面々、君を含めてただものではないことは分かっている。魔王という話も全くのでたらめではないだろう。それにエーレンフリートという名には聞き覚えがある。古の吸血鬼がそのような名前だったはずだ」


「そうだ、人間。このお方こそが魔王陛下。我らがマスターであられる」


 エーレンフリート君ってそんなに有名だったの?


「そして、家名のエスターライヒ。これは南方の滅んだ王家の家名だったはず。王権そのものは革命によって奪われたものだったが、革命側の言い分としては王家は黒魔術に手を染めていたという。いろいろと黒い噂のある一族だったと記憶している」


 そこまで知ってるならご近所に引っ越してきたときに問い詰めようよ……。


「改めて聞こう。君は本当に魔王なのか?」


「二度も同じことを言わせるな。我こそは魔王ルドヴィカ。世界に黄昏をもたらす者」


 はい、そうですと言いました。


 というか、その黄昏をもたらす者って決め台詞なの? 恥ずかしいよ!


「では、魔王ルドヴィカ。どうしてこのドーフェルへ? このような辺境の街に魔王が何をしに来たというのだろうか?」


「ふっ……。何、光を見定めに来ただけだ」


 クラウディアちゃんの様子を見に来たと言いました!


 もう、酷い……。酷すぎるよ……。ただでさえ人と話すの大変なのに言語野が中二病に汚染されてるとかどういう罰ゲームなの……。私は前世でどんな大罪を犯したからこういう目に遭わされているの……。


「光と言うのは?」


「貴様。先ほどから陛下に馴れ馴れしいぞ。立場をわきまえよ。陛下は貴様ごときが会話を許されるようなお方ではない」


 エーレンフリート君がそう告げた瞬間、エーレンフリート君の手に真っ赤な刀身の刀剣が握られ、その刃がジークさんに突き付けられた!


「黒書武器か。以前にも見たことがある。呪われた武器だな」


「我が魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”を見ても動じぬとはな。その点は評価してやろう。だが、貴様にこの魔剣に抗うすべはあるまい」


 黒書武器!


 説明しよう、黒書武器とは!


 黒書武器は悪魔の加護、あるいは呪いを受けた武器で、使用者に何かしらのバッドステータスをもたらす半面、強力な威力を発揮する武器なのだ。ちなみに貴重なネームド武器で、13種類でフルコンプ。全ての武器を集めた状態でそれを店頭に展示すると『不吉な予感がする……』という一文の後にお店にランダムお客さんが来なくなるぞ。


 13種類の武器の中にエーレンフリート君の魔剣“処刑者の女王(ブラッディ・メアリー)”も含まれていたよ。使用者のHPを吸い取る代わりに、強力な攻撃力が叩き出せる武器だ。このゲームはやり込み勢には嬉しい周回要素もあるので、ラスボス戦で手に入れたアイテムも持ち越せる。賢者の石だけ特殊アイテムだから無理だけどね。


 って、そんなことを暢気に説明している場合じゃないよ!


「エーレンフリート。武器を収めよ」


「ですが、陛下。このものの無礼はあまりにも。限度と言うものがあります」


「私は気にせぬ。辺境の騎士に何を期待する。こやつは宣誓の言葉すら忘れただろう」


 私はただジークさんにも事情があるだろうから気にしないでと言いました。


「確かに田舎の騎士をやっていると礼儀は忘れてしまうね」


 ジークさんが私の言葉に苦笑いを浮かべる。ごめんなさい。


「フン。私は下等なものどもの礼儀など気にせぬ。そんなものは小鳥の囀りにすら劣るのだからな。それで、光が何かを知りたいと言ったな?」


 お気遣いなく。それはそうとクラウディアちゃんのことですよねと言いました。


「それはそこの小娘のことだ。名はクラウディアと言ったか。貴様には特別なものがあると見た。私はそれを確認しに来たのだ。その光が私がもたらす黄昏に抗うことができるものなのかどうかをな……」


 クラウディアちゃんが特別な子な子かどうか確かめに来ましたと言いました。


「へ? 私?」


 クラウディアちゃんがぽかんとした表情を浮かべる。


「本当にこんな間抜け面の小娘が特別なのですかの?」


「……魔王陛下の目に狂いはない」


 九尾ちゃんが可愛いい顔で凄く失礼なことを言うのに、イッセンさんがそう返した。


「私って特別だったんだ!」


「えー。ディアはただのお間抜け錬金術師でしょ? そんなこと言っているとまたカサンドラ先生に怒られるよ? というか、いきなり会った人に特別って言われて、それを信じ込むところが最高にディアだね」


「ミーナちゃん酷い!」


 仲いいなこのふたり。私もこういう友達欲しかったな……。


「それでクラウディア君が特別だとして、あなたはどうされたいのです?」


 もっともな疑問です。いきなり押しかけて『君は特別な存在!』って言うだけじゃ、ただの営業妨害も甚だしい。


 でも、いちゃいちゃしているクラウディアちゃんとミーナちゃんを見てると、私の中にどこか悔しいというか、憧れというか、そういう複雑な感情が湧き起こってくるんだ。


「決めたぞ」


 私は告げる。


「私とともに歩め、クラウディア」


 お友達になりませんかと言いました。


「へ、陛下。それはいったい……?」


「まあ。情熱的だわ」


 エーレンフリート君が狼狽え、ベアトリスクさんが艶やかに微笑む。


「へ? へ? それってひょっとしてプロポーズ……? わ、私たち女の子同士だし、それにその心の準備と言うものがまだ……」


 不味い。盛大に勘違いされている。百合の花を咲かせるつもりはないんだ。


「違う。私とともに歩めと言ったのだ。我が友として。私が貴様の傍でその光を見定めてやる。そう、運命の時が来るまでの間はな……」


 あくまでお友達です! クラウディアちゃんは間違いなく特別な存在だし、近くにいてくれれば敵対せずに済みそうだし、どうかなって思ったんです。


「それって友達になろうってことですよね?」


「陛下! このような小娘を陛下の友にするなど!」


 クラウディアちゃんが尋ねるのに、エーレンフリート君が叫ぶ。


「黙れ、エーレンフリート。我が判断が気に入らぬか。私に逆らうというのか」


「いえ。滅相もありません。陛下のなされるままになさってください。私はどこまでも陛下についていきます。それが我が務め」


 エーレンフリート君は跪いてそう告げた。


「よろしい、では、クラウディア。貴様の返答を聞こう」


 友達になってくれるかな?


「喜んで! ルドヴィカちゃん、魔王だっていうけれど全然それっぽくなくていい人そうだし、私も是非お友達になりたいな!」


 クラウディアちゃんは天使だった。


 普通、ここまで失礼な相手がいたら友達になろうなんて考えもしなかっただろうに、クラウディアちゃんは友達になってくれると言う。


 私の、この私の初めての友達だ。


「私のことはディアって呼んでね。友達はみんなそう呼ぶから」


「この小娘が! 陛下に対して馴れ馴れしいぞ! この世の闇の支配者であられる陛下に自分のことを愛称で呼べなどとは! 下賤な身の立場をわきまえよ!」


「わわっ! ご、ごめんなさい!」


 またエーレンフリート君が怒鳴る……。


「よい。エーレンフリート。我が友となった時点でその立場は対等。無論、私の気まぐれで生かしておくだけだがな。クラウディア──いや、ディアよ。私とともに歩み、私とともに戦い、私にその可能性を見せよ。朝日のごときその光の力をな……」


 これからいろいろとお互いの知らないことを理解し合ってお友達として仲良くなろうねと言いました。そう言ったんです。


「魔王ルドヴィカ。あなたがクラウディア君や他の人間を傷つけるつもりはないのか? この街にいるときにはこの国の法律に従うのか?」


「法律? 私こそが法だ。私を縛ることなどできぬ。だが、貴様らにも配慮してやろう。運命の時が来るまでは、この国のおままごとに付き合ってやる」


 この国の法律はまだよく分かってないけどちゃんと従いますと言いました。


「ならば、あなた方を拘束する理由はないな。クラウディア君をよろしく頼む。彼女はまだ店を彼女の師匠から継いだばかりで、いろいろと未成熟だ。魔王として忌憚のない意見を彼女にしてやってはくれるか」


「それぐらいこと、頼まれるまでもない」


 ほっ。ジークさんが納得してくれて助かった。


 魔王ですって自首して逮捕されたらどうしようかって凄い心配だったんだ。


「では、これでルドヴィカもドーフェル市振興委員会のメンバーだな」


「そだね。ルドヴィカちゃんにもじゃんじゃん意見をもらおう」


 え? ドーフェル市振興委員会って何?


「ドーフェル市振興委員会とはなんだ。答えよ」


「その名の通り、このドーフェル市を盛り上げようって組織だよ。ここ、凄い田舎だろ? 商店街も盛り上がらないし、市場は寂れてるし、街に一軒だけの食堂は閑古鳥が鳴いてるし。このままだとドーフェル市は人がいなくなって消滅しちまう。それをどうにかしようってのがドーフェル市振興委員会だ」


 私が教えてくださいと頼むのにオットー君がそう告げて返した。


 ああ。ゲームでもあったね。ドーフェル市を活性化させようって目標。


 商業・農業・観光の3つの分野を発展させていって、この地方都市ドーフェル市を活性化させるのだ。錬金術師であるディアちゃんも街を活性化させるためのアイテムを開発したり、投資をしたりして貢献するというか、ほとんどディアちゃんがやるというか。


 錬金術の腕を上げて、賢者の石も錬成しなければいけないし、街の住民たちとのコミュニケーションも取らなければいけないし、ドーフェル市を活性させなくてもいけないし、錬金術師ってのは大変だね。


 ……というか、魔王だって分かっている人をドーフェル市振興委員会なんて組織に加えるのはいかがなものだろうか。協力するのが嫌だとかいうわけではなく、魔王が町興しに加わるのってどうなのって言うか……。


 ゲームでもルドヴィカは町興しには一切関わらないキャラだったと記憶してる。ラスボスが町興しに参加してたらギャグだよ。


「迷惑だったかな……?」


 ディアちゃんが不安そうにそう尋ねてくる。


「当然だ。陛下が何故下等な人間どもの(まつりごと)に加わらなければならないのだ。陛下はそのような物事に関わっておられる時間はない」


 エーレンフリート君がそう告げる。


 が、時間がないというわけではないのだ。むしろ、魔王ルドヴィカの出番は邪神討伐後がメインなので、それまで暇。ゲーム中でルドヴィカがやっていたのも、ディアちゃんに意地悪することぐらいだったはずだ。


「そうだな。気が向いたら付き合ってやろう」


 何かできそうなことがあれば手伝いますと言いました。


「ありがとう、ルドヴィカちゃん!」


 ディアちゃんのこの笑顔がご褒美です。


……………………

4/7

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